R ―再現計画―

夢野 深夜

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第1章 楽園は希望を駆逐する

第3話 崖っぷちの平穏(3日目) その1

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 昨晩の夕食を楽しく食べた織田流水は、すっかり体力と気力を回復した。
 翌朝、織田流水はこれまでと異なり、寝過ごすことなく起床できた。

 再現施設では集団生活のため、私生活もある程度合わせるようにルールがあった。
 朝8時に[食堂]で朝食。昼12時に[食堂]で昼食。午後15時に[食堂]で間食(任意)。夜19時に晩食。夜22時に夜食(任意)だった。
 そのため、織田流水は朝8時に食堂に向かったが、予想と反した光景が拡がる。

「……あれ?」

 食堂にいたのは、たった3名。葉高山蝶夏、狗神新月、西嶽春人。
 この時間帯には多くの<再現子>が朝食を摂るために食堂に現れるのが常だった。

「「おはよう」」

 狗神新月と西嶽春人の2人は同じ言葉を発した。葉高山蝶夏は手を上げて会釈するだけだ。
 葉高山蝶夏は今は口をマスクで覆っており、ゴーグルで目も隠しているため、とうとう肌色の面積が皆無になっていた。見た目は全身緑色の不審者だ。

 織田流水は3人の近くに着席する。
「ずいぶん少ないね。花盛さんもいなさそう、だよね?」
 織田流水は厨房を見遣る。
 厨房に繋がるドアは閉められており中は見えないが、人が作業をしているような物音はしない。
 料理が趣味の花盛清華がいないのは少し珍しい。

「ああ。お前が来る前に用を済ませた者もいる。矢那蔵と鬼之崎、風間は“むい”への付き纏いをしているころだ。今日から葉高山は静養することになったから、その代理でな」
 狗神新月はそう言って、隣に座る葉高山蝶夏の肩を叩く。
「……っ! ……っ……っ! ……っ!」
 葉高山蝶夏は声を出さずに身振り手振りで自身の無念さを訴える。
「ちゃんと白縫サンの言う事を守って、直ぐに治そうね」
 西嶽春人がニッコリと微笑む。

「和泉、白縫、時時雨の三人は早く来て朝食を済ませ、どこか用事があるとかで去っていった。空狐も早く来て、同じように早々に出かけて行ったぞ」
「…………」
 きっとあの三人は今日も皆に内緒で非常口を探しているのだろうと、織田流水は心の中で思う。
「深木と美ヶ島は大浜の看病。南北はどうせ引きこもりだろう。あとの連中は見てないな」
「……狗神さん、いつから食堂にいたの……」
 織田流水は明確な目撃証言を上げる狗神新月にある意味恐怖を抱いた。

 彼女の証言を信じるならば、このあと食堂に来るとしたら花盛清華、臼潮薫子、峰隅進、中川加奈子の4名。
「……あ、噂をすれば、だね」
 西嶽春人が食堂の入り口を見ていた。

 食堂に新たに来たのは、峰隅進だった。
「あっ、暇人ども見~っけ」
 峰隅進が彼らの姿を見ると、嬉しそうに近づいてくる。

「今日これだけ? なんだか少なくない?」
「ああ――」
 狗神新月が先ほどと同じ説明をする。

「ふ~ん、まあ、ここ2日間、まったく同じ生活を繰り返しているだけだし、嫌気が差したんでしょ。いつも同じ面子の同じ顔が並んでいたら、誰だってそう思うし」
「そうなのか?」
「はっ、<軍人>さんは常在戦場の精神だから気にしないだろうけど、普通の人間は変わり映えのない生活を送っていると、イヤになるもんなのッ」

 峰隅進が彼ら4名を順々にジロジロと眺める。
「……<軍人>に男手3人かぁ。まあ、及第点かな」

 峰隅進の品定めのような発言を受けて、西嶽春人が紅潮する。
「え、男3女1だから及第点って……“ナニ”をさせる気なの!?」
「……はぁッ? 何言ってるのッ! アタシがそんなことさせるわけないでしょッ!?」
「たしかに……男女1組、男2人組と考えればバランスはいいけれど……心の準備ってものが……ブツブツ」
「おいっ、話聞けって! もしくは黙れ! 色ボケ天パ男!」
 妄想を暴走させる西嶽春人に峰隅進が怒りの声を上げる。

「峰隅、西嶽はなんのことを言ってるんだ?」
「は、はぁッ!? なんでアタシに聞くのッ!?」
 真顔で聞く狗神新月を睨む峰隅進。若干、顔が赤らんでいる。
「? お前には伝わっているじゃないか」
「~~~~っ!」
 葉高山蝶夏も真顔で峰隅進を見つめている。織田流水はいたたまれずに顔をそむけた。

「もういいッ! そこのバカは放って、話を続けるからッ! お前ら、暇そうだから、アタシたちの仕事を手伝えッ!」
 峰隅進は4人を指さす。
「仕事?」
「お前ら4人とアタシを合わせた5人で、このC棟に”監視カメラ”を仕掛けるぞッ!」



 5人の一行は朝食を済ませると食堂から移動し、とある人物の個室を訪れていた。

「ここ2日間、姿を見かけないと思っていたが、まさか裏でそんなことをしていたとはな」と、狗神新月が感心する。
「さすが、南北さんだよね」と、織田流水が嬉しそうだ。
「ハアァっ……真面目な依頼で期待外れだよ。あっ、でも“監視”ってことは――」と、西嶽春人は顎に手を当てる。
「――お前、私が許可するまでもう口開くなよ?」と、峰隅進が彼を睨む。
「……っ! ……っ……っ! ……っ!」と、葉高山蝶夏が柔軟体操をする。
 5人は南北雪花の個室の前に立っていた。

 およそ2日間、引きこもっていた南北雪花は、なんと、監視カメラを作っていたのだという。

 “むい”は干渉してこないと言っていたが、万が一のため、防衛の手段を模索していたのだろう。
 あからさまな武器や兵器は奪われる可能性があるが、カメラであれば、テロリストに悪用されることも少ないだろう。なにせ、相手はドローンを使用しているのだから、わざわざ<再現子>のカメラを奪う必要もあるまい。
 それに、行動を監視されている<再現子>たちが、“むい”たちテロリストを監視したくなる感情は当然の帰結。非常口の捜索を黙認している以上、監視カメラの設置で出しゃばってくることもないはずだ。

 加えて――南北雪花の提案だ。
 彼女の『予知』能力を考えれば、問題が起こるとは思えないし、何らかの効果を期待できる。

 峰隅進が南北雪花の個室のドアをガチャリと開ける。どうやら南北雪花は鍵を開けて待っていたようだ。南北雪花の提案というのも、本当のようである。
「――じゃあ、ここで待ってて。アタシがカメラを持ってくるから」
「えっ、手伝うよ。C棟全域に仕掛けるってことは、結構な数なんでしょ? 1人だと大変じゃない?」

 織田流水の名乗りを峰隅進が冷ややかな目で見つめる。
「アンタ、アホ? いくら1年以上共に過ごしたからって、女の子の私室に土足で上がろうなんて発想、アンタとゴキブリしかしないよ? 丸めた新聞紙で叩かれて駆除されたら?」
「…………」

 ――バタンッとドアは冷酷に閉められた。

 峰隅進は織田流水を罵倒すると南北雪花の個室に入っていった。
「……そんなつもりじゃないのに……」
 織田流水は涙がちょちょぎれた。

「その、なんだ、お前の気遣いは間違っていないが……うん」「……っ! ……っ!」「もしかして、織田くんは罵倒されるのは好きじゃない?」
 狗神新月と葉高山蝶夏と西嶽春人から慰められる織田流水は、今後の振る舞いに注意することを誓った。

 このC棟の個室は全て、防音設備がしっかりと施されている。
 そのため、室内の物音はドアを閉めれば廊下に漏れてくることはない。
 峰隅進が南北雪花の部屋の中で準備をしていることだろうが、無音となった廊下で待たされる4名は、少しの時間とはいえ退屈を感じていた。

「……そういえば、今朝から姿を見てない連中も、個室にいるなら呼び出して手伝わせるのがいいんじゃないのか?」
「あ、それもそうだね。時間があるなら手伝ってもらおうよ」
「賛成だね。ボクみたいな社会のゴミが地面の下まで頭を下げても効果がないだろうけど、キミたちの頼みならきっと二つ返事で引き受けてくれるよ」
「……っ! ……っ!」
 葉高山蝶夏が西嶽春人の発言を否定するように首を横に振る。その傍で、狗神新月と織田流水の2人が臼潮薫子の個室の呼び鈴を鳴らす。

 ――ピンポーン。

「…………」
「…………」
 狗神新月と織田流水は互いに顔を見合わせる。
「出てこないな」
「あれ、留守かな?」

 気を取り直して、今度は花盛清華と中川加奈子の個室も同様に鳴らすが、反応はない。
「……既にどこかに出かけていたのか? 食堂に来なかったのもそのせいなのか」
「う~ん、いないならしょうがないのかな……でも、どこに行ったんだろう?」
 狗神新月と織田流水が彼女らの行方を考えるところで――、

「――よしっ、お待たせッ! じゃあ、行くよッ」

 ――峰隅進が段ボールを抱えて出てきた。その数、計3つ。
 同じサイズ、同じ形、同じ見た目の簡易的なカメラが、10個あった。
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