負け犬隊の隊付き作家

石動なつめ

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大騒ぎ

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「てめぇ、おい、ベナード! どうなってんだよ、これは、、、!?」
「はっはっは! そいつ逞しいだろ、うちの隊付き作家だぞ。そら右だ!」
「やだベナード隊長ったら! 婿に!」
「隊付き作家……作家!? どこが作家だ!? くそ、アベート! 早くそっち何とかしろよ!?」

 コンタールの教会前は大騒ぎだった。
 泥が跳ね、怒号と悲鳴と時々笑い声が混ざり、何とも言えない混沌状況カオスを作り出している。
 サウセ達は依頼でいつも組んでいるのか息が合っており、アベートが相手を引きつけて、その隙にサウセがその死角へ回るという行動を取っている。
 好戦的なアベートとやや冷静なサウセのコンビは、冒険者ギルドでもそこそこの実力があるのだろう。良い動きだとベナードも少し感心していた。
 だが残念な事に、今回の相手セレッソとベナードに対しては、普段通りというわけにはいかないようだ。
 アベートがベナードに殴りかかって注意を引きつけている間に、サウセがその死角や背後へ回ろうとすると、セレッソがチェロケースを振り回して邪魔をするのだ。
 一度や二度ではない。サウセが動く度にサウセの前にセレッソが現れる。
 そうなると、必然的にサウセの相手はセレッソになる。

「ああ、くそ、やりにくい!」

 サウセがイライラと吐き捨てるように言う。
 何と言うか、やりにくいのだ。
 対峙した時の間合いの加減や、体の重心の置き方。足さばきなど、ぬかるんだ地面の上にも関わらずダンスでも踊っているかのように滑らかだ。
 しかもこんな状況にも関わらず、さして動揺も見られない。ベナードの言葉に反応してもじもじと恥じらうくらいに余裕がある。
 動きに微妙に素人くさいところはあるが、セレッソがそれなりに戦い慣れしているのだという事がサウセにも分かった。
 それならば加減をする必要もないのだが、如何せん相手が女性という部分がサウセの拳を鈍らせている。
 せめて見た目がもっと『戦士です!』とか『格闘家です!』という感じだったらまだ気分も違うのだが、完全に普通のお嬢さんなのだ。
 何度も言うが、見た目だけは。

「あら、別に男女平等で構いませんのよ? わたくし、武器を使っておりますし」
「こちらとしても、そうしたいんだが……」

 ちらりとサウセが視線を周囲に向ける。
 気が付けば騒ぎを聞きつけたコンタールの住人達も集まり始め、ギャラリーは賑やかになっている。
 これだけ人数がいる前で、例え相手が騎士隊関係者でも、女性を殴れば明らかに外聞が悪い。
 やりにくい。本当にやりにくい。サウセは眉間にシワを寄せた。
 冒険者の仕事は人との信頼で成り立つものだ。
 自業自得とは言え、これまでの幾つかの行動で一部からの評判が暴落中の彼らにとっては、ここでさらに評判を下げるような行動はあまり取りたくはないらしい。

「くそっ」

 本日何度目かになる舌打ちをして、サウセは何か手はないものかと考えながらセレッソを見る。
 セレッソもセレッソでチェロケースを両手で持って、そんなサウセに合わせてじりじりと動いた。
 その隣ではベナードとアベートの戦いも進んでいた。

「この負け犬野郎!」

 アベートがベナードに向かって力任せに拳を突き出す。
 ひゅんと風を切る音が響くそれを、ベナードは左手でするりとずらして避けると、そのまま足を軸にぐるりと回転するように距離を取る。
 だがアベートも負けじと地面を蹴り、再びベナードの体の右側、、を狙って殴りかかった。

「おっと!」

 涼しい顔をしているベナードだったが、右側を狙われた時の腕の動きが僅かに鈍い。
 セレッソがそれを見て少しだけ目を張った。
 その一瞬、セレッソの気が逸れたのをサウセは見逃さない。
 サウセはセレッソの両目を狙って拳を突き出した。
 目の前に拳が飛んで来れば大体が反射的に目を瞑る。目を瞑ったその隙に相手の体を地面へ倒せば、殴らずとも動きは止まる。
 寸止めで良い。そう思い、サウセは行動した。
 だが。

「あら、失礼」

 バンッ、と鈍い音が響き、サウセは自分の拳が何か冷たく硬い物に当たった事に気が付く。
 セレッソのチェロケースだ。
 セレッソは手に持っていたチェロケースでサウセの拳を防いだのだ。
 ケースはサウセの拳の形に僅かにへこみが出来ている。
 セレッソはチェロケースを左手に持ち替えると、驚いて体を引こうとしたサウセの腕を、体の外側に向かって大きく払う。
 中に入っているもののおかげで見た目以上に重量感のあるそれに、思わず体勢が崩れたサウセ目がけて、セレッソは地面の泥を蹴りあげた。

「うわ!?」
「サウセ!?」

 泥が顔に飛んだ事で、逆に自分の視界が奪われたサウセは思わず数歩後ずさる。
 焦ったようなサウセの声にアベートが思わず振り向いた時、すっとベナードがアベートの腕と胸倉を掴んだ。
 はっと顔を戻した時にはもう遅い。
 ベナードはニッと笑って、アベートをサウセのいる方へと勢いよく投げ飛ばした。

「よっこらしょっと!」
「うお!?」
「おい馬鹿、アベー……ぐえっ!?」

 投げ飛ばされたアベートはサウセにぶつかり、二人揃って地面へと倒れ込む。
 アベートはサウセにぶつかった際の打ち所が悪かったようで目を回していた。
 それを見ながらベナードはパンパンと手を払ってセレッソの所へ歩く。

「スカート」
女性レディのスカートは鉄壁ですの」

 セレッソがちょんとスカートの裾を掴まんで軽くお辞儀すると、ベナードは苦笑した。
 そんな事を話す二人の前で、目を回したアベートに押しつぶされている形のサウセは、何とか這い出ようと少しの間ばたばたと手を動かしていたが、やがて諦めたのかぐったりと動きを止めた。
 それを見てギャラリーからは大きな歓声が上がる。

――――その時だ。

「何をなさっているのです、あなた達!!」

 鶴の一声が響いた。
 賑やかな中にあってなお通るその声に、全員の視線があつまる。
 青ざめてだらだらと冷や汗をかいているヒラソールの隣だ。
 そこには目を吊り上げたシスター・フルータが、怒りの形相で立っていた。



 夕焼け空の端に夜空の色が見え始める頃、セレッソとベナードは疲れ切った顔でコンタールの町を歩いていた。
 セレッソは手に紙芝居を、ベナードはセレッソのチェロケースを持っている。
 あの後、セレッソやベナード、冒険者達や観客達を含めて、その場にいた全員がフルータからこってりとお説教を食らった。
 それはそうだろう。あそこはあくまで教会の敷地内なのだ。
 最初にベナードが斬り合いについて言及をしていたが、それだけではなく、教会は基本的には暴力を禁じている。
 ヒラソールから話を聞いたフルータが、子供達をなだめた後で慌てて様子を見に来たら、ギャラリーつきで殴り合いの大騒ぎをしているではないか。
 驚くだろうし、怒りもするだろう。
 もちろん心配もしてくれていたようでフルータは最後には少し涙目にもなっていた。
 長い長いお説教が終わった後、冒険者達は「依頼は完了したからな!」と苦し紛れに言って逃げるようにその場を後にし、それを見たヒラソールが呆れ顔になりながら疲れて眠ったクルトゥーラを背負って帰って行った。
 セレッソとベナードはフルータや子供達に謝って、自分達が暴れてぼこぼこになった教会の前の地面を平してから帰路についた。

「怒られたなぁ……」
「怒られましたわねぇ……」

 呟きながら二人は歩く。
 喧嘩両成敗という形になったが、冒険者の行為については教会からギルドへ連絡を入れてくれるそうだ。
 騎士隊に関しては隊長のベナードがいたので、そこでしっかりと注意を受けている。
 フルータの様子を思い出しながらセレッソは、悪い事したなぁと息を吐いた。
 ベナードもベナードで、フルータが怒った所を見たことがなかったようで、少しだけ肩が落ちている。
 気持ちが下がると自然と顔も下がるもので、そうして下がったセレッソの目に、ふと、紙芝居が映った。
 
「…………駄目になりましたわねぇ」

 ぽつりと呟いたセレッソの言葉に、ベナードは同じように紙芝居を見下ろした。
 シワができ、絵の具は掠れ、地面に投げ捨てられた事で泥でも汚れている。
 水も吸った紙芝居は、乾いた今ではぼこぼこと波打っていた。
 これでは修復は無理そうだ。

「セレッソ……」

 気遣うようなベナードの声に、はっとしてセレッソは顔を上げ、ぶんぶんと首を振り、

「これは気合を入れて作りなおさないとですわね! あと、しっかり請求に行きますわっ」

 そう言ってにこりと笑って見せた。
 セレッソの言葉にベナードは目を張ると、そのまま、何か言おうとしていた口を閉じる。
 そうして前を向くと、苦笑交じりに――それでいてどこか感心したように――言った。

「……お前さんは逞しいねぇ」
「うふふ、山育ちですもの」

 それに、とセレッソは笑って続ける。
 青色の目が懐かしげに細まって、ベナードは少しだけ首を傾げた。

「あの程度じゃ怖い部類に入りませんわ。ヒーローも隣にいて下さったんですもの。ですから」
「いやだ」
「まだ何も言っていませんわー!」
「はははは」

 いつも通りのやり取りをしていると、ふと、ベナードはセレッソの手に甲に擦り傷が出来ている事に気が付いた。
 チェロケースを振り回している間についたものだろう。
 血はすでに止まっているようで、かさぶたが出来ていた。

「ちょっと隊舎で手当てだな」

 セレッソの手を顎で指してベナードが言うと、セレッソは驚いたように目を張って、紙芝居を持った手を振った。

「唾つけとけば治りますわよ?」
「そういう問題じゃねェの。あと、色々とすげぇ事になってるから、ついでに洗ってけ」

 大した怪我ではないから大丈夫だと言うセレッソの言葉を却下して、ベナードは言う。
 ベナードの言葉にセレッソが改めて自分達の体を見れば、あちらこちらに泥が飛んで汚れていた。
 服だけでなく顔にも髪にも泥が飛んでいて、まるで泥遊びをした後のような格好になっている。

「これじゃレアルの事言えねェなァ」
「言えませんわねぇ」

 笑って言うベナードの言葉に、セレッソもまたくすくすと笑って頷いた。
 そうして他愛無い話をしながら長い長い影を伸ばして二人は歩く。 
 のんびりと歩いていたので、ベナード隊の隊舎についたのは、影が夜の色に溶けて消える頃だった。
 長い一日だったと笑いながら二人が隊舎の中へと入れば、迎えに出てきたシスネが全身泥まみれの二人を見て驚いて声を上げる。

「お帰りなさいませ、隊長……って、何かあったんですか!?」
「いやーちょっとな」

 どう説明をしたものかとセレッソとベナードが考えていると、シスネの声を聞いてルシエ達も顔を出し、二人の格好を見て揃って目を丸くした。
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