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第2章 驚天動地(その2)

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 ――願い事。

 IQ5000の高い知能を誇る俺は、願い事を言えば叶うという状況を一度も考えなかったわけではない。
 流れ星が現れる一瞬のうちで3回唱える願い事。7月7日の七夕で短冊に願い事を書き飾ったこと。
 そんな純粋な心で願ってきたこれまでの人生で、願い事を叶えてくれる存在が初めて目の前に現れた。

 皆なら、いったい何を願うだろうか――?

「――アナタはまず、クラスで馴染めるように願ったら?」

「おい栞菜。俺がクラスで浮いているという前提で話を進めるな。俺はしっかり地に足のついた学校生活を送っている。灯里は陸上部の大会で優勝できるように願ったらどうだ?」

「そういうのは願いで手に入れたら、価値が下がるんだよねぇ。自分の力で勝ち取るためにこれまで努力してきたのに、てさ。栞菜ちゃんは生物部に来てくれる生き物を願いで決められるんじゃないぃ?」

「う~、そういうのは運命に任せたい気持ちが。あ~でも……う~、悪魔の囁きだわ~ッ」

「“灯里”の囁きだけどな!」
「その言い方はウマくないよぉ」
「ネーミングセンスだけでなく、ギャグセンスも哀れね……」
 三人寄れば文殊の知恵というが、3人顔を突き合わせて相談するも、一向に決まらない。

『……あ、あの~、ちなみに、日の出までに決めてもらえると~……ゴニョゴニョ』
 ローズからそう切り出される。

「時間制限があるのか!」
「今晩だけって言っていたもんね」
「じゃあ、もう思いつくものを挙げた方がいいかもねぇ」
 う~んと唸る3人。

 あ、じゃあ――と栞菜が提案した。
「世界平和! なんてどう?」

「……お、おう。そんなアバウトな内容でいいのか?」
「“平和”という言葉の示す意味が、灯里たちの認識と同じだといいけどぉ」
 灯里がチラリとローズを見る。

『――あっ、もちろん判るよッ。”皆がになること”だよねッ』
 ローズが前のめりになり笑顔を向ける。

 幸せ――と、俺たちは互いの顔を見る。なんだか不安だ。

 ローズは俺たちのいまいちな反応に、ローズが焦る。
『えっ、だってほら! あれでしょッ? “皆がになれればいいんだよね?“』
 そのローズの言葉に俺たちは顔を寄せて話し合う。

「や、やっぱり不安ね……こっちから具体例を挙げた方がいいかしら?」
「その方がいいぜ、絶対」
「うんうん、その方がいいと思うよぉ」

 話し合った末――、

 栞菜が手紙を読み上げるように、スラスラと読み上げた。

 うん、うん。
 まあ、これで問題はないんじゃないか。


『その願いは――ムリなのよぉ』


「「「えっ!?」」」
 まさかの却下に俺たちは揃って驚きの声を上げる。

『ううぅ、ご、ごめんなさいぃ~ッ』
「り、理由は?」

『“未来”に直接影響を及ぼす願いは、私の神通力じゃあできないのぉ~ッ』
「……力及ばずってこと?」
『恥ずかしながら、未熟でして~ッ』
 灯里の疑問に、シクシクと涙を流すローズ。

「――俺たち3人分の願いとしてもか?」
『願いの合一は認められないんですぅ~ッ。願いは“人に掛けられるもの”という考えが根底にあって、それを理解できると分かってもらえるかもしれないけど、そもそも叶えられる願いは量も質も何でもいいわけではなくて、そして、それ一つで独立して存在できるわけでもないの。私が栞菜ちゃんと克樹くんと灯里ちゃんの“信仰”によって神通力を取り戻したように、今度は私から皆に叶えられる願い事が返ってくるようなものと思ってもらえれば――』

「――なんだか急に語り始めたぁッ?」
「ヤバいッ! 2人とも警戒して! 難しい話が来るよッ!」
「うぐぐぐぐぐッ!?」
「マズイぃ! 克樹が耐え切れずに苦しみ始めたぁッ? 自我が崩壊しそうだよぉ!」
「バカッ! だから夏休みの課題を計画的に進めろって言ったのにッ!」
「さ、最終日にまとめてやるつもりだったんだ……ガクッ」
「「克樹ぃぃ~~~ッッ!」」


閑話休題。


「――茶番はここまでにして、と。まさか、却下されるとはな」
「ほんとうにね。“未来”にまつわる願いは無理だなんてね」
「う~ん、じゃあ――」
 顔を突き合わせて相談していた俺たちの輪から、灯里が離れてローズに向き直る。

ってのは、どぉ?」
 首を傾げながら訪ねる灯里に、ローズが答える。

『――ムリですぅッ!』

 再び滔々と語りだしたため詳細を省くが、要点を掻い摘むと、”持続的な願い”はできないらしい。天寿を全うするまでどころか、1年1ヶ月1週間いや1日をまたぐような願いもできないそうだ。

「なんじゃそりゃッ!?」
「……ま、まあ、そんな都合の良い話は転がっていないよねぇ」
「な、なんて融通の利かなさ…………」

 ちなみに、次に俺が願った弟――という願いも拒否された。
 これは、”不特定多数に影響が出る願い”はNGとのことだった。

「――不特定多数って? 俺の弟は1人だけだぜ?」
「きっと、けいちゃんの枠を1名分作るわけだから、”あぶれる1名”のことを指してるんじゃなぁい?」
「ほーん、なるほど?」
「……それに、アナタたち足立家は、弟さんの受験の合否に全員影響を受けるでしょうね」
「ははぁ、お前らは本当に頭が回るなぁ」
 俺は適当に相槌を打ちつつ、一つ、妙案を覚える。

「まとめるとよ、“現実または過去において短期的かつ自身に関係する願い”なら、問題ないってことだよな?」
『ん――そう、かもしれませんッ』
「?」「?」
 栞菜と灯里は不思議そうに俺を見ている。



「――それならよ、ことはできるか? 具体的に言えば、5年前に、一時的に。俺はそこで“ある人”にお礼を言いたいんだよ」



「か、過去にぃ?」「お、お礼を?」
 灯里と栞菜の素っ頓狂な声を聞く。

「あっ、克樹が常日頃言っていた、“例のあの人”ぉ?」
「そうだ!」
 灯里と俺が指を差し合い、納得する。

「え、え? どういうこと?」
 一人、事情を全く知らない栞菜に説明する。
「実はよ、俺は――というか、俺と慶太は5年前に、交通事故に遭ったんだ」
「えッ!」
「厳密に言えば、“遭いかけた”だけどねぇ」
 灯里が補足を入れてくれつつ、俺が栞菜に説明した。

「その交通事故は慶太が乗用車に轢かれる際に、ヒーローみたいなお兄さんが颯爽と助けてくれたんだッ。その時にお礼を言えなかったのがずっと気になっていてよッ」
「そうなの?」
「いや、お礼はちゃんと言っていたみたいだよぉ。けいちゃんから聞いたぁ。でもこの通り、克樹はも~っと、お礼を言いたいみたぁい」

「改めて感謝の意を伝えたいんだッ! 俺はアナタに憧れてッ! アナタみたいなヒーローになりたくてッ! 恥ずかしながら、アナタの真似をしていますッ! ってさ」
「――あっ!? も、もしかして、あのヘンな自己紹介って……」
「シッ……それ以上は言っちゃダメだよぉ」
「あ……やっぱり……人助けをするヒーローには頭が上がらないけれど……なんというか……良薬にも副作用はあるものね……」
 栞菜と灯里が目を合わせ、溜め息を吐く。


 そして――、


『……う、うんッ。できると思いますッ。大丈夫ですよッ』

「え……まじ?」「ほ、ほんとぉ?」
「おいおい、ここまできて疑うのは今さらだぜ。もうすぐに、試せば分かることだ」
 俺はローズに期待の眼差しを向ける。

『では、行きますよ~~~ッッ。ムムムムゥ~~~ッッ』
 ローズが両手の指を合わせて、目を閉じ、集中する。
 それを見た栞菜と灯里が泡を食う。
「え、え、えッ!? も、もうッ!? 今すぐに!?」「えーと、ちょっと心の準備がぁ……」
「覚悟を求められるときは、いつだって突然だッ!」


『サテゲ、マハテ、タザツアカ、レメデ!』


 ローズが呪文(?)を唱えると――、



 ――世界が一変した。

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