2 / 10
2
しおりを挟む
さて、花空が持って来た服を纏った水月は、花空と一緒に里を歩いていた。
水月の姿を見つけた里の人々は笑顔になって手を振る。
「水月様ぁー! 今度うちの芋食って下せぇー!」
「あたしが織った服も着て下さいなー!」
水月はこの辺りの土地と里を守護する竜である。司るのは雨だ。
もともと干ばつ地帯だったこの地に水月が住み付いてから、水月の力で降らした雨によって大地は潤うようになった。
大地が潤えば、やがて植物は育つようになる。
そうやって芽吹いて行く緑を水月は長い間ずっと見守っていた。
「花空ちゃん、それヴェールかい? 綺麗に出来たねぇ」
「えへへへへへ。ありがとう、松乃さん」
水月と一緒に歩いている花空も里の人々に声を掛ける。
その誰もが花空と水月の婚姻を知っており、そして祝福していた。
純粋に喜ぶ以外にも彼らが喜んでいるのはもう一つ理由がある。
それは水月がこの地に残ってくれると言う確約だ。
花空が水月と婚姻を結ぶ事で、花空がその命を全うしている間、また花空と水月の子供が生まれたならばその子が育つまでの間、水月はこの土地を離れない。
例え水月がその後もこの地を離れるつもりはないと思っていても、やはり過去の干ばつを知る者や、干ばつについて話を聞いていた者は、水月が離れて行った時、またあのような暮らしに戻るのではないかという不安を抱いていた。
人々のそういう気持ちも水月は知っている。そういう部分も含めて水月はこの地の人々が好きだった。
「水月様! 水月様!」
そんな事を考えていた水月の服を花空は引っ張った。
ふと足を止めて水月が振り返ると、そこには満面の笑顔で林檎を差し出す花空がいた。
恐らく里の誰かから貰ったのだろう。瑞々しい赤色から、ふわりと良い香りが漂ってきた。
「後で食べましょうね」
「はい!」
水月がそう言うと、花空はにこにこ笑ってヴェールと一緒に林檎を抱きしめた。
優しげに目を細めてそれを見て、水月は再び歩き出す。花空はにこにこしながらそれに続いた。
里の人々は二人を微笑ましそうに見る。
花空だけだったら声を掛けて茶化していただろうが、さすがに水月が一緒ではそうはいかない。
くすぐったいような視線をその身に受けながら二人は里の中を歩き、この里の長の住む建物へとたどり着いた。
「長ー! 来ましたー!」
コンコンと戸をノックしながら花空がそう呼びかける。
その声にこたえるようにカラカラと戸が横に開いた。
中から出てきたのはたっぷりとした白髭を生やした老人だった。
老人は水月に向かって深く頭を下げる。
「ああ、水月様、お元気そうで何よりでございます。花空、よく忘れなかったな」
「水月様の事ですから!」
「ほっほ。そうじゃなぁ、お前は昔から、水月様との約束だけは必ず守っておったなぁ」
そう言って長は花空の頭を撫でると、中へどうぞと手を開いた。
まずは水月が入り、その後に花空が続く。
長の家の中は見た目よりも広く、天窓からさらさらと光が差し込んでいた。
小さな埃が差し込む光にあたっては小さく光っている。
花空と水月は長に勧められて腰を下ろした。
「さて、それでは水月様、花空。お二人の結婚式についての事ですが」
「ええ」
「は、はい!」
長の言葉に花空はぴんと背筋を伸ばした。
その様子を見て水月は小さく微笑むと、長に視線を戻した。
「今日から三日後の昼に執り行いたいと思います。水月様のお住まいへは、すでに家具を運ばせて頂いておりますが……」
「ええ、確認しています。問題はありません」
「ありがとうございます。それでは花空の方はどうじゃ?」
「大丈夫です!」
そう言って花空はにこにこ笑いながらヴェールを見せた。
上手く仕上がったのが余程嬉しかったのだろう、花空は得意げだった。
長はそのヴェールをじっくりと見た後で「ほっほ」と髭を手で撫でて笑った。
「うむうむ、あの不器用な花空が、きちんとヴェールを編めるか心配じゃったが、良かった良かった」
「う、うぐう! わ、わたしだってちゃんと成長してますもんっ」
「ほっほっほ。そうじゃなぁ」
笑って、長は少しだけ寂しげに目を細める。
「あの小さかった花空が、ようここまで育ってくれた。これも全て水月様のおかげです」
花空は小さい頃に両親を流行り病で亡くしている。
それからずっと長が引き取って面倒を見て来たのだが、両親を失った寂しさはなかなか癒える事はなかった。
その花空をずっと見守り、励ましていたのが水月である。
時には遠くから、時には近くから、長や里の人々に内緒で背中に乗せて空を飛んだ事もあった。
もちろんその時は見つかって二人揃ってしっかりと叱られはしたが。
「いえ、私など。長や里の皆のおかげですよ」
「はい! いえ! 水月様や、長や、里の皆のおかげです!」
首を振る水月と力いっぱい頷く花空に、長は優しげに目を細めた。
そうして真面目な顔になったかと思えば、長は床に手をついて頭を下げた。
「水月様、どうかどうか、花空をよろしくお願い致します。まだまだ至らぬところがあるかとは存じますが、育ての親の欲目でも、この子は優しい子です」
その言葉がジーンと胸に響いて花空はじわりと目を潤ませる。
水月は長の言葉に背筋を伸ばすと頭を下げた。
「はい」
そうして力強くそう答えた。
水月の姿を見つけた里の人々は笑顔になって手を振る。
「水月様ぁー! 今度うちの芋食って下せぇー!」
「あたしが織った服も着て下さいなー!」
水月はこの辺りの土地と里を守護する竜である。司るのは雨だ。
もともと干ばつ地帯だったこの地に水月が住み付いてから、水月の力で降らした雨によって大地は潤うようになった。
大地が潤えば、やがて植物は育つようになる。
そうやって芽吹いて行く緑を水月は長い間ずっと見守っていた。
「花空ちゃん、それヴェールかい? 綺麗に出来たねぇ」
「えへへへへへ。ありがとう、松乃さん」
水月と一緒に歩いている花空も里の人々に声を掛ける。
その誰もが花空と水月の婚姻を知っており、そして祝福していた。
純粋に喜ぶ以外にも彼らが喜んでいるのはもう一つ理由がある。
それは水月がこの地に残ってくれると言う確約だ。
花空が水月と婚姻を結ぶ事で、花空がその命を全うしている間、また花空と水月の子供が生まれたならばその子が育つまでの間、水月はこの土地を離れない。
例え水月がその後もこの地を離れるつもりはないと思っていても、やはり過去の干ばつを知る者や、干ばつについて話を聞いていた者は、水月が離れて行った時、またあのような暮らしに戻るのではないかという不安を抱いていた。
人々のそういう気持ちも水月は知っている。そういう部分も含めて水月はこの地の人々が好きだった。
「水月様! 水月様!」
そんな事を考えていた水月の服を花空は引っ張った。
ふと足を止めて水月が振り返ると、そこには満面の笑顔で林檎を差し出す花空がいた。
恐らく里の誰かから貰ったのだろう。瑞々しい赤色から、ふわりと良い香りが漂ってきた。
「後で食べましょうね」
「はい!」
水月がそう言うと、花空はにこにこ笑ってヴェールと一緒に林檎を抱きしめた。
優しげに目を細めてそれを見て、水月は再び歩き出す。花空はにこにこしながらそれに続いた。
里の人々は二人を微笑ましそうに見る。
花空だけだったら声を掛けて茶化していただろうが、さすがに水月が一緒ではそうはいかない。
くすぐったいような視線をその身に受けながら二人は里の中を歩き、この里の長の住む建物へとたどり着いた。
「長ー! 来ましたー!」
コンコンと戸をノックしながら花空がそう呼びかける。
その声にこたえるようにカラカラと戸が横に開いた。
中から出てきたのはたっぷりとした白髭を生やした老人だった。
老人は水月に向かって深く頭を下げる。
「ああ、水月様、お元気そうで何よりでございます。花空、よく忘れなかったな」
「水月様の事ですから!」
「ほっほ。そうじゃなぁ、お前は昔から、水月様との約束だけは必ず守っておったなぁ」
そう言って長は花空の頭を撫でると、中へどうぞと手を開いた。
まずは水月が入り、その後に花空が続く。
長の家の中は見た目よりも広く、天窓からさらさらと光が差し込んでいた。
小さな埃が差し込む光にあたっては小さく光っている。
花空と水月は長に勧められて腰を下ろした。
「さて、それでは水月様、花空。お二人の結婚式についての事ですが」
「ええ」
「は、はい!」
長の言葉に花空はぴんと背筋を伸ばした。
その様子を見て水月は小さく微笑むと、長に視線を戻した。
「今日から三日後の昼に執り行いたいと思います。水月様のお住まいへは、すでに家具を運ばせて頂いておりますが……」
「ええ、確認しています。問題はありません」
「ありがとうございます。それでは花空の方はどうじゃ?」
「大丈夫です!」
そう言って花空はにこにこ笑いながらヴェールを見せた。
上手く仕上がったのが余程嬉しかったのだろう、花空は得意げだった。
長はそのヴェールをじっくりと見た後で「ほっほ」と髭を手で撫でて笑った。
「うむうむ、あの不器用な花空が、きちんとヴェールを編めるか心配じゃったが、良かった良かった」
「う、うぐう! わ、わたしだってちゃんと成長してますもんっ」
「ほっほっほ。そうじゃなぁ」
笑って、長は少しだけ寂しげに目を細める。
「あの小さかった花空が、ようここまで育ってくれた。これも全て水月様のおかげです」
花空は小さい頃に両親を流行り病で亡くしている。
それからずっと長が引き取って面倒を見て来たのだが、両親を失った寂しさはなかなか癒える事はなかった。
その花空をずっと見守り、励ましていたのが水月である。
時には遠くから、時には近くから、長や里の人々に内緒で背中に乗せて空を飛んだ事もあった。
もちろんその時は見つかって二人揃ってしっかりと叱られはしたが。
「いえ、私など。長や里の皆のおかげですよ」
「はい! いえ! 水月様や、長や、里の皆のおかげです!」
首を振る水月と力いっぱい頷く花空に、長は優しげに目を細めた。
そうして真面目な顔になったかと思えば、長は床に手をついて頭を下げた。
「水月様、どうかどうか、花空をよろしくお願い致します。まだまだ至らぬところがあるかとは存じますが、育ての親の欲目でも、この子は優しい子です」
その言葉がジーンと胸に響いて花空はじわりと目を潤ませる。
水月は長の言葉に背筋を伸ばすと頭を下げた。
「はい」
そうして力強くそう答えた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
魔法少女の異世界刀匠生活
ミュート
ファンタジー
私はクアンタ。魔法少女だ。
……終わりか、だと? 自己紹介をこれ以上続けろと言われても話す事は無い。
そうだな……私は太陽系第三惑星地球の日本秋音市に居た筈が、異世界ともいうべき別の場所に飛ばされていた。
そこでリンナという少女の打つ刀に見惚れ、彼女の弟子としてこの世界で暮らす事となるのだが、色々と諸問題に巻き込まれる事になっていく。
王族の後継問題とか、突如現れる謎の魔物と呼ばれる存在と戦う為の皇国軍へ加入しろとスカウトされたり……
色々あるが、私はただ、刀を打つ為にやらねばならぬ事に従事するだけだ。
詳しくは、読めばわかる事だろう。――では。
※この作品は「小説家になろう!」様、「ノベルアップ+」様でも同様の内容で公開していきます。
※コメント等大歓迎です。何時もありがとうございます!
異世界で演技スキルを駆使して運命を切り開く
井上いるは
ファンタジー
東京の夜、ネオンが輝く街を歩く中、主人公の桜井紗良(さくらい さら)は心地よい疲れを感じていた。彼女は人気ドラマの撮影を終えたばかりで、今夜は久しぶりの自由な時間だ。しかし、その自由も束の間、奇妙な感覚が彼女を襲った。突然、足元がふらつき、視界が暗転する。
目が覚めると、紗良は見知らぬ場所に立っていた。周りを見回すと、そこはまるで中世ヨーロッパのような街並み。石畳の道、木造の家々、そして遠くには壮麗な城が見える。「これは一体…」と呟く紗良。しかし、驚くべきことはそれだけではなかった。近くにいた人々の服装や言葉遣いが、まるで演劇の中にいるかのようだったのだ。
僕がこの世界で生きるワケ
京衛武百十
ファンタジー
こんにちは。私の名前は、<クォ=ヨ=ムイ>。人間が言うところの<神様>かな。
あ、もしかしたら私のことを知ってる人もいるかもだけど、随分と印象が違う気がするかもね。でも、神様ってのはいろんな面があるからね。気にしちゃダメダメ。
ところで今回、私は、人間が何かと話題にしてる<転生勇者>と<俺TUEEE>とやらにちょっと興味があって、おあつらえ向きにトラックの事故に巻き込まれて死んだ陰キャ少年(名前なんだっけ? あ~、まあいいや)を、転生特典のチート能力を授けて異世界に送り出してあげたのよ。
で、彼がどこまでやれるのかを観察しようっていうね。
『酷い』? 『鬼畜』? ノンノン、神様相手にいまさらいまさら。
とにかく彼の<俺TUEEE>ぶりを見てあげてちょうだいな。
この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜
ちくわぶ(まるどらむぎ)
ファンタジー
天寿を全うしたチヒロが生まれ変わった先は、なんと異世界だった。
目が覚めたら知らない世界で、少女になっていたチヒロ。
前世の記憶はある。でも今世の記憶は全くない。
そんなチヒロは人々から『空の子』様と呼ばれる存在になっていた!
だけど『空の子』様とは《高い知識を持って空からやってくる男の子》のことらしい。
高い知識なんてない。男の子でもない。私はどうしたら?
何が何だかわからないまま、それでも今を受け入れ生きていこうとするチヒロ。
チヒロが現れたことで変わっていく王子レオン、近衛騎士のエリサ。そしてシンを
始めとするまわりの人々。そのうち彼女の秘密も明らかになって?
※年ごとに章の完結。
※ 多視点で話が進みます。設定はかなり緩め。話はゆっくり。恋愛成分はかなり薄いです。
3/1 あまりに恋愛要素が薄いためカテゴリーを変更させていただきました。
ただ最終的には恋愛話のつもり……です。優柔不断で申し訳ありません。
※ 2/28 R15指定を外しました。
※ この小説は小説家になろうさんでも公開しています。
転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー
芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。
42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。
下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。
約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。
それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。
一話当たりは短いです。
通勤通学の合間などにどうぞ。
あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。
完結しました。
神に同情された転生者物語
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。
すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。
悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。
不遇の魔道具師と星の王
緑野 りぃとる
ファンタジー
小さいころから魔道具師にあこがれて、下民ながらもなんとか魔道具店で働いていたアルト。しかしある日突然解雇されてしまう。
それでも自分の店を持つという夢をかなえるために冒険者をしながら魔道具師として活動していくことに。
冒険者になった後も彼に不幸が降りかかるが、彼は自分の目的と星の王の目的のために奮闘する。
これは不遇の魔道具師が必死に足掻き、仲間と力を手に入れていく躍進劇を描いた物語。
元『ブラックな魔道具店をクビになった俺、有名な冒険者のパーティーに拾われる~自分の技術を必要としてくれる人たちと新しい人生を始めようと思います~』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる