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3 第二の人生……人生?
しおりを挟むその日、モントシュテルは頭を抱えていた。
理由は同僚の女神ルクスフェンがやらかしたからだ。
きっかけは、ルクスフェンがお気に入りの人間を転生させようとしていると、耳の早い部下から報告を受けた事だった。
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細かな仕事が全部モントシュテルに振られてくる。
しかも神という奴は大抵が大雑把で傲慢だ。本人は良かれと思ってやった事も、相手からすればただ振り回されただけという事も多々ある。
それによって起きた被害を何とかするのは、すべてモントシュテルなのだ。
そしてたった今、ルクスフェンがそれをやらかした。
彼女のお気に入りの人間を転生させる際に「ちょっとだけ」と加護を増やしたのだ。
「ちょっと、ルクスフェン!? 俺の話、聞いていました!?」
「だってぇ~……」
目を吊り上げてモントシュテルが怒ると、ルクスフェンがしょんぼりと肩を落とす。
上目遣いにこちらを見て来るが、それどころではない。
神の加護という奴は、少量であれば確かに良い方向へ作用する。
けれども何事にも限度がある。与えすぎれば毒にも呪いにもなるのが、神の加護というモノだ。
先ほどモントシュテルが「弾け飛ぶ」と言ったが、あれは例えではなく実際の話だ。
与えられた加護に耐えきれなくなった魂が、パンと弾けて消滅してしまうのである。
「で、でもでも、ほら、フィガロちゃんは大丈夫だったし!」
「奇跡的に今はね」
ハァ、とモントシュテルはため息を吐く。
彼女が最後に加護を増やしたのに気付いた時、もう手遅れだと思った。
けれども転生させる過程で、魂の強度が一時的に薄くなった事で、加護がその強度を補完する形となり何とか無事だっただけである。
転生させた後それがどんな影響を及ぼすか、モントシュテルにも分からない。
「最後は一体何の加護を与えたんです?」
「……幸運」
「幸運!? うわぁ、マジでそれ与えたんですか?」
「だ、だって、フィガロちゃん、とっても運が悪いのよ。二十五年しか生きてないのに、人間の一生で起こる不幸の数のほとんどが起きているの」
「えっ、それ元が呪われていたりしません?」
それはさすがにぎょっとした。
だが、そう聞くと、どうして死んだのかも何となく理解が出来る。
刺されたのは確かだが――そこに辿り着くまでに不運が重なった、という事だろう。
「うーん。呪われている感じはしなかったのよね」
「となると前世か何かでやっちまった感じですねぇ。まぁ、その辺りはレテの担当か……」
モントシュテルは髪をがしがしと乱暴に掻く。
「……だけどまぁ、それなら元々の不運と加護が相殺されているかもしれませんね」
「そうよね! だからちょっとしっかりめに加護を与えちゃってても大丈夫よね」
「……ルクスフェン?」
「あっ」
ルクスフェンは、しまった、と言わんばかりに両手で口を覆った。
この女神は本当に……。
モントシュテルはこめかみをピクピクさせながら、強く目を閉じた。
フィガロが弾けて死ぬかどうかは、この際どうでも良い。
神であるモントシュテルにとって、人間の生死というのは些細なものだ。
問題は加護の方だ。先ほども言った通り、大きすぎる加護は毒にも呪いにもなる。
その毒や呪いが加護を与えられた本人にだけ影響を与えるのならば、モントシュテルだって放っておく。しかし大きすぎる加護の場合、周りに悪い影響を及ぼす可能性がある。
幸いフィガロを転生させたのは、自分の担当している地区――シュテルンビルトだ。
あそこならばどうにか手を出せる。
(……とりあえず俺の部下を送って、しばらく様子を見させるか。ああ、頭が痛い)
そう思いながら、モントシュテルは目を開き、
「ルクスフェンは主神にめちゃめちゃ怒られてください」
と言うと、
「ええー!?」
ルクスフェンは両手を頬に当てて、悲痛な声を上げたのだった。
◇ ◇ ◇
次に意識が浮上した時には、フィガロは神殿のような場所にいた。
建物の壁や柱は気品のある黒色に統一されており、そこに星と月の模様が描かれている。
フィガロはそこの中央に置かれた、大きな台座の上に寝かされていた。
「…………ここは」
どこだろう、とフィガロはぽつりと呟く。
確か――音楽の女神が自分を転生させてくれると言っていて、夜の神が自分の担当地区で……と言っていた気がする。
ぼんやりとそこまで考えて、フィガロはハッと飛び起きた。
それからペタペタと自分の身体を触った。
どうやら全裸のようだが、ちゃんと身体がある。ちゃんと、体温もある。正直、実感は湧かないが――生きているようだ。
「ルクスフェン様、モントシュテル様、ありがとうございます……!」
フィガロは両手を合わせ、天に向かって感謝を捧げる。
そうしてると、
「やれやれ、ようやく起きたかねぇ」
なんて声が聞こえて来た。声は台座の下の方から聞こえて来る。
えっ、とフィガロは目を丸くして、ひょいとそちらを覗いてみた。
するとそこには、黒色のゆったりとした衣装を身にまとった巨大な男が、床にごろりと寝転がっているではないか。
長い黒髪を後ろで結び、目の絵が描かれた布で両目を隠している。
ヒッ、と短く悲鳴を上げてフィガロは後ろに後ずさった。
男は「ふあーあ」とあくびをすると、よっこらせと身体を起こす。
「きょ、巨人族……!?」
「ちょっとちょっと、その態度は酷いんじゃない? こちとらモントシュテル様に命じられて、お嬢さんが起きるのをずっと待っていたってのに」
「モントシュテル様に?」
「そうそ」
驚くフィガロをよそに、男はわざとらしく肩をすくめると「それから」と続ける。
「巨人族ってはのハズレ。ボクは一般人サイズだよ。違うのはお嬢さんの方」
「わ、私?」
「そ。自分の身体をよく見てみ」
そう言うと、男はひょいと懐から、古そうな手鏡を取り出した。
そしてそれをフィガロの方へ向けて来る。
するとそこには、
「え」
――背中に虫の翅のようなものを生やしたフィガロがいた。
見た目は十五、六くらいだろうか。死んだ時よりも若返っている。
「お若い……ッ!」
「鏡で自分の姿を見て、一番最初に反応するところそこ?」
「だって死んだ時二十五くらいでしたから。いやぁ若返ったなぁって……」
「人間で二十五なら、言うほど年でもないでしょうに。っていうかね、そこじゃない。もっと違う部分あったよね?」
「翅がありますね」
「ありますね……。何この子」
あっけらかんとフィガロが答えれば、男からは呆れた眼差しを向けられてしまった。
「いや、何か身体を丈夫にしてくれるとか色々言われたので……」
「そこで納得するんかい。……まぁ、いいや。お嬢さん、翅以外に気付いた事は?」
「翅以外と言われても……」
容姿はそのままだし……そう言えばサイズがどうのと言っていた気がする。
そこまで考えてフィガロは辺りを見回した。
相変わらず目の前の男は大きいが、それ以外にも、この部屋の調度品がやけに大きい気がする。壺なんて、フィガロの全身が入ってもまだ余裕がありそうだ。
(……あれ?)
フィガロは首を傾げて、もう一度男を見上げる。大きい。
――大きいが、もしかして。
「私のサイズが小さい……?」
「ご名答!」
男は軽快に手を叩いて頷いた。
「ルクスフェン様はお嬢さんを転生させた。その際に、人間ではなく別の種族にしたんだよ。まぁ見た目から察しているかもしれないが魔族だ。お嬢さんの場合は妖精だね」
「妖精……」
「そうそ。それでボクはモントシュテル様から、しばらくお嬢さんの御守を仰せつかったトバリ。よろしくね」
そう言ってトバリと名乗った男はサムズアップした。
「それで、お嬢さん。お名前は?」
「フィガロです」
「それでいいの? 新しい人生だよ?」
トバリは少し首を傾げてそう聞いて来た。
そう言えば……とフィガロは思う。一度死んで、新しい人生を歩むのならば、名前もそうした方が良いのかもしれない。
だけどフィガロと言う名前は――生前、何もかもを失ったフィガロに、ピアノの腕以外に残った唯一のものだ。
亡くなった家族が呼んでくれた大事な名前だ。
フィガロは指で頬をかくと、
「フィガロで」
とトバリに言う。すると彼は軽く頷いて「分かった」と笑った。
「……ところで、お嬢さん。さっきから気になっていたんだけど」
「何ですか?」
「恥じらいないの?」
トバリは何とも不思議そうに言う。
恥じらい、とは何の事だろうか。そう考えて、フィガロはハッと自分の身体を見下ろした。
そう言えば全裸だった。
「ぅぎゃーっ!?!?」
フィガロはそう叫ぶと、転げ落ちるように台座を降りて、そこで自分の身体を隠した。
まぁ、手遅れではあったけれど。
その状態でフィガロはトバリに頼む。
「ふ、服はありませんか! 布でも良いです!」
「はいはい、ちょっと待っててね」
トバリはそう言うと、人差し指を立てて、空中でくるくると円を描いた。
するとその指先から夜空のような煌めきをもった黒色の光の糸が現れ、フィガロの身体にしゅるしゅると巻き付いて来る。
そうして身体を覆い尽くすと、ふわり、と形を変え、そして――黒色のワンピースとなった。トバリの着ている衣装とよく似たデザインだ。
「はい、これでオーケー」
「あ、ありがとうございますぅ……」
安堵の息を吐いて、フィガロはよたよたと立ち上がる。
トバリは台座をぐるりと回ると、フィガロのいる方へと近づいて、膝をついた。そして右手を差し出してくれる。
「はい、乗って。まだ背中の翅で飛べないでしょうし」
「あ、お邪魔します……。というか、飛べるんですね……」
「まぁ妖精だからね」
フィガロがそろりとその手に乗ると、トバリはよいしょと立ち上がった。
視界が高くなる。人間だった頃には見慣れた高さなのに、何とも不思議な感覚だ。
トバリはそのまま歩き出した。
「どちらへ?」
「ま、いつまでもここにいるわけにはいかないしね。……それにしてもお嬢さん、ボクの言う事をあっさり信じたね」
「お世話になった神様のお名前が出ましたので」
「そかそか。ボクとしては手間が省けたからいいけど、こりゃ別の意味で心配だな~」
トバリはそんな事を言っている。
彼の手の上で揺られながら、そう言えばとフィガロは大事な事を思い出した。
「ところでトバリ様。ここは一体どこになので?」
「ああ、そうだった。説明してなかったね」
フィガロの質問に、トバリは軽く頷く。
そんな話をしていると、二人は大きな扉の前に到着した。
トバリはドアノブを握ると、扉を開きながら、
「ここはモントシュテル様が担当している地区――魔族の国シュテルンビルトだよ」
と言ったのだった。
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