母ナキ鳥籠

蛇狐

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episodio.4「zero(ゼロ)」

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 ぎし、という音と共にジョシュアは布団の中で身じろぐ。まだハッキリとは目が覚めないこの感覚は、案外嫌いじゃないのだとつい先日気付いた。眠たいまま、起き上がらずにゆっくりとベッドの上で過ごす。
 これがなんだか幸せだ。まあ今まで冷たい床の上で警戒しながら寝ていたから、それらと真逆なこの状況を思うとまあ当たり前なのだが。
 気持ちがいい。もうこのまま、もう一度眠ってしまおうか。アェルドに怒られるかな。あの三つ子に起こされるかな。それともブルームが呆れた顔で、でも笑って見守ってくれるのかな。……どれでもいい、どれでも嬉しい。ああやっと。やっと暖かな居場所を見つけることが出来た。

「おはよう、ジョシュア」

 ゆっくり目を開け振り返ると、そこにはカテリーナが居た。おはようございます、とカテリーナは笑うとジョシュアへと歩み寄る。そうだ、カテリーナも居たんだった、と寝起きの頭で思考する。
 五日ほど前からカテリーナも屋敷に住むことになったのだ。まあそりゃ、教会からも追い出されて行く宛てもないカテリーナを放ってはおけない。……アェルドがそう思ってるかは知らないけど。
 でも朝からなんて珍しい。いつもは庭の手入れをしている時間なのに。

「どうしたの」
「あの、よければ一緒に来ませんか?庭で可愛いものを見つけて」
「可愛いもの……?」
「ほら、早く行きましょうお寝坊さん」

 手を引かれるままに起き上がると、カテリーナはにっこりと笑っていた。





「わ……」
「初めて見ますか?」

 見上げる先にあったのは、木の上にある鳥の巣だった。たくさんの枝や葉を集めて作られたそれはとても小さなものなのに、その中に小鳥が四羽も居る。なんだかそれが不思議で、ジョシュアは目を輝かせて見つめていた。
 鳥の巣なんて生まれて初めて見た。あんなに小さいのか、と感動しているとその巣に親鳥が帰って来た。
器用に嘴から餌を与える親鳥。ジョシュアはそれを見て、口を噤んだ。カテリーナが不思議そうに首を傾げる。

「ジョシュア……?」
「……この子達にも親が居るのに、オレには居ないんだなって思って」

 それを聞いたカテリーナは小さく目を見張り、そして眉を下げた。たしかにホムンクルスである彼らには親はいない。厳密に言うと彼らの素になった、の持ち主が親なのだが、恐らくその人物に彼は会ったことも無いのだろう。そしてきっと、育てたのは愛情の微塵もない研究員……。
 昨日聞いたばかりの事実だが、胸が苦しくなるには充分すぎた。
カテリーナは、さみしい?と静かに問いかける。

「……分からない。元から親という存在が分からないし、感情ですら本物なのか分からないから……」

 ジョシュアは鳥の巣から視線を下ろしてカテリーナへ顔を向ける。彼女もまた孤児であり、親が居ない。それが最初から居なかったのか途中で居なくなったのかは分からないが、ある意味自分と同じなのか、とジョシュアはそう思った。
 不思議そうなカテリーナの手を小さく握り、ぽつりと呟く。

「……オレがいるよ」
「え?」
「オレも、アェルドも、ブルームや三つ子、あの男のシスターや教会の人達だって居るよ。……さみしく、ないよ」

 カテリーナの瞳が揺れる。そしてうん、と頷いて「ありがとう」と微笑んだ。
この子はとても優しい子だ。出会ってまもない自分にこんなことを言ってくれるなんて。
なのに、ごめんなさい。カテリーナが心の中でそっと謝った。

「……この間は、本当にごめんなさい」
「いいって、そりゃ色々あったけど……大丈夫だ、ってアェルドたちが言ってくれたから」
「……どうして、そんなにあの人たちを信じられるの?ついこの間会ったばかりなんでしょう?」
「んー……分からない。いや、騙されてもいいからかな……」

 今までだって辛い思いをして来た。だから最初はどうでもよかった。どうなっても、よかったから。
 でもアェルドたちになら信じて騙されたっていい。そう本気で思えたのだ。いや、信じたかっただけかもしれない。それ程までに、この屋敷は暖かかった。

「アェルドたちだから、いいんだ」
「……そう……」

 カテリーナは目を伏せたあと、ふふっと笑いを零す。そして、あのねジョシュア、と見つめる。

「私は捨てられたの」

ジョシュアはそれをただ見て、うんと頷いた。

「昔私は体が弱くて。お金もかかったし、何も出来なかった。それに懲りたのか、両親は私を捨てたの。でもね、辛いことばかりじゃなかったわ。……二人の兄さんが、一緒に来てくれたから」

 カテリーナの表情が柔らかいものへと変わる。それだけ大事な人なんだ、とジョシュアは思った。

「兄さんたちはとっても優しくて、自分のご飯まで私にくれたり、眠れない夜はそっと髪を撫でて見守っててくれた。その後だって幸せばかりじゃなかったけれど、兄さんたちが居たから乗り越えられた。……でも」

きゅっと胸の前で手を握り、カテリーナは顔を伏せる。

「ふたりは、殺された」

 ジョシュアは、ぁ、と小さく声を漏らす。死んだんじゃなく殺された。何かに、誰かに。
その気持ちは分かる。自分だってここに来る前大切な人を殺されて、恨んで恨んで怒りでどうにかなりそうだった。でもその先にあったのは、無。空虚。なにも、なかった。感情もなにもなくなって、どうでもよくなった。
 それを、カテリーナも。ジョシュアは胸が痛くなるのを感じた。

「そして私だけが教会に引き取られた。もっと早く引き取られてたら兄さんたちも……」

 カテリーナはううん、と首を振る。

「でも、私だけが助かったってことは、きっと私にしか出来ないことがあると思うの。だから、それを探してるのよ」

 微笑んでそう語る彼女を見て、ジョシュアは羨ましいと思っていた。なんだか輝いて見える。目標に向かって精一杯で、前向きで……。
だけどオレだって目標は出来た。兄弟たちを助けると。だから今は、それに向かって精一杯進もう。一歩一歩、着実に。

 突然ドンッと強い衝撃を地面に響かせて、目の前に背の高い青い髪の男が現れた。それによって折られた木の枝がその男の周囲にバラバラと落ちる。鳥の巣と、ともに。
 ジョシュアがそれを見て固まっているのをよそに、男は不気味に口角を吊り上げる。

「ハハ……テメェだろ、絶対そうだよなァ!?白髪赤眼……赤眼なんてこの世にはオレらの他に居ねえ。なァ、そうだろ?十三番目トレーディチ!」

 カテリーナがジョシュアの前に立つ。赤眼……この世界に赤い瞳を持つ者は存在しない。そう、ジョシュアとホムンクルスのダンピール以外には。

「バンビーニ……!?どうしてここに……!」
「あ?女か……気付かなかったぜ、まァいいか……」

 男は少し間を置いてから、先程とは打って変わって無表情でカテリーナに歩み寄る。

「あー……女、今日は気分じゃねェから下がんな。オレの気が変わらねェうちに」
「……下がりません。ジョシュアのことは、私が守ります!」

 そう言ってカテリーナは服の裾を捲って太腿に取り付けていたナイフを手に取り、構えた。男はそれを見て眉を寄せ、睨み付ける。

「あのなァ女……オレァ二度は言いたくねェ。……だが特別にもう一度だけ言ってやる。死にたくないなら下がんな」

 男から発せられた殺気だけで、カテリーナの脚は震えていた。目の前に居るのはおそらく、前線で戦う十二人……バンビーニの内の一人。殺すことに関しては彼らを上回る者はいない。そのために生まれてきたのだから。
 勝てるわけが、ない。でも……。

「下がりません!」

 拳を握りしめて、その男を睨み付ける。何をする気か知らないが、いずれにしろ触れさせない。私が、守る。
 男は眉間の皺を深め、憤怒した様子で歯を食いしばった。殺気が、どんどん強くなる。

「テメェ……」

 カテリーナはナイフを構え直した。せめて、せめてジョシュアが逃げる時間は稼ぎたい。
ジョシュアの方を振り返るが、ずっと下を向いている。

「ジョシュア!しっかりして!逃げて!」
「逃がすかよ」

 すぐ後ろで男の声が聞こえて、カテリーナは振り返る。目の前の男を見たその瞬間。気付けば壁に叩きつけられていた。
かはっとカテリーナは息と共に血を吐いて、その場に倒れ込む。なに、今のは。ちがう。考えるな、今は守ることだけ考えろ!!
 倒れたまま器用にナイフを投げる。が、男は気にする様子もなくそのナイフを叩き落とした。男はカテリーナをちらりとも見ることなくただまっすぐ、ジョシュアを見ている。

「ははっ!?覚悟しろよトレーディチ!!」

 男の手がジョシュアの頭に近付く。それでもジョシュアは俯いたままだ。カテリーナはそれを見て叫んだ。

「ジョシュア!!」

 男の手の先。ジョシュアは、居なかった。

「……あ?」

 男が目を見張って驚いている。なんだ、一瞬でどこか行きやがった。一体、どこに。
 周囲を見渡すと、カテリーナの上半身を抱き上げるジョシュアが見えた。

「……なにしてんだ?トレーディチ。……ああ!腹減ってんのか?いいぜ、お互い万全な状態でやり合おう」

 待ってやるよ、と男が不気味に笑う。ジョシュアはカテリーナに顔を向けると、そのまま口の周りに着いた血を舐めとった。
 カテリーナは固まった後。ぼっと顔を真っ赤にさせる。

「じょ、ジョシュア!!?」
「大丈夫、カテリーナ」

 そっと寝かせてから立ち上がったジョシュアは、真っ直ぐ男を見ている。その目には、殺意が込められていた。
 カテリーナはそれを見て、待って、と手を伸ばすがもうそこにジョシュアは居なかった。あの目は、ダメ。あのままだとジョシュアは。
 ドン!という音に振り返ると、そこには男に襲いかかるジョシュアが見えた。男は必死で攻撃を避けた様子で、チッと舌打ちを零す。足をよく見ると獣に引っかかれたような傷があった。そしてジョシュアの右手には、血。

「ッやるじゃねェか!!」

 男は再び口角を上げると、ぐるりと体を反転させジョシュアの腹を蹴り木へと叩きつける。そして、ずる、と力の抜けたジョシュアに間髪入れず殴りかかった。

「死ねトレーディチ!!」

 ジョシュアはそれを避けると、その手首を掴む。そのまま、え、と小さく零す男の体を片手でやすやすと上に投げた。投げられた男が落ちてくるのと同時に、ジョシュアはその腹を思い切り殴る。
 男は、がはっと血を吐き出し、だが倒れた体勢からその脚をジョシュアの顎目掛けて突き出した。
ジョシュアはその攻撃を受け少しよろけた後、鋭い目で男を睨む。男は思わずぞくりと背筋が震えるのを感じた。

「……は、いいな、いい……いいじゃねェか!!おもしれェ!もっと来い!!テメェの殺し方を見せてみろ!!」

 その男に動じることなくジョシュアは小さく息を吐き出すと、素早くその男の両手首を掴んだ。そしてそのまま噛み付こうと口を開ける。
 咄嗟にカテリーナが手を伸ばした。

「待ってジョシュア!!殺しちゃダメ!!」

 しかしその二人の頭を掴む手がそれを阻止する。その手の持ち主は、赤い瞳を持った眼鏡の男だった。

「!クアットロ……」

 青髪の男にクアットロと呼ばれた眼鏡の男はそっと手を離してため息を吐き出す。そして指で眼鏡をくいっと持ち上げると青髪の男の事は無視してジョシュアへと顔を向けた。

「すまないね。襲うつもりはなかったんだ。これはこいつの独断で……」
「クアットロ!邪魔すんじゃねェ!」
「今回は偵察だけだって言っただろチンクエ!」

 クアットロはそう言うと口を押えごほごほと咳をする。はあ、と整えるように息を吐き出して再びジョシュアの方へ向き直る。

「……本当にすまない。今日は確認したかったんだ。それだけだ」

でも、とクアットロは赤い瞳を光らせる。

「今度は……ちゃんと迎えに来るからね」

そういうと、チンクエを連れて一瞬でどこかへと消えてしまった。赤い瞳の二人は間違いなく、彼らの言う通り兄弟なのだろう。あれが、オレが救いたいと願っている兄弟。
 ジョシュアはそれを見上げて、膝から崩れ落ちた。カテリーナの心配そうな声が聞こえるが、言葉を返す気にはならなかった。
 オレを十三番目だと、弟だと認識しているのに攻撃してくるとは思わなかった。殺し合いになるなんて、考えもしなかった。だって家族だろう。そういうものじゃないのか、暖かいのが家族じゃないのか。

「会えて嬉しいのは……オレだけか……」

 オレは本当に兄弟を救えるのか?
その疑問が、ジョシュアの心に刺さって取れなかった。









「このバカ!」

 クアットロは路地裏に飛び降りるとチンクエを下ろし、彼を睨む。殺してしまっていたらどうしていたのか。命令を無視どころか殺すだなんて、全く考えられない!
 おい!聞いてるのか!ともう一度怒鳴るが、チンクエはちらりとも見ずに空を見上げている。

「おい!チンクエ!」
「あーーうるっせェな……いい所だったのによ……」

 チンクエは不機嫌そうにそう言うとクアットロの頭を掴み地面へと押し付けた。ごり、と砂利が顔を突き刺してきて鈍い痛みがクアットロの体に走る。

「っ……お、い……!」
「テメェほんとに邪魔だな。ただでさえ足でまといのクセによ」

 クアットロは一瞬目を見張るものの、何も言い返せずに下唇を噛んだ。その様子を見てため息をつくと、チンクエは肩を掴んで仰向けへと体勢を変えさせる。
そして、なァ?と何かを企んだようにチンクエが不気味に口角を上げた。

くれよ」
「くれ、って……昨日もやっただろ、そんな頻繁には……」
「ああ?誰のせいでこの間飲み損ねたんだっけなァ?」

 数日前の事を思い出しながら、わざとらしく問い掛ける。クアットロは少し黙って、自身の襟元を緩め「……わかった」と呟いた。

「ただ……少しだけにしてくれ、じゃないと……」
「わァってるって。ちょっとだけ、な」

 そうして少し緩められた襟元を掴むと乱暴にはだけさせ、あらわになった首筋を指でなぞる。興奮した様子でチンクエはぞくりと体を震わせた。

ああ……美味しそう センブラ・デリツィオーゾ

 直後。チンクエはその首にがぶりと噛み付いた。








「ふむ……」

話を聞いたアェルドは口元に手をやり小さく唸った。
 チンクエと呼ばれる青年がジョシュアを襲い、守ろうとしたカテリーナに怪我を負わせた。だが、その後に現れたクアットロという青年はチンクエを止め「今度は迎えに来る」と早々に立ち去ったという。彼らの目的が分からないが、連れ去るというのは間違いなさそうだ。攻撃も本当に独断だろう。ただ、連れ去ってどうする気なのか……。

「やはり、武器として扱うためか……」
「むしろそれ以外になにあるのか?」

 紅茶を差し出しながら、ブルームがそう問い掛ける。戦争の武器として生まれてきた彼らは、残酷だが武器としてしか見られない確率が高い。それが彼らの生きる理由だと、人々は彼らから目を逸らして思っていることだろう。
 紅茶を手に取り一口飲む。まあ私だって何も出来なかったのだから、そう思う人々と変わらない。それどころか私は……。

「ルチア?」
「……ああ、気にしないでくれ」

 そう言われたブルームは少し眉を下げた。アェルドと自分は親友ではあるが、未だに壁を感じることがある。そこに踏み込んでいいのかどうか、臆病な自分は少し離れて窺うしかないのだ。

「……そうか」

 にしても、とブルームはケーキを置きながら自らの気分を切り替えるように話し始めた。

「思っていたよりも早かったな。もう既にジョシュアの存在が国に知られていたとは」
「……恐らく、先日の件だろう。シスター・アレンザからの情報に加え、あの場に居た国からの使者達は全員ジョシュアが殺してしまった。その情報がどこからか国に伝わったんだろう。そしてそんなことが出来るのは間違いなくダンピールだと確信した、というところか」
「そんな……それじゃあ今回のことも私たちのせいで……」

 ずっと黙っていたカテリーナが口元を押さえる。自分たちの欲のためにジョシュアを売り、危険な目に遭わせたのだ。これくらいの傷で許されるものじゃない。
 アェルドはため息を吐き出した。

「まあそれもある訳だが」
「こらルチア!」
「……どうせいずれバレていたことだ。だが護衛の役割は果たしてくれ。今日のようにな」
「も、勿論ですわ」
「すまないカテリーナ。根はいい奴なんだが」

 ブルームが歩み寄りながら呆れたように微笑む。あいつは勘違いされやすいんだ、とアェルドに顔を向けた。

「な、ルチア。よく怖がられるしな」
「うるさいブルーム。しかしそんな事より、だ」

 ちら、と扉を見る。そこには誰もいないが、その向こうにはジョシュアが居ることを知っていた。

「……おいで、ジェシー」

 そう言うと、扉が控えめに少しずつ開いていく。見えたジョシュアの顔はまるで怯えた野良猫のものだった。
もっと近くにおいで、というアェルドの言葉にジョシュアは少し目を泳がせた後、そっと近くへと歩み寄る。窺うように、申し訳なさそうにこちらを見るその目はとても不安そうだった。まるでなにかに脅えているように。

「……ジェシー」
「ごめん……カテリーナの怪我も、血を舐めたことも」

 舐めた、という言葉にカテリーナはまたぼっと赤くなる。それを後目にアェルドは首を振った。

「違うよジェシー。むしろ血を舐めたおかげで君の力は増したのだから。でないと、お前もカテリーナも無事ではなかっただろう」
「でも……」

 ジョシュアが拳を握る。

「オレはそこまでして護ってもらうものじゃない……やっぱり化け物はここにいちゃいけないんだ」
「ジェシー、よく聞いて」

 真っ直ぐにジョシュアを見つめるアェルドの瞳。ジョシュアはなんとなく目が逸らせずにそのまま見つめた。

「私たちから離れてはいけないよ」
「……なんでだよ……だってこのままじゃ」
「私たちならお前の力を制御出来る」

 え?とジョシュアは眉を顰める。力なんてあったのか?と半信半疑でそのアェルドを見つめた。

「それが私たちが持つ力だ」
「……力?」
「そう……オッドアイ持ちの力」
「オッドアイ……力……」

 するとアェルドは自身の手袋を外し、その手の甲を見せる。そこにははっきりと十字架が書かれていた。十字架といえば物語上ヴァンピーロが苦手とするもの。とはいえ実際は嫌な気持ちになるくらいで、特に影響は受けないのだが……。ジョシュアは首を横に振る。

「そんなものじゃどうにもならないよ、アェルド」

 そんなものじゃ、化け物のオレは制御出来ない、とジョシュアは悔しそうに表情を歪めた。しかしアェルドは落ち着いた様子のまま、話を続ける。

「そう思うだろう。だが、力と言ったはずだ。ただの十字架じゃない。この手で直接君の体に触れるとその力を発揮するんだ。力を抑えたり、逆に上げたりね。
そういったオッドアイの人間は君たちの祖先、ヴァンピーロが生きていた時代にも存在していた。むしろヴァンピーロと同じように迫害されてきた、数少ない人間の中での協力者だったんだよ」
「協力者……?」
「一緒に歩んできた仲間さ。……もっとこっちへ」

 差し伸べられたその手をちらりと見るジョシュア。躊躇いつつもその手を小さく握り歩み寄った。
 そしてアェルドはその手を握り直すと、ジョシュアを真っ直ぐ見つめる、

「先程よりも、空腹……収まっただろう?」
「あ……」

 先程少し血を摂取したせいか余計にお腹が減っていたはずなのに、気付けば無くなっている。お腹が空いてない。

「吸血衝動も抑えられるし、暴走しそうになったら止めることすらできる。だから……ね?ジェシー」

 そしてアェルドはジョシュアの肩におでこを乗せると、か細い声で懇願するように声を漏らした。

「どうか私から、離れないでおくれ」

 弱々しく小さなその声は辛うじて聞き取れ、ジョシュアは目を丸くする。アェルドがこんなに頼むなんて、自分はそんなに必要とされているのだろうか?こんなアェルドの声、出会ってから初めて聞いた。
 それどころかブルームすら驚いている。……それ程までに、居て欲しいということ?

「アェルド……オレ、そんないいものじゃないよ」
「私にとっては宝物だよ、ジェシー」

 その小さな体を抱き寄せて、その腕に力を入れるアェルド。その手は小さく震えている。
 ジョシュアからしてみればまだ出会ったばかりだが、アェルドはどうやら自分を探していてくれたらしい。たったそれだけなのに、こんなに?
ジョシュアは少し照れくさそうに眉をしかめ、「分かったから」とその体を押した。

「そ、そこまで言うなら……まだ、居るから……」

 アェルドが少し目を丸くしたあと。「そう、そうか」と嬉しそうに目を細める。ジョシュアはなんだか居心地が悪くなって、アェルドから目をそらして「それに!」と誤魔化すように続けた。

「一緒に居た方が暴走、とかしないんだったら……そっちの方がいいし……」
「ああ、そうだねジョシュア」

 ブルームが微笑んで、ジョシュアの頭を撫でる。カテリーナもそれを見て穏やかに表情を緩ませて、「あ、そういえば」と疑問を口にする。

「三つ子ちゃんたちもなんですか?……でも、十字架は無かったような……」
「ああ、彼女らはまだその力が発現してないんだよ」

 ブルームがそう言うとアェルドは頷いた。

「子供の頃は何も無いことが多い。私もそうだった」
「へぇ……」

 オッドアイにも色々あるんだな、とジョシュアはただただ不思議そうにそれを聞く。「さて」と話を切り替えるようにアェルドがジョシュアを隣に座らせた。

「改めて考えなければいけない。兄弟を助けるということは、どういう事なのか。どうしていくのか。ただがむしゃらに歩んで行くには危険すぎる道だからね」

 ジョシュアは複雑そうに目を伏せた。こちらは助けたかったのに、会えて嬉しかったのに……攻撃を受けた。それはチンクエの独断なのだろうが、その可能性もあるのかとジョシュアの悩みの種となっていた。
 でもクアットロは優しそうだった。「迎えに来る」という言葉も、……嫌ではなかった。ここから離れるつもりは、無いのだけれど。

「……どうやって助けたらいいんだろう」
「そうだな……助ける、か」

 アェルドは少し考えてから、真っ直ぐジョシュアに向き直る。

「助け方は、救われ方は人それぞれだ。例えばチンクエ。彼は戦闘が好きなようだが、前線から離れさせるのは果たして彼のためなのか?でもクアットロ、彼は今のところ戦闘好きには思えない。もしかしたら苦手なのかもしれないね。そんな彼を助けることにはなるだろう」

難しいだろうけれど、とアェルドはジョシュアの頭を撫でた。
 助ける、だけじゃダメなのか。戦闘が好きな人も居るのなら、たしかにただ前線から離れさせるのが助ける、には繋がらないのか?

「……分からないよ、アェルド」
「うん。そうだね。でも考えるんだ、ジェシー。それが君の選んだことだろう」

 アェルドの真っ直ぐな瞳を見て、ジョシュアは目を伏せる。
 助ける……。その言葉はオレに重くのしかかった。







「っざけんなよ!!」

 どん!と拳を壁に叩きつけるチンクエ。抑えきれない様子で怒りを顕にし、目の前の男を睨みつけている。白と黒の服を纏ったその男は負けじと睨み返すと「当たり前だろ」と冷たく言い放つ。

「勝手な行動をした罰だ。三日血を抜くくらい、大した事ないだろ」
「オレらは一日飲まねぇだけでも影響出んだよ!まともに力が出せなくなったらどうしてくれる!」
「また飲み始めれば問題ない。それに、その三日は身動きが取れないよう縛って監禁する。ほら、問題ないだろう?」

 チンクエは湧き上がる怒りに体を震わせてその男の胸ぐらを掴んだ。

「テメェ!いい加減にしねぇと殺───」
「おい、触るなよ化け物が」

 鋭い視線がチンクエに刺さったその直後。服についている触れてもいないそのベルトによって素早くチンクエの体が縛られ、たまらずそのまま地面へと膝を着いた。
 チンクエは一瞬のことに唖然とした後、また男を睨みつける。

「くそ、が……!」
「今日は気性が荒いな。ほら、いつも通りニコニコ笑ってろ。気味悪く、な」

 男はニヤリと口元を歪ませ、「おい」と周囲に声をかけるとその中の一人がそこまで駆け寄った。そして布を取り出すとそれをチンクエの目元に巻き付ける。
 チンクエは諦めたようにへたりと地面に座り込んだ。男は満足そうに「そうだ、それでいい」と足でその体を押し倒す。

「化け物が人様に逆らうな」

 そして男はその靴を拭いたあと、周囲にいる部下を連れその場を後にした。
 残された白髪に褐色肌の男が、チンクエに歩みよる。「大丈夫か」と声をかけるが、返答がない。それに不思議そうにしていると少し間を置いて、チンクエが口を開いた。

「大丈夫もなにもいつも通りだろ」

 先程とは打って変わって、チンクエは怠そうにそう漏らす。そしてに、と口元に笑みを浮かべると大きなため息をついた。

「だが……あーあ、腹立つなァ」

 褐色の男は何か言葉を飲んで、チンクエの髪をさらりと撫でた。よしよし、と慰めるように数回撫でて頬に触れる。

「大丈夫だ、大丈夫。何も心配いらない。オレらはただ仕事をするだけだ。いいかい?」

 そう訪ねるとチンクエは「……ん」とだけ漏らし、その口を閉じた。男たちが部屋へと入ってきて、チンクエのベルトを掴むと雑にそのまま引きずっていく。
 褐色の男はそれを見て唇を噛み、ただ耐える。弟があんな扱いをして黙っていられない。だが、今は耐えることしか出来ない。オレが無力なせいで。
 外にいる弟は一体どんな人物なのだろう。どこでどう生きてきたのだろう。幸せだったのだろうか。そうだと、いい。……でも。

「羨ましいよ」

 また今日も任務をこなす。明日も、明後日も、その繰り返し。それがオレらにとっての幸せ。これ以上のものは、無いのだ。

「……せめて今のうちに楽しんでおいてくれ」

いずれ訪れる、この地獄まで。






 カツ、とアェルドは並木道を歩く。頭を整理するように、ゆっくりと。
 きっとホムンクルスたちの中でも意見が分かれている、または分かれるはずだ。現状維持を望むか、変化を望むか。どちらが正しいともなく、どちらも後悔するかもしれない。それを、あの子たちに考えさせないといけない。その交渉も難しそうだが。
 ともかく話し合わなければ。折角ジョシュアに会いに来るのだ。その時が良いだろう。耳を傾けてくれるかはさておき。
 やるしかない。それをジェシーが望んでいるから。私はそれを、無視できないのだ。正しくはしたくない、かもしれない。
 冷たい風が頬を撫で、帽子が飛びそうになるのを片手で押さえる。考えても仕方ないかもしれないが、考えなければならない。こればかりは、逃げてはいけない。

「……さて、どうするかな」

 ふと、すれ違う二人組がこちらを見てひそひそと何かを話し、アェルドから距離をとった。ああ、そうか、とアェルドは納得したように帽子を深く被り直した。生きていくには不便すぎるその目を隠すように顔を伏せ、並木道を進む。
 好きでなった訳じゃない。家族で唯一、なぜかこうなった。失敗作、化け物、気味悪い、これらの言葉は言われ慣れてもうどんな意味を持つかすら分からなくなった。……そうすることで、自分を守ったのかもしれない。
 けれど。が、この目を好きだと言ってくれたから。それだけで、私は。

「久しぶりね、ルチア」

 そう聞こえて、驚いた様子でアェルドはその足を止める。するとその後ろから女性がひらりと踊るように現れ、ふわりと笑みを浮かべた。
 「ねえ」と美しい声で女性はアェルドの頬に手を添える。

「あの子たちは元気かしら?案外寂しがり屋だから、構ってあげてね」
「……貴方は」

 アェルドはそれに答えず、拳を握りしめてその言葉を絞り出した。

「貴方は、なぜあんな」

 女性がその言葉を遮るように人差し指をアェルドの唇に当てた。しー、とその首に腕を絡め、「言わないで」と耳元で囁く。

「分かるでしょう?ルチア」
「……私は、私は貴方の目的が分からない」
「嘘つき。分かってるくせに。貴方はただ、分からない振りをしているだけよ」

 ねえ、意地悪言わないで。小さくそう囁いて、その耳をペロリと舐める女性。アェルドはその刺激にひくりと眉を寄せ、その背に手を回そうとそっと手を動かす。

「貴方は、やはり……囚われて」

 女性は不気味に口元を歪ませ、アェルドから離れた。「じゃあね」とだけ言い残し、どこかへとまた踊るように去っていった。
 アェルドはただそれを眺め、手を伸ばす。名前を呼ぼうとその口を開いた時。

「ルチア!」

 そう聞こえて。小さく目を見開いた。そして振り返ると、そこにはブルームの姿。それにどこかほっとして肩の力が抜ける。なぜだろう。あんなにあの人に会いたかったはずなのに。
 ブルームは歩み寄ると「大丈夫か」とその背に手を添えた。

「ああ……大丈夫だ、ありがとう」

 その手から離れるように肩に手を置き、また歩き出すアェルド。ブルームはその後ろ姿を見て、眉を下げる。

「……仕方ない」

 そう呟いて、その背を追った。

「で、どうする?私はどう動けばいい」
「そうだな……とりあえず情報を集めよう。私達はあまりに彼らを知らなさすぎる」

 表面上のことしか、“十二人の戦闘員であり謎に包まれている”ということしか、人々は分からない。まあ私達はさらに、吸血鬼であり不老不死であると分かっている訳だが。しかし、それだけなのだ。あまりに、知らない。

「分かった。じゃあ情報は私が集めよう。ルチアはどうするんだ?」
「私、は……」

 あの人に。

「あの人に会って、話を聞かなければならない」

 あの人しか知らないこと。あの人なら分かること。私達は知る権利がある。知らなければ、先に進めない。

「あの人?」

 ブルームはそう言って首を傾げた。だが今更だ。自分はアェルドのほとんどを知らない。昔馴染みの筈なのに、抱えてるものも何を考えているのかすら分からない。そんな中、よく支えようと思えたものだ。自分で可笑しくなってくる。
 先を歩くアェルドの背中を見てブルームはため息を吐いた。自分がしてやれることなどないのだろうか?ただ情報を集めるだけで、ルチアの力になれているのだろうか?
それすら、分からない。







 うーーーーん。
ジョシュアは窓際に座り、首を傾げてそう唸った。
 助ける……その根底には「幸せになって欲しい」、という思いがある。幸せ。きっと人それぞれあるもの。バラバラなその思いを、どうすればいいのだろう。一人一人助けるにしても、戦闘が好きなら助け方が分からない。

「戦闘が好き、か……」

 戦いたい気持ちが分からない。なるべく大人しく生きたい自分にとっては、かけ離れた感情だ。ということは、これは一人で考えても仕方がない気はする。

「チンクエと、話したいな」

 傍で本を読んでいた三つ子が振り返る。その光のない目でじっと見つめた後、「捕まえる?」と三人が問いかけた。その言葉にジョシュアはまた首を捻る。

「それは……違う気も、するけど……でもそうしないと分からない……」

 ぐるぐると考えて、考えて。そして頭を抱えた。分かんないよ、と小さく零す。考えなければならない。その言葉を思い出して、またぐっと拳に力を入れた。

「やるしか、ない!」

 まずは全体を知ることだ。吸血鬼、ホムンクルス、バンビーニ、自分。それらの過去を、始まりを。そして今までの事を知れば、何か考えが思いつくかもしれない。……でも。

「誰に聞いたらいいんだろう?」

 アェルドもブルームも外へ出ている。となると……。





「あら、どうしたの?ジョシュア」

 カテリーナは庭に居た。どうやら花を整えていたらしいその横に座り込み、聞きたいことがあるんだとカテリーナを見つめた。

「いいわよ。なんでも聞いて」
「オレら吸血鬼のこと、ホムンクルスのこと、バンビーニのこと……全部、知りたいんだ」

 カテリーナは目を丸くしたあと。分かったわと微笑んだ。

「少ししか……表面的なことしか分からないけれど」

 昔。吸血鬼と人間が争うようになったのは、やはり餌が血だということだった。吸血鬼の存在が知れ渡ると、人々はたちまち「気味が悪い」「化け物」などとその存在を否定した。そしてとうとう、その抹殺を計画する。
 吸血鬼の始まりとされていたゼロという男を捕え、他を拷問の末殺したのだ。普通は死なない吸血鬼だが、数日一切血を摂取しないと灰になって崩れてしまう。それを知った人間が血を与えず甚振った末、殺した。これに憤ったゼロは人間を殺し始めるものの、抑え込まれて実験台にされる。
 そして散々実験された後。用済みと言わんばかりに人々の前で処刑された。
 これが、始まりの吸血鬼「ゼロ」と、その結末。


「オッドアイの人達はそんな吸血鬼に寄り添い血を与えていたの。そうすることで昔は共存出来ていたのだけれど……。当時のオッドアイの人達も、一緒に殺されてしまったわ。
……ごめんなさい。残念ながらホムンクルスが生まれた経緯は分からないの。というか、人々はホムンクルスだということも分からないんじゃないのかしら」

 ジョシュアは眉を顰め、目を伏せた。仕方がない、なんて思わない。なぜ共存出来なかったのか。襲ったわけじゃない。許されて血を与えられていた。なのに吸血鬼という存在が知れ渡ると、人間はそれを抹殺した。なんで。

「……なんで……」
「人間は愚かだからさ」

 いつの間に帰ってきたのか、アェルドが歩み寄りながらそう言った。
 愚か?と首を傾げるジョシュアに、アェルドは帽子を取って言葉を続ける。

「気味が悪い、なんてただの理由だよ。その本心は嫉妬。人間にはないその力が羨ましかったんだろう。昔の吸血鬼は不思議な力も使えたからね。そして不死ということも、それを後押しすることになった」
「羨ましく思うのは分かるが……」

 複雑そうに、後ろのブルームは目を伏せる。抹殺はあまりにも。表情がそれを物語っていた。
 それもそうだろう。ただの嫉妬で殺されたと言っても過言ではない。無力な人間が嫉妬の末抹殺した……ジョシュアは強く拳を握った。……許せない。
 アェルドがその頬を掴み、自身へと顔を向けさせた。

「怒りに身を任せてはいけないよ、ジェシー。私も迫害された身として許せないが、怒りに身を任せてしまっては冷静な判断が出来ない。お前は何がしたかったんだ?そんな事じゃ、ないだろう」

 ジョシュアが複雑そうに眉を寄せる。吸血鬼は大昔から存在していた。人間と共に、ひっそりと。そして処刑した。たった七年前。歴史的に見ると最近。そして今もその人間たちは生きている。吸血鬼を倒した英雄として……。なぜ、人間たちはのうのうと生きているのか。殺したのに、なぜ。
 しかし、ジョシュアにはやる事があった。

「……ホムンクルスを、助ける」
「そうだ。そのために何をする?」
「……知ろうと、した」
「ああ。いい事だ」

 ならば私からも改めて。と帽子をブルームに預ける。
 ホムンクルスの吸血鬼……詳しくは混血の吸血鬼ダンピールそれは人間によって生み出されたもの。なぜ昔抹殺した吸血鬼を復活させたのか。生み出したのは一人の女性。そして戦争の道具として使われることになる。身勝手に。
 ホムンクルスが生まれたのは三年前。そして道具として使われるようになって一年ほど。たったそれだけの期間に、ホムンクルスたちバンビーニはいくつもの国を滅ぼしてきた。噂では吸血鬼が復活したのだと、その強さに人々は恐れるものの、それが味方だと知り安心した。強い矛と盾を手に入れたのだから。

「この通り、人間は身勝手で自分のことしか考えていない。最前線に立つのが人間じゃなければいい……そうであれば、罪悪感すらいらない。そう思っているのだろうね」

 そしてお前の話だ。そう言ってアェルドはジョシュアの額をつん、と指先で触れた。

「お前は生まれてすぐ、とある女性によって唯一連れ出されたホムンクルス。だから国はその存在を知らなかったしこうしてお前は外にいる」

 ジョシュアはそのアェルドを見つめると首を傾げる。

「その女性がアェルドの大切な人?」

 オレを探して、とアェルドに頼んだ女性。アェルドはその言葉に目を見張り、珍しくその目は揺らいでいた。それに気付いたジョシュアが声を掛けようとするが、アェルドはそれを遮るように言葉を紡ぐ。

「……ああ……そうだ。大切な……とても大切な、人なんだ」

 どこかを見つめながら、アェルドはそう言った。そのアェルドは今までに見た事のない姿だった。何かを思うような、不思議な表情。いつものように余裕があるようには見えなかった。

「ルチア?」

 そうブルームが声を掛けると、はっとしたようにアェルドはそれに振り返る。一瞬。たった一瞬。期待を含ませたその視線にブルームは気付いて、その肩に触れた。

「ルチア、どうしたんだ?そんな女性が居たなんて、今までなにも……」
「昔の、話だ」

 アェルドはその手をゆっくりと下ろさせると「そろそろ中へ入ろう。寒くなってくるからね」とその手から逃れるようにさっさと歩いていってしまった。
 残されたブルームにジョシュアが歩み寄る。

「どうしたの、ブルーム」
「え?」
「悲しそう」

 そう言われて、眉を下げて微笑むブルーム。その表情は寂しそうだと、ジョシュアは思った。仲がいいはずなのにその二人の間に壁が見える。それが、寂しいのだろうか。
 さて、とブルームがアェルドの帽子をカテリーナへと預ける。

「私はバンビーニのことを調べてくる。戻っておいてくれ」
「なら、ならオレも」
「ジョシュアはダメだ」
「なんで…!」
「危ないからね」

 ブルームはそう言ってジョシュアの頭を撫でた。危ないなら、ブルームだって……。そう言いかけて、止めた。自分のためにそこまでしてくれているんだ。そうじゃなくとも、何かのためにブルームは動いてくれている。それを止めたところで、オレに何が出来るだろう。

「……気をつけて、ね」
「ジョシュアの事は任せてください」

 カテリーナが微笑むとブルームは安心したように「頼んだ」とだけ言い、庭を出ていった。
 何をするにしても、強さが必要か。ジョシュアはそう考えて自身の手を見つめる。

「強く、ならないと……」

大切なものを守れない。誰も助けられないから。
だから、強くなりたい。今度はこの手で人を助けられるように。





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