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東雲の商人と夏祭りの準備 5

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「……若様は、その、犬、好きですか」
「む? うむ、好きだぞ。猫も好きだがな、狐も、狸も、打ち解けてしまえば良い遊び相手だとも」
「へぇ、動物好きなんですね」
「うむ! というより、他に友達もいなかったからな」

 帰って来た言葉に独楽は思わず「え?」と聞き返した。

「またまた、若様なら友達とか多いでしょう?」
「はっはっは。そうでもないぞ。……俺はな、小さい頃から変なものが見えたんだ」
「変なもの、ですか?」
「ああ。幽霊とか、妖怪とか、まぁそんな類の存在だ。一つ目の男の子とか、首が伸びる女の人とかな」
「それはまたバラエティ豊かですねぇ」

 独楽が言うと、若利は楽しそうに笑って空を見上げた。 

「小さい頃からそういうものが見えたのでな、同じ年代の子供達は気味悪がられてしまってな。俺も意地になってしまって、一人で遊ぶことが多かったのだよ」

 独楽は若利の話を聞きながら、異質なものに対する恐怖、という奴は案外どこの世界でもあるのだな、と思った。

「世界がこうなってから、妖や幽霊の類はとんと見なくなってしまったが。……どうせなるなら、もっと早くにそうなって欲しかったよ」

 そう言って若利は目を伏せた。

――――ああ。寂しがり屋で、意地っ張りな子でねぇ。あたしに似ちまって、変なものが見えるせいで、友達が一人もいないんだ。

 若利の言葉に、独楽の頭の中にふと真頼の言葉が蘇った。

「若様……」

 独楽が気遣わしげな視線を向けると、若利はハッとして笑う。

「まぁ、妖怪も幽霊も、よく一緒に遊んではくれたのだがな! ……だが、時々思ってしまうのだ。もっと早くにこうなっていたら、また違っていたのか、ともな」
「それでも若様、区画の人達に信頼されているじゃないですか」
「それは祖母の信頼が、そのまま俺に繋がっているだけさ」
「それでも、それをちゃんと繋げているのは若様が頑張っているからですよ」

 独楽がそう言うと、若利は少しだけ首を傾げた。あまり自覚がないのだろうか、と思いながら独楽は続ける。

「信頼を繋ぐってのは、結構大変なもんです。なんせ信頼を失くすのなんて一瞬ですから」

 裏切り者、と言われた時の事が独楽の頭の中で蘇る。
 独楽としては裏切ったつもりはなかった。言い訳になってしまうが、もしも最初から獣人だと明かしていれば、受け入れてはくれなかっただろう。そう、思っていた。けれど結果的には、そうだったのかもしれない。
 自分が若利たちを裏切っているのかもしれないという気持ちが、じり、と独楽の心臓を締め付ける。

「……そうか」

 独楽の言葉に若利は嬉しそうに表情を緩めた。

「励ましてくれるという事は、あれか。つまり、俺ときみは友達だと言う事か」

 意外な事を言われて独楽は目を瞬く。そしてすぐに顔をかいて、何だか照れくさそうに笑った。

「主従で友達ってまた複雑な」
「昼ドラのようにか?」
「昼ドラって何ですか?」
「元の世界の昼時に放送されていた、人間関係がドロドロのテレビドラマだ」
「そんなドロドロの人間関係はちょっと……」
「はっはっは」

 ひとしきり笑うと「ああ、そうだ」と、若利は独楽にひょいと何かを手渡した。
 金魚の絵柄のついた藍色の浴衣である。独楽の目が丸くなる。

「えーと、これは?」
「祖母が若い頃に着ていた浴衣だ。浴衣を持ってはおらん、といっただろう? せっかくの夏祭りなのだから、きみも楽しめ」

 独楽は何と言ったら良いか分からなくて、思わず言葉に詰まった。

「どうした?」
「いえ。…………盆と正月が一緒に来たようで」

 先ほどまでの鬱々とした感情がふっと軽くなった。自分でも驚くほどに現金だ、と思いながら独楽は浴衣に指を這わせる。

「…………お借りします。ありがとうございます」
「いやいや」

 独楽が例を言うと、若利は満足そうに笑った。そしてふと、体を捩って、部屋の中にある壁掛け時計を見上げる。

「さて、そろそろ戻って皆に休むように言わねば……」
「そうですね、そろそろ結構時間が……ん?」

 頷いた独楽が村の方を見ると、その時、不意に村を彩る提灯の灯りが不自然に揺れた気がした。

「どうした?」
「いえ、提灯が……」

 答えながら、独楽が立ち上がって良く見ようと目を凝らした時、

「独楽さまー!」

 と、少し焦ったような信太の声が聞こえた。声の方を向けば信太が独楽たちに向かって走って来るのが見える。
 いつもはのんびりとした様子の信太が、今は違う。独楽は信太の方へと駆け寄ると、ぜいぜいと息をきらせる子ぎつねの前に膝をついて尋ねた。

「信太、どうしました?」
「村に、魔獣が、出たですー!」

 呼吸の合間に途切れ途切れに答える信太の言葉に、独楽と若利の顔色が変わった。
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