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異・世界革命Ⅰ 空港反対闘争で死んだ過激派が女神と聖女になって 2

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 野盗どもの死骸が転がっている丸焼け宿の現場にフランセワ王国の騎馬隊が到着したのは、昼過ぎだった。
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 (緊急)状況報告 ラヴィラント王宮親衛隊騎馬隊隊長
 少数の護衛のみで聖都ルーマ巡礼に発たれたジュスティーヌ王女殿下を心配された国王陛下の命により、ラヴィラント伯爵指揮の王宮親衛隊騎馬隊十五名が急遽出動した。
 部隊が急行したところ、二日後の早朝、ルリア山道にて王女殿下御乗用の王室馬車を発見。車中に馭者の斬殺体を確認した。騎馬隊は戦闘体勢をとって前進。途中、十数人の野盗の群れと遭遇。戦闘となり、数名の負傷者を出すも撃退した。追撃はせず王女殿下の保護に全力を挙げる。
 十時に、王女殿下が前日に御宿泊予定であった『山みち宿』に到達。その全焼を確認した。付近を捜索した結果、野盗の手より逃れられたジュスティーヌ王女殿下とアリーヌ王宮侍女を発見。お護りした。
 王女殿下におかれては、顔面左耳近くから顎にかけて約二十センチの切創を負われていた。直ちに応急処置を致し、医師の手配を行ない、治療後に病院にお移しする準備を行った。
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 レオンが気絶している間の余談だが、防具や竹刀が考案されるまで、骨折くらい覚悟しないと剣術の稽古で思い切って打ち合うことはできなかった。防具のおかげで日本の剣道は、飛躍的に発展し世界で最も洗練された剣術となった。
 小学生の頃から剣道を十年近く続けてきたレオンから見ると、セレンティアの剣術は、大刀を振り下ろすか薙ぐか突くかの手先剣で、足さばきや駆け引きの類は、ほぼ無い。専門用語を使うと、『打突』ばかりで『技前』が無いのだ。まぁ、剣技以前のシロモノだ。
 さらに余談だけど、鉄パイプで機動隊と衝突した時は、剣道はほとんど役に立たなかった。鉄パイプは振り下ろすと上げるのがなかなか大変なくらい重い。しかし精神面では、えらく度胸がついた。逮捕されたら前科者にされ、社会的に抹殺される。それでも自分は正しいと確信していたから、機動隊の壁に突っこんでいけた。おかげで死んでしまったわけだが⋯⋯。
 鉄パイプや火炎ビン程度の原始的な武器を持って、学生や労働者が硬化プラスチック弾やガス弾を乱射し銃を装備した暴力の専門家・機動隊に突っこんでいくのだから、それは度胸もつく。それがセレンティアにきてどれだけ役に立ったか知れない。


 目を覚ましたら、すでに日が高く、昼だった。半日以上眠って、元気が出たぞっと。窓から外を眺めると、どうやら救援部隊の箱馬車に運び込まれ、床に転がって寝ていたらしい。腰の剣が見あたらず、扉に鍵が掛かっている。監禁されたよ。囚人護送車かいな?
 前世以来、囚人護送車に放り込まれるのは久しぶりだ。見張りがいるわけでもない。本気で野盗のたぐいと思われているわけではなさそうだ。壁に沿って長椅子がついていたので、寝転がって外を眺めた。そういや、手錠もされてない。
 騎士連中が右往左往していた。装備が派手なところを見ると、どうやら王宮の親衛部隊みたいだ。あの美人姫サマは、本物の王女サマだったんだなぁ。
 騎馬の女性騎士が通りかかった。姫サマの護衛だから、女騎士が混ざっているのだろう。肩のあたりが血に染まっている。戦闘があったらしい。ちょっと訊いてみようか。
「よう、女騎士さん。野盗にやられたのか?」
 女騎士、返事もせずにジロとこっちを睨んだ。「そうだ」と言ってるのと同じだな。野盗・山賊のたぐいに苦戦する王宮親衛隊かあ。まあ、実戦経験が違うからな。
「手強かったかい? 肩を斬られたな」
「私は不覚をとったが、野盗どもは撃退した」
 お貴族サマの騎士団は、藪の中までは追ってこない。相当数の野盗どもが山に逃げ込んだだろう。まぁ、頭目を失ったうえに王女を襲って傷を負わしたんじゃあ、いずれ狩りたてられて全滅も時間の問題だ。
「こっちに来なよ。肩の傷を治してやるよ」
 気まぐれでこう言ったことが、この転生でのオレの運命を決めた。
「治す? なにを言っているのだ?」
 窓のそばに女騎士が寄ってきた。負傷した肩には、湿布をデカくしたような白い布を貼りつけている。窓から手を伸ばして剥ぎ取った。
「つっ! なにをするっ!」
 十五センチ程のかなり深い傷だ。鎧のおかけで、鎖骨を砕かれていないのが幸運だった。
「これでよく乗馬できるなぁ。待ってな。すぐ治してやる。動くなよ」

 ラヴィラント騎馬隊隊長は、大量に出血しているジュスティーヌ王女殿下を馬車で長時間運ぶよりも、医師を連れてきて治療させた方が適切であろうと判断した。
 付近を調査の結果、野盗の死体を十以上も確認した。アリーヌ王宮侍女によると、さらに数体が焼け跡にあるようだ。『あの男』が一人で斬ったという。アリーヌ嬢は、子供時代から王宮内の王室付きの侍女で、名門伯爵家の令嬢だ。ウソを言うとは思えない。
 ⋯⋯しかし、騎士団が苦戦するような野盗集団を、たった一人で十数人も斬り伏せる。そんなことが可能なのだろうか? 斬り捨てた野盗の横で剛胆にも寝込んでいた『あの男』は、とりあえず護送用の箱馬車に収容した⋯⋯。
 護送用箱馬車を見ると負傷したローゼット女性騎士が、なにやら『男』と話しをしている。相手は、一応とはいえ容疑者である。注意しようと騎馬で寄っていくと、馬車窓から手が伸び、あっという間にローゼットから応急処置用の接着ガーゼを剥ぎ取った。そして隊長は、生きては二度と再び目にすることは叶わないだろうとあきらめていた、『女神の光』を見た。
 ラヴィラント隊長は、十五歳の時に事故に遭い骨を砕かれ死線をさまよった。両親は、伯爵家の馬車を飛ばし宿場ごとに馬を替え三日三晩走らせた。ようやく到着した聖都ルーマ大神殿聖本堂に、死にかかった少年を担ぎ込んだ。聖なる地で少年の息は、ほとんど止まっていたという。
 ラヴィラント少年は、朦朧としながらも女神セレン様の降臨を感じた。癒しの光りに包まれ、数分後には完全に健康体に戻っていた。後遺症はおろか、傷痕すら残らなかった。
 ラヴィラント伯爵家ただ一人の嫡男を抱きしめる父。喜びに泣き崩れる母。空中を飛翔し『女神の光』を放ち、二千を超える病んだ人びとを癒す女神セレン様の御姿。二十三年たった今でも、はっきりと思い出せる。それは、最も美しい景色だった。
 ラヴィラント伯爵家では、帰国後に敷地に立派な女神神殿を建てた。毎日の朝と夜、女神セレン様に祈りを捧げることが家族と使用人の義務となった。女神セレン様を崇拝しない者は、この屋敷にはいられない。当然だ。当主と奥方と嫡男が、女神樣の奇跡を目の前で見たのだから。
 女神セレン様の癒しを頂けなかったら、死んでいたに違いない。その『女神の光』が、目の前に顕現しているのだ。なんということだ⋯⋯。
 レオンが人差し指を伸ばすと、ヒュイイイィィィィィィ⋯⋯⋯⋯という音と共に指先に白銀色に光る三センチほどの玉が現れた。金の粒が混じり、なかなかきれいだ。光る玉がくっついた指先を女騎士の肩に当て、ゆっくり傷に沿って動かす。かなりの深手が、人差し指の動きとともにふさがり消えてゆく。
「よしっ! もう痛まないだろ? 傷痕も残らないぞ」
「ほ、本当だわ。傷が消えた? そ、それは?」
「キズ治しが特技でな。女神や聖女と違って二人か三人しか治せないし、大怪我や病気には効かない。でも、便利だよ」
 生命の危険の無いような傷しか治せないのだから、そう大層な特技でもないと思う。
 隊長らしい男が、目を見開いて寄ってきた。額に汗をかいている。
「め、女神? あ、あなた様は⋯⋯いったい?⋯⋯女神の光⋯⋯?」
 こんな特技は、手品みたいなものだが。驚きすぎじゃないかなぁ。それに囚人護送馬車に監禁されているのに、「あなた様」とか?
「ははは⋯⋯。女神やマリアにくらべれば全然です。小さな傷しか治せません。この技は、ちょっと前に死んだ時に、セレンにもらったんです」
 死んだ? 女神セレン様にお会いした? 直々に神力を授けられた? 驚愕に隊長の脚の震えが止まらない。
 あっ! 王女殿下の御傷を癒していただくことは⋯⋯? 懇願する。
「なにとぞ、その神力をお使いになり、我がフランセワ王国第三王女、ジュスティーヌ・ド・フランセワ殿下の御傷を癒していただきますよう。どうか、お願いいたします」
「はあ? あぁ、いいよ」
 他人に跪拝されたのは、聖女だった時ぶりだ。鍵を開けて護送馬車から降ろされ、姫サマが治療を受けている天幕に向かった。
 天幕に入ると、包帯で顔をグルグル巻きにされた姫サマが寝かされていた。枕元でアリーヌ侍女ちゃんが、真っ青になって座り込んでいる。
「包帯を外して傷を見せてくれ」
 うあ~。元がすげえ美人だから、顔面をザックリやられると、なおさら悲惨だなぁ。意識はあるが泣くでも騒ぐでもなく、青ざめた顔で黙ってじっと横たわっている。若い女が、この怪我で騒ぐでもなく落ち着いている。たいしたもんだ。好きなタイプだぜ。
 すぐに治してやろう。手を伸ばしたらオレの方を見た。
「⋯⋯馭者と護衛騎士たちは、⋯⋯どうなりましたか?」
 ああ、騎士のやつらが言ってたっけ。
「馭者の死体を見なかったのか? 護衛の女騎士は、二人とも殺されてたってよ」
 ツーッと姫サマの目から涙がこぼれた。権力者のわりに、少しは良心が生きているようだ。女騎士たちが強姦されてたことは、言わないでおくかね。
 人差し指の先から、銀玉を出す。
 ヒュイイイイイィィィィ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
「それは? なにをなさるのですか?⋯⋯」
 隊長さん。おそろしく畏まって口上を述ベる。
「王女殿下。女神の光の癒しにございます。どうか、お心を騒がせませぬよう」
 ヒュイイイイイィィィィ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
「⋯⋯女神の光? 放っておいて下さい。わたくしは、死んだ方がよいのです⋯⋯」
 王女サマが弱々しくつぶやいた。この光は、そんな大層なものではありませんよっと。それに、その程度の傷じゃあ死なないよ。アンタの顔面に傷が残ったところで、死人が生き返るわけでもあるまいに。
 ほっぺたに指をかざし痕をなぞると、ものの一分で跡形もなく傷が消えた。もう痛みもないはずだ。
「おお!」とか「ああ!」とか「奇跡だ!」とかいう感嘆の声が聞こえた。礼の言葉も浴びせられた。病気治しの感謝の言葉は、今まで何百万回となく聞いてきたから、もういいよ。それより、困った。
「どうやって、聖都ルーマに行ったものか⋯⋯」
 隊長さんが、やってきた。
「お待ち下さい。あなた様は、野盗どもを斬り伏せ、王女殿下をお護りしたうえに、奇跡の御力で王女殿下の重傷を癒されました。そのようなお方を、どうしてこのままルーマに出立させられましょうか。我らが警護し、王都パシテの王宮にご案内させていただきます」
「オレは、ルーマに行きたいんですよ。でも、困ったなぁ。持ち金からパンツまで、ぜーんぶ焼けちまった」
 自分で宿屋に火をつけたんだけどね。火を放たなきゃ死んでたし⋯⋯。まいったなぁ。
「それでしたら、王族のお命を救ったのですから国王陛下より直々に爵位を賜り、報奨もいただけるかと」
「爵位? そんなものいらない。でも、報奨かあ⋯⋯。おっ! だったら、今カネを下さい。なあに。ルーマにたどり着けるだけあればいい」
 全員が耳を疑った。回復したジュスティーヌ王女が、気丈にも立ち上がり、言った。
「剣士さま、おねがいでございます。どうか、わたくしに王都パシテまで、ご案内させて下さいませ」
 再び全員が耳を疑った。あの心優しくも気高い生まれながらの王女。その美しい容姿も相まって、「女神にもっとも近い女性」とされるフランセワの白い薔薇・ジュスティーヌ第三王女殿下が、こんな得体の知れない男に、これほどへりくだるとは⋯⋯。
 さらに、またまた耳を疑う。レオンが、心底嫌そうに返したのだ。
「王女サマは、少しお眠りになった方がよろしいでしょう」(*訳 いやだね。オレにかまわないで寝てな)
 練れた感じの副隊長が、あわてて割って入った。
「まあ、まあ、まあ、まあ、まあっ! 十人以上も死者が出ている事件ですので、それなりの調査が必要でして、どうしても王都パシテに来ていただくことに⋯⋯」
「殺ったのは十四人だ。⋯⋯で? そんなところに連れていかれるのは、嫌だと言ったら?」
 レオンが殺気を放った。野盗を大勢殺したばかりなので、気が立っている。問答無用で監禁されて腹も立った。剣は分捕ればいい⋯⋯。

 シ────────ン⋯⋯⋯⋯

 儀典用とはいえ、鎧甲をつけた十五人の騎馬隊が相手だ。殺れるのは、三人か、せいぜい五人までだろう。全員ぶっ殺して突破するのは、無理だよなあ。
「分かった。分かりましたよ。早く終わらせてくれよ」
 レオンの放つ殺気が消え、全員がホッとした。
「失礼ですが、お名前を」
「マルクス男爵家が三男、レオン・アルフォンス・ランソワ・ド・マルクス」
 そう言い捨てて、護送用馬車に戻っていった。


 襲われてピンチの王女サマ。たまたまオレが通りかかって、悪者をやっつけて救う。それから、顔につけられた傷も治す。出来すぎてやがるよなぁ⋯⋯。
 弥勒五十六の手引きだろうな⋯⋯。女を利用して権力に近づけってか? 仮にも菩薩のやり方にしては、ちょっと違うんじゃないかね。弥勒のやつ、女神と聖女の連続殺害で、人間に絶望したか~? とりあえず苦情を申し立てよう。

“よう、嶺風。大活躍だったな。オレは、女なんか利用してないぞ”

 やっぱり見てやがったな⋯⋯。
「出来すぎてるじゃないかよ。おまえの手引きだろ?」

“馭者の出血を止めて宿屋までもたせた。それだけだ。他はなにもしていない”
 うーん⋯⋯。弥勒菩薩は嘘をつかない。

“それよりな⋯⋯。あの王女、おまえを相当気に入ったようだぞ”

「白馬の王子サマってか。バカバカしい。残念だったな。オレは権力者が嫌いだ。生き残った野盗どもを制圧して、山岳ゲリラの頭目をやろうかと考えてる」

“うーん。あの女は、頭が良くて知的好奇心が旺盛だから、現代知識を教授してやったら、ますます惚れられるぞ。そっちの方が革命の早道じゃないか?”
 
「惚れっぽい女なのか? あの顔で国王の娘ならモテるだろ」

“野性的で、若干暴力的で、自分を王女サマあつかいせず、ガッチリした体格で、おまえみたいな顔が好みなんだな。そんな男は、王宮いないだろ? 命の恩人だしな”

「権柄ずくで『ワタクシの男メカケになりなさい』とか命令しやがったら、ムカついて斬っちまうかもしれない。⋯⋯イライラする」

“まあ、好きにしろ。でもな、あの女の『好き』という気持ちに偽りはないから、わざと傷つけるような真似はすんなよ”

「ちっ。分かったよ」
 菩薩のくせに、見合いをすすめる親戚の小母さんみたいになってきた。通話を打ち切った。

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 護送用馬車には、もう鍵をかけられなかった。飛び降りて逃げちまおうかとも思ったが、ズラかっても文無しじゃあ日干しになるだけだ。逃げられやしないとでも思ったんだろう。ふん!
 さっさと報奨とやらを受けとって、聖都ルーマに行こう。前世の聖女の時に殺されてから二十年ぶりの帰還だ。『ファルールの地獄』で街がどう変わったか、変わってないのか? 直接見てみたい。やり残した仕事もある。⋯⋯あの野郎ども、ぶっ殺してやる。
 退屈だー。苦しいことや痛いことも大キライだが、退屈が一番苦手だ。騎馬隊は、王宮を出て二昼夜かけて丸焼け宿屋に着いた。帰りは、王女サマを乗せた大名行列になった。これじゃあ王宮到着まで、一週間はかかりそうだ。
 食事や泊まりは、本街道沿いの宿場町を利用する。一行は、王女サマを筆頭に、騎士も侍女もみーんな王宮勤めのお貴族サマだ。⋯⋯ああ、オレも下級とはいえ一応貴族か。バカバカしいっ!
 王女サマは、最上位貴族用の一番上等な宿の貴賓室をとり、侍女ちゃんと個室でお食事あそばされる。下々の者には、顔も見せやしねえ。騎士連中は、テーブルマナーのとりすました食事をとる。食事中は口をきいちゃイケナイとか⋯⋯。オレは、元は田舎男爵の三男で、元の元の元は過激派学生だったから、愚にもつかないとしか思えない。そういや空港反対集会で組織がまとめて注文した弁当を食っていたら、「そんな豪華な弁当はブルジョワ的だ」とか難癖をつけてきたバカなセクトがあったっけな。

 つまらないので、宿場町をブラブラすることにした。先立つものが必要だー。なぜかオレを崇めているみたいなラヴィラント隊長に、泣きつくことにした。
「あのー、すいません。カネを貸して下さい。報奨が出たら返しますんで」
 この隊長さんの畏敬と恐怖に満ちた目つきは、なんなんだろう?
「はっ、お貸しします。何にお使いになるのでしょうか?」
「ここは宿場町ですよ? へヘへ⋯⋯。遊びですよ。アソビ!」
「へっ? えっ? どういった? いや⋯⋯。どうぞ」
 財布袋を丸ごと渡してくれた。気前がいい! 五十万ニーゼも入っとる。五十万円分くらいか。うひょう! こりゃあ、遊べるぞお。
「ああ、そうだ。剣を返して下さい。悪所をフラつくんで、護身用に一応」
「それは⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
 剣は返してくれなかったけど、護衛兼監視役がつくことになった。ローゼット女性騎士が、ついてきてくれることになった。丸焼け宿屋の前で、肩の傷を治した女だ。チーターっぽい顔をした『キリッと美人』だ。
 あそびだ、あそびだ~! わくわくわくわくっ!
「ローゼットちゃん。今晩は、よろしくな~」
 オレは、いたってゴキゲンなのだが、ローゼットちゃんは不機嫌だ。
「ローゼット騎士と呼んで下さい」
「美人さんだね~。なん歳?」
「二十二ですっ」
「若く見えるね。この世界では、結婚適齢期は十五から二十歳と聞いたが?」
「この世界⋯⋯? 私は、もう結婚しています」
「へーっ、見えないねぇ。もう、ガキは産んだの?」
 にらまれた。オレが前世を生きた一九七八年の日本には、セクハラって言葉はなかったから、意識が低かったのかもしれないね。
 近くの安宿で玄関先の掃除をしていた男に、ちょっと小銭を握らせて情報収集だ。
「いやぁ。でも、女連れじゃあ⋯⋯」
「いーの、いーの。護衛だから」
「⋯⋯? ハハハ⋯⋯面白いアンちゃんだ」
 楽しそうな見せ物小屋の情報を仕入れた。突撃だあ!
 場末のエロの臭いがプンプンする悪所にたどり着いた。俗悪な色彩のハダカ女の看板が掛かった、エロの臭いが漂ってくるような小屋に入る。ローゼット夫人騎士(二十二歳・貴族)も、ちょっとためらってから、シブシブついてくる。職務に忠実だなぁ!

 ひーっ、おかしかったなぁー! おマタにラッパを当てて鳴らしたり、吹き矢を飛ばして標的に当てたり、最後に小鳥を産んで飛ばしてみせるとか。おヒネリを投げて、拍手喝采! 大喝采! 腹がよじれるかと思ったよ~。逆にローゼット夫人騎士は、どんどん不機嫌になり苦虫を噛み潰したような顔になった。
「ローゼットちゃんの旦那の爵位は? エライの?」
「子爵っ!」
 怒ってらぁ。うははは! 子爵夫人が男と場末のエロショーを観賞⋯⋯。あー、おかしー!
 つぎは酒だ。酒っ! 地元の人たちで賑わっている大衆酒場にまぎれ込んだ。オレはともかくローゼットちゃんは、貴族顔だから目立つよなぁ。しかし、場をシラケさせたらイケナイっ! 隊長から借りた財布袋から三十万ニーゼくらい鷲掴みにして、ちょっとカワイイ給仕の女の子に渡した。
「よう、カワイイね。こんだけ分、呑んでるお客さんたちにふるまってくれや」
「こんなに~? すごぉい! 景気いいのね~」
「どうやら王サマが、カネをくれるらしいからなっ。ワハハハハハ!」
「? あら~、お兄さん、カッコいいわぁ。お金持ちだしー。気に入っちゃったぁ。お店閉じたら、アタシの家に泊まらない?」
「おぉ、イイねぇ。店じまいしたら、声かけてくれよな」

 常連客は、気のいい連中ばかりで盛り上がった。タダ酒にありつけて喜んでいたしね。
 やんや!やんや! ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!
「野盗づれをふたりー、ブッタ斬ってから~、宿の中に撤退っ! 油壺を蹴り倒しぃ、油ですべって転ぶ野盗どもをぉ、手当たり次第に斬りまくって~、建物に火を放ったっ! 燃え上がる中で~。やろー、機動隊め~。火炎ビンを食らえー! 人民抑圧空港粉砕! 悪の機動隊から王女サマを救うべく~、⋯⋯あれ、たたかう農民と連帯だろ。⋯⋯なんだ、あの王女オンナ。自分のお遊びのせいで馭者と護衛を三人も殺したくせによう。スカしやがって。後悔した演技で、お涙ポロポロってか? ブァッハハハハハハ!」
 オレの講談は、酔っぱらいどもに大受けだ。だんだん青ざめてきたローゼット女性騎士に、絡むやつまで現れた。
「面白いカレシだね~」
「くっ、ころ⋯⋯」
 プルプルプルプルプルプル⋯⋯。
 なんだかふるえてらぁ。オレも、からかったれ。
「アンタだって、毎晩ダンナに可愛がってもらってんだろ~。夫婦なら当たり前だよな~。子爵夫人ヅラして、スマしやがってよぉ。ヒック! なんなんだよぉ。今晩はオレと楽しくやろーぜ」
「ぶっ、無礼者っ!」
「子爵夫人ヅラ」のあたりで、「こんなところに貴族がいるわけねーだろ」と、酔っぱらいどもに大受けだ。
 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!
 あ、子爵夫人、顔を真っ赤にして剣を抜いた。
 オレも、転がってた土瓶をつかむと間髪入れずにローゼットちゃんの剣を下から叩き上げた。剣が手を放れ、天井に突き刺さる。

 ダンッ! ビイイイィィィン!

 シ─────────ン⋯⋯

 いかん! ここでみんなをシラケさせるわけにはいかないっ。テーブルにはい登った。
「わははは! 芸だよ、芸っ! しょくーん! まだ呑み足りねーか? よーし、王サマからのおごりだー! カネはあるぞーっ! 呑めーっ!」

 ワ────────────ッ!

 ドンチャン!ドンチャン!ドンチャン!ドンチャン!ドンチャン!

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あー、面白かった。
 楽しい時間は、アッという間だな~。閉店時間になったら、さっきの給仕の女の子が寄ってきた。
「ねーん。アタシの家に泊まってくれるのぉ?」
 うはは⋯⋯。約束を守る子だよ~。
「おう。泊まる、泊まる」
 任務に忠実なローゼットちゃんは、色をなした。
「ちょっ、待って下さいっ!」
「すぐに剣を抜いてオレをコロそうとする子爵夫人はぁ、コワいから~いやだ~。女の子の家を確認したら、王女サマのところに帰りたまえ~。それとも三人で楽しむかぁ! ダーッハハハハハハハ!」
「やだー、もうっ。お兄さんたらぁ。じゃ、いこー♡」
 面白がった酔っぱらいどもが、ヤジる!ヤジる!
「カレシが、他のオンナのところに行っちゃうよ~。ゲラ!ゲラ!ゲラ!」
 高慢で虫の好かない女が、居酒屋の看板娘に男を取られたように見えたらしい。
 ベレンベレンに酔っぱらったまま、女の子の家に上がり込んだ。ローゼットちゃんは、途中までいたような気がする。⋯⋯どこまでついてきてたんだろう?

 翌日の朝食の食堂に、ジュスティーヌ王女殿下がお出でになった。食事中の騎士たちをご覧になり、
「レオン様は、どちらにいらっしゃるのですか?」
 昨夜のレオンのご乱行は、怒り狂ったローゼットに、全員が聞かされていた。
「うっ」
「うっ」
「うっ」
「ううっ」

 シィ──────────────────ン

「まさか、レオン様と食事を分けているのですか?」
 ラヴィラント隊長は、あわてた。
「いいいいいえ、いいえ。決してそういうわけでは⋯⋯。レオン殿は、こういう食事の場をお好きではないようでして。えー、昨日の夜から外に行かれております」
 超美人の金髪王女様、青緑の目を細めてツイッと騎士たちをながめる。たちまち騎士連中がなにか隠していることがバレた。
「命令です。レオン様のいらっしゃる場所を、お教えなさい。⋯⋯アリーヌ。すぐにレオン様をお迎えにあがるように」
 その場にいた騎士たち全員が思った。

『うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!』

 貧乏くじを引く羽目になったアリーヌ伯爵令嬢・王宮侍女とローゼット子爵夫人・王宮親衛隊女性騎士が、ジルベールという王宮親衛隊騎士を護衛につけて酒場の女給の家に向かった。十分ほどで、どんな街にもある薄汚れた一角の粗末な下宿の前に着いた。
 こんなキタナイ場所を歩いたことのないアリーヌ伯爵令嬢が、ローゼット子爵夫人に尋ねた。
「本当にこんな所に、レオン様がいらっしゃるのですか?」
 ローゼットが、吐き捨てた。
「間違いありませんっ!」
 作法にしたがいアリーヌは、薄汚れたドアを品よくノックする。
「あーい⋯⋯」
 半裸の女が扉をあけた。若くてかわいい⋯⋯けれども、ちょっとお下品な雰囲気だ。
「おにいさーん。お迎えだよー。あんた、本当にエラい人だったのぉ?」
 こちらもパンツ一丁で半裸のレオンが出てくる。ヨレヨレの二日酔いだ。
「んなわけねぇだろ⋯⋯っと。こりゃあ、来てくれてワリぃなぁ」
「ねえーん、また遊びに来てくれるぅ?」
 半裸のオッパイを、スリスリスリスリスリスリスリスリ~。
「うははは! こっちに来たら、また寄らせてもらうよ。じゃあなー」
 女の子が唇をとんがらせる。
「あーん! ねぇん、お小遣いわぁ?」
「いけねぇ。忘れてた。ほら、受けとんな」
 隊長の財布袋を丸ごと渡す。中を見て女の子が目を丸くした。
「こんなにもらっちゃって、いいのぉ?」
「いいの、いいの。また来た時は、サービスしろよな」
「きゃーっ! サービスしちゃうー。あーん! 大好きぃ!」
『ムチューッ』と頬にキスをする。それを二人の女性貴族が、氷山のように冷たい目で見ていた。

 シ─────────────────ン

 早く連れ帰ってこの者から離れたいが、この下劣でいやらしい男は、二日酔いでまっすぐ歩くこともできない。怒りを抑えきれなくなり、アリーヌ侍女が、とがった声を出した。
「いつもっ、あのようなところにっ、入りびたってっ、いるのですかっ? けがらわしいっ!」
 ヨレヨレヨレヨレヨレ~~
「頭にひびくから~、キンキン声を止めれ~。いつもじゃねぇや。ヤらしてくれる女がいる時だけぇ。ウハハハ⋯⋯。うぅっぷ!」
 アリーヌ「くっ」
 ローゼット「くうっ」
 ジルベール騎士「⋯⋯⋯⋯⋯ククッ⋯」
 アリーヌが、ぶち切れた。
「あなたはっ、ジュスティーヌ様に、申し訳ないと思わないのですかっ!」
「はああ? ゲスヘッペさまぁ?? ダレだよぉ、そいつはぁ~? きのうのオンナかぁ? うえっぷ!」
 道ばたによろけていって盛大に、ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲ~~!
 アリーヌ「ひっ、いやっ!」
 ローゼット「うぅぅっ」
 ジルベール騎士「⋯⋯⋯⋯⋯プッ!」

 十年以上も王女の侍女を務めていただけあって、アリーヌ伯爵令嬢は、気が強くて潔癖だった。いかがわしい女の家に泊まり⋯⋯おカネを払って⋯⋯売春まがいの⋯⋯なんてことを⋯⋯!
 不潔! 下劣! いやらしいっ! きたないっっっ!!
 アリーヌ侍女は、まだ若い二十歳の伯爵令嬢である。下々の風俗について、よく分かっていなかったが、レオンのしたことがそういう行為だというくらいは分かる。
 ああ、姫さま。この男。ダメです。不潔ですっ! ふしだらですっ!
 侍女といっても、ジュスティーヌが六歳、アリーヌが七歳の頃から一緒だった幼なじみでもある。姫様の異性の好みも熟知していた。姫様は、洗練された貴族的な男性には興味がなかった。野性的で粗暴な無頼漢のような者が好きなのだ。なぜですか? 姫様は、異性の趣味が悪うございます。

 薔薇の花のような美貌と知性を持った優しく明朗な王女は、王宮で常に尊重されてきた。しかし、賢いジュスティーヌは、皆が敬っているのは、単に『王女』だということに、もう六歳の頃には気づいていた。「本当の自分を見てほしい」などと子供じみたことは、決して言わなかった。王族の義務として、完璧な『王女』をずっと演じてきた。虚像にすぎない。本当はどこにもいない幻の王女だ。
 そんな自分に辟易しているジュスティーヌなので、好む異性はこんなタイプだ。まず、王女という肩書きに価値をおかない男。王女にへつらったりしない男。腕をつかんで女を引っ張るような強引な男。そして、野性的で暴力の臭いのするような男が好きだった。
 フランセワ王室の至宝としてジュスティーヌは、ガラス細工を扱うように育てられ、常に人々の目にさらされ、理想の王女を演じてきた。演技のはずの完璧王女の人格は、ジュスティーヌの内面に固着し、もう第二の人格にまでなっていた。
 人格が歪むほどの強いストレスを長年受けて、ジュスティーヌの心は疲れていた。なまじ美貌は本物だけに、一層注目を浴びてなお疲れた。
 レオンに冷ややかにあしらわれたり、なぜか反感を示されることに奇妙な喜びを感じる倒錯した性質は、常に王女を演じて崇められることで崩れた精神のバランスをとるための無意識だ。レオンが現れるまで、ジュスティーヌに無関心でいられる者は皆無だった。
 王宮には、長身で金髪碧眼の洗練された貴族が多い。婚約者候補だった美形貴族青年たちに、ジュスティーヌはすっかり食傷していた。彼女の好きなタイプ容姿は、ガッチリした体つきで黒髪黒目。お洒落なんかには無縁で、無精ヒゲが似合うような人がいい。粗野でも腕が太くてたくましい人。乱暴でも強い人が好き。⋯⋯⋯⋯つまりレオンだ。
 家出同然に王宮から出なければ、ジュスティーヌがレオンのようなタイプの男と出会うことは、決してなかった。理想の人と出会えたジュスティーヌは、たちまち心を奪われてしまった。
 十年以上の付き合いになるアリーヌは、だめんず好きのジュスティーヌがレオンに強く惹かれていることに気づいた。レオンは、ガサツで恐ろしい人に見えるけど、一応は貴族だ。それに野盗から姫様の命、それに私の命も救ってくれた。でも、でもぉ⋯⋯。
 最近はますます美しくなり、レオンの話題となるとさり気なく聞きたがる。こんな姫様の様子に、「たとえ身分違いの恋だとしても、精いっぱい応援させていただきますっ」。忠義なアリーヌは、そんな決心をしていたのに⋯ですがぁ⋯⋯あぁぁぁぁ⋯⋯。
 あの男は、だめすぎでございます! だめだめですっ!

 最高級宿に戻ると、アリーヌは報告に飛んでいった。
「レオン様を、先ほどお迎えにあがりました。お泊まりになっておられたお家をノックしましたら⋯⋯⋯⋯。その、卑しい身なりの若い女が出てまいりました」
 ジュスティーヌが、ピクッと微かにふるえた。アリーヌでなければ、気づかなかっただろう。
「若い女? 卑しい身なりとは?」
「⋯⋯み、みだらな下着姿でございました。その後から同じく下着姿のレオン様がいらっしゃいました」
 自制心の強いジュスティーヌの目が少し開いた。付き合いの長いアリーヌには、王女がひどく衝撃を受けているのが分かる。
「レオン様は、その家にお泊まりになったのですか?」
「はい。レオン様から、そのようにお聞きしました」
「⋯⋯その女性とレオン様は、ご結婚なさっているのですか?」
「い、いえ。そういうことでは、無いようでございます」
「では、なぜ若い男女が、ひとつ屋根のもとで一晩すごすのでしょうか?」
「あ、あの。結婚せずとも、男女が閨をともにすることがあると、仄聞したことがございます」
 ジュスティーヌは、びっくりしてしまった。
「まぁ! それでは赤子ができたら、どうするのですか?」
 元々貴族お嬢様のアリーヌにも、そんなことは分からない。実際は、貴族だって隠れて遊ぶくらいはしているし、セレンティアにはピルに似た避妊薬がある。
「さぁ。下々のことは⋯⋯わたくしには、分かりかねます。ただ、その⋯⋯。レオン様が、みだらな娘に金子を渡しているところを目撃いたしました」
 ジュスティーヌ王女は、あまりにも育ちが良いので、カネを見たことがあるかどうかさえあやしい。当然『売春』という言葉さえ知らない。そのような商売があることすら、想像の外なのだ。
 ?
「えと、えと、えっとですね。その⋯⋯。いやしい生業の者が、金子を受け取ってフケツな行為におよぶ商売があると聞いたことがございます」
「? フケツな行為とは、どのようなことですか?」
「そのっ、その⋯⋯。しっ、失礼いたします。赤子ができるような、男女の営みにございますっ!」
 !
 顔を真っ赤に、なんとか婉曲話法を駆使して、どうにかこうにかアリーヌが『売春』の意味を伝えると、ジュスティーヌ王女は、絶句した⋯⋯。

 最初は、タイクツでたまらなかった護送?同行?連行?旅行?も、大尽遊びをすることを覚えたら、面白くて仕方なくなった。隊長さんからカネを借りなくても、王女殿下救出のために潤沢な行動費が支給されているらしい。そいつを拝借して遊びまくった。
 レオン=新東嶺風は、革命的左翼を自称していたくせに、女を買うわ飲み屋で大騒ぎするわで、呆れられるかもしれない。これにはちょっとは気の毒な理由がある。

 弥勒を通じて前世の世界の事情が伝わってきた。あっちでも管制塔に赤旗が翻ってから二十三年が経っていた。二十一世紀には、日本の左翼はもう壊滅状態⋯⋯。レオンが命を賭けた空港反対闘争も、くだらない分裂と内ゲバでグダグダになってしまっていた。
『空港開港が内政の最重要課題』としていた当時の福田内閣を、空港包囲・突入・占拠闘争の勝利によって揺さぶり、追いつめる。実力で開港を粉砕した事実を掲げ、人民がたたかえば勝てることを実証した。大衆的実力闘争と戦闘的な労働運動を結合させ、社共や内ゲバ党派に取り込まれていた人民大衆を引きつけ、極東解放革命 ─ 急進主義統一戦線に結集させる。真にたたかう革命党と運動を組織する。東アジア革命と日本革命。そして、世界革命の実現に向かって前進する。
 大衆の革命性を信頼しすぎたのが、失敗だったのか⋯⋯。開港阻止決戦の大勝利でも、大衆は急進化しなかった。管制塔を破壊したまでは良かったが、それだけだった。結局はエピソードで終わり、開港が二カ月延びただけだったのだ。
 この事件で組織は、徹底的な弾圧を受けた。逮捕者が二百人を超え、逮捕容疑が無くても警察の『訪問』で職を失う者が続出した。管制塔を破壊した仲間は、実に十年もの懲役を食らった。そのなかの一人は、拘禁反応からくる発作で自殺してしまった。
 さらに内ゲバ党派が、空港反対闘争の主導権を奪おうと言いがかりをつけ、テロ部隊を使って深夜に鉈やハンマーを使って襲撃をかけ、八人の仲間が片足切断や頭蓋骨陥没などの重傷を負わされた。これは氷山の一角で、全国の学園で大勢の人が襲われ大怪我を負うことになった。
 トドメに、バカな野郎が団結小屋で強姦事件を起こして大問題になり、その処分や責任問題をめぐって党は分裂した。とうとう第四インターナショナル国際大会で日本支部は組織ごと除名され、レオンの古巣は消えて無くなってしまったのだ。
 万余の怪我人や逮捕者、それに多数の死者を出した三里塚空港反対闘争。あのたたかいは、いったいなんだったんだ? オレは無駄死にだったのか?
 そういうわけでレオンは、もうすっかりやさぐれてしまっていたのだ。

 ラヴィラント隊長は、困惑していた。
 ジュスティーヌ王女殿下の傷を一瞬で消しさった癒しの神力。レオン殿が女神セレン様の祝福を受け力を授かったことは、揺るぎない事実だ。女神セレン様とお会いし、言葉をかわしたということも本当に違いない。ならば、レオン殿は女神セレンの眷属ではないか!
 神の御言葉を疑ってはならない。神のご意志に背いてはならない。ラヴィラント隊長は、そう固く信じていた。あの限りなく賢いジュスティーヌ王女殿下も、おそらくレオン殿を女神の眷属とお考えになられているはずだ。
 しーかーしー⋯⋯。女神の眷属にしては、レオン殿は、あまりにも荒っぽくて俗だった。騎馬隊の行動費を持ちだしては、大衆酒屋で毎晩ドンチャン騒ぎをして安売春宿に泊まり込む。ひどく荒れており、自暴自棄になっておられるように感じられた。女神の眷属が、そのような姿をお見せになるとは、いったいどういうことなのだろうか?
 レオン殿は、人なつっこいというか人タラシというか、やはり常人ではなかった。アッという間に若手騎士たちを手懐けて、夜遊びに連れ出すようになった。若手騎士といっても、王宮勤務の貴族の子息である。居酒屋でのドンチャン騒ぎはともかく、売春宿に引っぱり込むのは、隊長として苦情を申し立てる義務がある。しかし、レオン殿は女神の眷属なのだ⋯⋯。なにか深いお考えが、⋯⋯あるわけない。困った。
 王女殿下を救援するために編成された騎馬隊なので、十五名の隊員内に女性騎士が五名もいる。レオン殿のおかげで、その女性騎士と若手騎士の雰囲気が悪くなってしまった⋯⋯。困った。
 神界の女神の眷属だからなのだろう。レオン殿には、人間界の権威に対する尊敬の念のようなものは、ほぼ感じられない。今日も借金にきた時に、
「王サマがケチでカネをくれなくても、無料の勲章くらいはよこすハズですよ。いざとなったら、売り払って借金を返します。いくらで売れますかねぇ?」
 そんな不敬なことを真顔で言われ、アタマを抱えてしまった。謁見の場でこんなことを放言したら、王室不敬罪で連行されてしまう。しかし、女神の眷属を逮捕したら、神罰が下るのではなかろうか? そうだ! レオン殿をお連れした私が逮捕役をやらされて女神と王家に忠誠を誓ってきた名誉あるラヴィラント伯爵家に、女神の眷属を迫害したという汚名がついたらどうする? 困ったっ!
 明日は、いよいよフランセワ王国王都パシテの王宮に到着だーがー。うーむ。どうにも心配でならない。
 そこでレオン殿たちが、ドンチャン騒ぎをしている居酒屋まで様子を見に行くことにした。そんなところに王宮付きの伯爵が出入りしているのを見られたら、スキャンダルになるような場所なのだが。
 レオン殿は、金髪碧眼の美青年騎士と肩を組んでいる。フォングラ侯爵家の子息だ⋯⋯。あああ⋯⋯やめて~。
「ワハハハハハ! おまえら税金をむしり取られてるだろ? これはなぁ税金から出たカネだー! みんなー! 取り返すつもりで呑めー! 呑めー! 奪還だーっ!」
 平民どもに大受けだ。うぅっ⋯⋯⋯⋯⋯⋯アタマが、痛い⋯⋯。
 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!
「ジルベールよぉ、きのうは楽しかったなぁ。これから売春宿に行こうぜっ!」
「いやー、きのうは参りましたよー。センパイ。あのオンナときたら、もう。えっへっへっへ」
 フォングラ侯爵家の子息が、おかしくなってる! あんなに真面目な好青年だったのに。
「よぉし! じゃあ、くり出すかぁ。なに? この店の子とお泊まり可能? あの酒を運んでる女の子とも? ホント? 泊まれる? ⋯⋯オレ、あの子にした!」
 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!
 なぜか拍手喝采。「ピュー!ピュー!」などと口笛が飛んだりする。
 ヨロヨロと立ち上がるとレオン殿は、ジルベール・ド・フォングラ騎士に財布袋を投げた。百万ニーゼは入っていたはずだ。
「ワリぃな、こいつで払っといてくれ。はははは⋯⋯。いいから全部つかっちまえー!」
 片手に酒壷をぶら下げて、カーテンで隠されていた奥の扉をくぐり、レオン殿は、アイマイ女のところに消えていった。

 この任務では苦労ばかりしている隊長だが、代々王室警護を担ってきたラヴィラント伯爵家の家長である。マルクス男爵家のような田舎貴族などとは比べものにならないほど家格が高く、王室に近い名門の出身だ。『女神の癒し』で事故の大怪我から回復し王宮に入り、二十二年も王宮親衛隊に勤めてきた。
 王宮親衛隊は、儀礼兵の役割も担う。国内外の王族、貴族を多く見てきた。もはや人間ではない女神セレン様を別格とすれば、隊長・ラヴィラント伯爵が知る最も美しい女性は、赤子のころから十九年も見ていた見ていたジュスティーヌ第三王女殿下だった。おとなしいタイプの美人が多い貴族女性の中で、ジュスティーヌ王女殿下は、白い薔薇のように美しかった。王族の威厳を備えているが下々に優しく、性格は明朗快活だが、考え深く知的だった。欠点といえば幼少期に「おてんば」などといわれたが、貴族以上に騎士である隊長には、その活発さも好ましく見えた。
 王族という以上にその類いまれな美貌から、婚姻が許される十五歳に達すると、外国の王族も含めて無数の縁談が舞い込んできた。ジュスティーヌ王女殿下が、結婚にまったく興味を示さなかったのは、あの知性と行動力に釣り合うような相手がいないからだと隊長は考えていた。
 第三王女という、王位継承とほぼ無関係なお立場だ。聖都ルーマ巡礼に出られたとは聞いていたが、たった二騎の護衛しか伴わず、国王陛下のお許しを得ていなかったとは⋯⋯。
 急行した先で、顔面血だらけで昏倒しているジュスティーヌ王女殿下を発見した時には、目の前が真っ暗になる思いがした。いったい何人のクビが飛ぶのか⋯⋯。国王陛下は温厚な方なので、『死刑』ではなく『職を失う』という意味ではあるが。
 隊長は、ジュスティーヌ王女殿下の護衛とともに最重要の任務として、レオン殿の言動をつつみ隠すことなく報告文にまとめ、早馬で王宮に届けている。報告書は、どこにまで到達しているだろうか?

 隊長渾身の報告書は、フランセワ王国国王・アンリ二世の手許にまで届いていた。女神セレンに関わる件は、別格扱いなのだ。
 アンリ二世は、困惑していた。娘のジュスティーヌの出奔事件が、王族に対する傷害事件になり、ついには女神セレンの眷属らしき者の顕現事件にまで発展した。
 女神セレンの眷属?聖人?神使?が本物ならば、実に二十年ぶりの顕現となる。我がフランセワ王国に女神セレンの眷属が顕現されたことは、有史以来初めての名誉であり、大いに国威を高めてくれるだろう。
 しかし、このマルクス家の三男とやらは⋯⋯。賊を十四人も斬り殺して宿に火を放ち、大火の前でイビキをかいて眠り、高位の貴族女性を不倫に誘いセクハラし、良家の子息を誘惑して悪所遊びざんまい、そして連日の大酒。あまりにも⋯⋯女神セレンの眷属というには⋯⋯あまりにも違う⋯⋯。ひょっとしたら悪魔なのでは? だが、本当に女神の使いだったら、神罰が⋯⋯。強烈なものが下される。『女神の火』と、それより恐ろしい『ファルールの地獄』が⋯⋯。
 ジュスティーヌの大怪我を一瞬で癒したのは事実であろう。高位貴族である騎士や侍女が、何人もその瞬間を目撃している。十七歳の時に、実際に女神の癒しを受けて命をとりとめたラヴィラント伯爵が、あれは『女神の光』に間違いないと断言し、大感激しているほどだ。伯爵は、人格的にも能力的にも絶対の信頼が置ける人物だ。
 王宮親衛隊総隊長と騎士団長が揃って申し述べた。どれほどの達人であっても、真剣での斬り合いで倒せるのは三人が限界である。相手が野盗の類とはいえ、一晩で十四人も斬り伏せるなど、もはや人間業ではない。
 ⋯⋯やはり人ではないのか? しかし、そんなバケモノじみた殺人者が、王宮を闊歩するようでは困る。「王サマがケチでカネをくれなかったら、もらった勲章を売り飛ばそう」などという、あんまりなレオンの発言を読んで、国王は頭を抱えてしまった。
 温厚で賢明な政治家であるアンリ二世は、女神セレンの政治利用は危険であると判断した。もはや世俗の手には余る。望ましいことではないが、宗教権威による介入はやむ得ないだろう。神殿とは良い関係を保っておくべきだし、いずれはことが知れる。王家から『誠意』を見せて、あらかじめ神殿に女神の眷属らしき者が顕現したことを伝達する。とにかく神罰だけは避けねば。地獄の再現は、絶対に避けねばならない。
 フランセワ王国の宗教の最高権威であるアルコ神殿長に、至急の手紙を送った。前ぶれもなく国王から届いた手紙を一読して驚愕したアルコ神殿長は、急ぎ内容を筆写し、最速の早馬で聖都ルーマのバロバ大神殿長に急送した。各国の神殿は、セレンティアで唯一の国際組織であり、総本山である聖都ルーマの『女神セレン正教大神殿』と直に繋がっている。

 そんな時に、ジュスティーヌ王女救出騎馬隊が、王宮に帰着した。事件は、大袈裟につたわるものだ。女神セレン関係の情報は、厳秘だったので、レオンとジュスティーヌ王女に関するウワサが広がった。
『野盗に拉致されたジュスティーヌ王女殿下を、アジトに火を放ち三十人も殺しまくってお救いした流浪の剣士が、王宮に上がる。そいつはおそろしく腕が立つが、大酒飲みの殺人マニアで、ひどく好色な男だ。純粋な王女殿下は、たぶらかされてしまい、狂った殺人剣士をいたくお気に召したようで⋯⋯⋯⋯うんぬん』 

 ようやく王都パシテの王宮に到着したレオンは、侍女と護衛が張りついたやけに広くて豪華な部屋に監禁されてしまった。豪華部屋から一歩も外に出してもらえない。半日で、たちまち退屈した。
 王宮側としては、こんな人物に王宮内をフラフラされたら危なくて仕方がない。かといって、粗略に扱ったら神罰が怖い。豪華な部屋に入れてうまいものでも食わせて、チヤホヤおだてつつ実態は軟禁、という都合のよい綱渡りを選択した。
 レオンに女をあてがわなかったのは、内心の知れないジュスティーヌ王女を慮ったからだ。国王のお気に入りである第三王女も、神罰と同じくらい恐ろしかった。高級娼館から綺麗どころを三人もこっそり連れてきて酒といっしょに並べれば、レオンはしばらくゴキゲンだっただろうが、それはやらなかった。
 バロバ大神殿長の返信次第では、レオンをルーマ巡礼に出して厄介払いするつもりだった。とはいえ、うっかり女神セレンの意に添わぬことをしてしまい、女神の代理人である大神殿とトラブルになったらまずい。往復八日はかかる返信待ちである。
 旅装を解く間もなく王女救出騎馬隊の面々が、国王アンリ二世に召され、直々に事情聴取を受けた。
 若手騎士たちのレオンの評判は、最高だった。「腕っぷしが強くて楽しいオレたちの兄貴」「本物の男」「強いのに優しくて気前がいい」といった調子だ。女性騎士と侍女の評価は真逆で、「フケツ」「下品」「ふしだら」「酔っぱらい」などと、もう最悪だった。アリーヌ侍女などは、国王への直訴が罰せられるのを知っているのに、「あの男はっ、姫さまにふさわしくありませんっ!」などと、必死の思いで父王に直言するありさまだった。
 レオンの持ち物は、みんな焼けてしまっていた。剣くらいしか残っていない。取りあえず鞘から抜こうとしたが、抜けない。神力?と一瞬おびえたが、鞘の中で血が固まって抜けなくなっただけだった。柄と鞘を二人がかりで引っ張って、なんとかザリザリと血だらけ剣を引き抜いた。王室御用の研ぎ師を呼び、その剣を鑑定させた。
 研ぎ師は剣を仔細に検分して、「ほおおおおおぉぉぉ。これはまた⋯⋯」とため息をついている。剣に関しては専門といえる王宮親衛隊総隊長と騎士団長が、王に代わって下問した。
「自由に、思うところを述べよ」
「いやはや、恐ろしいお方もおられたものでございますな」
「どういうことか?」
「この細剣で、一時に十人以上も斬っておられますです。急所ばかりを狙って⋯⋯。わたくしは、何万となく剣を触らせていただきましたが、これほどの使い手は、初めてでございますよ」
「剣を見ただけで、分かるものなのか?」
「はい。それはもう。これほど躊躇なく命を取りに行った剣は、見たことがございません。それで、かえって分かりやすうございます」
「詳しく述べよ」
「近くを失礼いたします。⋯⋯ここにある刃の筋は、首を薙いだ跡でございます。三回は、やっておられます。こちらの刃こぼれは、喉を突いた跡でございましょう。こちらも三人以上は突いておられます。なんと申しましょうか、できるだけ軽い力で刃の切れ味を利用して命を取ろうとしておられます。剣先から続いているこの擦れ跡は、心臓を突く際にろっ骨に当たった跡でございます。二回は、心臓を貫いておられます。この背脂は、背中から心臓を突くと附着するといわれております。逃げる相手にも容赦がございません。こちら両側の刃に同じようなコボレがございます。目を貫くと眼窩の骨に当たって、両側に刃こぼれができます。両方きれいな対称です。動かない相手の目玉に向けて剣を逆手に持ってトドメを刺したものでございましょう。この先端の欠けは、足を止めるために太股を突き、大腿骨に当たって欠いたものでございます。こちらの大きな刃こぼれは、手甲に当たってできたものでございましょう。この当たり方ですと、相手の手首も半分ほど斬っておられます。このお方ならば、とどめをお刺しになったでございましょう」

 シ──────────────ン

「この剣の持ち主を、どう感じるか?」
「はあぁ。うぅーん」
「よい。申せ」
「⋯⋯凄まじいお方、でございます。真剣の斬り合いでこのお方に勝てる者は、この国にはおりますまい。人を殺すことに、まったく心を動かしておられません。できるだけ安全で容易に⋯⋯効率的と申しますか、最小の手数で斬ることを心がけておられます。恐ろしい方でございます。わたくしめのような小心者は、このように人を殺すお方にお目にかかりましたら、夜眠れそうにございません。⋯⋯はい。失礼いたします」
 野盗どもの死体の検死報告書の内容とほぼ同じである。王は、動揺した。これが癒しと慈愛の女神であるセレン様の眷属とは、到底思えない。王は、二十一年前の忌まわしい記憶を思い出した。罪深い神殺しの人類の前に、癒しと慈愛の女神が顕現することは、もうないのだろうか?

 セレンティア歴九一七年。神殿で人びとを癒されていた女神セレン様は、邪教徒の不敬により昇天された。直後に、『ファルールの地獄』が起きてしまった。
 慈悲深い女神セレンが再び地上に送られた聖女マリアまでもが、ファルールの手にかかり昇天された。あの時も、聖都ルーマから国境を越えて王都パシテ、そしてセレンティア全土に、伝染病のように『ファルールの地獄』が広がった。王宮内ですら忌まわしい地獄があった。そして『女神の火』。想像すると嫌悪と恐怖で、吐き気がする。

『人は、二度までも、女神を弑した。その時、女神の火で焼き滅ぼされていたならば、まだしも幸せだったろう。ファルールの罪は、あらゆる者の魂に刻みつけられた。滝のように流れる血をもってしても、あがなわれることはない。人びとは、永遠に弑逆の罪を背負い、女神の赦しがくだるまで、地獄の苦しみを受け続け、隣人の憎しみの恐怖を耐え忍ばねばならない。必要なだけ働き、残った時間はすべて女神に捧げよ』

 一部の神官や貴族層には、こんなことを言い出す者まで現れる始末だ。こんな厭世思想が社会全体にはびこったら、とても国の統治などできない。
 翌日、レオンの実家があるランゲル侯爵領に派遣した調査隊が帰還した。
 死亡してから三日めに生き返ったことなど、レオンの信じがたい言葉は、全て事実だった。地元の神殿の神官をはじめ、死亡を確認した医師、両親と兄弟姉妹など家族、マルクス家の使用人たち、あらゆる友人知人。本家筋のランゲル侯爵にまで証言を取ってきた。
 生き返ってからのレオンは、たしかに本人に間違いないのだが、かなり人が変わったと意見が一致している。アンリ二世を驚愕させたのは、レオンが棺から起きた際に初めて発した言葉だった。

「こんなとこで死んでたのか⋯⋯。女神に会ってきたよ」

 死んだ者が三日目に生き返り、「女神に会ってきた」と語る! 聖女マリアの時と同じではないか! 聖女マリアの再誕であろうか? やはり女神の眷属なのか? 社会にはびこる女神殺しの厭世思想を乗り越えて、再び人類は聖者を得たのか?
 そのようないわくの者が、たまたまジュスティーヌの危難の場に居合わせ、超人的な剣技で救出し、顔面の重傷を一瞬で癒した。⋯⋯これはいくらなんでもできすぎている。
 親だからこそ分かるが、十人の子の中で、美貌、知力、性格の強さ、慈悲深さ、そして行動力も最も優れているジュスティーヌは、レオンに心を奪われるだろう。ジュスティーヌの婿候補にも挙がっていたジルベールド・ド・フォングラ侯爵子息も、同じくレオンに心服している。これも女神セレンのご意志なのだろうか? しかし、それにしても、不敬であるかもしれぬが聖女マリアに比べてあまりにレオンは⋯⋯。
 エンゲル侯爵領の神殿神官は、すでにことの次第を書状にしたため、聖都ルーマのバロバ大神殿長に送っている。レオンは、元々聖都ルーマを目指していた。大神殿からは、フランセワ王国が王族まで使って女神の眷属を横から掠め取ったように見えるかもしれない。誤解無きよう、あらためて親書をしたためるべきだろう。
 万一にも、王都パシテで聖者弑逆が起きてしまったら、今度はフランセワ王国までもが滅亡しかねない。やはり女神セレン関係は、世俗の手に余る。
 ここは、「女神セレンとお会いしたと称するフランセワ王国貴族レオン・ド・マルクスを、本人の希望によって聖都ルーマにお送りする。ルーマ到着以後は、バロバ大神殿長殿の指導を仰ぐ」という線で進めるべきだろう。取りあえずは、バロバ殿の返書待ちだ。フランセワ王国の神殿とも連絡を密にせねばなるまい。
 自らも女神セレン正教の敬虔な信徒であり、穏健で有能な君主であるアンリ二世は、このように結論した。


 レオンは、王宮の豪華な部屋に監禁され退屈しきっていた。三日もするとこんな所から脱出すること本気を考えはじめた。実際にレオンは、悪いことはなにもしていない。野盗に襲われていた女たちを助けただけだ。なぜ拘束されねばならない?
 軟禁は、バロバ大神殿長の手紙が戻ってくるまでになるはずだった。しかし、貴賓対応担当の法服官僚貴族が、「たかが田舎貴族の小セガレが、王宮の上客間に泊めていただけるだけでありがたく感激しろ」と貴族意識を丸出しにして、なにも知らせずレオンを放置したのがまずかった。小バカにされ、ないがしろにされていることが、レオンにバッチリと伝わった。

 現代日本では、現行犯逮捕した者を警察が留置できるのは、二泊三日までだ。それ以上の拘束は、裁判所に検察官が勾留請求をして認められた場合、まぁ、たいてい認められるが、最長二十三日間留置所にブチ込まれる。その後、起訴されたら拘置所へ移送され、不起訴なら釈放となる。
 警察も留置所が荒れたら困るので、看守の警官が持ってきた『官本』を留置人に貸して退屈しのぎさせてくれる。政治犯は独居房が多かったが、雑居房に入れられたら、ヤクザや強盗や泥棒と大いに語らって『犯罪学』を学び、「監獄は革命家の最良の大学である」というどこかの革命家の金言を再確認できる。
 余談だが、『不法入国』の外国人を拘留する現代日本の入国管理局の収容所は、刑期もなければ本もなく他人と話しすることさえ禁じられる地獄で、精神に障害を負って半ば狂死したり、抗議のハンストのあげく餓死する者まで出ている。
 レオンも、同様の目に遭っている。だれも口をきいてくれず、なーんにもないこの豪華部屋の実態は、入国管理局の強制収容所と同様だ。することなく一日中ボーッとしている生活は、頭が変になりそうだった。このまま地下牢にでも移されて一生そのままなのか?などと、妄想みたいなものまで出てきた。空港反対闘争の仲間にも、長期投獄の拘禁反応の発作で自殺してしまった人がいた。
 移送期間も加えれば二週間もワケが分からないまま『不当拘束』されている。レオンのような男がこう考えるのは、当然だった。

 見張りを殺して逃げてやる。

 やろう、ナメやがって。見ていやがれ⋯⋯。看守をぶっ殺して金目のものを剥ぎ取り、夜陰に乗じて王宮を抜け出す。山から国境を越えれば山賊の解放区だ⋯⋯。ふっ⋯ふふふふっ⋯⋯。やれる。やってやるぞ。ざまぁみやがれってんだ。
 護衛と称する監視の騎士が、男女二人。入り口の前で立っていやがる。あとは、シャム猫顔美人の侍女とタレ目の侍女。なんでぇ。たった四人じゃねえか。剣が無くても、制圧するのはなんでもない。
 一番腕が立つのは女騎士だ。男騎士は大したことない。たれ目侍女は無害だが、一番厄介なのはシャム猫侍女だな。コイツには隙がない。隙がなければ作らせればよいだけだが。
 よーし、やるぞぉ。
 高級なでっかい部屋なので、立派な調度品が並んでいる。前世の聖女の時には、ガラス製品は大変高価な品だった。二十年後の王宮でも飾っているくらいだ。今でも高級品なんだろう。
 いくつも飾られてるガラス瓶でも一番デカくて高価そうなヤツを持ち上げて、侍女の前にぶん投げてやった。
「うおりゃあ! 空港粉砕!」

 グワッシャ─────ン!

「ふふふふふ⋯⋯ヘヘヘヘヘ⋯⋯」
 狂ったと思われたかもしれない。全員がしばらく唖然としていたが、我に返った侍女二人が、散らばったガラスの破片を黙って片づけはじめた。気が逸れたところで、屈んでいる猫顔侍女の後ろに回り、ヒョイと腕を掴んでひねり上げ、関節を決めた。
 グイイィ⋯⋯⋯ギリギリギリギリ!
「ツッッ! な、なにを⋯⋯」
「ヘヘヘヘヘ⋯⋯。カワイイねぇ⋯⋯」
 監視の騎士は、やはりオレが狂ったと思い、剣を抜くか取り押さえるか迷っている。そこが狙いよ。
 中腰にさせた猫顔侍女の侍女服スカートをたくし上げる。セレンティアでは、女性が生足を見せることはとても恥ずかしいとされる。
「おぉっと、カワイイあんよが丸見えだぁ。うひょう! 太ももが見えてきたぞぉ。ヘヘヘヘ⋯⋯」
 パンツが見えるまでスカートをたくし上げた。太ももにバンドが巻いており、そのバンドに短刀が取りつけてある。素早く引き抜いてやった。
「もらったー! あれぇ? なんで侍女が刃物を隠してるのぉ? ⋯⋯そんな侍女は物騒だから、腕をヘシ折ろう! ⋯⋯ふん、わりぃな!」
 どうせ殺しちまうつもりだ。いっさい容赦も躊躇もなく。腕を折りにいった。グイッ! ゴギンッ!
 この猫女、自分で肩を外しやがった! やはりコイツは、危険だ。躊躇したら殺される。外れた関節を庇って縮こまった猫顔侍女を思い切って体重をかけて蹴り、吹っ飛ばした。
「ギャン!」
 ドカンッ!
 壁にぶつかり気絶した⋯⋯⋯⋯フリをしている。
 つぎは女騎士だ。分捕った短刀をつまんで振りながら近づいた。
「あの人、刃物なんか持ってましたよぉー。コワい、コワい」
 女騎士の前に短刀を放ってやった。
 ポ──イ
 目の前に物が落ちたら、それが刃物ならなおさら、目が行くものだ。
 ダダン! ドン!
 その瞬間に女騎士に体当たりして壁に押しつけ、みぞおちに肘打ちを食らわせ、よろけたところを鞘をつかみ剣を引き抜いた。
「よーしっ! 剣を獲ったぞぉ! 総せん滅だぁ!」

 剣を持たない女騎士は無力だ。まずは返す刀で男騎士を斬り殺し、つぎに逃げられない女騎士の喉を突く。猫顔侍女は慎重に後ろにまわって腱を切断し逃げ足を奪ってから急所を狙って殺る。騒がれたら面倒だから、可哀想だがタレ目侍女にも死んでもらおう。皆殺しだっ!

 振り返りざまに男騎士を、へへっ! 剣も抜いてないでやんの。よーし、心臓を突いてやる。死ねっ!
 わっ! 倒れた女騎士が足にすがりついてきた。必死の形相だ。あんな強烈にみぞおちを当てられたら、普通は動けるはずないが?
「お願いです! この人を殺さないで!」
 なんだぁ? この女は? 今までお高くとまって口もきかなかったくせによう。よぉーし。なら、おまえから先に殺ってやるよ。死ねっ!
 剣を逆手に持ちかえて、首筋に向けて振り下ろ⋯⋯。
 わ! 今度は男騎士が、剣も抜かず女に覆い被さって命乞い。⋯⋯斬りにくい。騎士なら死ぬまで戦えっ!
「エレノアと私は、命令で⋯⋯」
 へー。この女騎士は、エレノアちゃんっていう名前なんだー。一週間もエラそうに見張ってたけど、口もきいてくれないんだもん。知らなかったよぉー。カワイイお名前だねぇ。どうやら二人は、おつき合いしてるのかなぁ?
 くそいまいましいっ! 思い切り剣を投げつけた。ビュンッ、ドガッ! 壁に突き刺さる。
「おまえら、絶対に抜くなと命令されているな?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
 さすがに無抵抗の者を斬るのは、気が引ける。悪あがきして反撃してくれれば、遠慮なく殺れたのになっ。
「⋯⋯もういいっ! てめえら、今度ふざけたら本当に殺すからな。今すぐ釈放しろっ!」

 くそう。とりあえず逃亡計画は中断したのだが⋯⋯ううう⋯⋯。やっぱり退屈だぁ⋯⋯。死ぬ⋯⋯。そうだ! 遊んでもらおう!
「試合しようぜっ!」
 男騎士の剣を納める鞘を取り上げて、強い方の女騎士に渡す。
「オレは、エレノアちゃんの鞘を使わせてもらう。さあ、打ち合おうぜっ! 遠慮なしで斬りかかってこいよ。さもないと今度こそ逃げるぞ!」
 鞘を構える。エレノアちゃんは、断ったらオレがまた暴れだして真剣での斬り合いになるとでも思ったのだろう。構えてくれた。
「あんた、かなり強いよな。順位はどのくらいなんだ?」
 代わって色男の彼氏騎士が答える。
「王宮騎士の序列九位です。女性騎士で十位以内に入った者は、初めてと聞きました」
「そりゃたいしたもんだ。手加減なしだぞ」
 エレノアちゃん、鉄槌を食らったことを逆恨みして怒ってるみたいだ。
「たっ!」
 いいぞぉ! いきなり突いてきた。攻撃的で素敵だけど、足の動きを見れば突きを狙ってたのは予想できた。横にいなして、胴を、
 ペシッ!
「肝臓が真っ二つだぜ」
「くっ!」
 すこし離れてから、鞘を上に構えて突っ込んできた。セレンティアの剣術は、『突き』か『打ち下ろし』しか無いのかいな? 外して小手を打った。
 パンッ!
 少し強かったか? エレノアちゃんは、鞘を取り落とし膝をついてしまった。
「つっ⋯⋯」
「今度は、手首が落ちたな」

 何度か打ち合ったが、全く相手にならない。今度は鞘がエレノアの手から離れ、天井にぶつかって落ちた。
 男女の騎士は呆然としている。
 おっと、忘れてた。猫顔侍女の短刀を拾い、投げてやる。
 ヒュッ、タンッ!
 頭から十センチのところに刺さった。猫顔侍女がむっくり起きあがる。
「あ、危ないですよ~。死ぬかと思った~」
「寝たふりなんかしないで、おまえもやろうぜ」
「嫌ですよ。痛いのキライですから」
 膝を叩いてホコリを払っている。
「勝てばいいだろが」
「うっ⋯⋯。勝てません」
「スカートをまくってる時に、他の暗器で殺れただろ?」
「無理ですよ。あんなに腕を決められて。痛くて目が回りました」
「ああ、肩、悪かったなあ。入れようか?」
「自分で入れましたよっ。十日くらい痛むんですからねっ」

 気がついたら、タレ目の普通侍女が、散らばったガラスの破片を黙々と拾っている。プロだなあ! なんだか悪いようなので、掃除を手伝わせてもらった。

 レオンの大暴れは、ただちに国王アンリ二世に報告された。
 賓客を、見張りをつけて七日も軟禁するなどあり得ぬ。こともあろうに女神セレンの関係者にそのような無礼を働くとは⋯⋯。貴賓対応担当の官僚貴族は、即刻解任された。
 聞けば侍女として入っていた一級保安員は、隠し持っていた短刀を一瞬で奪われ壁にたたきつけられ動けなくなり、護衛兼監視の王宮騎士二名も、剣を奪われてたちまち制圧されたという。レオンに慈悲をかけられなければ、間違いなく全員が死んでいたと皆が申し述べた。
「ぶっ殺す」などと、不穏な言葉を口走り暴れているらしい。再びレオンを怒らせたら、女神から授かった神剣くらいは持ち出して王座まで斬り込んで来そうだ。あるいは『女神の火』すら可能性はゼロではない。対応を間違えたら、王宮や王都くらいは成層圏に吹き飛ぶ!
「いっ、いかん! 明日、国王がレオン・ド・マルクスを謁見すると関係各所に伝えよ」
 (続く)
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