龍神様の神使

石動なつめ

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後日談 藤の花祭り 上

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 雪花が氷月の神使となってしばらく経った頃。
 氷月と立待から、神域で行われる祭りについての話があった。

「藤の花祭り……ですか?」
「そうそう。まぁ、花を愛でつつ飯食って酒飲もうぜって奴なんだが」
「……氷月様。簡単に説明し過ぎですよ」
「だって大体はそうだろ?」
「そうですが、肝心な所が抜けています」

 立待はため息を吐くと、雪花に向かって「正確にはですね」と続ける。

「藤の花を愛でて、実りを感謝し、我々をお守りくださっている氷月様へ感謝を捧げるお祭りなのですよ」
「なるほど……!」
「全部言うなよ。恥ずかしいだろ」
「全部言いますよ。雪花も神使なのですから。それを知らないと後で恥をかくのは雪花です」

 ぴしゃり、と立待は言い切った。氷月は「堅苦しいの嫌なんだよ」と口を尖らせる。
 そのやり取りが面白くて、思わず雪花は小さく笑ってしまった。

「私は何をすれば良いのでしょう?」
「妖達の役割分担と、その確認ですね。雪花は今回が初めてですから、私と一緒に行動してください」
「分かりました」

 立待の言葉に雪花はしっかりと頷いた。
 神使になって初めての行事である。これは頑張らねばと雪花が気合いを入れていると、

「そう言えば雪花はまだ酒が飲める歳じゃないんだよな?」

 と氷月が聞いて来た。

「はい。本には二十歳を過ぎないと飲んではならないと書いてありました」

 雪花はそう答える。ただ、氷月の神使となった事で身体は成長しなくなったため、それに適用されるかどうかは分からないが。一応、気持ちの問題である。


「そうか。となると、お前と一緒に飲めるようになるのは三年後か。まだまだ先だなぁ」
「ふふ。……お酒って美味しいのですか?」
「ん~? まぁ人によるなぁ。ちなみに立待は酒に弱いぞ。酔わせてみろ、ふにゃふにゃになって可愛いから」
「氷・月・様?」

 氷月にからかうような調子でバラされ、立待は顔を赤くして半眼になる。
 そう言えば以前に氷月の“特別なお酒”を飲ませた時も、直ぐに眠ってしまったっけと雪花は思い出した。あの時は疲れがあったからと思ったが、どうやらそれだけではかったらしい。
 なるほどなぁと思っていると、

「まぁ、お前達が二人だけの時にでもな」

 氷月は片目を閉じてそんな事を言った。とたんに立待の顔がより赤くなる。

「氷月様!」
「はははは。冗談はこのくらいにしてだ」

 氷月はカラカラ笑った後、少しだけ真面目な顔になりなった。

「あまり堅苦しく考えなくていいぞ。祭りってのは、節度を守って皆で楽しむものだからな」
「はい、氷月様。皆が落ち着いて楽しめるように、お手伝いをすればよろしいのですね」
「お、分かってるな~。そういう事だ。酒を飲んで暴れるような奴は俺か立待が止めるから安心していいぞ」
「もしかして、毎年そういう方がいらっしゃるので?」
「ええ、おりますよ。酔って暴れて何も覚えていない輩が」

 そう言って立待が深くため息を吐いた。この様子だと、毎年だいぶ手を焼いていそうである。
 二人の話を聞いて、大変そうだなぁなんて雪花は思った。



 ◇



 藤の花祭りまでの準備期間、雪花は立待について神域のあちこちを訪れていた。
 件の神使の仕事だ。妖達の元を訪ねて祭りの準備の進捗状況を確認したり、困っている事がないかを聞いて回っている。今までにないくらいの距離や時間を、雪花は自分の足で歩いていた。
 しかし不思議な事に、疲れはするがそれほど身体に負担を感じない。雪花が疑問に思っていると、

「ああ、それは氷月様のお力のおかげですね」

 と立待が教えてくれた。

「氷月様のですか?」
「ええ。あなたを神使にする時に、氷月様はご自分の力を流し込んだでしょう? それで身体が丈夫になっているのですよ。……そうですね。もう少し力が身体に馴染んたら、簡単な術を使えるようになるかもしれませんね」
「それは……嬉しいです。もしも使えるようになったら、氷月様や立待様のお役に立てるかもしれませんから」
「あなたはまた、そういう可愛らしい事を……」

 立待がそう言うと雪花をぎゅうと抱きしめた。
 外でこうされたのは初めてで、雪花は少し慌てながら「た、立待様?」と顔を見上げる。
 すると立待は少し照れながら口を尖らせた。

「あなたが煽るのが良くないです」
「煽ったつもりはないのですが……」
「雪花はもう少しその辺りを自覚した方がよろしいですよ。誰彼構わず堕としそうです」
「は、はぁ……」

 氷月や立待と比べれば自分の容姿なんて雲泥の差だし、それはないんじゃないかと思うのだが。しかし立待はしきりにその辺りを心配している。

「あなたは神域の妖達にだって、優しいと人気があるのですから」
「そんな事は……。それを仰るなら立待様こそそうですよ」
「私?」
「はい。子ぎつねや兎の妖達から、立待様が最近お優しくなって嬉しい、と良く聞きます」
「……私が?」

 すると立待はきょとんとした顔になった。あまり自覚がないらしい。

「ええ、そうです。女性の妖が立待様を見て、頬を染めているのを良く見ますよ」
「…………」

 雪花がそう言うと立待はポカンと口を開けた。あまりに予想外だったらしい。
 それから彼は少し複雑そうな顔になって、

「……あなたは」
「?」
「あなたは、その……。それを見て、どう思いましたか?」

 なんて聞いて来た。どう、と言われても、質問の意図がいまいち分からず雪花は首を傾げる。

「立待様の良い所を皆様が知ってくれて嬉しいなぁと」
「…………」

 すると立待は拗ねたような表情になる。どうやら雪花は何か返答を間違えたようだ。
 目をぱちぱちと瞬いていると、ぎゅう、と抱きしめる腕の力が強くなる。

「立待様、ちょっとだけ苦しいです」
「…………ずるい」
「?」
「私だけ嫉妬していて、ずるいです」

 そしてそんな事を言い出した。
 ――嫉妬?
 立待の言葉を聞いて今度は雪花がポカンと口を開けた。

「……嫉妬ですか?」
「そうですよ。あなたが妖達から好意を向けられるのを見る度に、気が気ではありません」
「ですが私が好き……愛しているのは立待様だけですよ?」
「…………!」

 そう言えば立待は目を見開いて、先ほどよりもずっと顔が赤くなった。

「……はぁ。あなたは本当に私を喜ばせるのが上手い」
「常日頃から思っておりますから」
「そういう所です」

 むう、と目を細めた立待は、片手で雪花の顎をそっと掴み、上を向かせた。
 少し見つめ合っていると、立待の唇が落ちて来る。そして雪花の唇にそっと触れた。

「……お酒が飲める歳になったら、とは思っているのです。それでも不安なのです。早くあなたの全部を……私のものにしてしまいたい」

 口付けが終わったて顔が少し離れた時、立待はどこか切ない声でそう囁いた。

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