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第1章 楽園は希望を駆逐する
第3話 崖っぷちの平穏(3日目) その5
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そうして、織田流水たちは日中“むい”と共に過ごした。
その日の夜、[食堂]。
「……なんだか今日は少ないね?」
織田流水は周囲を見回す。
食堂にいるのは4名。織田流水、風間太郎、中川加奈子、鬼之崎電龍。
時刻はもう19時を過ぎており、平常であれば<再現子>の多くが集まる頃だった。中川加奈子は例によって、食事を終えるところだった。どうやら、今日は花盛清華は料理をしていないようで、中川加奈子は自作した和食を食べていた。
監視カメラを仕掛け回った面々とも、“むい”へのストーキングをした仲間とも、別れたあとの織田流水は文字通り、別行動を取り休息している。
食堂で待っていれば皆、自ずと集まるだろうと考えていた織田流水は、その淡い期待を壊された。
静かだが、着々と状況と雰囲気に異変が起きてることが伺える。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
その空気を敏感に察したからか、普段は饒舌な風間太郎も、マイペースな中川加奈子も、空気を読み気遣いができる鬼之崎電龍も、言葉を交わさない。
重い沈黙がしばらく下りた。
「だーれだっ♪」
不意に明るい声が聞こえる。
織田流水が目を上げると、空狐が小悪魔な笑顔を浮かべながら、中川加奈子の両目を手で隠していた。椅子に座る中川加奈子を後ろから空狐が抱きしめるような絵面だ。
その場にいた全員がすぐに悪戯だと気付く。
「空狐」
中川加奈子がクールに即答する。
「うわっ当たり。迷いなく答えられたわ」
空狐が悔しそうな表情に変わる。
「声の調子、手の感触、纏う雰囲気。全部がアナタを指していた。良いハンドクリームを使ってるね」
「あら、そう? ありがとう♪」
中川加奈子が出し抜けに褒めると、空狐は手を撫で合わせる。彼女はずいぶんと上機嫌だった。
「ふんっ♪ ふんっ♪ ふんっ♪」
空狐は鼻歌交じりにテーブルをグルリと回る。
織田流水の後ろに来て――。
「だーれだっ♪」
――と、空狐が同じように声を掛けてきた。
織田流水は目の前が真っ暗になる。
目を隠したものや後頭部に触れる感触から、人が人を後ろから目隠しするポーズと見抜き――さっきと同じ遊びだと分かる。
――しかし。
「…………」
さきほどの空狐と中川加奈子のやり取りから、ハンドクリームの保湿感や女の子らしい柔らかい感触かと思っていたら、全く違っていた。
「…………っ」
乾燥肌にゴツゴツとした手触りをしており、明らかに女性じゃないと織田流水の頭が訴えている。後頭部の感触もよくよく意識すると、なんだか筋肉質だ。
「…………く、くう、こ、さん?」
思いがけない違和感に頭がショートした織田流水は誤答する。
「ブッブー、ハズレだよ」と、男性の声がする。
人が離れ、視界が開けた織田流水はすぐに後ろを見る。
「あっ!?」
「残念でしたー。正解は、矢那蔵連蔵でーすっ♪」
「ドッキリ大成功―ッ!」
矢那蔵連蔵と空狐がハイタッチをする。
「へー上手いなッ! 思い込みを利用したわけかッ」と、風間太郎が感嘆する。
「ぷぷぷ……男と女の区別も付かないなんて……くくく」
「――ぐぬっ、そ、それはッ!」
空狐が小馬鹿にする表情を浮かべ、織田流水が悔しがる。
「あはっ、ごめんごめん、からかって済まんな。なんだか暗い雰囲気だったもんでどうにかしようと、矢那蔵と一計を案じたのだよ」
「そういうこと。集まりが悪くてテンション下がるのも分かるけどね…………そろそろ、皆も限界だろうしね」
空狐と矢那蔵連蔵が寂しげに食堂を見渡す。
昨夜、15名も集まった賑わいはどこへ行ったのやら、閑散としている。
ただ静かなだけではなく、哀愁が漂っていた。
また、空気が重くなりかけたタイミングで――、
「ん? 今日はずいぶんと少ないな。皆はサボりか? 食事をサボるとは、剛毅だな」
――和泉忍が入室してきた。
「「…………!」」
空狐と矢那蔵連蔵が顔を見合わせ、悪戯笑顔を浮かべて和泉忍に忍び寄る。
そして――、
「だーれだっ♪」
「むっ」
どのテーブルに着こうか迷っていた立ちっぱなしの和泉忍に、今度は空狐が目隠しをして、矢那蔵連蔵が声を掛けた。
織田流水は、そういう絡繰りか、と感心する。
中川加奈子に行った遊び自体がブラフで、本当のサプライズ相手は織田流水だったわけだ。
「……う~む」
和泉忍は腕を組み思案していた。
そのブラフを見ていない和泉忍は、このドッキリに引っ掛かるのだろうか。
即答すると思っていた空狐は、悩む和泉忍に目を細めてニヤケ顔をする。矢那蔵連蔵も同じ表情だ。
「…………」
意外と長く考える和泉忍に、食堂にいる全員が注目する。
「分かった」と、和泉忍が口に出す。
「…………」
無言で催促する仕掛け人たちに、和泉忍が答えた。
「声色から”聴覚”は矢那蔵連蔵! 掌の形から”視覚”は空狐! 足を組み替えた時の床の振動から”触覚”は織田流水! 体臭のキツさから”嗅覚”は風間太郎!」
和泉忍が淀みなく答えた。
「そして――”味覚”はいない。どうだ?」
空狐が目隠しを解除すると、和泉忍が得意げな顔を浮かべ、腰に手を当てる。
一瞬の沈黙の末――、
「いやいやいや! 想定していた回答と違うし!? これはどうなの!? 当たりなの!?」と、驚く空狐。
「と、とりあえず、正解でいいんじゃない? 空狐と僕のことは当てたし……」と、苦笑いをする矢那蔵連蔵。
「……す、すごい……だから考え込んでいたんだね……」と、目を見張る織田流水。
「オレは参加してねーわッ!? しかも、体臭じゃなくて香水だしッ!? 言葉を選べやッ!?」と、がなる風間太郎。
「<忍者>のくせに香水付けるなよ」と、マジレスする中川加奈子。
「発想に驚かされる……どんな神経してるんだ……」と、二重の意味で常識を問う鬼之崎電龍。
もはや<探偵>の能力と呼べるのか分からないほどの推理力、一瞬で食堂に誰がいたのかを把握する観察力、常人からは思いも付かない発想力、少ない情報から正解まで辿り着く思考力。
こんなふとした遊びにも発揮される彼女の優秀さ(?)に驚く一同。
そんなリアクションを気にせず、和泉忍は仕掛け人たちにフィードバックをしていた。
「味覚役を入れないという”引っ掛け”は効果的だと思うが、美しくない。ここはゲームとしての”難易度”よりも”完成度”を求めるべきだろう。味覚役を入れて、『五感当てゲーム』とした方が断然良い」
「あっ、はい。分かりました」と、らしくもなく丁寧語で答える空狐。
「なるほど。勉強になります」と、らしくもなく真面目に答える矢那蔵連蔵。
「しかし、入れることが難しい要素ではあるな……」
「いや、ちょっと待てよッ! オレが嗅覚役なの、イヤだぞッ! オレだけ貶されてるじゃねーかッ!」
和泉忍の“企画会議”に風間太郎が飛び入り参加する。
やいのやいのと騒いでいると――
「……うぃーっす」
――美ヶ島秋比呂が入室してきた。
「「「「…………!」」」」
“4名”に増えた仕掛け人が顔を見合わせ、悪戯笑顔を浮かべる。
その後、苦い苦い兵糧丸をいきなり口に突っ込まれた1人の男が、[食堂]外にまで響き渡るほどの怒鳴り声を挙げたと云う。
その日の夜、[食堂]。
「……なんだか今日は少ないね?」
織田流水は周囲を見回す。
食堂にいるのは4名。織田流水、風間太郎、中川加奈子、鬼之崎電龍。
時刻はもう19時を過ぎており、平常であれば<再現子>の多くが集まる頃だった。中川加奈子は例によって、食事を終えるところだった。どうやら、今日は花盛清華は料理をしていないようで、中川加奈子は自作した和食を食べていた。
監視カメラを仕掛け回った面々とも、“むい”へのストーキングをした仲間とも、別れたあとの織田流水は文字通り、別行動を取り休息している。
食堂で待っていれば皆、自ずと集まるだろうと考えていた織田流水は、その淡い期待を壊された。
静かだが、着々と状況と雰囲気に異変が起きてることが伺える。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
その空気を敏感に察したからか、普段は饒舌な風間太郎も、マイペースな中川加奈子も、空気を読み気遣いができる鬼之崎電龍も、言葉を交わさない。
重い沈黙がしばらく下りた。
「だーれだっ♪」
不意に明るい声が聞こえる。
織田流水が目を上げると、空狐が小悪魔な笑顔を浮かべながら、中川加奈子の両目を手で隠していた。椅子に座る中川加奈子を後ろから空狐が抱きしめるような絵面だ。
その場にいた全員がすぐに悪戯だと気付く。
「空狐」
中川加奈子がクールに即答する。
「うわっ当たり。迷いなく答えられたわ」
空狐が悔しそうな表情に変わる。
「声の調子、手の感触、纏う雰囲気。全部がアナタを指していた。良いハンドクリームを使ってるね」
「あら、そう? ありがとう♪」
中川加奈子が出し抜けに褒めると、空狐は手を撫で合わせる。彼女はずいぶんと上機嫌だった。
「ふんっ♪ ふんっ♪ ふんっ♪」
空狐は鼻歌交じりにテーブルをグルリと回る。
織田流水の後ろに来て――。
「だーれだっ♪」
――と、空狐が同じように声を掛けてきた。
織田流水は目の前が真っ暗になる。
目を隠したものや後頭部に触れる感触から、人が人を後ろから目隠しするポーズと見抜き――さっきと同じ遊びだと分かる。
――しかし。
「…………」
さきほどの空狐と中川加奈子のやり取りから、ハンドクリームの保湿感や女の子らしい柔らかい感触かと思っていたら、全く違っていた。
「…………っ」
乾燥肌にゴツゴツとした手触りをしており、明らかに女性じゃないと織田流水の頭が訴えている。後頭部の感触もよくよく意識すると、なんだか筋肉質だ。
「…………く、くう、こ、さん?」
思いがけない違和感に頭がショートした織田流水は誤答する。
「ブッブー、ハズレだよ」と、男性の声がする。
人が離れ、視界が開けた織田流水はすぐに後ろを見る。
「あっ!?」
「残念でしたー。正解は、矢那蔵連蔵でーすっ♪」
「ドッキリ大成功―ッ!」
矢那蔵連蔵と空狐がハイタッチをする。
「へー上手いなッ! 思い込みを利用したわけかッ」と、風間太郎が感嘆する。
「ぷぷぷ……男と女の区別も付かないなんて……くくく」
「――ぐぬっ、そ、それはッ!」
空狐が小馬鹿にする表情を浮かべ、織田流水が悔しがる。
「あはっ、ごめんごめん、からかって済まんな。なんだか暗い雰囲気だったもんでどうにかしようと、矢那蔵と一計を案じたのだよ」
「そういうこと。集まりが悪くてテンション下がるのも分かるけどね…………そろそろ、皆も限界だろうしね」
空狐と矢那蔵連蔵が寂しげに食堂を見渡す。
昨夜、15名も集まった賑わいはどこへ行ったのやら、閑散としている。
ただ静かなだけではなく、哀愁が漂っていた。
また、空気が重くなりかけたタイミングで――、
「ん? 今日はずいぶんと少ないな。皆はサボりか? 食事をサボるとは、剛毅だな」
――和泉忍が入室してきた。
「「…………!」」
空狐と矢那蔵連蔵が顔を見合わせ、悪戯笑顔を浮かべて和泉忍に忍び寄る。
そして――、
「だーれだっ♪」
「むっ」
どのテーブルに着こうか迷っていた立ちっぱなしの和泉忍に、今度は空狐が目隠しをして、矢那蔵連蔵が声を掛けた。
織田流水は、そういう絡繰りか、と感心する。
中川加奈子に行った遊び自体がブラフで、本当のサプライズ相手は織田流水だったわけだ。
「……う~む」
和泉忍は腕を組み思案していた。
そのブラフを見ていない和泉忍は、このドッキリに引っ掛かるのだろうか。
即答すると思っていた空狐は、悩む和泉忍に目を細めてニヤケ顔をする。矢那蔵連蔵も同じ表情だ。
「…………」
意外と長く考える和泉忍に、食堂にいる全員が注目する。
「分かった」と、和泉忍が口に出す。
「…………」
無言で催促する仕掛け人たちに、和泉忍が答えた。
「声色から”聴覚”は矢那蔵連蔵! 掌の形から”視覚”は空狐! 足を組み替えた時の床の振動から”触覚”は織田流水! 体臭のキツさから”嗅覚”は風間太郎!」
和泉忍が淀みなく答えた。
「そして――”味覚”はいない。どうだ?」
空狐が目隠しを解除すると、和泉忍が得意げな顔を浮かべ、腰に手を当てる。
一瞬の沈黙の末――、
「いやいやいや! 想定していた回答と違うし!? これはどうなの!? 当たりなの!?」と、驚く空狐。
「と、とりあえず、正解でいいんじゃない? 空狐と僕のことは当てたし……」と、苦笑いをする矢那蔵連蔵。
「……す、すごい……だから考え込んでいたんだね……」と、目を見張る織田流水。
「オレは参加してねーわッ!? しかも、体臭じゃなくて香水だしッ!? 言葉を選べやッ!?」と、がなる風間太郎。
「<忍者>のくせに香水付けるなよ」と、マジレスする中川加奈子。
「発想に驚かされる……どんな神経してるんだ……」と、二重の意味で常識を問う鬼之崎電龍。
もはや<探偵>の能力と呼べるのか分からないほどの推理力、一瞬で食堂に誰がいたのかを把握する観察力、常人からは思いも付かない発想力、少ない情報から正解まで辿り着く思考力。
こんなふとした遊びにも発揮される彼女の優秀さ(?)に驚く一同。
そんなリアクションを気にせず、和泉忍は仕掛け人たちにフィードバックをしていた。
「味覚役を入れないという”引っ掛け”は効果的だと思うが、美しくない。ここはゲームとしての”難易度”よりも”完成度”を求めるべきだろう。味覚役を入れて、『五感当てゲーム』とした方が断然良い」
「あっ、はい。分かりました」と、らしくもなく丁寧語で答える空狐。
「なるほど。勉強になります」と、らしくもなく真面目に答える矢那蔵連蔵。
「しかし、入れることが難しい要素ではあるな……」
「いや、ちょっと待てよッ! オレが嗅覚役なの、イヤだぞッ! オレだけ貶されてるじゃねーかッ!」
和泉忍の“企画会議”に風間太郎が飛び入り参加する。
やいのやいのと騒いでいると――
「……うぃーっす」
――美ヶ島秋比呂が入室してきた。
「「「「…………!」」」」
“4名”に増えた仕掛け人が顔を見合わせ、悪戯笑顔を浮かべる。
その後、苦い苦い兵糧丸をいきなり口に突っ込まれた1人の男が、[食堂]外にまで響き渡るほどの怒鳴り声を挙げたと云う。
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