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20 家族というもの
しおりを挟むあれから雪花は立待や氷月から、仕事以外の事を色々と教えてもらうようになった。
神域の外の事、妖の事、それから人間の身体の事。
(身体……)
そう言えばと思いながら雪花は自分の胸に手を当てる。
最近、立待を見ると心臓の鼓動が早くなるようになった。立待が近くにいると、それはより顕著に起こる。
これは何なのだろうと思いながら、屋敷へ遊びに来ていた子ぎつねの妖達にぽろりと零すと、
「それはね、こい」
子ぎつね達はそんな事を言った。雪花はぱちぱちと目を瞬く。
「こい?」
「そー」
「ぼくたちの、おとーさん、おかーさん」
「こいして、ぼくたちうまれたの」
ふさふさの尻尾を揺らしながら子ぎつね達はそう教えてくれる。
こいは、つまり、恋だ。それは雪花も聞いた事がある話だ。雪花の両親も恋をして結婚して自分を産んだと、村の人間が話しているのを聞いた事がある。そのついでに「忌み子のせいでケチがついた」等の陰口も叩かれているのだが。
その“恋”を自分がしているのだと子ぎつね達は言う。
(恋……)
そうだろうか。何もかも経験した事がないので、自分ではよく分からない。雪花が顎に手を当てて真剣な顔で悩んでいると、
「せっか、たちまち、すき?」
子ぎつねからそう聞かれた。
「はい。好きです」
雪花は直ぐに頷いた。恋かどうかは分からないが、立待を好きかと聞かれたらそれは当然好きである。
氷月の神域へやって来てから、立待は雪花のずっと傍にいてくれて、色んな事を教えてくれた。不安な時に寄り添ってくれた。姿を見るとホッとするし、笑顔をずっと見ていたとも思う。そんな相手をどう思うかと尋ねられたら好き以外の答えは浮かばない。
なのでそう答えると、
「ひづきさまのことは、すき?」
と聞かれた。それにも雪花は「もちろんです」と頷く。
氷月と出会ってここへ招いてくれたからこそ、雪花の今がある。強くて、格好良くて、こんなに良い上司に恵まれて雪花は幸せだ。感謝しているし、もっと仕事が出来るようになって役に立ちたい。
なのでそう答えると子ぎつねは、
「すきはね、しゅるいがあるの」
と言った。
「好きの種類……?」
「せっかの、ひづきさまへのすき、たちまちへのすき、ちょっとちがうの」
「違うのですか?」
確かに子ぎつね達から問いかけられた時に、氷月と立待で浮かんだ気持ちは別のものだ。
氷月に対しては尊敬の意味合いが強い。では立待はどうかと言うと日常的な雰囲気に近い。
「こいのすきはね、かぞくになりたいのすき」
「家族になりたい……」
それは雪花には想像しにくい言葉だった。雪花にとっての家族は、どんなに焦がれても手が届かないものだったからだ。
雪花は子ぎつね達を見る。雪花にとって一番身近な家族はこの子達だ。手を伸ばして、その身体をそっと撫でる。ふわふわとした温かさが手のひらから伝わって来る。雪花に撫でられた子ぎつねは気持ち良さそうに目を細め、もっともっとと身体を擦りつけて来た。他の二匹も、自分も撫でろと言わんばかりに雪花を見上げて来る。
「……温かい、ものなのでしょうか」
家族とは冷たくて壁のある関係。それが雪花の認識だった。
けれどもこの子ぎつね達の温かさのようなものが家族ならば。
その関係に立待となれるのならば、それは。
(……なりたい、なぁ)
子ぎつね達を撫でながら雪花はそう思った。
◇
子ぎつね達と別れた雪花は、屋敷の縁側で本を読んでいた。
先日の一件があって、氷月と立待から勉強用に与えられたもので、雪花の一日の仕事にこれが入ったのである。まだ読み書きが出来ない文字も雪花にはあるため、その勉強も兼ねている。
ちなみに与えられた本の中には、氷月と立待のおすすめの小説なども入っていて、今雪花が呼んでいるのがちょうどその一冊だ。仲の良い家族の物語である。
(家族……)
その本を読みながら、雪花は子ぎつね達との会話を思い出していた。
立待と家族になりたいと思ったけれど、果たしてどうしたらそうなれるのだろうか。そもそも雪花が一方的に「なりたい」と言ってなれるものでもないだろう。
そんな事を考えていると、
「お、ちゃーんと本を読んでいるな。えらいえらい」
ひょいと氷月がやって来て雪花を覗き込んできた。
「氷月様、おかえりなさいませ」
「おう、ただいま。……って、どうした? 何か難しい顔をしているが、分からない部分があったか?」
「いえ、本の方は大丈夫です! ……その、ちょっと考え事をしておりました」
「ほうほう、考え事」
氷月は軽く頷くと、雪花の隣にドサリと腰を下ろした。
それから彼は口の端を上げて雪花の方へ顔を向ける。
「俺で良ければ聞くぞ? 部下の悩みを聞くのも上司の仕事だ」
そしてそうも言ってくれる。若干、面白そうにしている風にも見える気がする。
けれども相談に乗ってくれるのはありがたかった。
「……その、家族について考えておりました」
だから雪花は子ぎつねの妖達と話をした内容を、そのまま氷月に相談した。
すると彼は「ふむ」と、最初と違って真面目な顔で雪花の話を聞いてくれる。
「ん~、そうだなぁ。まぁ確かに、そういうのはなりたいって言って、なれるもんじゃねぇからなぁ」
「ですよね……」
「ああ。だから大事なのは、お互いが家族になろうと努力する事だと思うぜ。相手が好きって気持ちは尊いよ。だけどな、気持ちだけじゃあ駄目だ。相手の事を大事にして、それで自分の事も大事にして、一つ一つ時間を積み重ねていく。俺は家族ってのはそういうもんだと思ってる」
氷月は雪花の目を真っ直ぐに見ながらそう言った。その言葉を雪花は頭の中で繰り返しながら、自分の中でゆっくり咀嚼していく。
経験も知識もないからこそ、真っ新な状態で氷月の言葉が染み込んで来る。
真剣に氷月の言葉を呑み込んでいると、彼はフッと表情を緩め、
「雪花は立待と家族になりたいか?」
と聞いて来た。
雪花は少し考えて、それに応える。
「……私には家族というものが分かりません。どういうものであるのか、本当の所は全く分からないのです。」
ですが、と一度言葉を区切って雪花は続ける。
「氷月様と立待様の関係に憧れました。子ぎつね達の仲の良さを微笑ましく思いました。そういう関係が家族であるのなら」
胸に手を当て、雪花は真っ直ぐに氷月を見る。
「――私も立待様と、そうなりたいです」
氷月は眩しいものを見るように目を細め「そうか」と優しく笑う。
「なら、それを立待に言ってみるといい。あいつはもう、自分の気持ちをお前に伝えているからさ」
そして雪花の頭を撫でながら、そう背中を押したのだった。
◇
(……良くも悪くも、紫鬼のおかげかねぇ)
ぱたぱたと走っていく雪花の後ろ姿を眺めながら、氷月はそんな事を思った。
あの鬼の言動を一部でも肯定するのは癪だが、確かにあの一件があったから雪花と立待に変化があった。
状況的には決して褒めて良いものではないが――自分の可愛い部下達の仲が深まるのは氷月にしては喜ばしい事でもある。
自分に良く仕えてくれている立待。
屋敷と神域に明るさをもたらしてくれた雪花。
どちらも氷月にとっては大事な存在だ。
その二人が落ち着くところに落ち着くのならば、氷月としては応援してやりたい。
(あ、でも、恋人期間をすっ飛ばして家族はちょいと早いか)
会話の流れで肯定してしまったが、そこは後で助言しておこうと氷月は思った。
少々野暮かもしれないが、立待はともかく雪花はその辺りの知識はほとんど無い。立待から「家族になる前に恋人をしましょう」なんて言えないだろうし、ならばそれは氷月の役目である。
よし、と思いながら、
「…………立待と雪花、俺にも構ってくれるかなぁ」
ふと、それに気づいてしまって、ほんのちょっと寂しさを感じた氷月だった。
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