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白雲の丘
とある遺跡の記録:laissez vibrer A
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White clouds remains ――――A long time ago "A"
人里から離れた場所に、大樹に貫かれたように建つ建物があった。
真っ白な石造りのその建物は、何も知らずに踏み入れれば、神聖な場所のようにも思えるだろう。
だが、ここは別に、神様を祀るような場所ではない。
ここはとある魔法使いの住居兼研究所だ。
さて、そんな建物だが、前述の通り、大きな樹が一本生えている。
ちょうど遺跡の真ん中くらいだろうか。樹齢百年は優に超えているような、立派な幹をしている。
その根元に、年老いた魔法使いが一人と、大きなウッドゴーレムが一体座っていた。
木漏れ日が差し込むその中に座る二人。傍から見れば、実に爽やかな光景である。
だが、しかし。
そんな爽やかさとは裏腹に、魔法使いは憤怒の形相を浮かべていた。
しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして、魔法使いは両手の拳をぶんぶんシェイクしている。
「くううう、あの小童め! わしの可愛いウッドゴーレムを馬鹿にしよって! なーにが今はストーンゴーレムがトレンドです、じゃ!」
年老いた見た目の割に、魔法使いは大層元気そうな様子で怒っていた。
両手を振り回し、立っていたのならば地団駄でも踏みそうな勢いだ。まるで癇癪を起した子供の用だ。
隣のウッドゴーレムは膝を抱えながら、そんな魔法使いをじっと見つめていた。ぬいぐるみのように素朴な顔からは、表情は読み取れない。
ただ、じっと魔法使いを見つめていた。
魔法使いはしばらくすると、怒り疲れたようで静かになった。肩でぜいぜいと息をしている。若く見えても、やはり歳は歳なのだろう。
魔法使いは木の幹に背中を預けると、空を見上げた。青く広々とした空に、ゆっくりと白い雲が流れて行く。
それをぼんやり眺めながら、魔法使いはぽつりと呟いた。
「トレンドって、どういう意味じゃろうなぁ……。若い連中の言葉は難しい……」
魔法使いは深くため息を吐いた。
トレンドとは、いわゆる流行を意味する言葉である。
魔法使いは言葉の意味は分からなかったが、それが『自分が作ったウッドゴーレムよりも、ストーンゴーレムの方が優れている』と言っているのだという事は理解した。
ゴーレムに優劣をつけるなど、魔法使いにとっては大変不愉快な事である。言われた時の言葉を、相手の表情つきで思い出して、魔法使いは不機嫌そうに口をヘの時に曲げた。
「…………くそう」
悔しげに言葉を漏らして、魔法使いはウッドゴーレムを見上げる。
表情の変わらないウッドゴーレムであったが、魔法使いの目からは、それが悲しげな表情をしているように見えた。
なので、
「そうかそうか、お前も悲しいか。あいつらは酷い事言う奴じゃな!」
などと、都合よく解釈をして、魔法使いは子供にするように、ウッドゴーレムの体を撫でた。
ウッドゴーレムの体を作る木材の温もりが、手のひらから伝わってくる。まるで血の通った生き物のように。
否、魔法使いにとっては、生き物そのものであった。
一般的に、ゴーレムは生き物ではなく無機質だ。魂も宿らない。感情も、表情もない。もしも感情があるようなゴーレムがいたら、それはただ単に、そういう風に作られているだけである。もしくは、作り手の思い込みかどちらかだ。
ゴーレムは人の手で作り出された人形だ。人間を模したホムンクルスとはまた違う、人形で、道具である。
それが多くの者にとっての共通の認識だ。
だが、魔法使いにはそんな事は関係なかった。魔法使いにとってゴーレムは、我が子同然の存在であるからだ。
「次こそは、お前の素晴らしさをあいつらに分からせてやるとしよう。のう!」
そう言って、魔法使いはポンポンと、ウッドゴーレムの体を優しく叩いた。
その行動に、ウッドゴーレムは自分の事が呼ばれたのだと反応する。そして魔法使いの方を見たのだが、指示がないので首を傾げた。
それを見て魔法使いは小さく笑う。
ゴーレムとは何であるか。
それを問いかけた時、魔法使いの大半はこう答えるだろう。
ゴーレムとは人の夢である、と。
人の言葉を聞き、人の望むように働き、そして人を助けてくれる存在。
それは古くからの人の夢であった。そしてこの年老いた魔法使いも、その夢を抱いていた。
彼はその人生のほぼ全てをゴーレムに注ぎ込んだ。何十年の間、ただひたすらにゴーレムの事だけを考えて生きてきた。
魔法使いにとって、命とも言える夢の結晶。それが目の前のウッドゴーレムなのだ。
「……お前は可愛いのう」
魔法使いは、自分を見下ろすウッドゴーレムの顔に向かって手を伸ばす。
するとウッドゴーレムは、その仕草が何の指示なのかを少し考えた後、その大きな体をゆっくりと折って頭を下げた。
魔法使いはその頭を優しく撫でる。
「よしよし、良い子、良い子じゃ」
ゴーレムに感情はない。
だが、そんな事は魔法使いには関係がなかった。
魔法使いにとってゴーレムは我が子だ。かけがえのない大切な我が子なのだ。
ウッドゴーレムの頭を優しくなでてやりながら、シワだらけの顔を更にくしゃくしゃにして魔法使いは笑った。
人里から離れた場所に、大樹に貫かれたように建つ建物があった。
真っ白な石造りのその建物は、何も知らずに踏み入れれば、神聖な場所のようにも思えるだろう。
だが、ここは別に、神様を祀るような場所ではない。
ここはとある魔法使いの住居兼研究所だ。
さて、そんな建物だが、前述の通り、大きな樹が一本生えている。
ちょうど遺跡の真ん中くらいだろうか。樹齢百年は優に超えているような、立派な幹をしている。
その根元に、年老いた魔法使いが一人と、大きなウッドゴーレムが一体座っていた。
木漏れ日が差し込むその中に座る二人。傍から見れば、実に爽やかな光景である。
だが、しかし。
そんな爽やかさとは裏腹に、魔法使いは憤怒の形相を浮かべていた。
しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして、魔法使いは両手の拳をぶんぶんシェイクしている。
「くううう、あの小童め! わしの可愛いウッドゴーレムを馬鹿にしよって! なーにが今はストーンゴーレムがトレンドです、じゃ!」
年老いた見た目の割に、魔法使いは大層元気そうな様子で怒っていた。
両手を振り回し、立っていたのならば地団駄でも踏みそうな勢いだ。まるで癇癪を起した子供の用だ。
隣のウッドゴーレムは膝を抱えながら、そんな魔法使いをじっと見つめていた。ぬいぐるみのように素朴な顔からは、表情は読み取れない。
ただ、じっと魔法使いを見つめていた。
魔法使いはしばらくすると、怒り疲れたようで静かになった。肩でぜいぜいと息をしている。若く見えても、やはり歳は歳なのだろう。
魔法使いは木の幹に背中を預けると、空を見上げた。青く広々とした空に、ゆっくりと白い雲が流れて行く。
それをぼんやり眺めながら、魔法使いはぽつりと呟いた。
「トレンドって、どういう意味じゃろうなぁ……。若い連中の言葉は難しい……」
魔法使いは深くため息を吐いた。
トレンドとは、いわゆる流行を意味する言葉である。
魔法使いは言葉の意味は分からなかったが、それが『自分が作ったウッドゴーレムよりも、ストーンゴーレムの方が優れている』と言っているのだという事は理解した。
ゴーレムに優劣をつけるなど、魔法使いにとっては大変不愉快な事である。言われた時の言葉を、相手の表情つきで思い出して、魔法使いは不機嫌そうに口をヘの時に曲げた。
「…………くそう」
悔しげに言葉を漏らして、魔法使いはウッドゴーレムを見上げる。
表情の変わらないウッドゴーレムであったが、魔法使いの目からは、それが悲しげな表情をしているように見えた。
なので、
「そうかそうか、お前も悲しいか。あいつらは酷い事言う奴じゃな!」
などと、都合よく解釈をして、魔法使いは子供にするように、ウッドゴーレムの体を撫でた。
ウッドゴーレムの体を作る木材の温もりが、手のひらから伝わってくる。まるで血の通った生き物のように。
否、魔法使いにとっては、生き物そのものであった。
一般的に、ゴーレムは生き物ではなく無機質だ。魂も宿らない。感情も、表情もない。もしも感情があるようなゴーレムがいたら、それはただ単に、そういう風に作られているだけである。もしくは、作り手の思い込みかどちらかだ。
ゴーレムは人の手で作り出された人形だ。人間を模したホムンクルスとはまた違う、人形で、道具である。
それが多くの者にとっての共通の認識だ。
だが、魔法使いにはそんな事は関係なかった。魔法使いにとってゴーレムは、我が子同然の存在であるからだ。
「次こそは、お前の素晴らしさをあいつらに分からせてやるとしよう。のう!」
そう言って、魔法使いはポンポンと、ウッドゴーレムの体を優しく叩いた。
その行動に、ウッドゴーレムは自分の事が呼ばれたのだと反応する。そして魔法使いの方を見たのだが、指示がないので首を傾げた。
それを見て魔法使いは小さく笑う。
ゴーレムとは何であるか。
それを問いかけた時、魔法使いの大半はこう答えるだろう。
ゴーレムとは人の夢である、と。
人の言葉を聞き、人の望むように働き、そして人を助けてくれる存在。
それは古くからの人の夢であった。そしてこの年老いた魔法使いも、その夢を抱いていた。
彼はその人生のほぼ全てをゴーレムに注ぎ込んだ。何十年の間、ただひたすらにゴーレムの事だけを考えて生きてきた。
魔法使いにとって、命とも言える夢の結晶。それが目の前のウッドゴーレムなのだ。
「……お前は可愛いのう」
魔法使いは、自分を見下ろすウッドゴーレムの顔に向かって手を伸ばす。
するとウッドゴーレムは、その仕草が何の指示なのかを少し考えた後、その大きな体をゆっくりと折って頭を下げた。
魔法使いはその頭を優しく撫でる。
「よしよし、良い子、良い子じゃ」
ゴーレムに感情はない。
だが、そんな事は魔法使いには関係がなかった。
魔法使いにとってゴーレムは我が子だ。かけがえのない大切な我が子なのだ。
ウッドゴーレムの頭を優しくなでてやりながら、シワだらけの顔を更にくしゃくしゃにして魔法使いは笑った。
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