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『諸君! 献血は、市民の義務である!』
極彩色のネオンが彩る夜、ビルの巨大モニターからは相変わらず、スメラギの広告が放送されている。
それを見上げ、管理機関プロメテウス銀行部の次長ディンゴ・クロイツは忌々し気に舌打ちをした。
先日、唐突に動画サイトで流れた、狂鬼が人間を襲うライブ配信。あれを見てアイゼンゴッドは一時騒ぎになった。
しかし、それもほんの僅かな時間だった。
放送直後にプロメテウス広報室から「彼らは誘拐された人間を庇って傷を負い、狂鬼になってしまった」との発表があったのだ。
最初は信用されなかった。けれどその場にいた吸血鬼と人間が口々に「そうだ」と証言した。
半分は嘘だ。彼らは傷を負って狂鬼になったのではなく、イカロスを飲まされてそうなったのだ。
ならば、どうしてそんな証言をしたのか。
単純に記憶がなかったからだ。吸血鬼達は改良されたイカロスにより理性を失っており、人間達はエイカ・アサクラの血の芸術で眠っていた。
つまり誰も見ていない。後から「そういう事がありまして」と聞かされれば、半信半疑ではあったが「そうなのか」と納得した。
吸血鬼達も狂鬼になって暴れていたという事実より、人間を守って感謝されたという現実の方が受け入れやすい話だった。実際に、被害が出る前にプロメテウスの職員達が到着したのだから、彼らは怪我らしい怪我も負っていない。狂鬼を止める際に怪我自体は負わせているので、過程は兎も角、結果だけ見れば証言は合っている。
だから、そうなった。これもすべてプロメテウス室長スメラギ・トーノの手腕によるものだ。
「あの生意気な若造の評判が、地に落ちれば良かったものを……!」
ディンゴはギリギリと歯ぎしりをする。
スメラギはプロメテウスの表の顔のようなものだ。何かあれば謝罪に出るのも彼。
もし今回の事件が抑えきれないものとなっていたら、スメラギは辞職を余儀なくされていただろう。
彼を目の敵にしているディンゴは、そうなれば良かったのにとすら思っている。
忌々しい、ああ、腹が立つ。
そう思いながらディンゴは足元に落ちていた空き缶を蹴り飛ばした。ハバネロ入りのトマトジュース、なんて書いてある。
高く飛んだ空き缶は、くるくる回転し。少し離れた場所にいた人物が手でキャッチした。
「おやおや、ゴミは蹴るものじゃありませんよ~ディンゴ次長?」
「空き缶はゴミ箱へ。分別をおすすめします」
立っていたのは管理機関プロメテウス広報室室長スメラギと、彼の補佐官であるシラハだ。
二人の姿を確認したディンゴはぎょっと目を剥く。
「広報室!? な、何でこんな場所に……!」
「何でもなにも、お仕事中ですよ。ディンゴ次長こそ、こんな場所で何をなさっているんです? 銀行部は大忙しなのに」
挑発するような言い方をしながら、スメラギは僅かに目を細くする。
ディンゴがカッとなった様子で目を吊り上げた。
「貴様には関係ない! それにしても、こんな場所で仕事なんて、嘘が上手いですねぇ。相変わらず広報室は暇のようだ」
「ハハハ。ゴッドタワーの膝元をこんな場所なんて、ディンゴ次長もおかしなことをいいますね! ねぇシラハ君!」
「そうですね。ちょうどそこのビルのモニターに、広報室の仕事結果が映っておりますが、もしや見えていないのでは」
「見えていますよ! 私の視力はプロメテウスでも上ですとも! まったく、相変わらず揃って生意気な……!」
怒鳴るディンゴに、スメラギは「それは良かった!」とにこりと笑い。
懐から一枚の令状を取り出した。
「では、これもよく見えるでしょう。――――ディンゴ・クロイツ。キミを拘束する」
「拘束!? わ、私が何を」
「二年前に起こした事件ですよ」
スメラギの言葉を引き継いで、シラハは答える。
「ディンゴ・クロイツ次長。あなたは二年前、飲酒運転で事故を起こしましたね。けれどあなたはプロメテウスの権力を使って、その事件をただの衝突事故だとすり替えさせた」
「――――」
シラハの言葉に、ディンゴの目が見開かれる。
「過失は双方にあり、自分も大怪我を負ったと偽った。実際は軽症だったそうですね。しかし、自分の治療を優先させるという名目で、相手が助からないように仕向けた。さらに、その時担当していた医師に無理矢理そう証言させ診断書を出させた」
「な……」
シラハが淡々と告げて行くと、ディンゴの顔がみるみる青褪めて行く。
「医師はずっと苦しんでいましたよ。遺族と被害者に申し訳ないと。苦しんで、苦しんで、イカロスに手を出してしまうくらいに」
「わ、私は嘘など言っていない! そちらこそ、無理矢理その医者に証言させたんでしょう!」
「僕達が?」
苦し紛れなディンゴの言葉に、スメラギの目が光る。
「プロメテウス広報室が。プロメテウスの表の顔が。法を守れ、ルールを守れと告げている、この僕達が。そんな事をしたと?」
「ひ………!?」
靴音を立ててスメラギは一歩前に進む。
「もう一度言うよ。ディンゴ・クロイツ。キミを拘束する。プロメテウスに在籍していながら、法を犯すなんてありえない。恥を知るといい」
「わ、私は、プロメテウスを立ち上げたメンバーの」
「うん。だから?」
「だから、って……」
「一つ言っておこう。そのメンバーの血縁者以前に、キミはただの犯罪者。ただのクズだ」
はっきりそう言ったスメラギ。すると先ほどまでの虚勢はどこへやら、ディンゴはぶるぶると震え始める。
そして情けない悲鳴を上げてその場から逃げ出した。
「あらら、逃げちゃった」
「スメラギ様が脅すからでしょう。さっさと殴り飛ばして拘束すれば良かったのに」
「キミは相変わらず発想が物騒だねぇ」
「他人の事を言えますか、あなた」
視線はディンゴに向けたまま。二人はそんなやり取りをする。
スメラギが「いいや」と笑った。
「それじゃあ、広報室のお仕事と行こうか、愛しのシラハ君!」
「何が愛しのですか。人間なんて大嫌いでしょう」
「そうだね。でも言っただろう、僕はキミの事は割と好きだって、ね!」
「そうですか。それはどうも」
「つれない! だがそこが良い!」
お決まりのやり取りを終えた後、スメラギは「始めようか」と手を鳴らす。
シラハも腰のホルスターから『自動拳銃・雷電』を抜く。
「承知しました。この後の予定も詰まっていますので。――――さっさと終わらせて貰います」
そしてスメラギと同時に地面を蹴った。
この世界では吸血鬼と人間が手を取り合って暮らしている。
管理機関プロメテウスが定めた法の下。平等と公平という言葉の裏側に、様々な事情と思惑を巡らせて。
「あっと言う間に捕まえられたけど、さすがに容赦なさすぎじゃない? 吸血鬼嫌いのシラハ君」
「御冗談を。ご自分だって容赦しなかったでしょう。人間嫌いのスメラギ様」
そんな社会の中でシラハ・ミズノセは、スメラギ・トーノの補佐官として生きている。
END
極彩色のネオンが彩る夜、ビルの巨大モニターからは相変わらず、スメラギの広告が放送されている。
それを見上げ、管理機関プロメテウス銀行部の次長ディンゴ・クロイツは忌々し気に舌打ちをした。
先日、唐突に動画サイトで流れた、狂鬼が人間を襲うライブ配信。あれを見てアイゼンゴッドは一時騒ぎになった。
しかし、それもほんの僅かな時間だった。
放送直後にプロメテウス広報室から「彼らは誘拐された人間を庇って傷を負い、狂鬼になってしまった」との発表があったのだ。
最初は信用されなかった。けれどその場にいた吸血鬼と人間が口々に「そうだ」と証言した。
半分は嘘だ。彼らは傷を負って狂鬼になったのではなく、イカロスを飲まされてそうなったのだ。
ならば、どうしてそんな証言をしたのか。
単純に記憶がなかったからだ。吸血鬼達は改良されたイカロスにより理性を失っており、人間達はエイカ・アサクラの血の芸術で眠っていた。
つまり誰も見ていない。後から「そういう事がありまして」と聞かされれば、半信半疑ではあったが「そうなのか」と納得した。
吸血鬼達も狂鬼になって暴れていたという事実より、人間を守って感謝されたという現実の方が受け入れやすい話だった。実際に、被害が出る前にプロメテウスの職員達が到着したのだから、彼らは怪我らしい怪我も負っていない。狂鬼を止める際に怪我自体は負わせているので、過程は兎も角、結果だけ見れば証言は合っている。
だから、そうなった。これもすべてプロメテウス室長スメラギ・トーノの手腕によるものだ。
「あの生意気な若造の評判が、地に落ちれば良かったものを……!」
ディンゴはギリギリと歯ぎしりをする。
スメラギはプロメテウスの表の顔のようなものだ。何かあれば謝罪に出るのも彼。
もし今回の事件が抑えきれないものとなっていたら、スメラギは辞職を余儀なくされていただろう。
彼を目の敵にしているディンゴは、そうなれば良かったのにとすら思っている。
忌々しい、ああ、腹が立つ。
そう思いながらディンゴは足元に落ちていた空き缶を蹴り飛ばした。ハバネロ入りのトマトジュース、なんて書いてある。
高く飛んだ空き缶は、くるくる回転し。少し離れた場所にいた人物が手でキャッチした。
「おやおや、ゴミは蹴るものじゃありませんよ~ディンゴ次長?」
「空き缶はゴミ箱へ。分別をおすすめします」
立っていたのは管理機関プロメテウス広報室室長スメラギと、彼の補佐官であるシラハだ。
二人の姿を確認したディンゴはぎょっと目を剥く。
「広報室!? な、何でこんな場所に……!」
「何でもなにも、お仕事中ですよ。ディンゴ次長こそ、こんな場所で何をなさっているんです? 銀行部は大忙しなのに」
挑発するような言い方をしながら、スメラギは僅かに目を細くする。
ディンゴがカッとなった様子で目を吊り上げた。
「貴様には関係ない! それにしても、こんな場所で仕事なんて、嘘が上手いですねぇ。相変わらず広報室は暇のようだ」
「ハハハ。ゴッドタワーの膝元をこんな場所なんて、ディンゴ次長もおかしなことをいいますね! ねぇシラハ君!」
「そうですね。ちょうどそこのビルのモニターに、広報室の仕事結果が映っておりますが、もしや見えていないのでは」
「見えていますよ! 私の視力はプロメテウスでも上ですとも! まったく、相変わらず揃って生意気な……!」
怒鳴るディンゴに、スメラギは「それは良かった!」とにこりと笑い。
懐から一枚の令状を取り出した。
「では、これもよく見えるでしょう。――――ディンゴ・クロイツ。キミを拘束する」
「拘束!? わ、私が何を」
「二年前に起こした事件ですよ」
スメラギの言葉を引き継いで、シラハは答える。
「ディンゴ・クロイツ次長。あなたは二年前、飲酒運転で事故を起こしましたね。けれどあなたはプロメテウスの権力を使って、その事件をただの衝突事故だとすり替えさせた」
「――――」
シラハの言葉に、ディンゴの目が見開かれる。
「過失は双方にあり、自分も大怪我を負ったと偽った。実際は軽症だったそうですね。しかし、自分の治療を優先させるという名目で、相手が助からないように仕向けた。さらに、その時担当していた医師に無理矢理そう証言させ診断書を出させた」
「な……」
シラハが淡々と告げて行くと、ディンゴの顔がみるみる青褪めて行く。
「医師はずっと苦しんでいましたよ。遺族と被害者に申し訳ないと。苦しんで、苦しんで、イカロスに手を出してしまうくらいに」
「わ、私は嘘など言っていない! そちらこそ、無理矢理その医者に証言させたんでしょう!」
「僕達が?」
苦し紛れなディンゴの言葉に、スメラギの目が光る。
「プロメテウス広報室が。プロメテウスの表の顔が。法を守れ、ルールを守れと告げている、この僕達が。そんな事をしたと?」
「ひ………!?」
靴音を立ててスメラギは一歩前に進む。
「もう一度言うよ。ディンゴ・クロイツ。キミを拘束する。プロメテウスに在籍していながら、法を犯すなんてありえない。恥を知るといい」
「わ、私は、プロメテウスを立ち上げたメンバーの」
「うん。だから?」
「だから、って……」
「一つ言っておこう。そのメンバーの血縁者以前に、キミはただの犯罪者。ただのクズだ」
はっきりそう言ったスメラギ。すると先ほどまでの虚勢はどこへやら、ディンゴはぶるぶると震え始める。
そして情けない悲鳴を上げてその場から逃げ出した。
「あらら、逃げちゃった」
「スメラギ様が脅すからでしょう。さっさと殴り飛ばして拘束すれば良かったのに」
「キミは相変わらず発想が物騒だねぇ」
「他人の事を言えますか、あなた」
視線はディンゴに向けたまま。二人はそんなやり取りをする。
スメラギが「いいや」と笑った。
「それじゃあ、広報室のお仕事と行こうか、愛しのシラハ君!」
「何が愛しのですか。人間なんて大嫌いでしょう」
「そうだね。でも言っただろう、僕はキミの事は割と好きだって、ね!」
「そうですか。それはどうも」
「つれない! だがそこが良い!」
お決まりのやり取りを終えた後、スメラギは「始めようか」と手を鳴らす。
シラハも腰のホルスターから『自動拳銃・雷電』を抜く。
「承知しました。この後の予定も詰まっていますので。――――さっさと終わらせて貰います」
そしてスメラギと同時に地面を蹴った。
この世界では吸血鬼と人間が手を取り合って暮らしている。
管理機関プロメテウスが定めた法の下。平等と公平という言葉の裏側に、様々な事情と思惑を巡らせて。
「あっと言う間に捕まえられたけど、さすがに容赦なさすぎじゃない? 吸血鬼嫌いのシラハ君」
「御冗談を。ご自分だって容赦しなかったでしょう。人間嫌いのスメラギ様」
そんな社会の中でシラハ・ミズノセは、スメラギ・トーノの補佐官として生きている。
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