龍神様の神使

石動なつめ

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 それからしばらく時間が経ち、戦いの音が止んだ頃。
 半分蛇の姿になったままの立待に、寝ぼけて尻尾を巻きつかれた状態で雪花が座っていると、氷月がボコボコにした紫鬼を脇に抱えて屋敷へと戻って来た。

「戻ったぜ」
「氷月様、お疲れ様です」
「おう。……って、はは。こいつはまた、珍しい状態になってんなぁ」

 屋敷の中に入って雪花と立待の姿を見て氷月はそう言った。
 ひょいひょいと立待に近付いて、氷月はその顔を覗き込む。すうすうと寝息を立てる彼を見て、氷月は小さく笑った。

「はは、安心した顔で寝てやがる。ありがとうな、雪花」
「氷月様のお酒のおかげです」
「そりゃ良かった」

 そんな話をしていると氷月が抱えている紫鬼が何やらむにゃむにゃと寝言を呟いた。姿はボロボロで血まみれだが、こちらもこちらで何とも安らか顔で気絶している。

「……そちらの方も何か満足した顔をされていますね」
「……さんざん暴れたからな」

 ぽつりと言った雪花の言葉に、氷月が何とも言えない顔になってそう返して来た。

「こいつは欲求不満になると、こうやって暴れに来るんだよ」
「それはまた、はた迷惑ですね」
「そうなんだよ。前に一度、周りが手が付けられないくらい暴れているのを見かけてボコボコにしてやったら、それでどうも好かれちまってなぁ」

 氷月は紫鬼を見下ろしながらため息を吐く。
 紫鬼の事情や心情は雪花には分からないが、そう聞くとこの鬼が氷月に甘えているように思えた。相手を困らせて関心を引こうとしているような、そんな風に。
 見た目はしっかりと大人だが、中身はもしかしたら雪花が思っているよりずっと子供なのかもしれない。

「その人は、これからどうなさいますか?」
「まぁ、これだけやったなら、しばらく暴れる事はねぇだろうが……それでも悪さが出来ないようにギリギリまで力を抜いて、こいつの保護者に返して来るよ」
「あ、保護者の方がいらっしゃるのですね」
「ああ、神だ」
「神?」

 さらりと言われた言葉に雪花が驚いて聞き返す。

「一応、こいつも神使なんだよ。元だけどな」
「た、立待様とはだいぶ違いますね……?」
「だろ? うちの立待は真面目で良い子だからなぁ」

 氷月はニッと笑って立待を自慢した。その様子が立待と似ていて雪花は思わず、ふふっと笑う。以前に氷月から立待似ていると言われた事があるが、たぶん同じ様な理由なのだろうと思った。

「ま、こいつの主もかなり真面目な奴だから、相当な仕置きをされると思うぞ」
「お仕置きですか……」
「ん? どうした?」
「いえ、その。……それは効くのかなぁって」

 先ほどの紫鬼の様子を見ると、痛みも苦痛もすべて受け入れて楽しんでいた。なので効果があるのかなぁと雪花は思ったのだ。例えばお説教のような事なら違う反応を示すかもしれないが、言った所で聞く耳は持たないだろうなという印象を雪花は紫鬼に抱いている。
 なのでそう言って見たら、

「…………」

 氷月は少し考えた後でそっと目を逸らしてしまった。これは効かなそうである。

「それでも命を奪う事はないのですね」
「そうだな。例え元でも、そいつが自分で選んだ神使だからさ。あと、こいつ、酷い事はしても相手の命を奪ったりはしねぇんだよ」
「そうなのですか?」
「ああ。毎回とんでもないくらい暴れるけれどな。だけど神使のお役目を外されたのも、この悪癖が理由」
「ああ……」

 意外な事を聞いたが、神使を外された理由については納得のものだった。神使であった頃に他所の神の神域でこんなに暴れたのならば、解雇されてもおかしくはない。むしろ、それで良くそれで済んだと言えるだろう。仮に紫鬼の主が許しても、自分の神域で暴れられた他の神がそれを許すとは思えない。

(……あ、だから氷月様のところに?)

 氷月は紫鬼をボコボコにはしたが命を奪ってはいない。だから氷月の所へやって来て暴れているのではないだろうか。

(でもこの人、その結果で命を失っても悲観はしなさそう……)

 どうしようもないくらい、そういうイメージが着いてしまっている。これで助けて欲しいと命乞いをしたのならば、雪花は別の意味で衝撃を受けそうだ。
 まぁ、しかし、ひとまず解決してようで何よりである。そう思っていると氷月は、今度は雪花の顔を覗き込んで来た。

「ところでお前は大丈夫か?」
「はい。私の方は立待様が庇ってくださいましたし、怪我もありません」
「そうか。そりゃ立待をしっかり褒めてやらねぇとな」

 そう言いながら氷月は空いた手を雪花の頬に当てた。すり、と優しく撫でられる。氷月の目が細くなり、柔らかい表情になった。

「…………ふふ」
「?」
「まぁ、何だ。……立待を、よろしく頼むぞ」

 氷月はそう言うと雪花の頬から手を離し、紫鬼を抱え直した。

「さぁーて。ちょっとこいつ絞ってくるかねぇ」

 そしてそんな事を言い出した。絞る、とはどういう事だろうか。
 何かしらの尋問をするのだろうかと一度思ったが、紫鬼から今回の件について聞く事はないような気もする。
 となると絞るとはどういう事を指すのかと雪花は首を傾げた。

「絞るんですか?」
「ああ。果物みたいに身体をぎゅっとな。そうやって力を抜くんだよ」

 どうやら絞るとは物理的な方の意味だったらしい。

(力って、そうやって絞るんだ……)

 頭の中で布を絞る時の事を想像しながら、それはそれで身体は無事なのだろうかと雪花は思った。



 ◇



 紫鬼から力を絞れるだけ絞り取った後。
 その影響で五、六歳程度に身体が縮んた紫鬼を掴んで、氷月は空を飛んでいた。紫鬼を主の事へ連れていくためである。

「いや~楽だな~」

 雑に掴まれているにも関わらず、紫鬼は機嫌良く鼻歌を歌っている。
 本当に暴れるだけ暴れて、スッキリしたらこの調子だ。トラブルメーカーにもほどがある。氷月はうんざりした気持ちでため息を吐いた。
 昔から何度も何度も繰り返しているが、いっそ引き取りに来てほしいと思うくらいだ。
 ――まぁ、引き取りにくるまで時間がかかった場合、自分の神域でしばらく面倒を見る事になるのは嫌なので、こうして運んでいるのだが。

「何だ何だ、ため息を吐くと幸せが逃げちまうぞ~?」

 そうしていると紫鬼が軽薄な口調でそう言って来た。

「誰のせいでため息を吐いてると思っているんだ。お前さぁ、本当にいい加減にしろよ」
「何でよ。楽しかっただろ?」
「楽しくねぇわ。うちの神域の連中に酷い事しやがって。お前があいつの元神使じゃなきゃ、生かしちゃいねぇわ」
「そいつは嬉しいね。だけどお前になら殺されてもいいんだぜ?」

 うっとりとした表情を浮かべる紫鬼を見て、氷月は頭が痛くなった。本当にこの鬼はどうしようもない。
 付き合いこそ長いがずっとこんな調子である。紫鬼の主にはもう少しきちんと教育をしてもらいたいと氷月は思った。

「お前はもう少し理性を働かせろ」
「働いてこれだけど?」
「最悪だ。うちの立待を見習え、まったく」
「ははは。確かに蛇クンはなかなか理性的だよな。だからそれがブッ飛んだ顔が面白いんだが」
「――お前」

 その言葉を聞いて、つい紫鬼を掴む手に力が籠る。

「いててて、そう情熱的に怒るなよ。俺が手伝ってやったから、蛇クンだってちゃーんと告白出来てたじゃん」
「二度と立待に手を出すな。雪花にもだ。今度何かしたら容赦なく消し飛ばす」
「あらまぁ、大事にしてるねぇ」

 紫鬼はにんまりと口の端を上げて氷月を見上げる。

「立待は神使だから分かるが、あの人間もか。神の花だから? それとも」

 紫鬼はそこで一度言葉を区切って、

「惚れた?」

 と言った。氷月の目が細くなる。

「やめとけやめとけ。神が人間に惚れたって碌な事にならねぇよ。しかも自分の神使と取り合いだなんてさ」
「お前に言われるまでもないんだが? それに、そういうのじゃないんだよ」
「ふーん?」

 紫鬼はニヤニヤと楽しそうに笑っている。余計な事を言ったなと氷月は少し後悔した。

(惚れた、か)

 ――そういうものではない、と氷月は心の中で呟く。
 雪花の事は好きだし気に入っているが、それは恋の類ではない。
 もしも仮にそうだったとしても、氷月はその感情を出すつもりはない。
 立待が雪花に恋をしているし、雪花も恐らく立待に惹かれている。わざわざ自分が間に入り込むなんて野暮な事はしたくないからだ。

(何せ立待は初恋だからな~)

 思い出して氷月は微笑む。自分に良く仕えてくれる神使が初めて恋をしたのだ。それは応援したくなるだろう。
 だからもし惚れたとしても自分は見守るだけだ。氷月はそれで十分幸せだ。
 そう思っていると、

「というか一つ助言してやるけど」

 紫鬼がそんな事を言い出した。
 どう考えても胡散臭くて、氷月は怪訝そうに「助言?」と聞き返す。

「鼠チャンの方は、たぶん恋だの何だの分かってねーぞ。好きと嫌いの境界線はあるみたいだけどな。蛇クンは舞い上がってるだろうから、ありゃ気付いてねーな。すげぇ珍しくて笑える」
「お前本当に性格が悪いな」
「良い男だろ? 惚れろよ」
「結構だ」
「つれないねぇ」

 紫鬼は掴まれながら器用に肩をすくめた。そのまま「だがよ」と言葉を続ける。

「ちゃんと教えてやった方がいいぜ。俺達のような人外が人間と惚れた腫れたの関係になるのなら、余計に気にしろ。ただでさえ違いがあるんだ。そこをなぁなぁにして、すっ飛ばすとおかしな事になっちまうからな」
「……お前本当に紫鬼か? 頭でも打ったか?」

 あまりにまともな事を言われたものだから、氷月は驚いて目を丸くする。

「思う存分戦えてスッキリしただけだよ。ここ最近、欲求不満でな~。あ、お前が付き合ってくれるなら、別の発散方法でも良いんだけど」
「ふざけるな。絶対にお断りだ」

 しかし、その後は直ぐに元に戻ったので氷月は半眼になった。せっかく若干見直しかけたのに、損をした気分である。
 はぁ、とため息を吐くと氷月は前を向いた。少し話し過ぎた気もする。さっさとこの鬼を引き渡して、自分の神域に帰ろう。そして立待と雪花の作った料理を食べて、風呂に入って、とっとと寝たい。
 そう思いながら氷月は飛ぶ速度を上げた。
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