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伊達に酔狂 7

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 ガチャンと地面に落ちると、独楽と天津はほぼ同時に倒れ込んだ。

「そこまで! ――――これは、引き分けだな」

 若利が立ち上がり、試合終了の声を上げる。するとギャラリーからワッと声が上がった。

「ハラハラしたー!」
「あたしゃ十年寿命が縮んだよ」
「十年も縮みゃあ墓の中じゃねぇか」
「甘栗さんのいじめっこー!」
「いやいや、真剣勝負ってのはああいうもんだろうよ」
「独楽さん、尻尾モフモフさせてくださいー」
「独楽さまー、ここの人達、獣人の事知らなったですー」
「あっこら、しー!」

 大変賑やかである。独楽と天津は仰向けになって、その声を聞きながら笑った。二人とも汗が滝のように流れている。
 だが不思議とその表情は晴れやかだった。

「あーあ、わたしのバケツプリンときつねうどんが」
「先に勝った時の事を言うと負けるフラグは、どこでも共通でござるな」
「いやいや、まだ負けていませんよ? ところでフラグって何です?」
「戦場から帰って来たら結婚しようっていうアレと同じ意味でござる」
「甘栗さん結婚するんですか?」
「伝わらぬか。まぁ、バケツプリンときつねうどんなら、そのうち作るでござるよ」
「やった」

 独楽と天津が和やかに話していると、そこへ若利と信太が駆け寄って来た。

「良い試合だったぞ」

 若利にそう言われ、独楽と天津は気の抜けたような顔で笑う。

「……ご迷惑を、おかけしました」

 その途端、独楽の腹の虫が鳴る。独楽は仰向けのまま真っ赤になった顔を両手で覆った。

「はらへりです?」
「この姿になると燃費が悪いんですよ……そう言えば、イカ焼きしか食べていませんでした」
「あっはっは。あっちでまだ屋台やっているぞ」
「えっ本当ですか。ちょっと行ってきます」
「独楽さま、信太は油揚げが食べたいですー」
「稲荷寿司ならあったような」
「やった、行きましょう、信太」
「わーい!」

 独楽は体を起こすと、照れくささを誤魔化すように駆け出した。耳と尻尾を出したままの独楽を、信太がぴょんぴょん跳ねて追いかける。
 ふと、一瞬、信太が足を止めた。何やら地面に視線が向けられている見ている。信太の足音が聞こえなくなった事に気が付いた独楽が振り返り、信太に声を掛けた。

「信太、置いて行きますよ」

 信太はピン、と尻尾を立てると、その落ちている何かを咥え、独楽を追った。

「あ、まってー!」

 独楽と信太が走って行くのを見て、小夜や他の子供達もついて行く。先ほど独楽の尻尾がどうのと言っていた者も混ざっている所を見ると、『モフらせて』貰うためだろう。させてくれるかどうかは別ではあるが、その様子を想像して若利はくつくつ笑った。
 独楽達を見送った後、若利は「ふう」と安心したように息を吐いて、天津の隣に腰を下ろした。 

「甘栗、感謝する」
「突然、何でござるか?」
「わざと悪者になってくれたのだろう?」

 若利の言葉に、天津は数回目を瞬いた後、

「…………そうでもないでござるよ」

 と、バツが悪そうに視線を逸らし、取り繕ったように笑った。
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