陛下、おかわり頂いても良いでしょうか?

石動なつめ

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第十四話「私の友人に、そのような目を向けるのは止めて貰おうか」

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 空に星が見える頃、バーガンディー達は西のオアシスに到着した。
 町の中には、夜であるにも関わらず、武器を持った者達が多く出歩いていた。
 まるで周囲を警戒しているように。

「マダーさんの味方ですかね」
「ああ、恐らくな」

 気付かれないように離れた位置で様子を見ながら、そう話す。
 この分だと、町の中に入るのは止めた方が良さそうだ。
 砂トカゲに乗って、そっと町を離れると、二人はオーカーから聞いた岩場へと向かう事にした。

 西のオアシスから少し離れた位置。そこは奇岩地帯となっており、変わった形の岩がたくさん並んでいる。
 今はその活動を休止している火山の噴火によって、数百年前に出来た岩達だ。
 その間を掻い潜り進んで行くと、その先に件の岩場があった。塔のようになった岩の上に光りが見える。恐らくあそこだろう。
 シャルトルーズも「マダーさんですね」と言った。

 二人は砂トカゲを降りて、塔の周りを調べる。
 すると岩肌が螺旋階段のように削られているのが見えた。
 道は一つ。これで上がったオーカーは、待ち構えていたマダーに攻撃を受けたのだろう。
 だが、他に道はない。

「盾を張ります。行きましょう」

 シャルトルーズはそう言って、上着の中から魔導具の人形を三体、操って浮かばせる。
 以前にバーガンディーらを庇ってくれた、あの魔法の盾の事を言っているのだろう。
 バーガンディーは「頼む」と頷くと、武器を手に階段を上って行く。

 そして上までたどり着いた時、案の定、炎の魔法が飛んできた。

「――――おや、あの時と同じですか」

 シャルトルーズの魔導具の盾がそれを防ぐと、さほど驚いた様子ではない声が聞こえてきた。
 マダーだ。彼は眼鏡を指で軽く押し上げてこちらを見ている。
 意外な事に、彼の他に仲間の姿はなかった。
 
 マダーは巨大な魔法陣の上に立っていた。他にも宝石や鉱石、薬草等、魔法の媒介となるものが多数散りばめられている。
 魔法陣を含めて、それらは淡く光を放っていた。魔力が込められている。光の具合から見るに込められた魔力はまだ弱い、発動までそう時間はかからないだろう。

「こんばんは、陛下。それから森の国のシャルトルーズさん。ようこそ、と言っておきましょうか」

 マダーはにこりと笑って、胸に手を当て優雅に挨拶をする。

「ようこそ、か。まるで私達が来る事を分っていた口ぶりだな」
「ええ、分かっていましたよ。餌を撒いておけば、あなたは必ずここへ来て下さると。まぁ、森の国の方がいるのは予想外でしたがね」

 そう言ってマダーはシャルトルーズに目を向ける。
 目には、敵に対する怒りのそれが、はっきりと灯っていた。

「私の友人に、そのような目を向けるのは止めて貰おうか」
「友人ですか」
「そうだ」
「フフ」

 バーガンディーが頷くと、マダーは小さく笑う。

「森の国の聖人の娘。――――私達の同胞の多くは、その娘のせいで死んだとしても、そう言いますか?」
「マダー、君は」
「知っていますよ。というか、調べました。ま、始めはね。森の国の英雄がメインでしたけど。上手く隠されていた情報を、一つ一つ繋ぎ合わせてみれば、重要なのは彼より彼女だった」

 ギリ、とマダーの拳が強く握られる。目が憎悪一色に染まる。

「この、人殺しが」

 声で人を殺せるほどの怨嗟がマダーの口から放たれる。
 シャルトルーズは僅かに目を伏せた。そんな彼女に畳みかけるように、マダーは続ける。

「お前がいなければ、砂の国の被害は少なかった。お前さえいなければ、もっと早く、この戦いは終わっていたんだ」
「やめろ、マダー」
「何をやめろと? 私の父は愚かでしたが、森の国を滅ぼそうという考えだけは正しかった。都合の悪い言葉に耳を塞いで、それでも和平を成し遂げようとしたのは陛下でしょう」

 その通りだ。
 しかし、そうであっても、マダーの言っている事は違う。

「一人で戦況を変える力があるなんてものは、物語の中だけだ。我々は後手で、森は先手だった!」
「…………」
「人殺しと罵るならば、我々だって、そこに違いはないだろう!」
「…………そうですね。だから、今度は我々が先手を打つのですよ!」

 くわ、と目を見開いて、マダーは両手を広く広げる。
 すると彼の身体から魔力が、視覚出来るほどに大量に放たれ、魔法陣に吸収されていく。

「我らが王、バーガンディー・アヴニール・ヴュステベルク! あなたがこの場にいて、森の国の使節団と、大勢の和平派を滅ぼした! その事実があれば良い!」

――――させるものか!

 バーガンディーはチャクラムを手に駆ける。
 邪魔をされまいと、マダーは片手で魔法を操り、無数の炎の弾丸をバーガンディーに向かって放つ。 
 その弾丸を、シャルトルーズは魔導具で作り出した魔法の盾で防ぐ。
 チッ、とマダーが舌打ちした。

「ああ、忌々しい! なら!」

 先にお前だ、と弾丸の軌道を変えて、マダーはシャルトルーズを狙う。
 シャルトルーズは回避するも、その数は多く。やがて岩場の縁まで追い詰められる。
 それを逃さず、彼女に炎の弾丸が襲い掛かる。
 バーガンディーは片手のチャクラムを、弾丸に向かって飛ばした。弧を描き、チャクラムが炎の弾丸を掻き消していく。

 そして風を切り、音を立てて戻って来たそれを掴むと、マダーを斬りつける。
 寸での所で後ろに跳躍して避けられたため、深い傷こそ負わせられなかったが、マダーの顔は苦痛に歪んだ。

「……ッ、意外とやりますね」

 マダーは傷口を手で押さえ、魔法陣の端に着地した。
 指の間から血が垂れる。
 ぽたりと地面に落ちる血からも、魔力の霧が昇った。
 普通、いくら魔力を放出して、ここまでにはならない。

――――命懸けか。

 彼がどれだけ懸けているか、バーガンディーは理解する。
 マダーの身体から放出される魔力は、衰えるどころか勢いを増し、どんどん魔法陣に吸われていく。
 それに比例して、マダーの顔色もどんどん悪くなっていき、魔法陣の光はより強くなっていた。

「……私が死んでも、止まりませんよ。この魔法はね」

 がくり、とマダーが片膝をつく。
 マダーをどうこうしても無駄だ。魔法陣自体をどうにかしなければ。
 バーガンディーは魔法陣に手をつく。そして素早く呪文を唱えた。すると魔法陣から『文字』が浮かび上がり始める。

「バーガンディーさん、これは?」
「この魔法が何であるか、を示す文字だ」

 正確には魔法を構成するものすべてを、言葉や数式として視覚化する補助の魔法――――『縫い糸コレクシオン』。
 本来であれば『魔法で作った結界等の不具合を調べ、修復するため』の魔法である。

「止められないならば、魔法自体を書き換える」
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