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14 匂い袋
しおりを挟む翌日、雪花は氷月から休日を与えられた。
怪我自体は大した事がないので働けますと雪花は言ったのだが、精神的な疲労もあるだろうから休め、と氷月から言われてしまった。
その辺りいまいち雪花は自覚がない。けれども雇い主の指示ならば、それに従った方が良いだろう。そう思って雪花は休みをありがたく頂戴する事にした。
ちなみに氷月の屋敷で働き始めてから、休日自体はちゃんと与えられている。ただそのお休みは、ここで暮らしている事もあって、完全にお休みと言うよりはゆっくり出来る時間が多いという感じだ。立待曰く「自営業……は違うか。まぁ、そんなイメージですよ」との事だ。
自営業がどういう仕事の形態なのか、外で働いた事のない雪花には分からないが、立待が言う事である。そう言う感じの仕事なんだなと納得している。
さて、話は戻るが、今日はそんなお休みの日だ。天気も良くて、気温も暖かく過ごしやすい。そんな最高の日ではあるのだが、雪花は少々困っていた。
(……お休みの日って何をすれば良いのでしょう)
自室の真ん中に座って、雪花はそう悩んでいた。
雪花には趣味がない。作れる環境でもなかったと言う方が正しいかもしれないが「何でも好きな事をやっていて良いよ」と言われると困ってしまうくらいには無趣味だった。
氷月の屋敷へやって来て休日は何日かあったが、こうして部屋の中で座っているか、縁側で日向ぼっこしているかのどちらかだった。たまに子ぎつねの妖達がやって来て、遊んでとせがまれる事もあるが、正直とても助かっていたりする。
「そう言えばあの子達、今日は藤棚の手入れのお手伝いをするのだと言っていたっけ……」
氷月に連れて行ってもらったあの藤棚だ。あれは本当に美しかった。
ここへ来てから優しい人達や美しいものにたくさん出会う事が出来て、幸せだなぁと雪花は心の中で呟く。
(だからいつまでも受け身ではいけない)
雪花はずっと与えてもらうばかりだった。好意で与えられるそれらを、ただ受け取るだけだった。ここで暮らすようになってしばらく経つが、だんだんとそれではいけないと思うようになっていた。
そのきっかけは先日の、子ぎつねの妖が罠に捕まった事だ。あの時、雪花は初めて自分で考えて行動した。行動の是非はともかくとして、自分で考えて動く事に関してあれで意識するようになったのだ。
ただ、だからと言って急に出来るようになるものでもない。仕事に関して言えば、知識と経験の足りない自分の判断で何かをしようとしても迷惑を掛けるだけだ。
なので休日の過ごし方から挑戦してみようと雪花は思っているのだが……座って考えていても何も浮かばない、というのが現状であった。
何かしようにも、やはり自分一人では何も浮かばない。ならばどうしようか――そう考えた時、雪花の頭に信頼する二人の顔が浮かんだ。
「……そうだ。氷月様や立待様に聞いてみましょう」
これは良い事を思いついたと、雪花はポンッと両手を合わせて呟く。氷月は出かけているかもしれないが、立待は屋敷にいるはずだ。様子を見て、忙しそうでなかったら聞いてみよう。そう。よし、と思って雪花は早速立ち上がると部屋を出た。
そうして立待を探して屋敷内を歩く。
ひょいと居間を覗くと立待がいて、ちょうどひと仕事終えた様子だった。
「休日の過ごし方ですか?」
「はい。参考までに、立待様はどんな事をなさっているのかお伺いしたくて」
「なるほど。そうですね……」
ふむ、と小さく呟いて、立待は顎に手を当てる。それから少し考えた後、
「私は……ドライフラワー作りでしょうか」
と言った。ドライフラワーとは花等の植物を乾燥させて作るものだ。
そう言えばと今いる部屋を見れば、壁際にドライフラワーが飾ってある。
「もしかして、あのドライフラワーも立待様が作ったのですか?」
「ええ。藤棚の手入れをしている妖が、よく花のお裾分けに来てくれるので。そこの花瓶に活けてある藤の花もそうですよ。もらった内の一部をドライフラワーにしているのです。他にも季節の花を育てていますね」
「氷月様からも伺いましたが、その妖はとても花が好きな方なのですね」
「ええ。花好きで、穏やかでおっとりとした妖ですよ。たぶん雪花と話が合うと思います。よく来ているので、その内あなたも会えますよ」
そう言えば氷月も同じ事を言っていたなと思い出す。花が好きな兎の妖。子ぎつねの妖達にもたぶん懐かれているのだろう。
どんな方なのだろうな、会える機会があったらいいな。そんな事を雪花が思ってると、
「ああ、そうだ。雪花。まだ時間はありますか?」
「はい、もちろんです」
「ではここで少し待っていてください」
立待が何かを思いついたようにそう言って、部屋を出て行った。雪花は「はい」と答えながらその背を見送る。
立待の姿が見えなくなると、雪花は壁際に飾られたドライフラワーに近付いた。生花とはまた違った美しさがある。
(今度、作り方を立待様に聞いてみましょう)
よし、と思いながら、雪花は次に花瓶に活けられた藤の花を見た。先日、藤棚で見た藤と同じ色の花だ。
それを見ていたら、ふと、その時に氷月が言っていた話を思い出した。
『……忌み子の証とお前達がそう呼んでいる、これだがな。実際には違う。俺達の間では“神の花”と呼ばれているものだ』
氷月は雪花の顔にある痣をそう呼んだ。そしてこの痣を持つ人間が傍にいる事で、彼らの傷や疲労、心が癒され、力が増すとも言っていた。
雪花にはその感覚が分からないため実感は湧かない。けれども自分が傍にいる事が、氷月や立待の役に立てているのならば嬉しいと思った。
痣を持ってうまれた事で疎まれ続けていた自分の存在を、生まれて初めて氷月と立待が肯定してくれたのだ。
「……生贄に捧げられて良かった」
胸に手を当てて雪花はぽつりと呟く。父が自分を生贄として差し出さなければ、きっと今も屋敷の奥のあの薄暗い部屋で一人座っていた事だろう。
何も知らず。何も考えず。ただ一日一日が過ぎて行くのを待つだけだっただろう。
氷月と立待は自分に”雪花”としての人生を与えてくれたのだ。
――恩を返さなくては。
雪花が生きられる限り一生を掛けて。そんな決意をしながら胸に当てた手を、ぎゅ、と握る。そうしていると立待が部屋へ戻って来た。
「お待たせしました、雪花。……これをあなたに」
立待はそう言うと、淡い藤色の小さな包みを差し出した。
ふっくらとしていて、お守りよりは少し大きいくらいのサイズだ。そこからふわりと良い香りがする。
「立待様、これは何ですか? とても良い香りがします」
「私が作った匂い袋です。中に藤の花のドライフラワーが入っています。先日の事がありますからね。これを持っていれば、多少は悪いものを遠ざけられるでしょう」
そして立待は雪花の手にそれを握らせる。そのまま両手で、ぎゅっと雪花の手を包んだ。
「もしもの時は、そうですね。ぶつけても効果があると思いますよ。氷月様のお力が籠った藤の花ですから」
「ぶつける」
「ええ。中身が出るくらい、思いっきりが良いですね」
「立待様にいただいたものを、そんな風に扱うのは……!」
「扱って良いのですよ。これがあなたの身を守る力になれるのならば、私にはそれが一番嬉しい」
立待は柔らかな笑顔でそう言うと、そっと手を離した。
――本当に、優しさや何もかもを与えてもらってばかりだ。
雪花は匂い袋を両手で大事に包んで胸に抱く。
「ありがとうございます、立待様。……肌身離さず、持っています」
「ふふ。そうしてください」
微笑み合う二人を、匂い袋の優しい香りが包んでいた。
◇
雪花と別れた後。立待が庭の掃除をしていると、子ぎつねの妖三匹がぴょこんと跳ねながらやって来た。
「たちまち、きげんいい?」
「ごきげん、ごきげん」
「にこにこしてる」
薄桃色のふわふわした尻尾を揺らしながら、口々にそんな事を言って来る。
「あなた達はいつも元気ですね。……まぁ、機嫌は良いですよ、ええ」
立待は先ほどの雪花とのやりとりとを思い出し、ふふ、と微笑む。渡した匂い袋を雪花が喜んでくれて嬉しかったのだ。なので立待は機嫌が良かった。
「たちまち、わらってる、すき」
そうしていると、子ぎつねの一匹がそんな事を言い出した。立待は思わず目が丸くなる。
「好き? 私を?」
この子達からはいつも「けち」だの何だの言われている。だから「好き」とストレートに言われたのは初めてだったのだ。
立待が驚いていると他の二匹も、
「いつもむずかしいかお」
「むずかしい、やーん」
「でもわらってる、すき」
そんな事を言っている。
「私、普段そんなに難しい顔をしていますか?」
「してる、してる」
「しているんだ……」
笑顔を浮かべながら仕事をしている事はないが、そんなに難しい顔をしていたのは自覚がなかった。立待は少々複雑な気持ちになって、自分の顔を手でさする。
そこでふと、氷月が拾って来る妖達が自分を見て怖がるのは、もしかしてそのせいもあるのではないかと気が付いた。
ただ立待にはそこまで難しい顔をしている自覚はないのだ。真面目に仕事をしていると、顔から自然と表情は消えるだけ。
……それが怖いと言われてしまうと立待はどうしようもない。
うーん、と思っていると、子ぎつね達が立待の足に擦り寄って来た。
「たちまち、あそんで、あそんで」
「えっ」
さらにまた立待は驚いてしまった。子ぎつね達がこうして自分を遊びに誘う事なんて、今までほとんどなかったのだ。
困惑して立待が固まっていると、三匹は立待の周りをぴょこぴょこ跳ね回り「あそぼ、あそぼ」と言って来る。
衝撃だった。今までにない感情が立待の中に湧き上がって来る。
「……ちょ、ちょっとだけですよ?」
「わーい、わーい」
「うれしい、うれしい」
「たちまち、すき」
「ぐう……!」
また好きと言われて立待は思わず唸った。
正直に言うと立待は嬉しかった。今まで怖がられるばかりで、こうして懐かれた事などほとんどなかったからだ。
妖達に懐かれる雪花を見て「良いなぁ……」なんてこっそり思っていたくらいである。
(雪花……)
ふと、彼の顔が浮かんだ。
氷月からも、雪花が来てから立待の表情が柔らかくなったと言われた事がある。
実際に自分でもその自覚はあった。雪花が傍にいると自分はよく笑っている。
(……これもあの子のおかげですね)
良い変化なのか、そうでないのかは分からない。
けれども氷月は楽しそうだったし、子ぎつね達もこうして懐いてくれた。
立待はそれを嬉しいと思いながら子ぎつね達に急かされて、一緒に遊び始めたのだった。
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