陛下、おかわり頂いても良いでしょうか?

石動なつめ

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第七話「あら、食べちゃった。食べないと思ったのに、馬鹿な子ね」

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 大通りから外れると、城下町でもやや静かになる。人の姿はあるものの、比べると大分まばらだ。
 路地を歩けば二人の靴音がよく響いた。

「この辺りはあまり人がいないんですね」
「ああ。主だった店は大通りの方に移転したからな」
「時代の流れは世知辛い」
「合っているのかどうなのか少々考えてしまう所だが」

 そんなやり取りを躱してながら歩いていると、バーガンディーは自分達が複数人から見られて、、、、いる事に気が付く。
 もっともバーガンディーは王なので、歩いていたら「おや?」とは思うだろう。
 だがこれは、そういう穏やかな雰囲気の視線ではない。

「シャルトルーズ殿。君が感じているのは、こういうものか?」
「そうですね。そこに色や匂いが加わりますよ」
「なるほど。それは大変そうだ」
「陛下もですねぇ」

 シャルトルーズはそう言いながら、コート状の服に手を当て、目を僅かに細くする。

「恨みなどは?」
「あるな。特に、私が王位に就いた時にかなり」

 バーガンディーは父の残してくれた情報で、不正に手を染めていたり、和平に反対する多くの臣下を遠ざけた。
 命までは取っていない。けれど、その事を告げ、実行した時、彼らの目には憎悪が宿っていた。
 彼らは口々に「今まで尽くして来たのに」「どうなっても知りませんぞ」「我が国を売るおつもりか!」とバーガンディーを責め立てた。
 あの時の顔や怒鳴り声は、今も記憶に鮮明に残っている。

 恨まれていないとは思わない。けれどバーガンディーは両国の長い争いの歴史に終止符を打つと決めたのだ。
 憎まれようが殺意を抱かれようが、そんなものは覚悟の上だ。
 森の国の王もまた和平を望んだ今が、今だけが、最初で最後のチャンスかもしれないのだ。
 だから、邪魔されるわけにはいかないのである。

「シャルトルーズ殿、仕掛けてきそうか?」
「いいえ、まだ。ですが警戒を。複数です。中には、一瞬で殺意に変化するような悪意も混ざっています」
「承知した」

 シャルトルーズの言葉にバーガンディーは頷く。
 肝が据わった娘だと、しみじみ思った。
 明朗で年相応の賑やかな印象を受けていたが、いざという時の落ち着きぶりに、彼女も色々と苦労してきたのだろうと想像する。
 
 直ぐに応戦できるように、バーガンディーも身構えていると、目の前にスッと一人の女性が姿を現した。
 褐色肌に金色の瞳、赤色のふわふわした髪をリボンでまとめた可愛らしい雰囲気の少女だ。
 歳はシャルトルーズと同じくらいだろうか。彼女は二人に気が付くと、足を止めてにこりと微笑む。

「あら! あら! 陛下だわ! ごきげんよう!」

 少女は笑顔を浮かべながら、こちらに向かって手を振ってくる。
 バーガンディーには見覚えがあった。

「お知り合いですか?」
「ああ。私の武術の師の娘だ。名前はカージナル。――――師は、森の国との戦いの最中に命を落としている」

 彼女に聞こえない程度の声量で、バーガンディーは答える。
 シャルトルーズは少し目を見開いた後「そうですか」と小さく頷いた。

「さすがに無視するわけにはいかない。……気をつけてくれ」

 そう言いながら、バーガンディーはカージナルに近づく。

「やあ、カージナル。久しいな。今、客人に街を案内している最中でね。君こそ、こんな所でどうした?」
「そうでしたの! ええ、ほら、私はお買い物ですの。ほら、見てくださいな、綺麗でしょう?」

 ころころとした笑い声を上げながら、カージナルは左手を少し持ち上げた。その手首にブレスレットがはめられている。赤色と紫色の宝石が、花の形に加工されており、美しかった。
 少し集中して見ると、宝石から魔力が感じられた。魔法を使用する際に使う媒介だろう。
 心の中で警戒の度合いを上げながら、バーガンディーは「そうだな、美しい」と頷いた。
 そんな彼の反応に気を良くしたらしいカージナルは「でしょう!?」と満足げに言って、今度はシャルトルーズに顔を向ける。

「アナタ! アナタも見て、ほら、素敵でしょう?」
「はい! イチゴやブドウみたいに鮮やかな色で、とても綺麗ですね!」
「あら、素敵な例えね、美味しそう! うふふ。……そう言えば、アナタ。この辺りでは見ない顔ね? 私はカージナルと言うの。お名前を聞いても良いかしら?」
「シャルトルーズと言います。森の国から来ました」
「あら、そうなの! もしかして、アナタがウワサの使節団の? ねぇ陛下、そうなのかしら?」
「ああ、そうだ」

 バーガンディーが頷くと、カージナルはことさらに笑顔を深めた。そして何か良い事を思いついた、と言わんばかりにポンッと両手を合わせる。 

「素敵な出会いね! 素晴らしいわ! そうだ、あのね。さっき良いものを買ったのよ」

 カージナルはそんな事を言いながら、鞄を探る。
 ごそごそ、ごそごそと。少しして何かの包みを取り出した。
 そして、しゅる、と包みのリボンを解くと、中から砂の国ではポピュラーな、ミルク色のお菓子が出てきた。

「これはね、フリュイと言うの。この辺りで採れる野菜の砂糖漬けなのよ。食べた事はある?」
「いえ、ないです! 美味しそうですねぇ」
「うふふ、その通り! 美味しいのよ! これね、とっても甘いの。砂の国の記念にどうぞ!」

 そう言って、カージナルは両手の上に包みを乗せて、シャルトルーズに差し出した。
 あまりに無邪気に振舞うカージナル。しかし、その瞳まではそうではなく、シャルトルーズの反応を探るような色が見える。
 バーガンディーが目だけでシャルトルーズの様子を見れば、彼女はにこにこ笑顔を浮かべたままだ。

 友好的を装っているが、これは止めるべきだろう。
 バーガンディーはそう判断した。
 カージナルとは師匠の娘という事で何度も話した事がある。その時も今と変わらず朗らかな調子だった。

 だが、状況が違う。
 カージナルの父親は、森の国との戦いで命を落としている。シャルトルーズら、森の国の人間に良い感情を抱いてはいないだろう、という事は容易に想像が出来る。
 止めるた方が良い。そう思い、バーガンディーは「すまないが、カージナル」と言いかけた時。
 逆にシャルトルーズが「陛下」とバーガンディーを止めた。

「シャルトルーズ殿?」
「大丈夫ですよ、私には、、、

 シャルトルーズはバーガンディーを見上げ、にこりと笑う。
 そしてカージナルの差し出した包みに手を伸ばし、中のフリュイを一粒摘まみ、

「では、一つ頂きますね」

 と、何の躊躇いもなくひょいと口に放り込んだ。バーガンディーはぎょっと目を剥く。
 何をしているのだ、この子は!
 慌てて吐き出させようと手を伸ばすが、その前にごくりと彼女は飲み込んだ。

「シャルトルーズ殿、君は一体何を……!」
「あら、食べちゃった。食べないと思ったのに、馬鹿な子ね」

 それを見て、カージナルもまた、意外そうに目を瞬いた。
 バーガンディーは服の袖からチャクラムを滑り落とすように出すと、彼女の首に突きつける。

「カージナル、君は!」
「あら陛下、怖い顔。ウフフ。私が駄目だって、分かっていたでしょう? 近くに護衛までいたのに、陛下も馬鹿ね。叩き落すなり何なりすれば良かったのに。でも、一番は馬鹿なのはこの子だわ」
「フリュイに何を入れた」
「毒よ。即効性のね。まぁ、死にはしないんじゃない? 死ぬほど苦しいだろうけど。ほら、そろそろ……」

 くすくす笑いながら、カージナルはシャルトルーズを見る。
 そろそろ倒れるとでも思っているのだろう。
 だが。

「うん、ショリショリしてて面白い食感ですね! 美味しいです! もう一つ頂いても?」

 シャルトルーズはごくごく普通に、そんな事を言った。
 バーガンディーもカージナルも、ぴしりと固まる。

「…………はい?」
「ありがとうございます、ではもう一つ」
「あの、今のはいいよ、の、はいじゃないんだけど」
「えっ駄目ですか?」

 そんな、と悲しそうな顔をするシャルトルーズ。
 呆気に取られていたバーガンディーだが、直ぐに、

「いや、待ちなさい! ありがとうございます、とかではなく! 体は大丈夫なのか!?」
「はい、平気ですよ」

 あっけらかんとシャルトルーズは言う。
 もしや、毒など入っていなかったのだろうか。
 そう思ってカージナルを見れば、彼女は「え? え?」と焦った様子で、包みとシャルトルーズを交互に見ている。
 これを見る限り、万が一毒ではなかったとしても、何かは仕込んであったはずだ。
 ならば、何故シャルトルーズは無事なのか。

「これを使えって言われたけど、何ともないの……?」

 カージナルが困惑極めた様子で首を傾げ、フリュイの一つに手を伸ばす。
 シャルトルーズは「あ、それは駄目です」と言って、彼女の手からそれを取り、

「入っていますよ、きついのが。だから、試しでも食べない方が良いです」

 そう言って、また一つひょいと、自分の口の中に放り込む。
 そしてもぐもぐと咀嚼し、ごくりと飲み込んで。

「ちょっと苦いですけど、美味しいです!」

 いやもう、美味しい、ではない。
 きつい毒が入っているならば、食べて美味しいなんて評価にはならない。

「いや、本当に待ちなさい! 美味しいとか、そういう評価をしている場合ではない! 食べる奴があるか! 」
「あります、います。ここに」
「ここにではない!」

 これにはさすがにバーガンディーも怒った。
 医者の手配を、いや、薬が先か。
 考えながらとにかく周囲の護衛を呼んでいると、彼女は首を横に振り。

「大丈夫ですよ、陛下。私、そういうの、効かない方なので」

 なんて言ったのだった。
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