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第四話 『黒靴』
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「父さん、母さん、兄さん。正装用のお金で機材を買ったのは、本当に申し訳なく思ってる。でもさすがに、側近選びに関しては、事前にお話が欲しかったです!」
帰って早々に、私は両親と兄にそう訴えた。
だって、あまりに予想外の話だったからだ。
ただでさえ引きこもりの私である、王子の側近なんて、どう考えても難しい案件だ。
すると三人は苦笑して、
「ごめんごめん」
「はっはっは、それに関してはすまなかった。だが、どうしても先入観のない『幸運』の行方が必要でな」
「ええ。十年前の『黒靴』の時みたいにね」
と、それぞれにそう答えてくれた。
先入観のない『幸運』。
私の聖痕である『幸運』は、先入観があろうとなかろうと、反応はするものだ。
しかし、それをどう解釈するか、というのは別である。
余計な感情を間に入れると、解釈が間違ってしまう可能性が出るのだ。
……確かに、そう言う事なら仕方ない気もするけれど。
でもなぁ、うーん。
そんな事を思いながら、うう、と私が唸っていると、
「イングリットはベルン様の話を聞いてどう思った?」
なんて、父からこう聞かれた。
どう、というか。父の問いがどこを指しているのか、いまいち分からない。
なので感じた事を順番に応えていく。
「うーん……自分に自信がない方なのだなぁと。あと……」
「あと?」
「病弱だと思われるくらい、呪いを受けるなんて変だなって」
「うふふ、さすが私の娘ね。いい子、いい子」
私がそう答えると、母に頭を撫でられた。あ、嬉しい。
少し気持ちが上昇していると、父も私の答えを聞いて満足そうに頷いていた。
「そうだ。ベルン様は生まれた時からたびたび、無意識に呪いを引き受けられて来た。その呪いを調べていくと、ひとつのルーツにたどり着いた」
「ルーツ?」
「『黒靴』の創始者が考えた呪いだ」
黒靴!? それって……。
そう聞いて、私は思わずを剥く。
そこに繋がるのかとも思った。
「小さいものを、少しずつ。分かり辛く、巧妙な手口でなかなか捕まえられない。イングリットの『幸運』が働いた一件で、ほとんどの人数を捕らえる事が出来たのは、それこそ幸運だった。だが……『黒靴』の魔術師が一人、捕まえられていない」
「あれから十年も経っているのに、ですか?」
「正確には捕まえてはいるんだ。だがな、問題はその魔術師は顔を変え姿を変え、そして『増える』事にある」
あ、それは魔術関係の話だろうか。
少し興味が出てきて、私は身を乗り出した。
「それは分身? それとも複製的な?」
「急に食いつきが良くなった」
「イングリットの魔術オタクは、マロウ家随一だからね。何たって正装用のドレスを機材に変えるくらいだ」
「うっ」
痛い所をつかれて、思わず胸を押える。
これはそのネタでしばらくいじられるフラグだ!
うう、だって、だって何回かしか着ないドレスより、何度も使う機材の方が良いじゃない……。
なんて事は口が裂けても言えないけれど。
「はっはっは! それで助けられている部分もあるからなぁ。さて、話を戻すが、奴が使うのは死霊術の類だ。魂を分割して作り出すものだ」
「禁術では?」
禁術、というのはその名の通り使用を禁じられている魔術のことだ。
死霊術がそれにあたる。学問としての死霊術は認められているが、行使する際には必ず許可と立会人が必要となるものなのである。
「ええ、そうよ。使うたびに寿命も精神もすり減って、最後は廃人になりかねない危険なもの。それをその魔術師は使っているの」
「どうしてそこまで……」
「詳しくは分かっていない。捕えても、直ぐに自爆してしまうんだ」
自爆、とは穏やかではない。
よほど知られたくない事なのか、それとも。
「今回の昼食会は名目上は側近選びのためだった。だがもうひとつ、イングリットの『幸運』に、引っかかる何かがないか知りたかった」
「……もしかして、今日集められた中に、その魔術師の疑いがある方が?」
私がそう聞くと、父は頷いた。
「四伯それぞれに調査をしているが、絞り込んだのが本日の来客達の家。もしくは協力者だね。イングリットの幸運が、今回は『良い』方へだけに働いたみたいだから、少なくともあの場にいた者達じゃない。……けれど、その家族はまた別だ」
そこで一度区切った父の言葉を、母が引き継ぐ。
「ベルン様が周囲の呪いを引き受けて下さるから、王族は無事で過ごしている。けれど陛下達は、親として、家族として、複雑な気持ちなのだと思うわ。ベルン様だけにそれを強いている現状が」
……それは、私も分かる気がする。
私だって父や母、兄がそんな状況にあったなら、黙って見ている事はできない。
申し訳なくて、悲しくて、何とか助けたいと思うだろう。
ぐっと私が拳をにぎりしめていると、
「フレデリク、イングリット。マロウ家は中立を貫いてきた。けれどイングリットの聖痕が、ベルン様を示したのは必ず意味がある事だ。だからこそ、お前達にはベルン様の側近となってほしい」
と、父は真剣な面持ちでそう言った。
兄は頷く。
「了承は貰って来たよ」
「ああ、ありがとう」
それから父は、私を見た。
「イングリット。かつての事件が、未だお前の足を引きずっているのは、私もエルネスタも分かっている。だが――――それでも頼みたい」
父の頼み。母と兄も私を見つめている。
その言葉を聞いていたら、頭の中に、泣いていたベルン様の姿が浮かぶ。
――――放っておけない。おきたくない。
そう思って、私は頷く。
「……私も、いつまでもこのままで良いってわけじゃないのは、分かってる。『黒靴』もまだ続いているなら。私、一度関わったもの。最後までやりたい」
すると、家族はほっと笑顔になった。
そして父も、母と同じように大きな手で私の頭を撫でてくれる。
「それでこそ私達の娘だ」
「フレデリク、お願いね」
「了解。父さんも母さんもイングリットには甘いんだから」
「お前もだろう?」
両親は笑って、兄にそう言う。
その声が、優しくて、あたたかくて。
誇られた事も嬉しくて、私も少しだけ、泣きそうになったのは内緒だ。
帰って早々に、私は両親と兄にそう訴えた。
だって、あまりに予想外の話だったからだ。
ただでさえ引きこもりの私である、王子の側近なんて、どう考えても難しい案件だ。
すると三人は苦笑して、
「ごめんごめん」
「はっはっは、それに関してはすまなかった。だが、どうしても先入観のない『幸運』の行方が必要でな」
「ええ。十年前の『黒靴』の時みたいにね」
と、それぞれにそう答えてくれた。
先入観のない『幸運』。
私の聖痕である『幸運』は、先入観があろうとなかろうと、反応はするものだ。
しかし、それをどう解釈するか、というのは別である。
余計な感情を間に入れると、解釈が間違ってしまう可能性が出るのだ。
……確かに、そう言う事なら仕方ない気もするけれど。
でもなぁ、うーん。
そんな事を思いながら、うう、と私が唸っていると、
「イングリットはベルン様の話を聞いてどう思った?」
なんて、父からこう聞かれた。
どう、というか。父の問いがどこを指しているのか、いまいち分からない。
なので感じた事を順番に応えていく。
「うーん……自分に自信がない方なのだなぁと。あと……」
「あと?」
「病弱だと思われるくらい、呪いを受けるなんて変だなって」
「うふふ、さすが私の娘ね。いい子、いい子」
私がそう答えると、母に頭を撫でられた。あ、嬉しい。
少し気持ちが上昇していると、父も私の答えを聞いて満足そうに頷いていた。
「そうだ。ベルン様は生まれた時からたびたび、無意識に呪いを引き受けられて来た。その呪いを調べていくと、ひとつのルーツにたどり着いた」
「ルーツ?」
「『黒靴』の創始者が考えた呪いだ」
黒靴!? それって……。
そう聞いて、私は思わずを剥く。
そこに繋がるのかとも思った。
「小さいものを、少しずつ。分かり辛く、巧妙な手口でなかなか捕まえられない。イングリットの『幸運』が働いた一件で、ほとんどの人数を捕らえる事が出来たのは、それこそ幸運だった。だが……『黒靴』の魔術師が一人、捕まえられていない」
「あれから十年も経っているのに、ですか?」
「正確には捕まえてはいるんだ。だがな、問題はその魔術師は顔を変え姿を変え、そして『増える』事にある」
あ、それは魔術関係の話だろうか。
少し興味が出てきて、私は身を乗り出した。
「それは分身? それとも複製的な?」
「急に食いつきが良くなった」
「イングリットの魔術オタクは、マロウ家随一だからね。何たって正装用のドレスを機材に変えるくらいだ」
「うっ」
痛い所をつかれて、思わず胸を押える。
これはそのネタでしばらくいじられるフラグだ!
うう、だって、だって何回かしか着ないドレスより、何度も使う機材の方が良いじゃない……。
なんて事は口が裂けても言えないけれど。
「はっはっは! それで助けられている部分もあるからなぁ。さて、話を戻すが、奴が使うのは死霊術の類だ。魂を分割して作り出すものだ」
「禁術では?」
禁術、というのはその名の通り使用を禁じられている魔術のことだ。
死霊術がそれにあたる。学問としての死霊術は認められているが、行使する際には必ず許可と立会人が必要となるものなのである。
「ええ、そうよ。使うたびに寿命も精神もすり減って、最後は廃人になりかねない危険なもの。それをその魔術師は使っているの」
「どうしてそこまで……」
「詳しくは分かっていない。捕えても、直ぐに自爆してしまうんだ」
自爆、とは穏やかではない。
よほど知られたくない事なのか、それとも。
「今回の昼食会は名目上は側近選びのためだった。だがもうひとつ、イングリットの『幸運』に、引っかかる何かがないか知りたかった」
「……もしかして、今日集められた中に、その魔術師の疑いがある方が?」
私がそう聞くと、父は頷いた。
「四伯それぞれに調査をしているが、絞り込んだのが本日の来客達の家。もしくは協力者だね。イングリットの幸運が、今回は『良い』方へだけに働いたみたいだから、少なくともあの場にいた者達じゃない。……けれど、その家族はまた別だ」
そこで一度区切った父の言葉を、母が引き継ぐ。
「ベルン様が周囲の呪いを引き受けて下さるから、王族は無事で過ごしている。けれど陛下達は、親として、家族として、複雑な気持ちなのだと思うわ。ベルン様だけにそれを強いている現状が」
……それは、私も分かる気がする。
私だって父や母、兄がそんな状況にあったなら、黙って見ている事はできない。
申し訳なくて、悲しくて、何とか助けたいと思うだろう。
ぐっと私が拳をにぎりしめていると、
「フレデリク、イングリット。マロウ家は中立を貫いてきた。けれどイングリットの聖痕が、ベルン様を示したのは必ず意味がある事だ。だからこそ、お前達にはベルン様の側近となってほしい」
と、父は真剣な面持ちでそう言った。
兄は頷く。
「了承は貰って来たよ」
「ああ、ありがとう」
それから父は、私を見た。
「イングリット。かつての事件が、未だお前の足を引きずっているのは、私もエルネスタも分かっている。だが――――それでも頼みたい」
父の頼み。母と兄も私を見つめている。
その言葉を聞いていたら、頭の中に、泣いていたベルン様の姿が浮かぶ。
――――放っておけない。おきたくない。
そう思って、私は頷く。
「……私も、いつまでもこのままで良いってわけじゃないのは、分かってる。『黒靴』もまだ続いているなら。私、一度関わったもの。最後までやりたい」
すると、家族はほっと笑顔になった。
そして父も、母と同じように大きな手で私の頭を撫でてくれる。
「それでこそ私達の娘だ」
「フレデリク、お願いね」
「了解。父さんも母さんもイングリットには甘いんだから」
「お前もだろう?」
両親は笑って、兄にそう言う。
その声が、優しくて、あたたかくて。
誇られた事も嬉しくて、私も少しだけ、泣きそうになったのは内緒だ。
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