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第五章 氷の貴公子ディリオン

第23話 ダメ魔女の師

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 俺は豪華でオシャレなケーキを食べながら、目の前にいる、黒髪の女に話しかける。

「いいのか、エクレア? 俺と一緒にいるところを見られると、お前の立場がマズくなるぞ」

 彼女を救助した際、「俺に助けられたとは絶対に言うな。街で会っても俺の事は無視しろ」と念を押しておいた。
 ただでさえ依頼に失敗したのだ。俺と親しいなどと思われれば、たちまちの内に危害を加えられてしまう。

 だが今回、エクレアからどうしても会いたいと言われたので、仕方なくこうして人前で会っている。

「大丈夫よ。ちゃんと変装してるじゃない」

 黒髪のカツラをかぶるだけを、変装と呼べるのかは疑問だ。
 周囲に見知った者はいないので、大丈夫だとは思うが。

「まあいい。それで、今日は何の用件だ?」
「あのね、アタシ怖くて戦えなくなっちゃったの……どうしたらいいのかなって……」

 ナキルヤの森の一件が、彼女の心に深い傷を残してしまったのだろう。

「――ならば、もう戦う必要はない。ギルドを抜けて、研究専門の魔術師になればいい」
「それは駄目! アタシはエースでいなきゃいけないの!」

「俺のギルドじゃ駄目なのか? 今ならお前を雇えるだけの力があるんだが」
「ごめん……パパとママから言われてるの。【高潔なる導き手】以外のギルドは認めないって……」

 エクレアは苦悶の表情を浮かべる。
 彼女の両親は、ともに宮廷魔術師だと噂で聞いている。権威を重視するタイプなのだろう。

 ゲラシウスの父親は、勇者のパーティーにいた事がある伝説の魔術師だ。
 その彼が故郷に戻り、設立したのが【高潔なる導き手】である。他の魔術師ギルドとは別格なのだ。

「厳しい両親のようだな。もしそれを破ったらどうなる?」
「家に連れ戻されて……それから……」

 エクレアは悲痛な顔をして、黙りこくってしまった。

「――どうした? 嫁にでも行かせられるのか?」
「う、うん、そうなの! 好きでもない人と結婚させられるのよ! だから、パパとママに知られる前にエースに戻りたい! ……あ、言っちゃった」

 やはり降格されていたか。
 依頼に失敗し、戦えないともなれば、ゲラシウスなら当然そうするだろう。

「――そうか、では訓練の依頼という事でいいか?」
「やってくれるの!?」

「ああ。だがもちろん、それなりの対価は貰うぞ。お前の教育は相当根気がいりそうだからな」
「うっさいわよ! お金は払うから、ちゃんと最後まで面倒見てよね!」


 こうして俺はエクレアの教育をおこなう事になった。

 まずは座学からおこなう。
 モンスターの習性や生態をきちんと知ってから実戦に臨む事で、その経験値は何倍にもなるのだ。

 しかし、案の定エクレアは「勉強なんかしたくないわ!」とブーブー文句を垂れる。
「恐怖とは無知から来る。相手を知ればおのずと怖さは薄れていく」と説き伏せ、何とか講義を始めた。

 だが、勉強嫌いのエクレアは30分すら集中力がもたない。
 ノエミにどうすれば良いかと相談したところ、「レイ君が隣に座って教えてあげたら、多分集中すると思うよ」と言われたので、実践してみる。

 効果はてきめんだった。彼女は二時間の講義にも耐えられるようになったのだ。
 実に不思議なものである。俺が隣にいる事で、緊張感が生まれているのかもしれない。


 座学が終わり、弱いモンスターとの戦いを始める。
 彼女には火炎魔法をぶっ放すだけでなく、周囲にある物を利用する事も教えた。
 頭の中がスカスカだった為か、思ったより飲み込みが早く、それほどの時間がかからずに以前の彼女を超える事ができた。

 恐怖するようになったのが逆に良かったのだろう。
 以前のエクレアは命知らずにもほどがあり、見ていて危なっかしかった。
 今では、ちゃんと死の危険について向き合えている。これならば、簡単に死ぬ事はないはずだ。


「――これで訓練は終了だ。お前がエースに戻れることを祈ってるぞ」

 総まとめの講義を終えた俺は、隣に座るエクレアに卒業を告げた。

「え、もう終わりなの!? まだ教えて貰ってない事がたくさんあるわ! もっと座学を続けてちょうだい!」

「なんだ、最初は嫌そうにしていたくせに……」
「そ、それはその……勉強の大切さに気付いたのよ! お金なら払うから、やりなさいよね!」

 訓練前はすっかりしおらしくなっていたエクレアだが、また以前の強気な態度に戻ってきた。
 以前は生意気で腹立たしいと思っていたが、最近これはこれで悪くないとも思えてきている。
 口ではブーブー言いながらも、時折楽しそうな笑顔を見せる彼女は、とても可愛らしい。

「分かった。じゃあ明日からは中級――」
「駄目!!」

 テーブルの向かいで、アリスに文字を教えていたノエミが大声を上げた。

「……どうしたノエミ?」
「最近依頼が増えてきたんだから、もうエクレアちゃんを教えてる暇なんてないよ!」
「そ、それなら、別に手が空いた時だけでいいわよ?」

「駄目! 僕達を放ったらかしにして、二人だけでどっか行っちゃうでしょ! 急に依頼が来た時に対応できないもん!」
「座学だけだから、どこにも行かないわ!」

「むー……! じゃあ、隣に座るのはやめて!」
「お前にそうした方がいいと言われたんだが……?」

「二人がそんなにくっ付くとは思ってなかった!」

 ノエミはドンッとテーブルを叩いた。

「はあ!? そ、そんなんじゃないわよ! ていうか何よアンタ、ア、アタシの事好きだったの?」
「違うよ! 僕が好きなのはレイ君!」

 部屋がしんと静まり返る。
 口を両手で押さえたノエミの顔が、どんどんと赤くなっていく。

「……ちょっ、アンタ、ゲイだったの!?」
「そ、そうだよ! 僕達そういう関係なんだから! ここは男の花園なの! 女は帰って! しっしっ!」

「ちょっと、嘘でしょ……!?」

 エクレアは信じられないものを見るような眼で俺を見る。

「ノエミ、変な事を言うな! 俺まで誤解されてるじゃないか!」


 二人をなだめ、エクレアの誤解を解くのに一時間。
『二人だけにならない、向かい合って座る、お互いの体に触れない』という規則を守る代わりに、座学の延長をノエミに許可させるのにもう一時間。

 その間アリスは、ノエミとエクレアのバチバチとした様子をじっと見ていた。
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