R ―再現計画―

夢野 深夜

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第1章 楽園は希望を駆逐する

第2話 無為に帰す(1日目) その2

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 数時間[医務室]で安静に過ごした織田流水は、包帯を解きガーゼを剥がし、無事に完治して食堂に移動した。
 不可抗力のため昨日の昼から何も食べておらず、心身ともに回復した彼は食欲に身を委ねることにした。

 既に時間は夜半前に至る。

 [食堂]は今日の喧噪があったとは思えないほど、キレイに掃除されていた。
 血痕や弾痕はなく、床に激しく倒されたテーブルや椅子も、まるで新品のようにピカピカになっていた。
「…………」
 織田流水は目前の食堂内をキョロキョロと見回す。ものの数時間とは思えない回復ぶりに驚きを隠せない。

「――あっ!?」
 まだ食堂に残っていた<再現子>が織田流水に気が付き声を挙げる。
「――ちょっとッ!? もう動いて大丈夫なのッ!?」
 臼潮薫子が走って織田流水に近づいてくる。

「うん。ご心配おかけしました」
 織田流水は頭を掻き、彼女に無事を伝える。

「良かったッ! 本当に良かったッ!」
 臼潮薫子は目に涙を浮かべ、織田流水を抱きしめる。

「……っ!? ちょ! ちょっと、か、薫子さん!? あ、ありがとう……?」
「シン君がに遭って……! 私、もう不安でいっぱいで……!」
 織田流水は<アイドル>にいきなりハグをされて、ドギマギと照れる。

「あっ、ごめんね!? まだ治ったばかりなのに……」
「いや、全然元気ですよッ! このとーり、ピンピンしてますから!」
 織田流水は、悲しそうな表情をする臼潮薫子に元気いっぱいのアピールをして彼女を励ます。照れ隠しも多分に含まれることだろう。

 臼潮薫子は織田流水を支え、仲間たちが集まっているテーブルまで連れて行った。

 そこには“4人”いた。

「ほんとーに良かったよ。サヨナラも言えないでお別れなんて御免だからね」と、矢那蔵連蔵が茶化しつつも、ホッとしているのが表情に出ていた。
「無事で良かった……だが、油断はするなよ。病み上がりはぶり返しが怖いのだ」と、鬼之崎電龍が両腕を組み、気の緩みを窘めるも声色は優しい。

 この2人はしっかりと織田流水を迎えてくれた。

 残りの2人はというと――、

「……っ、えいっ……くそっ……このっ……!」と、女は手持ちの携帯ゲーム機に集中している。ポチポチと懸命に操作をしている姿から、織田流水をまったく気にしていないのが伝わる。
「ぐー、がー、ごー……ぐがっ」と、男は酔っぱらってテーブルに突っ伏して爆睡している。顔には落書きがされていた。

「…………」
 織田流水はその落書きにツッコミを入れるべきか悩むが、無視することにした。

「みんなも無事で良かったよ。あれから酷いことはされなかった?」
「ああ、キミが倒れてからは――」
 彼は着席し、自分が気絶してから起きた主な話を聞く。

 ――お昼時から夜の晩御飯までの時間の話だ。

 まず、大浜新右衛門の治療があった。これについては中川加奈子の云った通りであるため割愛。

 次は、[食堂]の修復作業があった。荒れた食堂内を皆で清掃したのだ。食事を摂る上でも、また、全員がよく集まる空間でもあったため放置することができず、全員で協力して片付けたのだ。

 最後には、今後の行動方針を決める議論を行った。これについては自然発生的に意図せず起こったようだ。手持ち無沙汰になった仲間たちが自然と食堂に集まり、休息や雑談をする最中に自然とその話題になったのだという。

 やるべきことが終わり、物理的な時間と精神的な余裕が生まれたことで、無視できない現実の問題が、その重たそうな首を目の前にぶらさげてきた、といった感じだろう。

 このあたりは、大浜新右衛門の治療や[食堂]の修復作業の間でも静かにくすぶってきた、事件への動揺や将来への不安、人質にされる恐怖が溜まりに溜まって一気に爆発したのだと云う。

「――その時の荒れようと云ったら、まるでアクションアニメのワンシーンだったよ……ハァ」
 臼潮薫子が片肘を突き、溜め息を吐く。
 空気が重くならないように冗談めかして言ったものの、無理やり上げた空元気そのものだった。

「笑いあり、涙あり、感動ありの大迫力! ……一大スペクタクルだったよ」
 矢那蔵連蔵が口角を上げて紅茶を呑む。だが、目が笑っていない表情から、こちらも空気を悪くしないように冗談で言っているのが分かる。

「他人事のように言っているが、貴様も一緒に荒れていただろう?」
 鬼之崎電龍がそれに気が付かずに冷静にツッコミを入れる。

「そ、そうなんだ……」
 織田流水はホワイトソースのクリームシチューを食べながら聞いていた。

 ホタテやエビ、ハモなどの魚介類に、白菜やほうれん草が入った栄養満点の晩御飯だ。じっくりコトコト煮込まれていて、非常に美味だった。料理が得意な<再現子>――花盛清華はなざかりせいかの作り置きを温めなおして頂戴したのだ。

 鬼之崎電龍が話を続ける。

「ああ、主張する内容は仲間想いの一言だが、存外“熱くなる”タイプなのだと驚かされた」
「……そう冷静に分析されると恥ずかしいよ」
「あ、でも、私もそれ思った。やっぱり1年程度じゃ人の心の底は見えないね」
 矢那蔵連蔵がそっぽを向き、臼潮薫子がウンウンと頷く。


 さて。
 鬼之崎電龍の紹介をしておこう。彼は<力士>の<再現子>だ。

 その名に違わぬ大柄な身体が最大の特徴だ。身長は2メートルを越えており、<再現子>たちの中で最高を誇る。筋骨隆々で逞しい肉体を持ち、胸板はまるで鎧を着ているかの如く重厚で、サイズピッタリのピチピチな半ズボンから生える両脚の太さは大木の幹と見紛うほど。

 下駄と足袋を履き、上半身は4XLサイズの生地に大きな渦巻きが描かれたTシャツ。その上に〈光焔万丈〉と真紅の刺繍が施された黒い厚手のコートを羽織っている。真っ白なしめ縄が目を引く。

 そして――一番目立つのは覆面だろう。目鼻口がスッポリと覆われており、口が見える葉高山蝶夏以上に表情が読めない。首から上で分かるのは、雄々しい骨格が窺える頭の輪郭と、熱血さを感じさせる短髪と、覆面からポツンと生えている両耳だけだ。


「――それで、他のみんなは……?」と、織田流水。

「口論や取っ組み合いもひと段落した頃に、徐々に食堂から立ち去って行った」
「葉高山と狗神は“むい”に抗議しに行ったよ。今もやっているかは知らないけどね」
 鬼之崎電龍と矢那蔵連蔵が答えてくれた。

「狗神さんが付いて行ってるんだね」
「うん、ほら……葉高山一人じゃ、何しでかすか分からないし……」
 矢那蔵連蔵の返答に「ああ、まあ」と織田流水は納得する。

「残りの人たちは知らないけど、個室に戻ったんじゃないかな? 結局、議論も平行線で有耶無耶になったから。きっと明朝にまた議論すると思うよ。そういう空気だったし」
 臼潮薫子の発言を受けて、織田流水がふと再考する。

「“むい”に抗議か……つい流しちゃったけれど、行動力がすごいね」

「ね……新月ちゃんが護衛のために付いてくれてるけど、不安だよね。でも新月ちゃんが、いざという時に人数が多いと守り切れなくなるって言ってね……」
「ああ、言いそう~!」
 臼潮薫子の発言に織田流水が同意を示す。

 <軍人>の狗神新月は自他ともに認める生真面目さと冷静な思考が持ち味だ。きっとその“いざという時”の戦闘シミュレーションも脳内で済ませているのだろう。

「ま、彼女がついてるなら安全でしょ。彼女の強さは僕たちの誰しもが認めるもの。現時点だとこの施設内で1,2を争うほどに、“安全”だ」
「……ふっ、そこまで高評価だと、<軍人>冥利に尽きるだろうな」
 矢那蔵連蔵が背もたれにギッシリと身を預け、鬼之崎電龍が覆面の陰で微笑んでいるのが伝わった。
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