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第1章 楽園は希望を駆逐する
第1話 C棟(1日目) その7
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『――さて、繰り返しになるけど、我々がキミたちに求めることは一つ。”人質らしい従順さ”だ。そうすれば最初に伝えた通り、多少の自由は許可しよう。この施設内から出ないことを条件に、キミたちを拘束せず、自由行動をすることを認める。そして、無事に交渉が成立した暁には、無傷で解放することを約束する』
多数の銃口を向けられ、動揺や混乱の最中にある〈再現子〉たちを傍目に“むい”がマイペースに続ける。
『無論、職員たちとの通信手段は絶たせてもらう。彼らの所有する電子機器はもちろん、食堂を始めとした館内放送について、建物を越えた放送能力はなくさせてもらうよ。C棟内のスピーカーは最大範囲でもC棟内全域のみに聞こえる、といった具合にね――ただ彼らは無事だ。キミたちに対するよりかは幾分か、強引に拘束させてもらってはいるがね。……なに、傷を負っている者は少ないし、そもそも命の危険はないから安心したまえ』
周りから恐怖に怯えた泣き声や、緊張感に潰されそうな苦悶の声が小さく聞こえる。
『それと、今目の前にいる武装集団は職員たちがいるA棟全域と各棟の屋上、そして施設外の見張りをしてもらう。万が一にも脱出しようなどとは考えないでくれ。もしそれが発覚したら、安全の保障は撤回するから気を付けて。それと、“むい”も監視役兼管理人だけど、極力干渉しないようにするよ。じゃあ、ほかに質問は――?』
無感情に話を進める“むい”。しかし、もはや質問なんて言い出せそうな空気ではなく、〈再現子〉たちは黙りこくっていた。
『――じゃあ、話は終わりだね……なに、数日の我慢だよ。あ、そうそう忘れていたよ』
“むい”はまるで困っている人に声を掛けるような穏和な口調で――、
『“むい”への暴力行為を働いたペナルティを与えないとね』
――突き刺すような鋭い言葉を放つのであった。
「――――!」
騒然とした空気の中、美ヶ島秋比呂が背負っている太刀の柄を手に身構え、不敵に笑う。
「…………へぇ、何をしてくれるんだ?」
美ヶ島秋比呂の雰囲気が変わり、最大まで警戒し、闘志が全身から溢れ出ていた。
『……ふふふ、まったく、生きがいいねぇ』
“むい”がポムポムと嬉しそうに軽快にバウンドする。
「――皆、下がれ」
美ヶ島秋比呂の横に並ぶように前に出た、“電さん”と呼ばれた巨漢――鬼之崎電龍が他の全員を後ずさりさせる。
鬼之崎電龍についての紹介は改めてするが、ここにいる19名の<再現子>の中で、最も戦闘に長けた人物の一人とだけ、言っておこう。
「ちょ、ちょっとちょっと、な、何が起こるのっ? 大丈夫なのっ?」
「……穏やかじゃないのは確かねぇ」
臼潮薫子の不安げな声に、白縫音羽が興味深そうに眺めていた。
「クドクド語っていたが、とうとう凶暴な“宇宙人”としての正体を現すんだッ! ビームだッ! 宇宙人ならビームを撃つぞッ! アッキー、気をつけろッ!」
熱がこもった仲間の<再現子>の助言が、美ヶ島秋比呂に届けられる。
「おい空狐ッ! 少しはオレの心配をしろよッ!」
そんなやり取りを見ていた“むい”は不満げな声を挙げる。
『ヤレヤレ、物騒な話をするなーもー。ビームなんて出せるわけないじゃないか、SFじゃあるまいし。この小説はミステリーのジャンルだろう? だったらもっと現実的なモノが出るに決まってるよ。……それと――』
美ヶ島秋比呂は頭に疑問符を浮かべ、“むい”を見続ける。
鬼之崎電龍がハッと何かに気づき、“むい”がいる方向とは反対の――食堂の入り口を見る。それに釣られて〈再現子〉たちは全員、彼の視線の先を見た。
先ほどから変わらず、武装した男たちが銃器を構えていた。
銃口は依然として〈再現子〉たちに向けられたままだ。そして――より具体的に言えば、その銃口は”美ヶ島秋比呂に向いていなかった”。
『……それと――ペナルティを受けるのは、美ヶ島秋比呂――キミじゃない。キミへの罰は、キミの仲間が受けるんだ。キミの罪は、キミの仲間が償うんだ』
償うのは――、
“むい”の冷たい声が食堂内に響いた。
『――織田流水。キミだよ』
「…………えっ?」
織田流水は反応が遅れて、自分の名前を呼ばれたことが分かった。
「なっ!?」「えっ、どうしてっ!」
誰かの悲鳴が挙がる。
驚きを通り越した困惑が、織田流水の頭をショートさせる。彼はもう何も考えられなかった。
仲間たちの当惑した顔が、彼に向けられている。恐怖に満ちた眼差しが彼を貫いた。
美ヶ島秋比呂が太刀を抜き、“むい”に向き直る。
「おいっ、お前! 仲間に手を出すな! 罰はオレに――!」
『――5秒後に一斉射撃……キミの死因は銃殺だ、遺言は早めにね』
全く理解が追い付いていない織田流水を無視し、美ヶ島秋比呂の抗議を意に介さず、“むい”が続ける。
『――5、』
「……ぅ」
織田流水は衝撃に頭が追い付かず、動揺と緊張で体は強張り、生唾を飲み込もうとするが喉が通らない。
「……お、おい、これ、何が起こって――」「いいから、こっちに来いっ!」
突然のカウントダウンに織田流水の傍にいた仲間の<再現子>がもたつき、ほかの<再現子>に織田流水の傍から引き離される。
『――4、』
その行動を見たほかの<再現子>たちも動き出し、蜘蛛の子散らすように<再現子>たちが織田流水から離れる。
いまだ状況についていけず動けない<再現子>もいたが、それは動ける者が引っ張って、あるいは引きずって、織田流水から引き離す。
「おいっ、今は動くな!」「織田くんが……ッ! 助けないと……ッ!」
織田流水に近づこうとした仲間を、鬼之崎電龍が引き留める。
『――3、』
「待てッ! 話し合いを要求するッ! おいッ! カウントを止めろッ!」
「危ないから伏せろって! 立ち上がるな!」
仲間にのしかかられ押さえ付けられた和泉忍が、それでも必死に声を挙げる。
『――2、』
あちこちで悲鳴が飛び交い、パニックの様相を呈していた。あるところでは仲間の背中に隠れるように、別の仲間がコソコソと身を縮めていた。
「ちょっと!! アタシを楯にするなーーッッ!!」
「た、楯にしてないしッ! ちょっと背中にゴミがついてたから、取ってあげてるだけだしッ!」
『――1、』
「くっ、おいッ、やめろッ! やめろってッッ!!」
美ヶ島秋比呂は冷や汗を浮かべ、焦りが見られる。彼は“むい”と織田流水を交互に見ていた。彼もまた、自身の言動が原因で”大切な仲間”が殺されるという極限の状況に追い込まれ、身動きが取れなくなっているようだった。
『――0』
「……ま……まって……まってよ……」
織田流水が漸く絞り出せた声はか細く、まるで虫の羽音のようで、銃殺刑が起こる直前の喧騒の中では誰の耳にも聞こえなかった。
彼の足はガクガクと震え使い物にならず、手は身を守ろうと突き出しているが、弱弱しく震えていた。
「……どうして……僕なの……」
織田流水の目には涙が浮かんでいた。
――その時、一人だけ、彼の声が聞こえていた。
「うおおおおぉぉぉおおおぉぉっっっ!!!」
目の前の恐怖に打ち勝った”勇者”が立ち上がり、自らを鼓舞するために咆哮を挙げて、走り出す。
「――あっ!」
誰かが何かを言う前に、その男は――大浜新右衛門は織田流水に向けて走り出していた。
織田流水がそれをハッキリと認識する前に、大浜新右衛門は織田流水の下に辿り着き、そして、盛大に彼を突きとばした。
――ダダダダダダダダダッッッ!!
雪崩のような銃声が響き渡る。
織田流水はそれを聞きながら、テーブルや椅子に激しくぶつかり、それでも勢いは殺されず柱に身体を打ち付けた。
頭がガンガンと響く中、仲間たちの叫び声が聞こえ、鼻を突くような火薬の臭いを感じ取った。
まるで――今、花火大会が始まったかのような、そんな臭い。
織田流水は目が回るような、いや、目が回っている心地で辺りを見渡す。
「……な、なんだよ、これ……!?」
誰かの声が聞こえた。織田流水がさっきまで立っていた場所には、一人の男が倒れていた。
――その床には、津々と赤い液体が拡がっていき、それはまるで絨毯にジュースを零したようで。
「――う、うわああああぁぁあああっっ!」
誰かの絶叫が響いた。
――パンパンパンッ!
それに被せるように、銃声が数発響く。
「……ッ」
武装していた男たちのうち、後列が身を引き、食堂から出て行った。
前列の男たちは依然変わらずライオットシールドを構えていたが、先ほどよりも気合が入っている。
どうやら発射音は武装集団側から出てはないようだ。いったい誰が――っ!?
――バシャッ!
それとは反対方向でも、壁に液体をぶちまけたような音がした。
「……で、電さんッ!」「話はあとだ! 大浜の傷の手当をッ!」
鬼之崎電龍が美ヶ島秋比呂と“むい”の間に立っていた。
だが、肝心の“むい”の姿はなく、前方の壁には藍色の液体が拡がっていた。まるで塗られたばかりのペンキのように垂れている。
どうやら、鬼之崎電龍が“むい”を壁まで殴り飛ばしたようだった。
――プシュウウウウウウッ!
続けて、何かが噴き出す音がする。
武装集団たちの周囲に煙が立ち込めていた。
とある<再現子>――<軍人>の女が発煙筒のようなものを投げつけたようで、その彼女の片手にはいつの間にか拳銃が握り締められていた。
先ほどは彼女が武装集団に発砲したらしく、彼女は無言のまま拳銃を持ち替え、今度は利き手で手榴弾を取り出した。
今度は、しっかりと火薬が詰まった武器であると、周囲の<再現子>たちも直感的に分かった。
このまま殺し合いでも起こりそうな展開に――、
『――天晴れッ! うん、偉大だッ!』
しかし、軽薄な声が水を差す。
壁に塗られた液体が、瘤が生えるかの如く膨らみ、球体のようにポンッと形作り、そして床に落ちた。壁には液体が掛かっていたと思われるような跡はもうなかった。
「……不死身か、貴様」
『いや、そんなことはないけど……“むい”もキミたち同様に非凡な存在なのさ。ところで……狗神新月さん、それ以上は、今は止めたほうが賢明だよ。この状況で殺し合いをしたら、キミと鬼之崎くんはともかく、他の仲間は全滅するよ?』
両目がギョロリと動く。
狗神新月と呼ばれた<軍人>は“むい”の発言を受け、武器の使用を躊躇した。
警戒する鬼之崎電龍、もはや立ち尽くすばかりの他の〈再現子〉たちを“むい”は一瞥し、倒れている男を見遣る。
『……う~ん、なんか邪魔されて予定が狂っちゃったけど……まあいいか、これはこれで。ペナルティは終了でッ!』
あっけらかんと言い放つ“むい”に、その場の全員が茫然とした目で見る。
「……おいっ、お前、なんでオレじゃなくて―――!」
美ヶ島秋比呂が問い詰めようとして――、
『――先に治療してあげたら? まだ息があるよ?』
「ほぅ? どれどれ」
“むい”の言葉に白縫音羽が“彼”に近づき、息を確かめる。
心配する仲間たちに向かって、白縫音羽が微かにだが息があると力強く肯く。
ホッとする面々に“むい”が優しい声音で感心していた。
『タフな漢だよ。否、防弾チョッキを内に着ていたようだから、それが功を奏したのかな』
“むい”が『さて』とバウンドして、テーブルの上に飛び乗る。
『じゃあ皆、これからよろしくね。そうそう。鬼之崎電龍くん、さっきの“むい”への暴力は不問にしてあげるよ。自らを犠牲に銃殺刑から仲間を守った、“彼”の偉大さに免じてね――』
――それでは、人質らしい従順さを期待しているよ。
“むい”はそう言って、誰が止める間もなく現れた時と同じように、テーブルに溶けて消えてなくなった。水の跡は一切残さずに。
そして、煙が晴れてきて確認できたが、武装集団たちもいつの間にか姿を消していた。
これにて、目前の脅威は去ったのであった――”悲劇”は起こった後だが。
大浜新右衛門は床に伏せて倒れたまま、身動ぎ一つしない。
危機が去ったというのに、皆の顔は一様に曇っていた。
鬼之崎電龍が、狗神新月が、仲間たちが続々と倒れている“彼”の傍に近寄る。
「……大浜……! 僕は…………!」
織田流水は自分が処刑されるかもしれないという極度の緊張から解放されたことにより、身体が弛緩し、疲労感が全身を覆い、そして激しく打ち付けた痛みが強まる。
仲間たちの不安げな足音や緊張した息遣い、際限なく聞こえる泣き声や治療を急かす取り乱した大声を聴きながら、意識が遠のいていくのを感じた。
「……ぼくは……なにもできずに……たすけて……もらうだけ……で………………」
織田流水の懺悔にも聞こえる声は、誰にも届いていなかった。
――織田流水の意識はそこで途切れた。
多数の銃口を向けられ、動揺や混乱の最中にある〈再現子〉たちを傍目に“むい”がマイペースに続ける。
『無論、職員たちとの通信手段は絶たせてもらう。彼らの所有する電子機器はもちろん、食堂を始めとした館内放送について、建物を越えた放送能力はなくさせてもらうよ。C棟内のスピーカーは最大範囲でもC棟内全域のみに聞こえる、といった具合にね――ただ彼らは無事だ。キミたちに対するよりかは幾分か、強引に拘束させてもらってはいるがね。……なに、傷を負っている者は少ないし、そもそも命の危険はないから安心したまえ』
周りから恐怖に怯えた泣き声や、緊張感に潰されそうな苦悶の声が小さく聞こえる。
『それと、今目の前にいる武装集団は職員たちがいるA棟全域と各棟の屋上、そして施設外の見張りをしてもらう。万が一にも脱出しようなどとは考えないでくれ。もしそれが発覚したら、安全の保障は撤回するから気を付けて。それと、“むい”も監視役兼管理人だけど、極力干渉しないようにするよ。じゃあ、ほかに質問は――?』
無感情に話を進める“むい”。しかし、もはや質問なんて言い出せそうな空気ではなく、〈再現子〉たちは黙りこくっていた。
『――じゃあ、話は終わりだね……なに、数日の我慢だよ。あ、そうそう忘れていたよ』
“むい”はまるで困っている人に声を掛けるような穏和な口調で――、
『“むい”への暴力行為を働いたペナルティを与えないとね』
――突き刺すような鋭い言葉を放つのであった。
「――――!」
騒然とした空気の中、美ヶ島秋比呂が背負っている太刀の柄を手に身構え、不敵に笑う。
「…………へぇ、何をしてくれるんだ?」
美ヶ島秋比呂の雰囲気が変わり、最大まで警戒し、闘志が全身から溢れ出ていた。
『……ふふふ、まったく、生きがいいねぇ』
“むい”がポムポムと嬉しそうに軽快にバウンドする。
「――皆、下がれ」
美ヶ島秋比呂の横に並ぶように前に出た、“電さん”と呼ばれた巨漢――鬼之崎電龍が他の全員を後ずさりさせる。
鬼之崎電龍についての紹介は改めてするが、ここにいる19名の<再現子>の中で、最も戦闘に長けた人物の一人とだけ、言っておこう。
「ちょ、ちょっとちょっと、な、何が起こるのっ? 大丈夫なのっ?」
「……穏やかじゃないのは確かねぇ」
臼潮薫子の不安げな声に、白縫音羽が興味深そうに眺めていた。
「クドクド語っていたが、とうとう凶暴な“宇宙人”としての正体を現すんだッ! ビームだッ! 宇宙人ならビームを撃つぞッ! アッキー、気をつけろッ!」
熱がこもった仲間の<再現子>の助言が、美ヶ島秋比呂に届けられる。
「おい空狐ッ! 少しはオレの心配をしろよッ!」
そんなやり取りを見ていた“むい”は不満げな声を挙げる。
『ヤレヤレ、物騒な話をするなーもー。ビームなんて出せるわけないじゃないか、SFじゃあるまいし。この小説はミステリーのジャンルだろう? だったらもっと現実的なモノが出るに決まってるよ。……それと――』
美ヶ島秋比呂は頭に疑問符を浮かべ、“むい”を見続ける。
鬼之崎電龍がハッと何かに気づき、“むい”がいる方向とは反対の――食堂の入り口を見る。それに釣られて〈再現子〉たちは全員、彼の視線の先を見た。
先ほどから変わらず、武装した男たちが銃器を構えていた。
銃口は依然として〈再現子〉たちに向けられたままだ。そして――より具体的に言えば、その銃口は”美ヶ島秋比呂に向いていなかった”。
『……それと――ペナルティを受けるのは、美ヶ島秋比呂――キミじゃない。キミへの罰は、キミの仲間が受けるんだ。キミの罪は、キミの仲間が償うんだ』
償うのは――、
“むい”の冷たい声が食堂内に響いた。
『――織田流水。キミだよ』
「…………えっ?」
織田流水は反応が遅れて、自分の名前を呼ばれたことが分かった。
「なっ!?」「えっ、どうしてっ!」
誰かの悲鳴が挙がる。
驚きを通り越した困惑が、織田流水の頭をショートさせる。彼はもう何も考えられなかった。
仲間たちの当惑した顔が、彼に向けられている。恐怖に満ちた眼差しが彼を貫いた。
美ヶ島秋比呂が太刀を抜き、“むい”に向き直る。
「おいっ、お前! 仲間に手を出すな! 罰はオレに――!」
『――5秒後に一斉射撃……キミの死因は銃殺だ、遺言は早めにね』
全く理解が追い付いていない織田流水を無視し、美ヶ島秋比呂の抗議を意に介さず、“むい”が続ける。
『――5、』
「……ぅ」
織田流水は衝撃に頭が追い付かず、動揺と緊張で体は強張り、生唾を飲み込もうとするが喉が通らない。
「……お、おい、これ、何が起こって――」「いいから、こっちに来いっ!」
突然のカウントダウンに織田流水の傍にいた仲間の<再現子>がもたつき、ほかの<再現子>に織田流水の傍から引き離される。
『――4、』
その行動を見たほかの<再現子>たちも動き出し、蜘蛛の子散らすように<再現子>たちが織田流水から離れる。
いまだ状況についていけず動けない<再現子>もいたが、それは動ける者が引っ張って、あるいは引きずって、織田流水から引き離す。
「おいっ、今は動くな!」「織田くんが……ッ! 助けないと……ッ!」
織田流水に近づこうとした仲間を、鬼之崎電龍が引き留める。
『――3、』
「待てッ! 話し合いを要求するッ! おいッ! カウントを止めろッ!」
「危ないから伏せろって! 立ち上がるな!」
仲間にのしかかられ押さえ付けられた和泉忍が、それでも必死に声を挙げる。
『――2、』
あちこちで悲鳴が飛び交い、パニックの様相を呈していた。あるところでは仲間の背中に隠れるように、別の仲間がコソコソと身を縮めていた。
「ちょっと!! アタシを楯にするなーーッッ!!」
「た、楯にしてないしッ! ちょっと背中にゴミがついてたから、取ってあげてるだけだしッ!」
『――1、』
「くっ、おいッ、やめろッ! やめろってッッ!!」
美ヶ島秋比呂は冷や汗を浮かべ、焦りが見られる。彼は“むい”と織田流水を交互に見ていた。彼もまた、自身の言動が原因で”大切な仲間”が殺されるという極限の状況に追い込まれ、身動きが取れなくなっているようだった。
『――0』
「……ま……まって……まってよ……」
織田流水が漸く絞り出せた声はか細く、まるで虫の羽音のようで、銃殺刑が起こる直前の喧騒の中では誰の耳にも聞こえなかった。
彼の足はガクガクと震え使い物にならず、手は身を守ろうと突き出しているが、弱弱しく震えていた。
「……どうして……僕なの……」
織田流水の目には涙が浮かんでいた。
――その時、一人だけ、彼の声が聞こえていた。
「うおおおおぉぉぉおおおぉぉっっっ!!!」
目の前の恐怖に打ち勝った”勇者”が立ち上がり、自らを鼓舞するために咆哮を挙げて、走り出す。
「――あっ!」
誰かが何かを言う前に、その男は――大浜新右衛門は織田流水に向けて走り出していた。
織田流水がそれをハッキリと認識する前に、大浜新右衛門は織田流水の下に辿り着き、そして、盛大に彼を突きとばした。
――ダダダダダダダダダッッッ!!
雪崩のような銃声が響き渡る。
織田流水はそれを聞きながら、テーブルや椅子に激しくぶつかり、それでも勢いは殺されず柱に身体を打ち付けた。
頭がガンガンと響く中、仲間たちの叫び声が聞こえ、鼻を突くような火薬の臭いを感じ取った。
まるで――今、花火大会が始まったかのような、そんな臭い。
織田流水は目が回るような、いや、目が回っている心地で辺りを見渡す。
「……な、なんだよ、これ……!?」
誰かの声が聞こえた。織田流水がさっきまで立っていた場所には、一人の男が倒れていた。
――その床には、津々と赤い液体が拡がっていき、それはまるで絨毯にジュースを零したようで。
「――う、うわああああぁぁあああっっ!」
誰かの絶叫が響いた。
――パンパンパンッ!
それに被せるように、銃声が数発響く。
「……ッ」
武装していた男たちのうち、後列が身を引き、食堂から出て行った。
前列の男たちは依然変わらずライオットシールドを構えていたが、先ほどよりも気合が入っている。
どうやら発射音は武装集団側から出てはないようだ。いったい誰が――っ!?
――バシャッ!
それとは反対方向でも、壁に液体をぶちまけたような音がした。
「……で、電さんッ!」「話はあとだ! 大浜の傷の手当をッ!」
鬼之崎電龍が美ヶ島秋比呂と“むい”の間に立っていた。
だが、肝心の“むい”の姿はなく、前方の壁には藍色の液体が拡がっていた。まるで塗られたばかりのペンキのように垂れている。
どうやら、鬼之崎電龍が“むい”を壁まで殴り飛ばしたようだった。
――プシュウウウウウウッ!
続けて、何かが噴き出す音がする。
武装集団たちの周囲に煙が立ち込めていた。
とある<再現子>――<軍人>の女が発煙筒のようなものを投げつけたようで、その彼女の片手にはいつの間にか拳銃が握り締められていた。
先ほどは彼女が武装集団に発砲したらしく、彼女は無言のまま拳銃を持ち替え、今度は利き手で手榴弾を取り出した。
今度は、しっかりと火薬が詰まった武器であると、周囲の<再現子>たちも直感的に分かった。
このまま殺し合いでも起こりそうな展開に――、
『――天晴れッ! うん、偉大だッ!』
しかし、軽薄な声が水を差す。
壁に塗られた液体が、瘤が生えるかの如く膨らみ、球体のようにポンッと形作り、そして床に落ちた。壁には液体が掛かっていたと思われるような跡はもうなかった。
「……不死身か、貴様」
『いや、そんなことはないけど……“むい”もキミたち同様に非凡な存在なのさ。ところで……狗神新月さん、それ以上は、今は止めたほうが賢明だよ。この状況で殺し合いをしたら、キミと鬼之崎くんはともかく、他の仲間は全滅するよ?』
両目がギョロリと動く。
狗神新月と呼ばれた<軍人>は“むい”の発言を受け、武器の使用を躊躇した。
警戒する鬼之崎電龍、もはや立ち尽くすばかりの他の〈再現子〉たちを“むい”は一瞥し、倒れている男を見遣る。
『……う~ん、なんか邪魔されて予定が狂っちゃったけど……まあいいか、これはこれで。ペナルティは終了でッ!』
あっけらかんと言い放つ“むい”に、その場の全員が茫然とした目で見る。
「……おいっ、お前、なんでオレじゃなくて―――!」
美ヶ島秋比呂が問い詰めようとして――、
『――先に治療してあげたら? まだ息があるよ?』
「ほぅ? どれどれ」
“むい”の言葉に白縫音羽が“彼”に近づき、息を確かめる。
心配する仲間たちに向かって、白縫音羽が微かにだが息があると力強く肯く。
ホッとする面々に“むい”が優しい声音で感心していた。
『タフな漢だよ。否、防弾チョッキを内に着ていたようだから、それが功を奏したのかな』
“むい”が『さて』とバウンドして、テーブルの上に飛び乗る。
『じゃあ皆、これからよろしくね。そうそう。鬼之崎電龍くん、さっきの“むい”への暴力は不問にしてあげるよ。自らを犠牲に銃殺刑から仲間を守った、“彼”の偉大さに免じてね――』
――それでは、人質らしい従順さを期待しているよ。
“むい”はそう言って、誰が止める間もなく現れた時と同じように、テーブルに溶けて消えてなくなった。水の跡は一切残さずに。
そして、煙が晴れてきて確認できたが、武装集団たちもいつの間にか姿を消していた。
これにて、目前の脅威は去ったのであった――”悲劇”は起こった後だが。
大浜新右衛門は床に伏せて倒れたまま、身動ぎ一つしない。
危機が去ったというのに、皆の顔は一様に曇っていた。
鬼之崎電龍が、狗神新月が、仲間たちが続々と倒れている“彼”の傍に近寄る。
「……大浜……! 僕は…………!」
織田流水は自分が処刑されるかもしれないという極度の緊張から解放されたことにより、身体が弛緩し、疲労感が全身を覆い、そして激しく打ち付けた痛みが強まる。
仲間たちの不安げな足音や緊張した息遣い、際限なく聞こえる泣き声や治療を急かす取り乱した大声を聴きながら、意識が遠のいていくのを感じた。
「……ぼくは……なにもできずに……たすけて……もらうだけ……で………………」
織田流水の懺悔にも聞こえる声は、誰にも届いていなかった。
――織田流水の意識はそこで途切れた。
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