ログティア~忘却の大地と記録の旅人~

石動なつめ

文字の大きさ
上 下
40 / 44
ログティアの役割

しおりを挟む
 一方その頃、ゴーレム泥棒こと、リゾットとパニーニは後悔していた。

 リゾットとパニーニは辺りを白い霧に覆われた遺跡で、目を赤く爛々と光らせたストーンゴーレムを前に、ガタガタと体を震わせていた。
 彼女達はゴーレムを手に入れるためにここへ来た。
 ここのゴーレムならば、簡単に自分達の物に出来ると思っていたのだ。安全だと、動かないと、そう言われているここのゴーレムならば、簡単に自分達の言う事を聞かせられると思ったのだ。
 だが、その結果は、これである。二人は肩を寄せあって震えていた。

「ど、どうしよう、リゾット……」
「どうしようって言ったって……」

 リゾットたちが正体を現した時、遺跡にいたゴーレムの二体は、彼らと一緒にここへやって来た冒険者のストレイとウッドゴーレムを追いかけて行った。その行動は恐らく、リゾットとパニーニを守るためにゴーレムを引き離したのだろう。
 ストレイは目を吊り上げて「てめぇら、後で覚えてろ!」と怒鳴っていたのを思い出し、リゾットとパニーニは別の意味で体をぶるりと震わせた。

 そんな二人に向かって、遺跡を揺らすような重い音を立てながら、ストーンゴーレムが近づいてくる。
 白い霧の中を歩くその巨体は、惑う事すらせずに真っ直ぐにリゾートパニーニを目がけて進んでいた。
 リゾットとパニーニも、二人なりにストーンゴーレムを止めようと攻撃はした。そのためストーンゴーレムの体は所々が砕け、傷がついている。
 だが、ストーンゴーレムと言えば、その名の通り石材で出来たゴーレムだ。その体はとにかく頑強である。
 下手に直接攻撃をすれば、武器の方が先に駄目になる。リゾット達の足元には、二人の持ち物だったであろう折れた剣が落ちていた。

「だ、誰か……!!」

 助けを求めるように、リゾット達は震える声で叫ぶ。
 その瞬間、
 ヒュン、
 と風を切るような音と共に、金属のようなものがストーンゴーレムにぶつかる音が聞こえた。

 それは一本の矢だった。



 白雲の遺跡に到着をした時、セイルは我が目を疑った。あの長閑で穏やかなこの遺跡が、白い霧に覆われているのだ。
 この霧が何であるかは、この世界に生きる者ならば誰でも知っている。
 これはログの霧だ。この遺跡のどこかにログの溜まりが発生し、その場のログが霧散し始めているのだ。
 絶対的な忘却の先駆けの象徴。つまり、この遺跡のログが消滅しかかっているのである。
 セイルは『まずい』と思いながらセイルは杖を軽く掲げた。

「"ログティア"セイル・ヴェルスより、我がパーティへ。――――ログの祝福を」

 セイルがそう言うと、杖の先端からキラキラと銀色の光が現れ、セイルとハイネルの頭上で弾ける。
 弾けた光はそのまま二人に降り注ぎ、すうと体の中に吸い込まれて行った。

 これはログティアが行使するログ魔法の中の一つ、ログの祝福と言うものだ。
 ログが霧散した場所へ入るにあたって、自分達がそれに取り込まれないようにする為のお守り、と考えて貰えば分かりやすいだろうか。
 ログの祝福もなくこういった場所へ入れば、やがて自身もそれに巻き込まれ、自身のログを霧散させてしまう。
 霧散させてしまった先にあるのは、死だ。自分が誰なのか、どうしてここにいるのか、何をしようとしていたのか。やがて、自分が生きているという事も忘れ、死ぬ。体すら残らず、跡形もなく消える。
 人も、動物も、植物も、無機物も同様だ。ログを霧散させたものに平等に訪れる忘却の死。
 それを防ぐ為の手段が、このログの祝福なのだ。

「このくらいの濃さなら、まだ大丈夫です。ですが、早めにストレイとゴーちゃんを探しましょう」
「そうですね。どこで発生したのか分かりませんが、注意して進みましょう」

 セイルの言葉にハイネルは頷くとクロスボウを手に持つと走り出した。
 そんなハイネルにセイルも続く。

「ストレイ! どこです!」
「ゴーちゃん、いますか!」

 ストレイとウッドゴーレムの名を呼びながら二人は遺跡を進む。
 遺跡はセイル達が訪れた時よりも目に見えて崩れ、瓦礫が落ち、石柱や壁の亀裂も増えている。
 刃物で切り付けたような跡も残っている事から、恐らくここでストレイが戦っていたのだろう。
 切り落とされたのか、途中にはストーンゴーレムの腕のようなものも落ちていた。

「ストレイでしょうか」
「そうでしょう。さすが戦う賢者さんです」

 セイルの言葉にストレイは小さく笑って頷いた。
 ストーンゴーレムに対抗しているという事が分かって少しだけ安心したのだろう。
 足に力を込めて二人は走る。
 そうして、セイル達が最初にウッドゴーレムと遭遇した回廊まで差し掛かった時だ。

「ハイネル、あそこ!」

 セイルが何かを見つけたようで、回廊のある崖の下を指さした。
 崖の下、中央に流れる川、そしてその近くに立つ大きな木。
 その奥に、二対のストーンゴーレムに一方的に攻撃を受けているウッドゴーレム――――ゴーちゃんが蹲っていた。
 セイルとハイネルは目を見張る。ウッドゴーレムは何かを守るように体を屈めていた。
 じっと目を凝らして見れば、その腕の中に見覚えのある茶色の布が見えた。

「ストレイ!?」

 そう、ストレイのコートだ。
 それを見て、セイルとハイネルはサッと青ざめた。

「制御盤は!?」

 二人が顔を上げて制御盤の方を向くと同時に、その方向から悲鳴が聞こえた。

「ひいいい!」

 剥き出しになった制御盤の前で、半泣きになって後ずさるリゾットとパニーニが見える。
 彼女達の前には、目を赤く爛々と光らせた一体のストーンゴーレムが立っていた。
 ストーンゴーレムは回廊を揺らしながら二人に手を伸ばし、今にも襲い掛かりそうな程に近づいている。

「何て場所で……」

 ハイネルが眉間にシワを寄せてこめかみを押さえた。あんな場所で暴れられれば、制御盤ごと駄目になる。最悪だ、とセイルも思った。

「セイル」

 ハイネルは何か考えるように目を細め、クロスボウを構えた。

「はい」
「一度僕達の方に注意を引き寄せましょう」
「回廊を逃げて引き離しますか?」
「いえ、セイル。ログ魔法で、あのゴーレムを転ばせる事はできますか?」

 ハイネルの提案に、セイルはゴーレムとその周囲をぐるりと見回す。
 そして位置などを確認したあと、頷いた。

「…………行け、ると思います」
「では、お願いします」
「はい」

 ハイネルの言葉にそう答えると、セイルは水音の杖を握りしめた。
 ハイネルはそれを確認すると、構えたクロスボウの狙いを定め、

――――撃つ!

 クロスボウから放たれた矢がヒュンと風を切り、まっすぐにストーンゴーレムに向かう。そしてガツンッと金属の音を立ててゴーレムの背中に突き刺さった。
 だが、やはり浅い。
 セイル達に気付いたリゾットとパニーニが喜色ばんで顔を上げた。

「助かった!」
「助かったではありません!」

 そう怒鳴るハイネルの方角へ、ストーンゴーレムがゆっくりと向きを変える。
 今度はセイルが構えた杖の底で石の床を叩いた。ポーン、とピアノの鍵盤を弾いたような音の波が辺りに広がる。
 ハイネルはその音の波を感じながら、再度クロスボウに矢を装填し、ストーンゴーレムに向けて撃った。
 ヒュンと飛んだ矢はストーンゴーレムに刺さるも、大してダメージは与えられない。その攻撃など物ともせずに、ストーンゴーレムは二人の方へと向かってくる。

「セイル」

 ゆっくり、ゆっくりと近づいてくるストーンゴーレムの動きを導くように、ハイネルは矢を撃つ。
 タイミングを見計らいながら、セイルは杖の先をストーンゴーレムに向けた。

「行きます」

 セイルが息を吸って集中すると、セイルの中からふわりと金色の砂のような光が現れ、杖の先に向かって集まり始める。
 リゾットとパニーニは目を張るのが遠目で見えた。

「"ログティア"セイル・ヴェルスより、ストーンゴーレムへ。ログの名は"亀裂"――――ひび割れ、広がり、足場を砕け!」

 セイルが言葉を言い終えると、金色の砂がストーンゴーレムの足元に向かって飛び、弾ける。 
 その瞬間、ストーンゴーレムの下の石の床にピシリと大きな亀裂が走った。
 ストーンゴーレムは止まらず、そのまま亀裂の上に足を下ろす。
 ピシリ。
 すると、ストーンゴーレムの重さで亀裂は一気に広がり、音を立てて穴が空いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...