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第二章 焔の魔女エクレア

第6話 ジャッジメントミス

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「<火炎放射メギナル>」「<範囲拡大ヘイボル>」

 エクレアとグレタの合成魔法が、彼女達を囲んでいたトレントを薙ぎ払う。

「はあはあ……今度こそやったわね?」

――炎が消える。

「ウソ……!?」

 何発も火炎魔法を食らわせたのに、トレント達はまだ立っていた。

「枝をしならせてる! 攻撃が来るぞ!」
「<魔力の壁イレイガン>」

 ロビンソンが張った魔法の障壁で、トレントの攻撃をなんとか防ぐ。
 彼のMPを考えると、もってあと数発といったところか。

「<火炎放射メギナル>」
「<火炎放射メギナル>」
「<火炎放射メギナル>」

 エクレア、ギシュール、グレタの杖から炎が伸び、一体のトレントを焼く。ようやく一匹倒した。
 しかし、二体のトレントの反撃で、ロビンソンの<魔力の壁イレイガン>が破られる。

「ぶひぃ! 破られました! 早く倒してください!」
「ほんと使えないブタね! <火炎放射メギナル>」
「<火線メギナ>」「<連続魔法ジアダ>」

 ギシュールとグレタは<火炎放射メギナル>を唱えるだけのMPがなくなったので、初級火炎魔法を連続で放ち、ダメージを稼ぐ。
 その作戦はうまくいき、二匹目のトレントを倒した。

「ぶひぃっ!」

 トレントの攻撃を食らい、ロビンソンが吹き飛ばされた。
 エクレアとほぼ変わらない身長でありながら、彼女の倍以上の体重がある彼は、まさに玉のようにゴロゴロと地面を転がる。

「<火炎放射メギナル>」

 もはやMPが残っているのはエクレアだけ。
 最後の魔力を振り絞った<火炎放射メギナル>は、幸運にもトレントを焼き殺せた。

 四人はその場に座り込み、ぜいぜいと息を荒げる。

「ブタ! アタシにマジックポーション取って!」
「いいんですか? 四本しかないんですよ?」

「仕方ないでしょ! 今襲われたら、まったく反撃できないじゃない!」
「ぶひぃ! すみません!」

 ロビンソンは背負っていたバックパックからマジックポーションを取り出し、エクレアに手渡した。

――荷物は全部こいつに持たせている。
 このデブときたら体重はあるくせに、ゴミカスレイの一割程度の荷物しか持てない。
 携帯食料と飲み水三日分、マジックポーション四本、それに地図と磁石、寝袋。
 たったこれだけなのに「ぶひぃ……ぶひぃ……」と辛そうに歩いている。本当、情けない。
 レイは山のような荷物を抱えながら、サクサク先頭を歩いていたのに。
 あんなゴミカスより、さらにカスがいるとは思わなかった。

「――これ、不味いのよ!」

 イライラしてきたエクレアは、空きビンを岩に投げ付け叩き割った。

「あ、エクレア! 空きビンは大切にした方がいいって講師が言ってたわ。水入れられんのよ?」
「うっさいわよ! 一日で終わらせるんだから、別にいいでしょ!?」

「はいはい……分かったわよ」

 エースである自分に、知識マウントを取ろうとするなんて許せない!
 サバイバル教習を一回受けたくらいで、上に立てると思ってんじゃないわよ!
 エクレアのイライラはさらに高まる。

 先週、副ギルド長グスターボの知人であるレンジャーが、ギルドメンバーに地図の読み方や、方位磁針を使わずに方角を調べる方法などを講義したらしい。
 エクレアを含めて大半のメンバーは依頼中だったので、講義を受けられたのは一部のメンバーだけだった。グレタはその数少ない中の一人である。


「エクレア、MPが回復するまで、休憩でいいか?」
「そうね。うかつに動くと危険そうだし、ここで休みましょ」

 四人はトレントの死体に囲まれながら、水と携帯食料を摂取し始めた。
 グレタは自分の分を、犬に少し分け与えている。
 この犬は、トレントを見つける為に連れてきた犬だ。
 ぱっと見、木でしかないトレントを、視覚だけで発見するのは不可能に近い。

「ねえ、トレントって本当に炎に弱いの?」
「アンタ馬鹿? 木が炎に弱いのは当然じゃない」
「俺もそうは思っているんだが、実際あんまり効いてない感じがするんだよな」
「ぶひぃ! <火炎放射メギナル>一発で倒せないですもんね!」

「それはアンタ達の魔力が低いからでしょ!」
「いや、お前の<火炎放射メギナル>にも耐えてただろ!? 馬鹿かお前!?」

「ギシュール、アンタ殺すわよ……!」
「わりぃわりぃ……」

「こういう時レイのゴミクズ野郎は、弱点を偉そうに教えてきたのよね……! いっつもアタシに知識マウント取ろうとすんのよ、アイツ!」
「ははは! あのウジムシ、お前の事が好きなんじゃねーの?」

「多分そうだわ! アイツ、やたらアタシのパーティーに入ろうとするの! 『お前のパーティー構成はバランスが悪すぎる。俺が一から編成する』って言って、結局自分が入って来るのよ! キモすぎるわ!」
「ぶひひひひ! 俺もやられた事あります。あのゴミムシは、やたらとパーティー編成に口出してましたよね」

「本当、身の程を知れって思うわ。でも、なんか最近依頼達成率が下がってんのよね。何でかしら?」
「たまたまじゃない? 難しい依頼が続いたんでしょ」

「そうよね――」

「ワンワン!」とグレタの犬が、けたたましく吠える。
 お喋りにかまけていた四人は、三体のトレントが接近していた事に気付かなかった。

「やばいぞ! まだMPが全然回復してねえ!」
「もうしょうがない! マジックポーションを飲みなさいよ! <獄炎メギナード>」

 エクレアの杖から放たれる地獄の炎が、トレントを焼き尽くす。
 さすがに最強火炎魔法には耐えられないようだ。
 三人はエクレアが戦っている間に、マジックポーションを飲む。

「攻撃がくるわ!」
「ぶひぃ! 任せてください! <魔力の壁イレイガン>」

 魔法の障壁がトレントの枝鞭から四人を守る。

「<火炎放射メギナル>」「<連続魔法ジアダ>」
「<火炎放射メギナル>」

 さらに一体のトレントを倒す。
 反撃をロビンソンの壁で防ぐと、三人は<火炎放射メギナル>の一斉発射で最後の一体を倒した。

「はあはあ……またMPが無くなったわ」
「トレントって待ち伏せ型じゃないのかよ?」

 トレントが自ら獲物に向かってくるなど、聞いたことが無い。

「ウー……! ワンワン!」

――再び犬が吠えた。

「嘘でしょ!? ――逃げるわよ!」

 四人は最も機敏なグレタを先頭に、全力で森を突き進む。

「お願い……来ないで……!」

 エクレアは生まれて初めて、死の恐怖を味わう。
 なぜ自分達は、こんなに追い詰められてしまったのだろう?

「ぷぎいいいい!」

 一番後ろを走っていたロビンソンが、トレントの枝に絡めとられる。

「ロビンソン!? クソッ! <空刃《セルパ》>」

 ギシュールが放った真空の刃が、トレントの枝を切断した。
 地面に落ちたロビンソンは、必死にブヒブヒと走る。

「早くしろ! トレントはそんなに足は速くない!」

 四人はとにかくガムシャラに走った。
 一体どれくらい走ったのだろうか。彼女達はいつの間にか、小さな沢に辿り着いていた。

「はあはあ……ここまで来れば……安全……でしょ……」

 全員汗まみれになりながら、その場にへたり込む。

「お水ちょうだい……」
「はい……」

 ロビンソンはバックパックから水を取り出そうとする。

「ぶひぃ!? そ、そんな!」
「な、何よ?」

「さっき捕まった時にサイドポケットが破られたみたいで、地図と磁石がなくなってます……」
「はぁ!? ざっけんじゃないわよ、このブタ!」

 バッチーン!

「ぶひいい!」

 エクレアはロビンソンに全力のビンタを浴びせた。

「どうすんのよ!? これじゃ依頼を達成できないじゃない!」
「ずびばぜん……」

「エクレア、もう依頼どころじゃないって。ここから生きて帰る事を考えないと」
「そうだな。食料、水、MP、全てが心許こころもとない。生存を最優先にしよう」

「この依頼に失敗したら、アタシ達大目玉よ!?」
「死ぬよりは、クビになった方がマシだわ。最近ちょっと経営怪しくなってきたし、私は別に構わない」
「エクレア、ただ死ぬだけじゃないんだぞ? 生きながら食われるんだ。それ分かってるか?」

 エクレアはギシュールに言われた事を想像し、背中がゾクっとする。

「わ、分かってるわよ……」

「そろそろ日没よ。暗い中を進むのは危険だわ。水も近くにあるし、今日はここで野営しない?」
「ああ……って、クソ! マジックポーションの空きビン捨てちまったぜ……!」

 三人は急いで飲んだので、その場に捨ててしまっていた。
 この状況下で、水筒を三つ失った事は非常に重い。
 四人は暗い面持ちで野営の準備を始めた。
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