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結界に挟まれた侍 1

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 朝日が差し込みきらきらとした若利の屋敷の居間に、焼き魚の香ばしい香りが広がっている。
 独楽と信太はその美味しそうな香りを胸いっぱいに吸い込んで、ほわっと嬉しそうな笑顔を浮かべた。
 テーブルの上に並べられているのは、ふっくらとした白飯に、豆腐の味噌汁、胡瓜の浅漬けに、ほど良く焼けた鮎。独楽の記憶の中にある「正に朝!」という朝食を現実に呼び出したかのようなメニューに、独楽と信太はごくりと喉を鳴らす。朝日に照らされてキラキラと輝くそれは、独楽と信太にとってはどんな宝石よりも眩く見えた。

「これは夢ですか、まだ夢の中にいるのですか」
「ごちそうですー」

 目を輝かせながらガツガツと食べる独楽達を見て、若利はニッと笑う。

「どうだ、小夜の飯は美味いだろう?」
「ええ、とても美味しいです! こんなまともな朝食、いつぶりでしょうか……!」
「小夜さまは良いお嫁さんになるですー」
「えへへ……」

 自慢げな若利の言葉に、独楽と信太が力強く頷くと、炊飯器の隣に座った十歳の少女がはにかんだ。
 彼女の名前は室町小夜と言い、独楽達が昨日からお世話になる事になった若利の家のお手伝いさんだ。小夜も独楽達と同じく、ここで住み込みで働いている。少々引っ込み思案な所があるが、幼いながらも若利の屋敷を一人で切り盛りしている。独楽達はその事を、昨日、若利に紹介された時に聞いて大層驚いた。炊事、洗濯、掃除に裁縫と、家事全般をそつなくこなす小夜を見て、独楽は素直に感心していた。
 独楽はそんな事を思い出しながら小夜を見ていると、ご飯のおかわりを求めていると思われたのか、

「おかわり、いりますか?」

 と小夜に聞かれた。独楽はハッとしたあと、笑顔で自分のご飯茶碗を差し出して「いただきます!」とご飯をよそって貰った。それを見ていた若利は、三杯目のおかわりをしようと自分のご飯茶碗を小夜に向かって差し出す。

「うむうむ、お小夜は良い子であろう? よし、俺ももう一杯おかわりだ!」
「若様は食べすぎです」
「むう」

 だが素気無く却下されてしまった。二杯目をもぐもぐ食べる独楽に言えた事ではないが、さすがに食べ過ぎである。若利は「仕方ない」と肩をすくめた。
 そんなやり取りを聞いていた独楽は、ふと、若利の呼び方を聞いて少し首を傾げる。

「若様、ですか?」
「あ、は、はい。昔から、皆そう呼んでいるんです。真頼様……あ、先代の区画主様のお孫様だからって」

 独楽が尋ねると小夜がこくこく頷いて教えてくれた。真頼、という名前を聞いて、胸の内に懐かしさがこみ上げて来て、独楽の目がほんの少し優しくなる。

「……そうですか」
「いつまでも子ども扱いされている気分にはなるがな。だが三十路、四十路を越えて若様呼びなら、まだまだ若いと胸を張れる気がする」
「無理がありますー」
「信太の言葉が鋭角に抉って来る……」

 若利が胸を押さえて項垂れると、独楽は噴き出して楽しげに笑った。

「雇い主でもありますし、わたしもそう呼ばせて頂きます」

 独楽が若様呼びの仲間入りをすると宣言すると、信太も真似て「信太もするですー」と尻尾を揺らす。

「ふむ、そうか。どうせなら何か別の呼称も良いかと考えていたのだが」
「考えていたんですか。まぁ、ご希望の呼ばれ方とかあるならば、それで呼ばせて頂いても構いませんが」
「む、そうか? それならば、スーパーわかと……」
「若様でお願いします」
「まだ全部言っていないだろう」
「言わせてはならない雰囲気を感じました」

 どうやら若利のネーミングセンスは独特らしい。独楽が真顔になって呼び方を却下すると、小夜が小さく噴き出した。
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