上 下
1 / 20

プロローグ

しおりを挟む

『諸君! 献血は、市民の義務である!』

 極彩色のネオンが眩しい夜、そんな台詞が高らかに、ビルの巨大モニターから流れている。この都市アイゼンゴッドのスローガンのようなものだ。
 話しているのは艶やかな長い黒髪と、眼鏡の向こうのルビーのような目、そして白い肌をした男だ。口からは小さく牙が見える。
 シラハはそれを見上げて「角度は良いな」と呟き、歩き出す。短い白髪がサラサラと風に揺れた。

 シラハ・ミズノセ、歳は十七歳。職業はアイゼンゴッドの広報室・室長補佐という肩書を持っている。
 短い白髪と紫色の目をした小柄な少女で、左目の下の泣きボクロが特徴的だ。
 整った顔立ちをしており、服装は襟元まできっちりとボタンで留められた黒シャツと、ジャケット、それからズボン。いわゆる仕事着である。

 そんなシラハは明るい通りから薄暗い路地へと入った。
 シラハがカツカツと靴音を立てながら歩いていると、タブレットの呼び出し音が鳴る。ポケットから取り出して見れば『スメラギ』という名前が表示されていた。
 フルネームはスメラギ・トーノ。シラハの上司で、先ほどの巨大モニターに流れていた声の主である。

『やあやあ、シラハ君! 元気かね? 元気だよね? 僕はとっても元気さ!』

 通話のボタンを押したとたん、そんな声が聞こえてきた。
 元気という言葉が相応しいような上司である。相変わらずだなと思いながら、シラハは口を開く。

「こちらも元気ですよ、スメラギ様」
『ああんもう、かったいなぁー。様はやめてよ、様はさ。僕とキミの仲じゃないか』
「どんな仲もこんな仲もありませんね」

 シラハがすっぱり答えると、スメラギが『つれない……』とぼやいた。

「それでスメラギ様。何の御用ですか?」
『ああ。広報、、へ新しいお仕事の依頼が来てね。こちらに戻って来られるかい?』
「承知しました。問題ありません。こちらは直ぐに片づけられますので」
『あ、何か立て込んでる?』
「いえ、それはまだ」
『そっか、気をつけてね。無茶はだめだよ? それじゃ僕はこっちで待ってるからね、愛しのシラハ君!』

 部下を心配するようなスメラギの言葉に、シラハは目を細くする。

「何が愛しのですか。本当は人間なんて大嫌いでしょうに」

 そしてそう言うと、タブレット越しに僅かに沈黙が生まれる。
 だが直ぐに、

『アハハ。……うん、そうだねぇ。さっすがシラハ君、僕の事をよく分かってくれている』

 と笑い声混じりの声が帰って来た。

『だけど僕は本当に、キミの事は割と好きだよ。人間のシラハ君』
「それはどうも。話し半分で受け取りますよ。吸血鬼のスメラギ様」
『本当なのに……。相変わらずつれないな~キミは。だがそこが良い! フフ、では、待っているよ!』

 それだけ言うと、通話が切れる。シラハはそれを見て、再び息を吐き、顔を上げた。
 紫色の目が映すのは、遠くに立つアイゼンゴッドのシンボルとも言える摩天楼『ゴッドタワー』だ。
 神の塔なんて実にふざけた名前を付けたあの高層ビルが、シラハが働いている場所。
 管理機関プロメテウス、この世界を管理する組織の本部だ。
 吸血鬼と人間が手を取り合って暮らしているように見せる、、、組織。
 けれど実際には――――。

「いたぞ、プロメテウスの狗だ!」

 怒鳴り声が聞こえ、シラハは振り返る。
 そこには黒色のスーツに身を包んだ男女がいた。彼らはそれぞれの手に銃を構えている。銃口はシラハに向けられていた。

「ああ、そちらでしたか、探す手間が省けました」

 涼しい顔でシラハがそう言うと、彼らの顔が歪む。

「吸血鬼に与する恥知らずが!」
「よくも弟達を突き出してくれたな!」

 激高する男達に向かってシラハは肩をすくめる。

「よくもとは、使い方が間違っていますね。法に背いたのはそちらでしょう。」
「あんなものが法であってたまるか! 人間をただ管理するためだけのものだろう!」
「そうですね。でも、それがあるから、この世界は成り立っている」

 淡々というシラハに男達はギリ、と歯ぎしりする。
 そして、

「その首、摩天楼のクソ吸血鬼共へ見せしめに、送りつけてやる!」

 シラハに向かって一斉に引き金を引いた。音と光が夜の街に響き渡る。
 しかし――――。

「遅い」

 それより早く、シラハは腰のホルスターから銃を抜き、彼らの一人の懐に潜り込む。そしてそのまま至近距離で引き金を引いた。

「ガッ!?」

 着弾した途端に、男の体に白い電流が走る。
 制圧用に至急されている装備――殺傷力を極力落とした代わりに、電流を閉じ込めた弾丸を放つ事の出来る『自動拳銃・雷電』だ。
 ややあって男は白目を剥いて気絶し、地面に倒れ込む。
 一瞬の出来事にシラハに銃口を向けていた人間達に動揺が走る。

「さて、後の予定が詰まっていますので。――――さっさと終わらせて貰います」

 そう言ってシラハは地面を蹴った。




 この世界では吸血鬼と人間が手を取り合って暮らしている。
 しかし実際には『手を取り合って』ではない。吸血鬼が上に立ち、大勢の人間達を管理しているのが、今の社会だ。
 その管理機関プロメテウスの広報室室長スメラギ・トーノの補佐官。
 それがシラハ・ミズノセの肩書だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺がママになるんだよ!!~母親のJK時代にタイムリープした少年の話~

美作美琴
キャラ文芸
高校生の早乙女有紀(さおとめゆき)は名前にコンプレックスのある高校生男子だ。 母親の真紀はシングルマザーで有紀を育て、彼は父親を知らないまま成長する。 しかし真紀は急逝し、葬儀が終わった晩に眠ってしまった有紀は目覚めるとそこは授業中の教室、しかも姿は真紀になり彼女の高校時代に来てしまった。 「あなたの父さんを探しなさい」という真紀の遺言を実行するため、有紀は母の親友の美沙と共に自分の父親捜しを始めるのだった。 果たして有紀は無事父親を探し出し元の身体に戻ることが出来るのだろうか?

パイナップル番長 あるある川柳大全(中年童貞の世界)

パイナップル番長研究所
キャラ文芸
進学するように、時期がくれば、ある程度の努力で、自然とパートナーと巡り合えて初体験して結婚できると思っていたら、現実は甘くないのですね。 我が研究所は、20年以上にわたって、特殊生物パイナップル番長を研究してきました。 パイナップル番長とは、ずばり中年童貞を具現化した姿そのものです。 今回は、パイナップル番長を吐いた川柳の収集及び研究の成果を公表したいと思います。 中年童貞ならではの切なさや滑稽さを感じていただけましたら幸いです。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

徹夜でレポート間に合わせて寝落ちしたら……

紫藤百零
大衆娯楽
トイレに間に合いませんでしたorz 徹夜で書き上げたレポートを提出し、そのまま眠りについた澪理。目覚めた時には尿意が限界ギリギリに。少しでも動けば漏らしてしまう大ピンチ! 望む場所はすぐ側なのになかなか辿り着けないジレンマ。 刻一刻と高まる尿意と戦う澪理の結末はいかに。

グルメとファッション、庶民派王様一家とチヨちゃん

古寂湧水 こじゃくゆうすい
キャラ文芸
四越百貨店や高鳥屋に渋谷の西急本店、南武デパート池袋を買収し日本一に! まもなく完結する”世界グルメ食べ歩き、庶民派王様一家とチヨちゃん”に続くものですので、毎日蒸かし芋を食べている庶民派の王様一家とチヨちゃんの、世界のグルメとファッションが中心です。前巻に関わらずにこちらからでもスンナリと、入って行けるように組み立てています。大手のデパートをほとんど買収するとともに、イトー羊羹堂にスーパーオゾンも傘下に収めます。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...