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第四章 雷神ヴァルフレード 

第15話 とあるヒーラーの悲劇

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 雷神ヴァルフレードは焦っていた。
 レイより先に手柄をあげないと、確実にエース降格だ。
 夜が明けるのを待っていられず、夜中にデポルカの街を出発した。

「あの、ヴァルフレード君、何で森に入るの?」
「てめえは本当に馬鹿だなノエミ! 道を通ってたら遠回りになるだろうがよ! 地図を見てみろ! 森を抜けるのが、どう見ても最短距離だろ!?」

「で、でも……こんなに真っ暗だと、モンスターがいても分からないよ……?」
「<照明ミレッテ>と<生命探知ポーウイ>で分かんだろ! 何だ? この俺様にたてつこうってのか!」

「ご、ごめんなさい……」
「チッ!」

 これだからノームは嫌なんだ。人間に比べて知能が低すぎる。地図を読むことすりゃできやしねえ。ヴァルフレードは唾を吐き捨てる。

「ヴァルフレード、俺の<生命探知ポーウイ>に何か引っ掛かった。こっちに向かってきてるぞ」
「うっし! モンスターのお出ましか! 野郎ども返り討ちにするぞ!」


 ヴァルフレードに襲い掛かって来たのは、マイコニドに寄生された猿の群れだった。

 暗闇の中での素早い猿の動きに翻弄され、何発も無駄な魔法を撃つ。
 とは言え、しょせんはただの猿。盾役のサンドロの<魔力の壁イレイガン>を破る事はできない。
 壁に弾かれ倒れた猿を、一匹ずつ確実に仕留め、無傷で勝利する事ができた。

「こんなところにも、マイコニドがいるなんて……」
「ああん? 最近よく出るって話だろ?」

「そうだけど……今までこんな事なかったよ?」
「あー、ごちゃごちゃうるせえ! 行くぞ!」


 ヴァルフレード達はその後も続けて二度、マイコニドに襲われた。
 狐や鹿など、それほど脅威ではない動物ばかりだったので簡単に倒せたが、MPは浪費する。

「もうMPが少ない。ここで自然回復を待った方がいいんじゃないのか?」
「どうっすかねー? ここにいるのは危ないかもしんないっすよ?」
「僕もそう思うな。安全な場所で自然回復をした方が――」
「うるせえ! レイに先を越される訳にはいかねえんだ! このまま進むぞ! MPが切れたらマジックポーションを使え!」

 ヴァルフレードは、ゴミカス相手にも決して油断しない、自分の賢明さに酔いしれながら、ずんずんと森を進む。

「ブモオオオオオオオオオ!!」

 巨大な茶色い塊が、ヴァルフレード達を弾き飛ばした。
 暗闇からの不意打ちだった為、<魔力の壁イレイガン>が間に合わなかったのだ。

「うごお! ――クソッ! イノシシだ! <雷撃イドラス>」

 地面に這いつくばったまま、ヴァルフレードは手から雷を放つ。
 バチンッ! 雷は確実に大イノシシに直撃したが、奴は平然と突進の構えをとっている。

「サンドロ! 早くしろ!」

――魔力の壁が張られない。サンドロは何をしている?
 ヴァルフレードが辺りを見回すと、仰向けに倒れているサンドロが見えた。どうやら気を失っているようだ。

「ノエミ! さっさとサンドロを治せ!」

 ノエミは脇腹からドクドクと血を流しており、それを治療していた。

「先にサンドロを治せ、馬鹿野郎!」
「――ヴァルフレード、来るぞ!」
「クソォ!」

 イノシシの突進を横に転がってかわす。
――が、完全には回避できず、左腕を踏みつけられた。ボキッと骨が折れる音がする。

「うがああ! ノエミ! 俺の腕を治してくれ!」

 この激しい痛みには耐えられない。サンドロは後回しだ。

「で、でも……」
「ノエミ! 俺も牙で足をやられた! かなり出血してる! マジでヤバい! 俺から治してくれ!」
「馬鹿野郎! リーダーの俺優先だ!」

 大イノシシは前脚で地面を引っかいている。次の突進がくる。

「ノエミイイイ! 早くしやがれええ!」
「ごめんなさい!」

 ノエミはヴァルフレードの命令に逆らい、サンドロを治療した。
 イノシシが突っ込んでくる。

「うわあああああ!」
「サンドロ君! 壁を!」
「――う? い、<魔力の壁イレイガン>」

 イノシシの突進は魔法の障壁によって阻まれた。
 壁に激突したイノシシは、ふらふらと足がおぼつかなくなっている。

「今がチャンスだよ!」
「<雷撃イドラス>」
「<火炎放射メギナル>」

 イノシシはまだ倒れない。だが、弱っているのは分かる。

「駄目だ、俺はMPが切れた! ちくしょう! 血が止まんねえ!」
「待って、すぐに治すから!」
「ノエミィ! 俺が先だって言ってんだろうがぁ!」
「イノシシが頭突きしてきてるっす! マズイ、壁が破られるっす!」

 ノエミは結局、バルトロメオの足を治し始めた。
 ヴァルフレードがそれに怒声を浴びせている間に、サンドロの壁が破壊される。

「ひ、ひいいいい! ヴァルフレードさん、今はこいつを何とかしてくださいよぉ!」
「うるせえ! ノエミ、覚悟しとけよ! <電撃イドラ>」

 イノシシは倒れたが、まだ死んではいない。起き上がろうともがいている。

「バルトロメオ君、今なら頭のマイコニドを狙える! <火線メギナ>で燃やして!」
「てめえ! 勝手に指図してんじゃねえぞ!」

 バルトロメオはマジックポーションを口にし、倒れているイノシシの頭を燃やした。
 イノシシは大人しくなり、そのまま死んだ。


「ノエミイイイイイ!」
「あぐっ!」

 ヴァルフレードに左頬を殴られ、ノエミは地面を転がった。

「何で、俺を治さなかった!?」
「だ、だって、うぐっ! そうしないと、げふっ! お願い、お腹蹴らないで……」

「リーダーの命令に従わねえ奴はリンチだ! お前等もやれ!」
「分かった」
「うっす!」

 バルトロメオとサンドロもノエミを蹴る。

「がはっ! ごめんなさいごめんなさい! ごはっ! お願いだからもうやめて、死んじゃう!」
「俺が! 受けた! 痛みは! こんなもんじゃ! ねえぞ!」
「お、ヴァルフレードさん、血吐いてますぜ?」

「まだだ! こっちは死にかけたんだぞ!」

 吐血した後も蹴り続けられ、ノエミは失禁して気を失った。
 それをヴァルフレードの<電撃イドラ>で無理矢理起こされ、顔が腫れるまで殴られる。

 バルトロメオとサンドロも、それを止める事はしない。
 ヴァルフレードの命令に逆らえないのはもちろん、他にも理由がある。

 ノエミはノームという回復魔法に秀でた種族で、銀色のアゴまで伸びた髪と、垂れた長い耳、橙色のビー玉のような眼を持つ。
 非常に小柄な体格で、十代前半の少女にしか見えない。

 ノームは男しか戦う事を許されない種族なので、ノエミは男性のはずなのだが、女っぽい仕草をする事があり、気色悪がられていた。

 だが一番の理由は、レイの悪口を言わない事だろう。むしろ奴を認めるような発言をする事すらある。その事に彼等は怒りを募らせていたのだ。


「まあ、こんなもんでいいだろ……よく覚えとけノエミ。俺様の命令に逆らうんじゃねえ。いいな?」
「あう……あう……」

 顔がパンパンに腫れているので、ノエミはうまく喋る事ができない。
 それが何だか滑稽で、三人は大笑いしてしまった。

「ったく気持ちわりい奴だな……先に言っておくけど、お前報酬なしだからな?」
「そんあ……この前も、なかっあのに……」

「そりゃそうだろ! 前回は誰も怪我しなかったから、お前の出番まったくなかっただろうが!」
「うう……僕……お金ないです……少しでいいから……あぐっ!」

 ヴァルフレードに腹を蹴られ、ノエミは体を丸めた。

「うしゃしゃ! まるでイモムシみてえだな!」

 三人は蔑むように笑う。
 ここ最近ゲラシウスに叱られてばかりで、溜まりに溜まっていた鬱憤も少しは晴れた。

「あうう……<治癒ティル>……うう……MPが……すみません、マジックポーションを……」
「駄目に決まってんだろ! お前に飲ませる分なんてねえんだよ!」

 ノエミはMP18が溜まるまで、放置された。
 その間、彼は血と涙を流し続けた。
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