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復讐
化物
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ある水の神に懸けられた呪い。
とても真面目で真摯な神。だからこそ、その川を任されたのに。
ある少女は神を敬う為に供物を奉納していた。そのひたむきな信仰心が、神を終わらせた。
水の神は知らなかったのだ。それが呪いだなんて。『恋』が呪いだなんて。清く正しい水の神に、そんな事は分からなかった。
呪いは美しい水の神を濁った大妖怪へと変貌させた。
だからこそ、あの悲劇は起きた。
あぁ、確かに。
あの時誰かは言ったんだ。でも、あの時誰がそんな言葉を発したのだろうか。
化け物、と。
雛は飛来する赤い弾丸に対して思いっきり目を瞑っていた。息をのむ声と、何かが金属で弾かれるような音。いつまで経っても予想していた痛みがやってこないことに疑問を持ち、雛は恐る恐る目蓋を上げた。雛の目の前には見覚えのある背中が立ち塞がっている。唖然としてその背中を見上げていた。もしかして、自分の代わりにあれを受け止めたのだろうか。
「雛」
静かで冷静な声だった。声からして傷を負っているわけでは無さそうだ。なのだが、何か様子がおかしいように彼女には思えた。
「こう、ちゃん?」
「ダメじゃないか雛。飛び出したりしたら」
聞きなれた声。聞きなれた口調。だけど何か、何かが違っていた。
「全く。死んだらどうするんだ。取り返しがつかなくなるだろ」
その、見慣れた背中が動いた。見知った幼馴染が振り返ったのだ。だが、その手には見知らぬ銀色の『何か』。
「ぁ、」
「お嬢ちゃん逃げろ!!!」
銃を撃っていた男の人の怒号が飛んだ。だが、見えない壁に阻まれて男の人の銃弾は幼馴染と雛の元へは届いてこなかった。銀色の『何か』はとても重そうだった。
そして無意識に、痛いんだろう、と思った。
「ダメだろ。危ない事しちゃ。雛は、」
思わず後ずさりをしていた。本能が逃げろと告げている。だが、幼馴染の顔から目が離れない。その瞳は、見たことがない位輝いていて、きれいな綺麗な、鬼灯色をしていた。
後ずさりをしても、あっさりと捕まってしまった。正面から抱きすくめられるような形で腰に腕が回っていた。まるで恋人にするように、愛おしい人にするように優しい手つきなのに。なのに、なのに……。
「僕が殺すんだから」
まるで、愛おしい者に愛を告げる様な口調だった。直後、その銀色の『何か』が腹に抉り込まれる感触が雛を襲う。悲鳴も出ない。背中まで貫かれ、そして一気に引き抜かれた。それは、まさしく剣だった。幼馴染は優しい手つきで地面に雛を横たえた。その瞳が、本当に愛おしい者を見るように優しくて、でもなぜか寂しそうであることに雛は気が付いた。
「ぁ、こう……ちゃん」
「恨んでるかい? だろうね。でも呪いは解かないといけない。君の死が無ければ、僕の呪いは解けないんだ」
何を言っているのか雛にはわからなかった。それでも、彼が表情には出さないが泣きそうな事に気が付いてしまった。
「僕は、化け物だからね。君を犠牲にしてでも、僕はこの呪いを解かないといけないんだ。人間じゃないからね。情なんか無いんだよ」
笑っていた。雛はその笑顔に震える手を伸ばした。彼の動きが息を止めたみたいに止まった気がした。化け物。そう、化け物なんだろう。あの時通り魔を殺した時も、知らない内に剣を持っていた。化け物で間違いは無いんだろう。だが、情が無いと自分で言っているのにどうしてこんなにも、彼の言葉が優しいのだろう。
まるで、化け物だと言い訳しているみたいじゃないか。
まるで、愛されているみたいじゃないか。
震える手は彼の頬に触れた。彼の瞳が揺れた。あぁ、泣いてしまいそうじゃないか。情が無いだなんて嘘を吐いて。
「ふふ……なか、ないで。光ちゃん」
器官を血が逆流しているようだ。こふ、と咳をすれば口の周りが血だらけになってしまった。長くは話せないようだ。死を受け入れてしまっている自分が居た。いつか、こうなるのではないだろうかと考えたことならある。彼は忘れていたようだが、雛は目の前で通り魔が死ぬところを目撃している。その時の彼の瞳も覚えている。今と同じ鬼灯色だった。あの瞳はきっと自分を殺すだろうと思っていた。その通りになったのだ。恐怖はあったが、覚悟なら既に出来ている。だから、一つだけちゃんと伝えなければ。
「光ちゃんは……化け物なんかじゃ、ない……よ」
止められなかったように。ぽつぽつと降り出した雨と一緒に、一滴だけ零れていた。
とても真面目で真摯な神。だからこそ、その川を任されたのに。
ある少女は神を敬う為に供物を奉納していた。そのひたむきな信仰心が、神を終わらせた。
水の神は知らなかったのだ。それが呪いだなんて。『恋』が呪いだなんて。清く正しい水の神に、そんな事は分からなかった。
呪いは美しい水の神を濁った大妖怪へと変貌させた。
だからこそ、あの悲劇は起きた。
あぁ、確かに。
あの時誰かは言ったんだ。でも、あの時誰がそんな言葉を発したのだろうか。
化け物、と。
雛は飛来する赤い弾丸に対して思いっきり目を瞑っていた。息をのむ声と、何かが金属で弾かれるような音。いつまで経っても予想していた痛みがやってこないことに疑問を持ち、雛は恐る恐る目蓋を上げた。雛の目の前には見覚えのある背中が立ち塞がっている。唖然としてその背中を見上げていた。もしかして、自分の代わりにあれを受け止めたのだろうか。
「雛」
静かで冷静な声だった。声からして傷を負っているわけでは無さそうだ。なのだが、何か様子がおかしいように彼女には思えた。
「こう、ちゃん?」
「ダメじゃないか雛。飛び出したりしたら」
聞きなれた声。聞きなれた口調。だけど何か、何かが違っていた。
「全く。死んだらどうするんだ。取り返しがつかなくなるだろ」
その、見慣れた背中が動いた。見知った幼馴染が振り返ったのだ。だが、その手には見知らぬ銀色の『何か』。
「ぁ、」
「お嬢ちゃん逃げろ!!!」
銃を撃っていた男の人の怒号が飛んだ。だが、見えない壁に阻まれて男の人の銃弾は幼馴染と雛の元へは届いてこなかった。銀色の『何か』はとても重そうだった。
そして無意識に、痛いんだろう、と思った。
「ダメだろ。危ない事しちゃ。雛は、」
思わず後ずさりをしていた。本能が逃げろと告げている。だが、幼馴染の顔から目が離れない。その瞳は、見たことがない位輝いていて、きれいな綺麗な、鬼灯色をしていた。
後ずさりをしても、あっさりと捕まってしまった。正面から抱きすくめられるような形で腰に腕が回っていた。まるで恋人にするように、愛おしい人にするように優しい手つきなのに。なのに、なのに……。
「僕が殺すんだから」
まるで、愛おしい者に愛を告げる様な口調だった。直後、その銀色の『何か』が腹に抉り込まれる感触が雛を襲う。悲鳴も出ない。背中まで貫かれ、そして一気に引き抜かれた。それは、まさしく剣だった。幼馴染は優しい手つきで地面に雛を横たえた。その瞳が、本当に愛おしい者を見るように優しくて、でもなぜか寂しそうであることに雛は気が付いた。
「ぁ、こう……ちゃん」
「恨んでるかい? だろうね。でも呪いは解かないといけない。君の死が無ければ、僕の呪いは解けないんだ」
何を言っているのか雛にはわからなかった。それでも、彼が表情には出さないが泣きそうな事に気が付いてしまった。
「僕は、化け物だからね。君を犠牲にしてでも、僕はこの呪いを解かないといけないんだ。人間じゃないからね。情なんか無いんだよ」
笑っていた。雛はその笑顔に震える手を伸ばした。彼の動きが息を止めたみたいに止まった気がした。化け物。そう、化け物なんだろう。あの時通り魔を殺した時も、知らない内に剣を持っていた。化け物で間違いは無いんだろう。だが、情が無いと自分で言っているのにどうしてこんなにも、彼の言葉が優しいのだろう。
まるで、化け物だと言い訳しているみたいじゃないか。
まるで、愛されているみたいじゃないか。
震える手は彼の頬に触れた。彼の瞳が揺れた。あぁ、泣いてしまいそうじゃないか。情が無いだなんて嘘を吐いて。
「ふふ……なか、ないで。光ちゃん」
器官を血が逆流しているようだ。こふ、と咳をすれば口の周りが血だらけになってしまった。長くは話せないようだ。死を受け入れてしまっている自分が居た。いつか、こうなるのではないだろうかと考えたことならある。彼は忘れていたようだが、雛は目の前で通り魔が死ぬところを目撃している。その時の彼の瞳も覚えている。今と同じ鬼灯色だった。あの瞳はきっと自分を殺すだろうと思っていた。その通りになったのだ。恐怖はあったが、覚悟なら既に出来ている。だから、一つだけちゃんと伝えなければ。
「光ちゃんは……化け物なんかじゃ、ない……よ」
止められなかったように。ぽつぽつと降り出した雨と一緒に、一滴だけ零れていた。
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