R ―再現計画―

夢野 深夜

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第1章 楽園は希望を駆逐する

第4話 玉兎会(6日目) その5

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 鬼之崎電龍と西嶽春人を[西嶽春人の個室]に残し、和泉忍と中川加奈子を見送り、廊下で織田流水と空狐の2人きりになる。
 時刻を確認すると、既に17時を過ぎている。決起集会――『玉兎会』の開催時刻は18時、もうすぐそこまで迫っていた。

 並んで歩き出す2人。出し抜けに空狐が織田流水に切り出した。
「南北はウチらの味方になってくれると思う……が、油断はするなよ? 何を考えているのか分からないからな?」
「……う、うん、わかった」

 南北雪花は空狐へ助言をしたり、”西嶽の一件”を察していそうな口ぶりだったりと、裏で暗躍している様子だ。
 織田流水としては、彼女に真意を問い質したい気持ちもあり、少々含みのある首肯をするのだった。

 空狐は彼のその反応を気にせずに、話を続ける。
「それと、2人―― 今回の件、時時雨と白縫は知らない。2人にもバレないようにな?」
「う、うん、分かった」

 時時雨香澄と白縫音羽――2人とも行動力がある頭脳派、そして先の“むい”との弁論から分かるように<再現子>の中でも特に雄弁家だ。そんな2人に隠し事を通すのは少し荷が重い。

 しかし、和泉忍と手を組んで非常口を探していた2人なのに、今回の一件には噛んでいないのは意外である。

「……ねぇ、あの2人にも協力してもらった方がいいんじゃないの?」
 織田流水の提案に空狐が苦虫を嚙み潰したような表情をする。


「――生憎と、からな」
「え」
 空狐の思わぬ言葉に耳を疑う織田流水。


 彼の逡巡の沈黙に、空狐は目を逸らしながら言った。
「そしてそれは――がな」
「――え!?」
 空狐の信じられない台詞に織田流水が啞然とする。

 空狐のセリフを噛み砕くと、和泉忍と空狐、時時雨香澄と白縫音羽は互いに手を組み、時には協力しつつ同じ目的を達成しようとしておきながら――心の底では互いに信用していないのだと云う。
 1年以上共に過ごした仲間だというのに、信じがたい話だった。

 彼が問い質す前に、彼女は話題を変える。
「ところで織田、分かっていると思うが、?」
「え……な、なんでまた……?」
 続けざまに浮かぶ疑問に織田流水は反射で聞き返す。

「おいおい、”口裏合わせ”のことを忘れたか? お前は不注意で怪我を負い、西嶽に[個室]に連れてかれ休んでいたんだぜ? 気を取り戻した今、のは至極当然の行動だろう? というか、”怪我を治そうとする”アリバイを作っておけよ? 気を失うほど頭を打ったのに[医務室]に行かないなんて、怪しまれるだろうからな」
「……アリバイって」
 既に中川加奈子に治療してもらっていた織田流水は、”アリバイ作り”に些かの抵抗感を持つ。

「[医務室]で深木に会って診てもらうというのが最高のアリバイだが……まあいい。適度に時間を潰したあとに、会場に来いよな」
「う、うん」
 空狐の笑顔を見ながら、織田流水は気を引き締める。

 口裏を合わせるというのは、その場凌ぎの場当たり的なものではないのだ。現実の事実関係や前後の事象で矛盾が生まれないように注意を払わないといけない。

「お互い秘密を共有した身、困った時は助け合おうぜ?」
 空狐はニカッと悪戯っ子のような笑顔で言うと織田流水の前から立ち去った。

 織田流水は1人[医務室]に入る。


 [医務室]にいたのは2人。
 うち1人は、奥のベッドで寝息を立てる大浜新右衛門。意識を取り戻したといえど、いまだに予断を許さない状態だ。
 そして、もう1人は――、


「――やあ。気分はどう? ……なんて、聞くまでもないよね」


 ――南北雪花が[医務室]の丸椅子に、器用に胡坐を掻いて座っていた。


「――人払いは済ませてあるよ。私って気が遣えるでしょ?」
 南北雪花は丸椅子でクルクルと回る。
 手や足で動かしているわけでもないのにクルクルと淀みなく動く――ということは、

 その勢いに彼女の前髪が風に乗りなびく。彼女の白いワイシャツはボタンで留めているため、風に煽られても彼女の下着は見えなかった。

「…………」
 思わぬ登場に驚いた織田流水は閉めた[医務室]のドアを背に立ち尽くす。

「あと1時間足らずで『玉兎会』。時間ギリギリまでここで待機といったところかなぁ。”アリバイ作り”ならそれで十分だよね」
「…………」

のことは私が事前に他の皆にフォローしておいたよ。余程の失言でもしない限り、問題ないと思う」
「…………」
 何を言うか悩む織田流水に、南北雪花が丸椅子の回転を『念力』でピタッと止める。と同時に、もう一つの肘掛け椅子が“ひとりでに動き”、織田流水の前でピタッと止まる。

 常識も物理法則も越えた現象に、織田流水は慄く。目の前にいる少女が<超能力者>と分かっていても慣れない。

「座りなよ――見上げて話すの、疲れちゃうよ」

 自分よりも背丈が30㎝近く小さい少女の有無を言わせぬ迫力に押され、織田流水は無言で従う。
 南北雪花は目の前に座った織田流水に椅子を突き合わせて、正面から向き合う。

「ごめんね……怖い思いさせちゃって……」
 織田流水は何を言われるのかと身構えたが、南北雪花は先ほどと打って変わって、しおらしい反応をする。
 彼女は顔を伏せて話を続ける。

「あの時は“アレ”が最良だと思って動いちゃった……着地点がどの未来になるか不安だったけど、誰も犠牲にならずに済んで良かった――結果」

 南北雪花は椅子から急に立ち上がり、両手を天に掲げる。
「――私たちの大勝利ッ! “誰一人欠けずに”ここまで来れたんだッ! 全員生還までまた一歩近づいたッ! 皆の力で乗り越えられるんだッ!」
 今度は大声で高らかに喜ぶ南北雪花。

 かと思えば――、

「でも……仲間を大怪我させないといけない“未来”なんて、まだまだ甘い。まだ、もっと『予知』の精度を上げないと……推測と考察もまだまだ足りない……まだ、私にはやれることがある……」

 ――と両手を下ろし、再び肩を落とす南北雪花。

 南北雪花は立ち上がっているため、織田流水は彼女の焦点を失った目を見れた。
 “彼女らしい”テンションの乱高下に織田流水はゴクリと生唾を呑む。

 およそ13ヶ月間、寝食を共に過ごした間柄だが、こうした“彼女の目まぐるしい変貌”を、文字通り膝を突き合わせて間近で見たのは彼にとって初めての経験だった。
 人間の正負の感情が激しく動くさまは、控えめに言って不気味だった。
 ”安定”からほど遠い彼女の”不安定”な人柄に宿る得体の知れなさに圧倒される。

「…………」
 南北雪花は何も喋らなくなってしまった。彼女は棒立ちのまま、床を見つめている。

「…………えーと」
 織田流水はなんとか言葉にする。
「僕は気にしていないよ。もし気に病んでいるのなら、気にしないでいいからね。もう終わったことなんだしさ」

 織田流水の励ましのような慰めに、南北雪花は顔を上げてお礼を言った。
「……ありがとう」
 雰囲気が和らいだ様子に、織田流水は安心する。

「――西
「え?」
 南北雪花の告白に織田流水は聞き返す。

「だって、私には西んだ。私は彼の犯罪を知っていながら忠告も制止もしなかった。。それって、”不作為犯罪”じゃん」
「……む、難しいことを言うね……?」
 南北雪花の自責の念に織田流水はタジタジだ。

 不作為犯罪とは、法律上一定の法益侵害の結果を防止しなければならない義務のある者が、その果果たすべき義務に背いて放置したために発生した犯罪的結果について刑事責任を追及される罪である。

 未来が視える者がいたとしたら、未来で起こる犯罪を知ることができるのなら――その人は犯罪抑止や犯罪防止に努めなければならないのだろうか。

 たとえば、今まさにLINEなどで連絡を取っている友人が、数分後に火傷を負う未来を視たら。
 たとえば、通学や通勤ですれ違う見ず知らずの人が数時間後にひったくりに遭う未来を視たら。
 たとえば――――。

 普通の人なら努めるべきだと思うだろう。

「西嶽くんは……西嶽くんも気にしていないと思うよ、きっと。僕が言うのもなんだけど、結構伸び伸びとしていたし。確保された後も、別に悔いているわけでもなかったし」
「…………そう、なんだね」
 南北雪花の複雑な表情に、なんと言うべきか悩む織田流水。

 彼女の表情から読み解くに、心のシコリは残っているようだった。
 しかし、彼女の苦悩に対して織田流水は言葉が見つからなかった。<カウンセラー>ではなく<外交官>である織田流水には、限界があった。
 彼女の気持ちを逸らすために別の話題を出すことにした。

「―― 
 なにげない織田流水の質問に、南北雪花は言い淀みながら薄く笑って答える。

「あー、うん……うん、”大丈夫だよ”」
 南北雪花からはそのたった一言だけだった。

「……もしかして、なにかあるの?」
 織田流水は南北雪花のその歯切れが悪い様子に少し違和感を覚え、つい疑う言葉が突いて出た。

「いや、何もないよ」
 南北雪花はそう言って、丸椅子にチョコンと乗る。今度は内股座りだ。白シャツから伸びる彼女の白いおみ足が織田流水の目に入る。

 織田流水は、小柄で凹凸のない児童とも見紛う真っ平らな寸動体型の南北雪花といえども、”女の子”らしい振る舞いを見せられると、しっかり年相応の“レディー”に見えるのだなぁと、邪な気持ちが生まれるが気を強く持ち邪心を払った。

「何かあるなら教えてほし――」
「”何もない”」
「…………」
 南北雪花の力強く答える姿に、織田流水は閉口する。

 こうなった南北雪花はもう喋らないだろうと、織田流水は心の中で嘆息した。
 なので――織田流水は違う切り込み方をした。

「南北さんは――“味方”なんだよね?」
 織田流水の質問に南北雪花はピクリと反応する。
「…………」
 押し黙る南北雪花に対して、織田流水は彼女のセリフを待ち、根気強く黙り続ける。
「…………」

 彼の質問には言外の意図が含まれているのは言うまでもない。

 織田流水は、午前中に南北雪花の『予知』によって起こった“西嶽の一件”に関して、南北雪花が計画的に呼び込んだ“未来”だと疑っている。

 それを直接聞いても彼女は嘘を吐くかもしれない、はぐらかすかもしれない、とぼけるかもしれないし、回答を拒否するかもしれない。
 そう考えた織田流水は、一計を案じ、質問を工夫したのだ。

 ――自分がその質問をする意味……結局のところ、自分が望む“彼女の真意”を得られるように聞いたのである。
 つまりは仲間かどうか――ひいては、”味方かどうか”。

「…………」
「…………」
 [医務室]内の時計の音がチクタクと音を出す。
 奥のベッドで大浜新右衛門がいびきをかく。
 織田流水の肘掛け椅子や南北雪花の丸椅子がギイギイと音を出す。

 長い時間、南北雪花は黙っていたが、その思い口を開いた。

「……味方かどうか、を証明するのは難しい……けれど、仲間ではあるよ」
 ようやく聞けた南北雪花の回答に織田流水は懇願するように付け加えた。

「南北さん。僕は南北さんを仲間だとも……味方だとも思ってる。だから――だから僕は、

「…………」

「南北さん――キミは僕たちの”味方”なんだよね?」

「…………」
 南北雪花は悲しそうに、苦しそうに顔を歪ませる。

「南北さn――」
 織田流水が言い切る前に、南北雪花は手を動かして、彼女自身の口に人差し指を当てた。

 静粛を求めるジェスチャーだ。
 意外な行動に織田流水は言葉を止めて、彼女に注目した。
「ゴメン」
 南北雪花は小さくそう言って――


「―― 立ち聞きの“フリ”とは趣味が悪いよ。何か用があるなら入ったらどう。カギは空いてるよ」


 ――[医務室]の入り口のドアに向かって呼びかけた。

 織田流水は後ろを振り返り、ドアを見る。
 ドアの小窓に人影はなかった。
 数秒経っても誰も……何も起きない状況に、織田流水は困惑する。

 だが――。

 スッとドアの小窓に人影が現れて、ガチャッとドアが開き、白縫音羽が入室する。

「――驚かせてしまったみたいね。謝るわ。廊下で靴紐を結んでいたの。姿♪」

「……靴紐ないじゃん」
「あら、いいツッコミね」
 南北雪花の無慈悲な指摘に、白縫音羽は無邪気に返す。余談だが、彼女の履き物は白のローヒールだ。

「2人で楽しそうに談笑していたわね。私も交ぜてよ♪」
 彼女は笑顔を浮かべ、織田流水と南北雪花に近づいた。

 彼女の眼鏡の奥に光る双眸は、まったく笑っていなかった。



「い、いつからそこにいたの?」
 織田流水は声が上ずりながら開口一番に質問する。
 空狐に要警戒人物として名指しで挙げられた2人のうちの1人が姿を現したのだ。彼が必要以上に動揺、警戒するのも当然の心理だろう。

「ん~?」
 白縫音羽がそれに気づいたのか気づいていないのか、意味深に笑みを深める。

 織田流水が焦るのも当然、聞かれてはマズイ話題をしていたからだ。
 最後の質問はまだいい。南北雪花の立ち位置を聞いているだけと言えばそれで誤魔化せるだろう。

 それよりも前に関しては、『玉兎会』の安全性を彼女に聞いていたり、彼女が織田流水に謝罪していたりするのは、掘り下げられると少々マズイ。

 それらは巡り巡って、”西嶽の一件”に繋がるのだ。

「え~とぉ」
 白縫音羽はその綺麗な顎に、自らの手を当てて思案する。
「ついさっきよ♪」
 織田流水はその刹那、安堵する。良かった、序盤の話は聞かれていないと。

 だが――、

「嘘。

 ――南北雪花がすぐにそれを否定した。

 織田流水が驚く間に――

「こらこら、わよ~? 私はついさっき、[医務室]に来たばかりよ」

 ――白縫音羽がサッと南北雪花の後ろに回り、彼女の小さい肩にポンッと手を置く。

 彼女は意外と運動神経がいい。快楽主義な彼女はスポーツでも興じるからだ。
 白縫音羽に背中を取られても、南北雪花は気丈に言い返す。

「……。私に『透視』ができることを忘れていたんでしょ? それとも、それすら“ブラフ”だった? 私がすぐに指摘すると思っていたのに、泳がされていたのが――」

「――そういう”無意味に嘘を吐く癖”は、治した方がいいわ。だから、香澄ちゃんに嫌われるのよ」

「――――ッ!」
 南北雪花は一瞬苦痛に顔を歪ませる。白縫音羽が手に力を入れ、彼女の両肩をギュッと掴んだようだ。

「――あっ、音羽ちゃん、暴力は……」
「ふふっ、冗談よ。大事な“仲間”にそんなことはしないわ。雪花から強気で話を振られたものだから、つい興奮しちゃってね」
 白縫音羽は南北雪花の両肩をポンポンと優しく叩くと、彼女の傍から離れて、空いてる椅子に座って足を組む。

「……何か用があって来たの?」
「何って、それは勿論」
 織田流水の警戒心が見える質問に白縫音羽はそう答えて、大浜新右衛門が眠るベッドを一瞥する。

 それもそうか――と織田流水は納得した。
 当然の行動だった。

 白縫音羽が乱入した以上、南北雪花との会話を続けることは難しかった。話題の内容的に部外者に聞かれるのはマズイ。
 なにせ――南北雪花に仲間かどうか、味方かどうかを問い質していたのだから。決起集会の目前にする会話ではない。

「……じゃ、じゃあ、僕はこれで――」
「なんで? 会話の途中だったんでしょ? 続きを話したらいいじゃない。私も交ざるわ」
 白縫音羽が口を挟む。
 彼女は[医務室]に常備してあるコーヒーメーカーで、コーヒーを淹れていた。

「……それは……」と、視線を泳がせる織田流水。
「もしかして私、間が悪かったかしら? 話の腰を折っちゃってごめんなさいね」
 白縫音羽が手を口に当てて、笑みを隠す。

 織田流水は一瞬混乱したが、そうだった。
 白縫音羽は“ついさっき来た”と言っている。先ほどの会話しか知らない体裁だとしても、”自分が入室したせいで会話が終わるのは忍びないと”、こう返事するのは自然だ。

 翻って、もし南北雪花の言う通り、”最初から立ち聞きしていた”とするならば、彼女が本当に知りたかったことを知られる前に、南北雪花が話題を打ち切ったと云える。

 そうなると、これからの会話を聞かれると良くない……のではないかと、織田流水は考えた。

 だが――南北雪花に言ったことは、そのまま他の<再現子>にも当てはまる。
 よくよく考えると織田流水にとっては、白縫音羽も仲間であり、味方なのだ。

 ともすれば、ここで話を打ち切ることに意味はあるのだろうか。

 しかし、和泉忍たちとの口止め――もとい、口裏合わせの件もあるため、不必要な会話は控えるべきだろうと判断した。

「…………じゃあ、南北さん。行こうか」

「ところで、

「――えッ!?」
 白縫音羽の質問に織田流水は息を呑む。

 いったい誰からそれを聞いたのか、と織田流水は思わず視線で彼女を問い詰めた。

 彼女はコーヒーメーカーに目を向けており、織田流水の反応を気に留めていない。

 つい先ほど、口裏合わせをしてまで内緒にしたはずなのに、もう情報が漏れたのかと焦る織田流水。

 やはり、”むい”が――?

「……あら? もしかして、本当に“誰か”にやられたの? へぇ、それは災難ねぇ」
 白縫音羽の続けた言葉に織田流水は、しまったと悔いる。

 “カマをかけられただけ”だったのだ――!

「――行こう、織田流水」
 南北雪花は織田流水の後悔を強引に中断させて、彼の手を取り立ち上がらせる。
「え」
「もう少しで始まるから、ね」

 時間は17時30分を過ぎていた。
 南北雪花につれられて立ち上がる織田流水に、白縫音羽が話し続ける。

「――相手は新月さん? それとも加奈子かしら? 本命は春人よね。大穴で連蔵――」
 白縫音羽がコーヒーを飲みながら、織田流水の背中を言葉で斬りつける。

「くッ!」
 織田流水は両手で両耳を塞いでいた。リアクションだけでも見抜かれてしまいそうだった。

「……私から忠告」
 南北雪花が白縫音羽に言った。


「……ありがとう。それなら、雪花ちゃんの“支持”は得られたわけね」
「応援してる……今のところは。”覚悟”を決めてるみたいだし」
「頑張るわ」

「?」
 織田流水は残念ながら、ここでは普通の人だ。
 南北雪花のように『テレパシー』が使えるわけでもないし、白縫音羽のように高レベルの頭脳を持つわけでもない。

 そんな彼にとって、彼女たちの問答は意味が分からなかった。

 織田流水と南北雪花が[医務室]を立ち去り、白縫音羽は一人、コーヒーを飲む。

「…………ふふふふ、あっははははッ。あんなに慌てちゃって、相変わらず面白いわねぇ、流水は……」
 白縫音羽は彼らが立ち去ったドアを眺めながら、「それにしても」とポツリと言う。


……」


 白縫音羽は彼らが秘匿しようとした事実――西を、一瞬で看破した!

 ここだけの話だが補足すると、白縫音羽は織田流水への尋問で見破ったわけではない。

 ――“彼女は既に目撃情報を集めていた”ことが原因だ。

 少し時間を遡るが、まさに“西嶽の一件”が起きている最中、事情を知らぬ<再現子>に対して、空狐と南北雪花は順番にフォローを入れていた。
 白縫音羽はそれを頭に入れておきながら他の<再現子>たちと雑談をしていくにつれて、西

 織田流水の怪我が仮に人為的なものだった場合、白縫音羽にとってそれをしそうな容疑者は4名いた。(テロリストと”むい”は除く)

 だが――
 中川加奈子も候補ではあったが、”和泉忍に呼ばれてどこかに行った”という証言を得ていたため、可能性は低く見ていた。

 そこまで当たりを付けてからの、上記の尋問だったのだ――!

 結局、白縫音羽にとっての“真の質問”は、だけだった。
 織田流水に非があったかを聞かれると……相手が悪かったと云うべきだろう。

 そして時は今、白縫音羽は[医務室]で独り、医療机に肘をつき、推理を展開する。

(――流水を春人が襲ったのだとしたら……とはどういう意味なのか。比較的目撃証言の少ない、電龍の”暴力”と加奈子の”医術”が解決の要因かしら。流水が怪我をしていることから、電龍は途中から参加したとみていい。彼が最初から春人と争っていたら、流水が怪我をするとは到底思えない。

 そして、流水の口が固かったのを見るに、忍が口止めをしているのでしょう。あとで電龍と加奈子にも探りを入れて裏を取りますか。雪花の反応から、彼女も知っているのは間違いない。

 ――にしても、電龍の暴力が春人を制圧したと仮定したら、が生まれる。それだと、その春人の暴走から電龍の鎮圧までの一連の争いが、一切目撃されていないのは少々引っ掛かるわね。”人払いが完璧だった”という事実――偶然で片付けてしまうには、『決起集会』の準備作業で皆が施設全域を慌ただしく動き回る今の状況で、少々都合がいい解釈かしら。忍が人払いをしたのだとしたら納得ね。

 ただ、”他にも協力者がいたとしたら”、怪しい人物は――)

 そこまで推理を深めていった白縫音羽の頭をふと“南北雪花の忠告”がよぎる。
 彼女はニコリと微笑み、コーヒーを飲む。

「――やっぱり、その忠告は聞けないかな~」




 廊下から見える外の景色は、いつの間にか振り出した雨によって塗りつぶされていた。
 17時40分現在。7月中旬の今だと日が没する前だが、黒く分厚い雨雲によって外は暗かった。

 地上には変わらず武装した集団が互いに距離を取って周囲を警戒している。
 彼らの手には刃物類を持っているのが見える。火器は雨で使いにくいからだろう。隠す気のない凶器に、”牽制”の意思を強く感じる。
 一般人からは見づらいが、宙にはドローンが飛んでいる。雨天でも問題なく周囲を撮影できる性能をしているのだろうか。はたまた、ただ飛んでいるだけの“囮”か。いずれにせよ無視できない脅威である。

 水たまりが点々とみられ、空一面の曇り空。雨足は強く風も出てきており、夜にかけてさらに荒れると思われる。

 廊下に出た織田流水と南北雪花は思わぬ2人(?)と出会う。
「あっ、香澄ちゃん! ……と」
『どーもー! 結局、会場は出禁になってここにいることになった“むい”です!』
「流水、まだここで油を売っているのか。他の連中はもう向かったようだぞ」
 時時雨香澄と、その彼女の肩の上に器用に乗る“むい”がいた。

 ”もう1人の要警戒人物”に遭遇し、織田流水は驚いたが、2度目であるので幾分か落ち着いていた。

「うん、僕たちももう行こうと思ってて……」
 織田流水は隣の南北雪花に視線を向ける。南北雪花は無表情でそっぽを向き、一言も話さない。
 そんな南北雪花を時時雨香澄はまるで存在していないかのように無視する。

 “むい”がいる手前、質疑応答は当然ながら会話すら控えるのは彼女たちらしいと織田流水は感心した。
 ……実は単純に仲が良くないとは気づいていない。

「どこかに行くの?」
 そんな鋭いような鈍いような織田流水は、率先してくだらない会話を振る。”むい”に会話の主導権を握らせないためだ。

「ああ、[食堂]で軽食を用意したら、C棟3階の[娯楽室]に行くつもりだ。そこで暇つぶしをする。コイツと話をしてみたら、地球の盤上遊戯を多少知っているようだからな」
「盤上遊戯?」
「将棋や囲碁、オセロの類だ」
『ふっふ~んッ♪』
 “むい”が自慢げに膨らむ。

 時時雨香澄の肩幅はお世辞にも広くない。彼女の頭を圧迫しかねない勢いの“むい”と、時時雨香澄を交互に見る織田流水。

「……重くないの?」
「ああ。身体の弱い私が平気でいられるくらい軽い……”軽い”という表現でいいのか分からないが」
『ふっふ~んッッ!♪』

「……おい、それ以上肩の上で膨らむようなら叩き落とすぞ」
『シューン』
 膨張していた“むい”が萎んで元のサイズに戻る。
 どういう原理なんだ――と織田流水は内心ツッコミを入れる。

「ところで流水、お前怪我をしたらしいな。問題ないのか?」
「えっ!? あ、うんッ! ちょっと準備中に頭をね……」
 織田流水は頭を触りながら曖昧に答える。

 時時雨香澄も”実際の”詳細は知らないため、取るに足らない話題だと思い話を振ったのだろう。
 否、振った“つもり”だった――。

「…………」
 織田流水の妙に詰まった喋りと緊張した表情に、目を細める時時雨香澄。

『生傷が絶えませんなぁ~、織田くんもやっぱり男の子なんだねッ』
 時時雨香澄の疑惑に満ちた視線と、”むい”の適当な反応に織田流水は冷や汗を掻く。

 幸運にも、時時雨香澄はここで話題にするべきではないと判断したのか、それ以上追求はしてこなかった。

『ねぇ、もう早く行こうよ~。”むい”の実力を見せて驚かせたいんだけどぉ~?』
「分かった分かった」
『いつぞやの”借り”を返させてもらうよぉ~!』
「フッ、まずは利子を取り立ててやろう」

 時時雨香澄は織田流水と南北雪花に「またな」と挨拶すると、”むい”を連れて[食堂]に向かった。

 白縫音羽と同レベルの頭脳を持つ時時雨香澄が気づかずに立ち去った理由は、今日一日“むい”の見張り役として行動していたからだろう。白縫音羽と違い、他者との交流が少なく、情報収集をすることができなかった結果だ。不幸中の幸いと云える。

「…………ホッ」
 織田流水はホッと胸を撫で下ろす。その様子に南北雪花が口を挟む。

「――ラッキーだったね。一応伝えると、口に出さなかっただけで内心怒っていたよ」と、南北雪花。
「はぁ、ほんと危なかったよ」と、織田流水。

「詰め寄られたわけでもないただの会話なのに、顔色に出しすぎ――だってさ」
「……心の声を教えてくれてありがと」
 南北雪花の発言に織田流水は力なく返した。

 織田流水は早速、要警戒人物2人に遭遇し、隠し事を貫く難しさ、気まずさ、そしてその焦りに、暗澹たる気分になった。
 これから決起集会――『玉兎会』が始まるというのに織田流水の気は重くなる一方だった。

 ある意味、彼は怪我をして良かったのかもしれない。
 お酒を飲まずに済むため、口を滑らせる確率が減るのだから。


 だが、その心配も杞憂に終わることになる。
 ”殺し合い”も防げれば、争いや諍いに過ぎない。

 それは――”殺し合い”ではない。


 取り返しのつかないことが起きるのが、”殺し合い”なのだ――。


 そしてそれがどういうものなのか……皮肉にも、一致団結を目的とする『玉兎会』で見せつけられるのだった――。

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