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雨漏そら

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復讐

忘却

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 彼は今日も、趣味の釣りに勤しむために自宅近くの釣り場へと足を運んでいた。何の変哲もない海釣りのスポットだ。桟橋として海に突き出たその釣り場から、岬の崖を眺めてのんびりと釣りを楽しむのが彼のここ最近の日課だった。定年退職してからはほぼ毎日その釣り場へと来ているのだ。顔見知りも増え、馴染みの釣り友達と楽しく談笑しながら釣りをする。それが彼にとって掛け替えの無い日常となり始めていた。
 釣り場にはぽつぽつと彼の他にも釣り人がやってきている。馴染みの顔ぶれはまだ来ていない様子だった。いつものようにいつもの場所に折りたたみ式の椅子を設置し、いつものように竿を設置して、事前に買ってあった缶コーヒーを開けてのんびりと岬の崖へといつもの様に目を向けていた。
 ただ、その日はいつもと何かが違った。
 岬の崖に、グレーの服を着た人影が見えたのだ。おかしい。あんな場所、よっぽどのことが無い限り誰も足を踏み入れない。嫌な予感がして立ち上がった。折りたたみの簡易椅子が転げる軽い音が聞こえたが構う暇は無い。他の釣り人も異変を察知したのか岬の崖へと視線は集中していた。
「おい……おい!」
 しゃがれた声で叫ぶが届かない。崖の上に居た人影は彼の叫び等、彼らが見ていることなど気にもしないように崖下へと身を踊らせた。釣り場に居た数人が引き攣った悲鳴を上げた。静かな波とはいえ、崖下ともなれば巨大な岩達がその存在を主張している。岩に打ち付けられて人間など簡単に絶命したことだろう。
 釣り人達は青ざめた顔を向かい合わせ、警察へと通報した。

 結局、死体等一つも見つからなかった。



 飛行機に搭乗し、フランス警察の一行は帰路に着いていた。窓際からリノア、アラン、イリスの順番だ。リノアは物憂げに頬杖を着き、飛行機の窓から外へと目を向けている。
「それにしても、結局取り逃すし。収穫はゼロだったな。結局あの研究サンプルも確保出来なかったし」
「あら。ゲルの居場所が分かっただけでも成果はあったわ」
「日本に居たってだけだろ……どこに行ったかも分からないのに」
「約束のハネムーンの地って言ってたから、恐らくハワイよ。いえ、十中八九そうでしょうね」
「あのイケメンが嘘を吐いているって可能性は?」
「あら、ゲルが私に嘘を吐くはずが無いわ」
 その自信は一体どこから来るんだ。アランは疲れた様な表情で上司を見る。意見を求めるようにリノアに目を向けた。だが、リノアは考え事に集中しているらしくこちらの会話を聞いている様子は無い。
「リノア?」
「!」
 アランが声を掛ければ、我に返ったようにリノアが体をビクリとさせた。リノアは苦笑いしながらアランを見た。
「すまない。聞いていなかった……何だったかな」
「お前、大丈夫か? 朝からずっとそんな感じだな」
「大丈夫だよ」
 苦笑するリノア。アランは心配そうに、口を開く。リノアが懸念する事項といえばアランには一つしか思いつかない。
「イチジク・コータの事で悩んでるのか? 確かに、亡くなったのはあの子の友達だ。だが、お前が気に病む必要なんて……」
「イチジク・コータ?」
 アランの言葉に、リノアは怪訝そうな表情だった。その表情に、アランは違和感を覚えて眉根を寄せ言葉を切る。リノアは首を傾げ、頭の中でその名前を検索しているようだった。
「イチジク・コータ……誰だ、それは」
「……は?」
「知らん名だな。私が発見したあの死体の少女と何か関係があるのか?」
 真顔でリノアは問いただしてきた。アランは面食らって思わずイリスを見る。イリスはリノアに一瞥を送った後、首を横に振るだけだった。アランは少しだけ肩を落としてリノアに笑いかけた。
「いいや、なんでもない。忘れてくれ」
「……そうか?」
「あぁ、気にしないでくれ。俺の勘違いだったみたいだ」
 苦し紛れに、アランはそう言った。リノアは不思議そうな表情だが、問い詰める気も無いのか窓から外を眺め始めた。アランは険しい顔でリノアから目を離してイリスに視線を戻していた。
 流れる雲を眺めながら、リノアは誰にも聞こえない声で一人呟いた。
「……そういえば、何か大切な約束をした気がするが………何だっただろうか」
 考えてみても、その答えが見つかる事は無かった。
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