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第1章 楽園は希望を駆逐する
第3話 崖っぷちの平穏(3日目) その10
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『――さて、じゃあ、花盛さんの件だけど……コッチもどうせ突っかかるんでしょ』
“むい”はもうイヤイヤといった感じで3名に向き直る。
「当然だ」
時時雨香澄が代表して言った。
“むい”は溜め息を吐いて言う。
『起訴状は臼潮さんと同じだよ、施設を破壊しての脱出行為。こっちは未遂とは言えないよね? 実際にバズーカ砲での砲撃をしたんだから。でも……ほら、早く反論があるならさっさと言ってよね』
“むい”はもう投げやりだ。
また3人娘が言う。
「脱出と受け取ってしまうのも分かるけど、それは不適切だわ」と、白縫音羽。
「花盛は試し撃ちをしただけだ。たまたまそれがエントランスホールのドアに当たっただけ」と、和泉忍。
「つまり、これも”冤罪”だ」と、時時雨香澄。
「? つまり、どういうこと?」
織田流水が仲間たちと顔を見合わせると、代わりに“むい”が言葉を紡ぐ。
『あーなるほど。花盛さんは脱出のために[エントランスホール]でバズーカ砲を使ったのではなく、バズーカ砲の試し撃ちを[エントランスホール]で行った、って言いたいんだね?』
3人娘は誰も口を挟まず、頷いた。
『う~ん、普通はB棟にある[工場]や[実験場]で、試し撃ちをするものじゃない? それをわざわざ[エントランスホール]でやるのは、明らかに別の目的があってのことだと思うけど? それについてはどう思うの?』
“むい”の詰問に3人娘が答える。
「試し撃ちではあるが、それは“実験”ではなく“本番”での試し撃ちだ。整えられた舞台で使用しても意味があるまい」と、時時雨香澄。
「室内での模擬演習など、いくらでも例がある。それらの一環と考えれば、どんな問題があるのか」と、和泉忍。
「アナタは知らないと思うけど、建物内でバズーカを撃つなんて行動、<再現子>なら日常茶飯事よッ!」と、白縫音羽。
“むい”は負けじと食い下がる。
『でもさぁ、結果的にそれでドアが破壊できたらさぁ、脱出するでしょ? そうだよね? この状況で、その一点は否定できないはずだよね? 否定する人間は、嘘つきだよ』
時時雨香澄が“むい”の意図を汲み取る。
「何かの事故でドアが開いたら……か。まあ、否定も肯定も今はすまい。本題はそこではないものな。“ドアが開けば脱出するかもしれない”というお前の危惧を、我々は否定できまい。当事者の我々がどう答えたところで納得なとできようはずもないからな」
和泉忍が続ける。
「でも、それはあり得ない話だ。この再現施設は非常に頑丈に作られている。たとえミサイルを撃ち込まれても、仮に隕石が落ちてきても、この施設は耐え切るだろう」
その是非は置いておいて、その力強い言説には説得力が満ちていて、この場にいる誰もが鼻で笑わずに聞き入った。
「その推論を保証するわ。“私”じゃなくて“事実”が――」
白縫音羽がそう言って、とある写真をアップロードした端末を“むい”に見せる。
同時に、<再現子>全員の端末に写真が流れる。
それは、葉高山蝶夏のカメラで撮った写真で、[エントランスホール]全体が映されていた。
[エントランスホール]は、バズーカ砲の直撃を受けたドアは無傷であり、衝撃を受けた下駄箱なども何も変わったところがない。
まるで、何も起きなかったかのような綺麗さだ。
本当に和泉忍の言った通り、否、言った以上かもしれない。ガラス張りの壁ですら、ヒビ一つ入っておらず、ビクともしていなかった。
『…………』
“むい”は食い入るように写真を眺める。
”むい”たちテロリストはこの施設を襲撃する前に調べただろうが、実際にその頑丈っぷりを目の当たりにすると、信じられないものがあるだろう。
時時雨香澄がまとめに入る。
「当然ながら、こうした施設だということを我々は最初から知っていた。花盛もだ。彼女は最初からバズーカ砲程度でドアを破れるとは、毛ほども思ってはいなかった」
「――えッ? いや、そんなことはムグッ」
思わず正直に本心を話そうとした花盛清華の口を、無言で塞ぐ空狐。
「――だから、“試し撃ち”と言ったのだ」
時時雨香澄は気にせずまとめた。
『……じゃあ、南北さんはどうしてあそこまで慌てていたのさ? 誰にも声を掛けずに、独り[食堂]を出るなんて……らしくもなく、あそこまで慌てたのは、やっぱり“むい”のルールや約束に抵触した花盛さんの末路を『予知』で視たからじゃないの?』
”むい”の疑問に、和泉忍が答える。
「それは勿論、折角設置した監視カメラとセンサーが、巻き添えを食らって故障するかもしれないから、それを防ぐためだろう」
「――あっ、ウンウン。そうだよ!」
自分の話をしていることに気づいた南北雪花は、急いで同意する。
『…………』
“むい”はしばらく黙り――、
『――じゃあ、キミたちはどう結論づけるの?』
と、聞いた。
つまり。
「――今回の薫子と清華の二件は、“むい”の早とちりと、“むい”の勘違いってことね♪」
白縫音羽がそう結論づけた。
『…………あっそ』
棘のある言い方に”むい”がむっとするが、〈再現子〉たちの怒涛の反論に負けたようだ。
『まっ、いいさ。よくよく考えると、“こんな下らないこと”で人数を減らすのも、勿体ないもんね。もうすぐ、なんだし――“むい”もいい勉強になったよ。多勢に無勢は本当だね。気を付けるとしよう。ああ、最後に判決を言おうか』
“むい”は少し元気がないようにバウンドして。
『――今回は二件とも不問にする。けど、次からは“むい”への迷惑行為として取り締まるから、二度としないように。“わざと”紛らわしい行動をすることも次からは認めないから、そのつもりで――じゃあね』
“むい”はバウンドして、いつも通りに消え去った。
“むい”が去った今、<再現子>18名が[食堂]に残った。
臼潮薫子と花盛清華は依然と椅子に座らされているまま、その周囲を<再現子>が囲む。
和泉忍が“むい”の消えた場所を、白のチョークで囲む。
「ここは、私がチョークを消すまで近づかないようにな。後で調査するから」
そう言って彼女は向き直る。
「……迷惑かけて、ごめんなさい」と、臼潮薫子。
「……悪かった」と、花盛清華。
仲間たちの視線を受けて、2人は謝罪した。
特に、責めている者はいなかったが、勝手な行動をしてしまったことへの負い目引け目からか、2人とも自発的に謝った。
「反省しているようならいいが、こんな危険なことは次から絶対にしてはいけないよッ!」と、葉高山蝶夏。
「何事もなくてよかった。結果良ければ全て良し、を実際に味わうと、緊張感からの解放感は緩急が半端じゃなくて身体が持たないね」と、矢那蔵連蔵。
委員長タイプとも云える2人が率先してその謝罪を受け入れた。
「本当だよ。ユキが無事だったからよかったものの……怪我してたらタダじゃおかなかったんだから」
峰隅進が嫌味を言う。
「派手に感電した人がいたことも、忘れないであげて……」
織田流水がフォローする。
「コレは没収……と、言いたいけれど、誰かさんが急所を打ち抜いたせいか、修理しないと使い物にならないわね、コレ」
[エントランスホール]を写真で撮り回る際に拾ったのか、白縫音羽が改造スタンガンを白衣のポケットから取り出す。彼女はそう言ってスイッチを押すが、改造スタンガンの反応がない。
狗神新月は知らぬふりだ。たしかに、時時雨香澄が挙げた条件に“武器の再利用”は含まれていなかった。
「はい、コレ返すわ。まあ、この状況だし、修理して今度こそ“ちゃんとした時”に使用する護身用にしなさいな」
「うわぁッ!? ちょ、お前、電極部を人に向けんなよッ!?」
白縫音羽にスタンガンを押し当てられるように返された花盛清華は、それが動かないと分かっていてもビクリッと身体を震わせる。
「オメェがそれを言うのかッ?」
風間太郎がツッコミを入れる。
「しかし、九死に一生を得たな……“むい”を口で言い負かすとは、恐れ入る」
鬼之崎電龍が“3名”を見る。
「最良の結果だったな。言い負かされてもゴリ押しをしてくるかと思ったが、素直に引いてくれて助かった」
時時雨香澄がホッと息を吐く。
和泉忍、白縫音羽の2人も安心している様子。
ヘタをすれば”口答え”を咎められる可能性あったのだから、3人の緊張感ももっともだ。
臼潮薫子と花盛清華が椅子から立ち上がる。
「もう一度言うけど、本当にゴメンッ! もう大丈夫ッ! 皆のために、私は今まで以上に頑張るよッ! 私が言う資格はないかもしれないけど……皆で共に生き抜こうッ!」
臼潮薫子は頭を下げ謝った後、気持ちが切り替わったのか、上げた顔はいつもの明るい笑顔があった。
「本当に悪かったなッ……オレ様だけじゃなくて、皆も大変な状況だってのにッ……大天才のオレ様が情けない姿を見せちまったぜッ。でも、もう見せねぇからよッ! 改めてよろしく頼むッ!」
花盛清華も立ち直ったようだった。
2人の復活を歓迎する一同。皆、先の一件は悪夢の再来かと気が気ではなかったのだ。
和やかな雰囲気が戻ったところで――、
「――ところで、途中に”気になるワード”があったけど……どういうつもりなのか説明を求めたいところだけど……今回はそれで助かったわけだし、聞かなかったことにしてあげようか?」
――と、矢那蔵連蔵の眼光がキラリと光る。
彼の言う“気になるワード”というのは、あの件――非常口を探している件だ。
“静観派”として行動すると方針を決めたはずなのに、それを無視するような行動――それを糾弾したいのは山々なのが、矢那蔵連蔵の表情から一目瞭然だ。ただ、今回はそれを逆手に取ったことで仲間の命を救ったため、見逃そうというのだった。
謂わば――貸し借りなし、ということか。
「否、ここで言わない不誠実さは、皆の心に猜疑心を生ませることになる」
和泉忍は矢那蔵連蔵の顔を見ずにサラリと答える。
「不誠実とか……隠し事していたくせにどの口が言うんだか……」
峰隅進に悪態を吐かれるが、和泉忍はどこ吹く風。
和泉忍がかくかくしかじかと説明をした。
「――相変わらずの勝手な行動ね。ハァッ、もはや呆れて何も言えないわ」と、溜め息を吐く深木絵梨。
「でもまあ、損はないね。それに結果論だけど、仲間の命を救うキッカケになったわけだし」と、フォローを入れる西嶽春人。
「今回の一件から、ある意味、許可が下りたと考えていいだろう。まあ、本当に結果論だがな」と、釘を刺す鬼之崎電龍。
隠し事をされていたことに不服な感情が一部見られるが、今回の功績で目を瞑る人が殆どだった。
「今更やめろとはもう言わないけど……ちゃんと成果を上げてるのか?」
狗神新月の質問に白縫音羽が答える。
「また相応しい時と場で言うわ。今言うと、私たちの口を割らせようと、また暴走する輩が出てくるかもしれないし」
白縫音羽が興味深そうに仲間たちを見る。
意外にも、和泉忍と時時雨香澄の2人も白縫音羽を睨む。もしかしたら白縫音羽の回答は、3人の予定にない内容だったのかもしれない。
「……その発言って、僕たちを信用していないのかな?」
矢那蔵連蔵は優しい声色と違い、真顔だった。が、白縫音羽はそれにも臆さずにおどける。
「アレ、そう聞こえちゃった? ごめんねぇ?」
花盛清華が呆れ顔で彼女を見る。
「つーか、その台詞、もう見つけてるって言ってるようなもんじゃねぇのかッ?」
「あーそう聞こえちゃったかぁ。ごめんねぇ?」
白縫音羽は依然とのらりくらりと答える。
「おい、このやり取りが既に無駄だぞッ。さっさと――!」
「まあまあ、落ち着けよ。その時が来たら教えてくれるって言うんなら、今はもうそれでいいじゃないか」
美ヶ島秋比呂の堪忍袋が破裂する直前に、空狐が意外にも助け舟を出す。
「和泉たちは隠し事をしていたけど、結局、全て教えてくれたじゃないか。それも“むい”を出し抜いて。その力を信じて、また今度でいいじゃないか」
「いや、そういう問題じゃ――」
「じゃあ、こいつらの口を割らせるのか? つい今しがた“むい”との舌戦を見たばかりだろう? 手間暇掛けても徒労に終わるのが目に見えているがな」
織田流水の反論に空狐がそう答え、3人娘を横目で見る。
<再現子>全員が一斉に“3名”を見て――黙る。
もうその沈黙が答えだった。
織田流水はふと、南北雪花を見る。彼女は無表情で黙ったままだ。その表情からは何も読み取ることができない。
そして――織田流水は気づかなかったが、空狐と和泉忍がアイコンタクトを取っていた。どうやら、こっちはこっちで手を組んでいる様子だ。
話が途切れたところで、思わぬ方向から話を打ち切られる。
「話は決まったようね。これで終わりかしら? じゃあ、私はもう行くから」
最後まで黙っていた中川加奈子がそう言って、席を立ちあがる。
「あっ、どこに行くの」
臼潮薫子の質問に中川加奈子が端的に答える。
「[医務室]。私の当番じゃないけど、皆、朝食まだでしょ?」
そう言われて全員がその事実に気が付く。
自覚してしまうと急に空腹感を覚える。夢中になって気が付かない間は毛ほども感じないのに、人体は不思議だ。
グウウウゥゥゥッッ。
と、一斉に腹が鳴る。
「ウッ、なんだか急に腹が減るな~ッ」と、風間太郎がお腹を抑える。
「本当に何事もなくてよかったが、気が抜けていかん」と、鬼之崎電龍はゴクリと唾を呑みこむ。
「ふぅ、一仕事終わった気分だぜ……なあ、皆でビール飲もうぜッ!」と、空狐が提案する。
「良いわね、ソレ。勝利の美酒に酔いましょうか」と、深木絵梨が賛成する。
「そのセリフ、<僧>と<慈善家>が率先して言っていいことなの……?」と、臼潮薫子が苦笑する。
「腹鳴らして涎垂らして、だらしないヤツら。それでも文明人なの~?」と、峰隅進がクスクス笑う。
「……そうは言うが、お前がひと際大きかったぞ?」と、狗神新月が無神経に言う。
「なッ!? バ、バ、バカァァッッ!!///」と、峰隅進が顔を真っ赤にさせて反論する。
「――じゃ、じゃあ、遅めの朝食にしようか、皆」と、織田流水が皆の気持ちを代弁した。
時刻は10時を回っている。
初日を襲った“悲劇”を繰り返さずに済んだ、<再現子>たちの紛れもない勝利だった。
“むい”はもうイヤイヤといった感じで3名に向き直る。
「当然だ」
時時雨香澄が代表して言った。
“むい”は溜め息を吐いて言う。
『起訴状は臼潮さんと同じだよ、施設を破壊しての脱出行為。こっちは未遂とは言えないよね? 実際にバズーカ砲での砲撃をしたんだから。でも……ほら、早く反論があるならさっさと言ってよね』
“むい”はもう投げやりだ。
また3人娘が言う。
「脱出と受け取ってしまうのも分かるけど、それは不適切だわ」と、白縫音羽。
「花盛は試し撃ちをしただけだ。たまたまそれがエントランスホールのドアに当たっただけ」と、和泉忍。
「つまり、これも”冤罪”だ」と、時時雨香澄。
「? つまり、どういうこと?」
織田流水が仲間たちと顔を見合わせると、代わりに“むい”が言葉を紡ぐ。
『あーなるほど。花盛さんは脱出のために[エントランスホール]でバズーカ砲を使ったのではなく、バズーカ砲の試し撃ちを[エントランスホール]で行った、って言いたいんだね?』
3人娘は誰も口を挟まず、頷いた。
『う~ん、普通はB棟にある[工場]や[実験場]で、試し撃ちをするものじゃない? それをわざわざ[エントランスホール]でやるのは、明らかに別の目的があってのことだと思うけど? それについてはどう思うの?』
“むい”の詰問に3人娘が答える。
「試し撃ちではあるが、それは“実験”ではなく“本番”での試し撃ちだ。整えられた舞台で使用しても意味があるまい」と、時時雨香澄。
「室内での模擬演習など、いくらでも例がある。それらの一環と考えれば、どんな問題があるのか」と、和泉忍。
「アナタは知らないと思うけど、建物内でバズーカを撃つなんて行動、<再現子>なら日常茶飯事よッ!」と、白縫音羽。
“むい”は負けじと食い下がる。
『でもさぁ、結果的にそれでドアが破壊できたらさぁ、脱出するでしょ? そうだよね? この状況で、その一点は否定できないはずだよね? 否定する人間は、嘘つきだよ』
時時雨香澄が“むい”の意図を汲み取る。
「何かの事故でドアが開いたら……か。まあ、否定も肯定も今はすまい。本題はそこではないものな。“ドアが開けば脱出するかもしれない”というお前の危惧を、我々は否定できまい。当事者の我々がどう答えたところで納得なとできようはずもないからな」
和泉忍が続ける。
「でも、それはあり得ない話だ。この再現施設は非常に頑丈に作られている。たとえミサイルを撃ち込まれても、仮に隕石が落ちてきても、この施設は耐え切るだろう」
その是非は置いておいて、その力強い言説には説得力が満ちていて、この場にいる誰もが鼻で笑わずに聞き入った。
「その推論を保証するわ。“私”じゃなくて“事実”が――」
白縫音羽がそう言って、とある写真をアップロードした端末を“むい”に見せる。
同時に、<再現子>全員の端末に写真が流れる。
それは、葉高山蝶夏のカメラで撮った写真で、[エントランスホール]全体が映されていた。
[エントランスホール]は、バズーカ砲の直撃を受けたドアは無傷であり、衝撃を受けた下駄箱なども何も変わったところがない。
まるで、何も起きなかったかのような綺麗さだ。
本当に和泉忍の言った通り、否、言った以上かもしれない。ガラス張りの壁ですら、ヒビ一つ入っておらず、ビクともしていなかった。
『…………』
“むい”は食い入るように写真を眺める。
”むい”たちテロリストはこの施設を襲撃する前に調べただろうが、実際にその頑丈っぷりを目の当たりにすると、信じられないものがあるだろう。
時時雨香澄がまとめに入る。
「当然ながら、こうした施設だということを我々は最初から知っていた。花盛もだ。彼女は最初からバズーカ砲程度でドアを破れるとは、毛ほども思ってはいなかった」
「――えッ? いや、そんなことはムグッ」
思わず正直に本心を話そうとした花盛清華の口を、無言で塞ぐ空狐。
「――だから、“試し撃ち”と言ったのだ」
時時雨香澄は気にせずまとめた。
『……じゃあ、南北さんはどうしてあそこまで慌てていたのさ? 誰にも声を掛けずに、独り[食堂]を出るなんて……らしくもなく、あそこまで慌てたのは、やっぱり“むい”のルールや約束に抵触した花盛さんの末路を『予知』で視たからじゃないの?』
”むい”の疑問に、和泉忍が答える。
「それは勿論、折角設置した監視カメラとセンサーが、巻き添えを食らって故障するかもしれないから、それを防ぐためだろう」
「――あっ、ウンウン。そうだよ!」
自分の話をしていることに気づいた南北雪花は、急いで同意する。
『…………』
“むい”はしばらく黙り――、
『――じゃあ、キミたちはどう結論づけるの?』
と、聞いた。
つまり。
「――今回の薫子と清華の二件は、“むい”の早とちりと、“むい”の勘違いってことね♪」
白縫音羽がそう結論づけた。
『…………あっそ』
棘のある言い方に”むい”がむっとするが、〈再現子〉たちの怒涛の反論に負けたようだ。
『まっ、いいさ。よくよく考えると、“こんな下らないこと”で人数を減らすのも、勿体ないもんね。もうすぐ、なんだし――“むい”もいい勉強になったよ。多勢に無勢は本当だね。気を付けるとしよう。ああ、最後に判決を言おうか』
“むい”は少し元気がないようにバウンドして。
『――今回は二件とも不問にする。けど、次からは“むい”への迷惑行為として取り締まるから、二度としないように。“わざと”紛らわしい行動をすることも次からは認めないから、そのつもりで――じゃあね』
“むい”はバウンドして、いつも通りに消え去った。
“むい”が去った今、<再現子>18名が[食堂]に残った。
臼潮薫子と花盛清華は依然と椅子に座らされているまま、その周囲を<再現子>が囲む。
和泉忍が“むい”の消えた場所を、白のチョークで囲む。
「ここは、私がチョークを消すまで近づかないようにな。後で調査するから」
そう言って彼女は向き直る。
「……迷惑かけて、ごめんなさい」と、臼潮薫子。
「……悪かった」と、花盛清華。
仲間たちの視線を受けて、2人は謝罪した。
特に、責めている者はいなかったが、勝手な行動をしてしまったことへの負い目引け目からか、2人とも自発的に謝った。
「反省しているようならいいが、こんな危険なことは次から絶対にしてはいけないよッ!」と、葉高山蝶夏。
「何事もなくてよかった。結果良ければ全て良し、を実際に味わうと、緊張感からの解放感は緩急が半端じゃなくて身体が持たないね」と、矢那蔵連蔵。
委員長タイプとも云える2人が率先してその謝罪を受け入れた。
「本当だよ。ユキが無事だったからよかったものの……怪我してたらタダじゃおかなかったんだから」
峰隅進が嫌味を言う。
「派手に感電した人がいたことも、忘れないであげて……」
織田流水がフォローする。
「コレは没収……と、言いたいけれど、誰かさんが急所を打ち抜いたせいか、修理しないと使い物にならないわね、コレ」
[エントランスホール]を写真で撮り回る際に拾ったのか、白縫音羽が改造スタンガンを白衣のポケットから取り出す。彼女はそう言ってスイッチを押すが、改造スタンガンの反応がない。
狗神新月は知らぬふりだ。たしかに、時時雨香澄が挙げた条件に“武器の再利用”は含まれていなかった。
「はい、コレ返すわ。まあ、この状況だし、修理して今度こそ“ちゃんとした時”に使用する護身用にしなさいな」
「うわぁッ!? ちょ、お前、電極部を人に向けんなよッ!?」
白縫音羽にスタンガンを押し当てられるように返された花盛清華は、それが動かないと分かっていてもビクリッと身体を震わせる。
「オメェがそれを言うのかッ?」
風間太郎がツッコミを入れる。
「しかし、九死に一生を得たな……“むい”を口で言い負かすとは、恐れ入る」
鬼之崎電龍が“3名”を見る。
「最良の結果だったな。言い負かされてもゴリ押しをしてくるかと思ったが、素直に引いてくれて助かった」
時時雨香澄がホッと息を吐く。
和泉忍、白縫音羽の2人も安心している様子。
ヘタをすれば”口答え”を咎められる可能性あったのだから、3人の緊張感ももっともだ。
臼潮薫子と花盛清華が椅子から立ち上がる。
「もう一度言うけど、本当にゴメンッ! もう大丈夫ッ! 皆のために、私は今まで以上に頑張るよッ! 私が言う資格はないかもしれないけど……皆で共に生き抜こうッ!」
臼潮薫子は頭を下げ謝った後、気持ちが切り替わったのか、上げた顔はいつもの明るい笑顔があった。
「本当に悪かったなッ……オレ様だけじゃなくて、皆も大変な状況だってのにッ……大天才のオレ様が情けない姿を見せちまったぜッ。でも、もう見せねぇからよッ! 改めてよろしく頼むッ!」
花盛清華も立ち直ったようだった。
2人の復活を歓迎する一同。皆、先の一件は悪夢の再来かと気が気ではなかったのだ。
和やかな雰囲気が戻ったところで――、
「――ところで、途中に”気になるワード”があったけど……どういうつもりなのか説明を求めたいところだけど……今回はそれで助かったわけだし、聞かなかったことにしてあげようか?」
――と、矢那蔵連蔵の眼光がキラリと光る。
彼の言う“気になるワード”というのは、あの件――非常口を探している件だ。
“静観派”として行動すると方針を決めたはずなのに、それを無視するような行動――それを糾弾したいのは山々なのが、矢那蔵連蔵の表情から一目瞭然だ。ただ、今回はそれを逆手に取ったことで仲間の命を救ったため、見逃そうというのだった。
謂わば――貸し借りなし、ということか。
「否、ここで言わない不誠実さは、皆の心に猜疑心を生ませることになる」
和泉忍は矢那蔵連蔵の顔を見ずにサラリと答える。
「不誠実とか……隠し事していたくせにどの口が言うんだか……」
峰隅進に悪態を吐かれるが、和泉忍はどこ吹く風。
和泉忍がかくかくしかじかと説明をした。
「――相変わらずの勝手な行動ね。ハァッ、もはや呆れて何も言えないわ」と、溜め息を吐く深木絵梨。
「でもまあ、損はないね。それに結果論だけど、仲間の命を救うキッカケになったわけだし」と、フォローを入れる西嶽春人。
「今回の一件から、ある意味、許可が下りたと考えていいだろう。まあ、本当に結果論だがな」と、釘を刺す鬼之崎電龍。
隠し事をされていたことに不服な感情が一部見られるが、今回の功績で目を瞑る人が殆どだった。
「今更やめろとはもう言わないけど……ちゃんと成果を上げてるのか?」
狗神新月の質問に白縫音羽が答える。
「また相応しい時と場で言うわ。今言うと、私たちの口を割らせようと、また暴走する輩が出てくるかもしれないし」
白縫音羽が興味深そうに仲間たちを見る。
意外にも、和泉忍と時時雨香澄の2人も白縫音羽を睨む。もしかしたら白縫音羽の回答は、3人の予定にない内容だったのかもしれない。
「……その発言って、僕たちを信用していないのかな?」
矢那蔵連蔵は優しい声色と違い、真顔だった。が、白縫音羽はそれにも臆さずにおどける。
「アレ、そう聞こえちゃった? ごめんねぇ?」
花盛清華が呆れ顔で彼女を見る。
「つーか、その台詞、もう見つけてるって言ってるようなもんじゃねぇのかッ?」
「あーそう聞こえちゃったかぁ。ごめんねぇ?」
白縫音羽は依然とのらりくらりと答える。
「おい、このやり取りが既に無駄だぞッ。さっさと――!」
「まあまあ、落ち着けよ。その時が来たら教えてくれるって言うんなら、今はもうそれでいいじゃないか」
美ヶ島秋比呂の堪忍袋が破裂する直前に、空狐が意外にも助け舟を出す。
「和泉たちは隠し事をしていたけど、結局、全て教えてくれたじゃないか。それも“むい”を出し抜いて。その力を信じて、また今度でいいじゃないか」
「いや、そういう問題じゃ――」
「じゃあ、こいつらの口を割らせるのか? つい今しがた“むい”との舌戦を見たばかりだろう? 手間暇掛けても徒労に終わるのが目に見えているがな」
織田流水の反論に空狐がそう答え、3人娘を横目で見る。
<再現子>全員が一斉に“3名”を見て――黙る。
もうその沈黙が答えだった。
織田流水はふと、南北雪花を見る。彼女は無表情で黙ったままだ。その表情からは何も読み取ることができない。
そして――織田流水は気づかなかったが、空狐と和泉忍がアイコンタクトを取っていた。どうやら、こっちはこっちで手を組んでいる様子だ。
話が途切れたところで、思わぬ方向から話を打ち切られる。
「話は決まったようね。これで終わりかしら? じゃあ、私はもう行くから」
最後まで黙っていた中川加奈子がそう言って、席を立ちあがる。
「あっ、どこに行くの」
臼潮薫子の質問に中川加奈子が端的に答える。
「[医務室]。私の当番じゃないけど、皆、朝食まだでしょ?」
そう言われて全員がその事実に気が付く。
自覚してしまうと急に空腹感を覚える。夢中になって気が付かない間は毛ほども感じないのに、人体は不思議だ。
グウウウゥゥゥッッ。
と、一斉に腹が鳴る。
「ウッ、なんだか急に腹が減るな~ッ」と、風間太郎がお腹を抑える。
「本当に何事もなくてよかったが、気が抜けていかん」と、鬼之崎電龍はゴクリと唾を呑みこむ。
「ふぅ、一仕事終わった気分だぜ……なあ、皆でビール飲もうぜッ!」と、空狐が提案する。
「良いわね、ソレ。勝利の美酒に酔いましょうか」と、深木絵梨が賛成する。
「そのセリフ、<僧>と<慈善家>が率先して言っていいことなの……?」と、臼潮薫子が苦笑する。
「腹鳴らして涎垂らして、だらしないヤツら。それでも文明人なの~?」と、峰隅進がクスクス笑う。
「……そうは言うが、お前がひと際大きかったぞ?」と、狗神新月が無神経に言う。
「なッ!? バ、バ、バカァァッッ!!///」と、峰隅進が顔を真っ赤にさせて反論する。
「――じゃ、じゃあ、遅めの朝食にしようか、皆」と、織田流水が皆の気持ちを代弁した。
時刻は10時を回っている。
初日を襲った“悲劇”を繰り返さずに済んだ、<再現子>たちの紛れもない勝利だった。
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私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
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