負け犬隊の隊付き作家

石動なつめ

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子供達と紙芝居

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「悪者を倒し、少女と村を救った三人の騎士は、きっと今日もこのアルディリアのどこかで、わいわい賑やかに旅をしては、誰かに手を差し伸べているのでしょう。――――おしまい」

 セレッソが最後の一枚をめくると、クルトゥーラとローロは笑顔でぱちぱちと手を叩いた。
 教会の中だったので、クルトゥーラ達以外にも六十代位の女性や、男性など数人がセレッソの紙芝居を見ており、彼女達も手を拍手をしてくれている。
 セレッソはやり切った達成感から頬を染めて、頭を下げる。
 紙芝居の内容は、かつてセレッソがその目で見て体験したものを、子供が怖がらない程度に柔らかくしたものだ。
 登場人物の名前が違うのは、先日の冒険者達の事や一部の町の住人達の感情を考慮しての事である。
 紙芝居が終わると教会の中にいた人々は帰る為に立ち上がり始めた。
 柔らかな表情で紙芝居の事について話している所を見ると、かねがね好意的に受け取って貰えたと思って良いだろう。
 セレッソはほっと胸をなでおろすとクルトゥーラとローロの元へ向かった。

「どうでした?」
「楽しかった!」

 セレッソが尋ねると、クルトゥーラは両手の拳を握って元気に答えた。
 答えた後で、あっ、と口に手を当て、

「楽しかった、です」

 と、はにかむような笑顔で言い直す。
 その笑顔を見てセレッソもまた嬉しそうに笑った。

「うふふ、良かったですわ!」
「うん、面白かったよ。男の子にも受けるんじゃないかなぁ」

 クルトゥーラに続いてローロも頷いた。
 基本的には騎士物語だから、外で元気に遊ぶような男の子でも聞いていて退屈はしないだろうとローロは言った。

「わたしのお兄ちゃんも、きっと好きだと思います」
「クルトゥーラにはお兄ちゃんがいるんですの?」
「はい。ちょっとおっちょこちょいだけど、優しいんです。あの、あの、お兄ちゃんにもお話しますね!」

 クルトゥーラの言葉にセレッソはにこにこと笑って頷いた。
 三人が話をしていると、そこへ教会のシスターもやって来た。
 シスターはゆったりとした黒色のローブを身に纏い、頭には白色のウィンプルと、その上に黒色のベールをかぶっている。ローブやベールは布の裾にかけて刺繍が施されており、六柱の精霊王を表すように『銀・青・緑・橙・赤・金』の六色の糸がグラデーションになっている。
 名前をフルータといい、金色の瞳をしたセレッソと同い年のおっとりした雰囲気の女性だ。

「セレッソさん、紙芝居お疲れ様でした」
「シスター、今日はありがとうございました」

 そう言ってセレッソが頭を下げると、フルータはほんわりと微笑んだ。

「こちらこそ、ありがとうございました。私、こちらの教会でお世話になってから紙芝居なんて初めてで、楽しませて頂きました。その、もしよろしければ、今度また紙芝居をお願い出来ませんか? きっと子供達も喜ぶと思うのです」

 その言葉にセレッソは目を輝かせてフルータの両手を取った。
 そうしてぶんぶんと上下に振る。

「も、もちろん! もちろんですわっ」
「うふふ。よろしくお願いしますね。日程はセレッソさんにお任せします」

 フルータはセレッソの様子に驚いたように少しだけ目を張った。
 セレッソはフルータの手を取ったまま、クルトゥーラを見る。

「クルトゥーラ、いつ頃にしましょうっ」
「は、はい!」

 セレッソがクルトゥーラやフルータと揃って日程や時間などを話し合っているのを見ながら、ローロはセレッソの紙芝居の事を思い出していた。
 胸の奥からじわりと苦さを孕んだ懐かしさがこみあげてきて目を閉じる。
 まさかね、と心の中で呟いて目を開くと胸元から懐中時計を引っ張り出した。ローロの懐中時計の針は、そろそろ仕事に戻らないとまずい時間を指していた。

「あ、まずい。それじゃあ、僕はそろそろ行くね」
「はい! ありがとうございました、ローロさん」
「クルトゥーラも気を付けて帰るんだよ。シスター・フルータ、お世話になりました」
「お気を付けて」

 挨拶をするとローロは教会の外へと向かう。
 出る間際にちらりと振り返り、相変わらずわいわいと話をしているセレッソ達を見て少し口元を上げると出て行った。



 セレッソがクルトゥーラに紙芝居を披露してから十日後。
 この日のコンタールの町は気持ちの良い快晴となった。
 夜明けくらいまでちらほらと降っていた雪は溶け、地面にぬかるみを作っているものの、子供達は気にせずにその上を飛び回っている。
 子供達のきゃいきゃいした笑い声を聞きながら、紙芝居を終えたセレッソは腕を空に向けて大きく伸びた。

「うーん、今日も楽しかったですわねー!」

 セレッソは数日に一度、教会の場所を借りて紙芝居を披露していた。
 最初こそ人数は少なかったものの、クルトゥーラやフルータが声を掛けてくれたり、紙芝居を見に来てくれた子供達が友達に話したりして、今では十数人も観に来てくれている。
 人数が増えて来ると教会の中だけでは少し狭いので、空が晴れた日には外に出てセレッソは子供達に紙芝居を披露している。
 そうしていると教会の前を通りすがった大人達も「何だろう?」と興味を持って覗きに来てくれた。
 以前コンタールには娯楽が少ないとベナードが言っていたが、本当にその通りなのだろう。
 ローロから話を聞いたベナード隊の騎士達や、冒険者も数人子供達に混ざっては紙芝居を観る事もあった。
 レアルに至っては子供達と同じ輪に混ざっては子供達と同じように騒ぐのでシスネが頭を抱えていた。
 もちろん全員が全員、楽しそうに観ているわけではない。
 とくに冒険者だが、紙芝居を楽しんでいるのは騎士に対して特に何とも思っていない若い世代が数人程度で、騎士の物語だと聞くと大抵は難しい顔をして去って行く。

「なかなか難しいですわねぇ」

 それを見ながらセレッソは腕を組んだ。
 もともと冒険者にとって騎士がどんな存在であるかは分かっていたので、この結果は予想通りではある。問題はここからどうするかだ。
 そんな事を考えていると一人の少年がセレッソに近づいてきた。

「お疲れ、セレッソ」

 やって来たのは冒険者のヒラソールだ。
 彼は冒険者ではあるが、セレッソが冒険者ギルドに行った時に彼女をかばってくれたように、騎士に対しては特に何とも思っていない希少な人物だった。
 もちろんヒラソールも多かれ少なかれ思う所がないわけではないのだろうが、少なくともセレッソの前ではそういった感情は出さなかった。

「ありがとうございます、ヒラソールさん。今日はいかがでした?」
「楽しかった!」

 そう言ってヒラソールは親指をぐっと上げた。
 その笑顔がクルトゥーラに似ていて、セレッソはくすりと微笑んだ。
 実はヒラソールを連れてきたのはクルトゥーラである。
 彼女の言っていた『おっちょこちょいだが優しいお兄ちゃん』とはヒラソールの事で、言われてみれば顔立ちや髪の色が良く似ている。
 ヒラソールはその明るい橙色の瞳をクルトゥーラの方へと向けた。
 クルトゥーラは同い年の女の子達に混ざって紙芝居の事を話したり、木の棒で地面に騎士の絵を描いたりと、楽しそうに遊んでいる。

「いやさー、最初はクルトゥーラから『知らないお姉さんと遊んできた』って聞いた時はびっくりしたよ。あいつ人見知りだから友達もあまりいないみたいだったんだけど……何か安心した」

 クルトゥーラはセレッソが最初に会った時はおどおどと不安そうにしていたが、今では知らない子供相手でも仲良く話せるようになり、笑顔も増えた。
 それを見て嬉しそうに笑うヒラソールの顔は『お兄ちゃん』のものだ。
 セレッソが微笑ましそうに見ている事に気付いたヒラソールは慌てて手を振って話題を変えた。

「そっそう言えばさ! 紙芝居って他にもあるの?」
「今のところはこれだけですわね。これから少しずつ増やしていこうと思っていますの。次は冒険者の物語の紙芝居も作ってみたいですわね」
「じゃあ、グルージャさ……じゃなかった。支部長なら面白い話を知っているだろうから、オレ聞いてくるよ」
「助かりますわ!」

 冒険者の話なら、こちらも男の子達に人気がありそうだ。
 セレッソはぐっと拳を握った。
 そろそろ女の子向けの話も何か仕入れたいなとセレッソが考えている前で、男の子達が紙芝居の騎士の真似をしては遊んでいる。
 木の棒を振り回して走り回ると、ばしゃりと泥が跳ねた。

「ちょっとー泥を飛ばさないでよー!」
「あっごめんー!」

 騎士になりきって男の子達が遊んでいると、女の子も「女騎士だっているんだからっ」と混ざっては、紙芝居にはいない騎士が増えたりする。
 人気がないように思えた悪者役も、不思議な力を使う辺りが受けたのか、率先して演じる子供もいた。
 そうやって子供達が遊んでいると、子供らしい発想も混ざって紙芝居とは違う結末になったりもして、セレッソにはそれが楽しかった。

「セレッソお姉さん!」

 眺めているとクルトゥーラがやって来た。
 セレッソはしゃがんでクルトゥーラに視線を合わせる。

「どうしました?」
「あの、あのね、えっと……わ、わたしも紙芝居、やってみてもいい、ですか?」

 おずおずと言うクルトゥーラにセレッソは目を丸くした。
 紙芝居に興味を持ってくれた事が嬉しくて、セレッソは直ぐに頷くと、手に持っていた紙芝居を差し出す。

「ええ、もちろんですわ!」
「汚すんじゃないぞ、クルトゥーラ」
「お兄ちゃんじゃないから大丈夫だよ」
「うぐっ」

 ヒラソールは胸を押さえて一歩後ずさった。どうやら思い当たる節があるようだ。
 クルトゥーラは大事そうに紙芝居を受け取ると、女の子達の所へと走って行った。
 はらはらとそれを見守るヒラソールは、クルトゥーラが転んだりせずに女の子達の所へ辿り着いたのを見て、ふうと胸をなでおろした。

「可愛い妹さんですわね」
「口が達者になってきているけどね」

 ヒラソールは肩をすくめた後で、少しだけ真面目な顔になった。
 そして顔をかきながら少し言い辛そうに、

「あのさ、冒険者の事なんだけど」
「ええ」
「……紙芝居の事を面白く思ってない奴もいるからさ。支部長にも話をしているし、オレも気を付けるけど、その、セレッソも気を付けてね」

 ヒラソールは心配そうにそう言った。
 何を言わんとしているのか分かってセレッソは笑って頷いた。
 
「ええ。ありがとうございます、ヒラソールさん。分かっておりますわ」
「そっか」

 それを見て少し安心したのか、ヒラソールも表情を緩めた。

――――その時だ。

「返して!!」

 クルトゥーラの悲鳴が聞こえてセレッソとヒラソールは顔を向ける。
 二人の視線の先にいたのは、以前、コラソン亭でお酒を飲んで騒いでいた冒険者二人組。
 その彼らがクルトゥーラから紙芝居を取り上げている所だった。
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