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1-34 昔話②

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「……借金?」

「はい。いつの間に借りたんでしょうね。気づいたら私名義の借金がたんまりと」

「その、額は……」

「100万リルです」

 日本円換算で1億円か……。

「そんなに……」

 ……当然のことではあるが、まったく知らなかった。彼女にそんな裏切られた過去があったことも、そしてこれほど多額の借金を抱えていたことすらも。

 ここで僕は1つ気がついたことがあったため、彼女に問うた。

「もしかしてスキル『精神感応』は」

「ソースケさんの想像した通りだと思いますよ。そこから人を信用できなくなっていって、誰も彼も疑うようになったある日、唐突にこのスキルが芽生えました」

「…………」

「おかげで今ではその人が信用できるか、初対面の時に判断できるようになりました。だから今は昔ほど人と関わることに恐怖はないんですよ? ……それでも昔馴染みを除いて、深く関わることは避けるようになってしまいましたが」

「ならなぜ……」

「…………?」

「なぜあの時、僕を助けてくれて、まごころまで連れてきてくれたんですか?」

 僕のその問いに、アナさんは小さく首を傾げながら、呟くように声を上げる。

「なぜ、でしょうか……ソースケさんが善良な人だと一目でわかったから。浮世離れした雰囲気があって、何だか興味が湧いたから。あとは、奥底に抱く感情が、どことなく自分に似てるように感じたからでしょうか」

 ……彼女も気づいていたのか。僕と彼女がどこか似ていると。

 そう内心で思う僕をよそに、アナさんは再び言い淀むような姿を見せる。しかし少しして、意を決した様子で言葉を続けた。

「その時は、確かに私の良心に従って助けました。それは間違いありません。……でも、ソースケさんのマッサージを受けてからは違います。私は借金やスキルなど様々な隠し事をしながら、あなたにうちで経営するようにと勧めました。そうすれば、いつかあの頃のまごころに戻れるようなそんな予感があったからです」

 一拍置いて、アナさんは再度口を開く。

「結局私は、体のいい言葉でソースケさんを誑かしていただけ。すべては私の理想を叶えるための打算によるものなんですよ。……ね、幻滅したでしょう?」

 言って痛々しい笑みを浮かべるアナさんに、僕はあっけらかんとした表情で言葉を返した。

「いいじゃないですか打算でも」

「…………えっ?」

「どういう感情だからとか、そういう感覚的な話よりも打算の方がずっとわかりやすい」

「私はあなたを騙していたんですよ?」

「そう……かもしれません。でもそのおかげで僕は救われました」

「それは結果論ですよ。きっとうちではなくてもソースケさんは成功してた。いや、うちでなければもっと──」

「それは違いますよ。はっきりと断言できます。僕はあなたに出会っていなかったら、もっと悲惨な状況にあった。こんな幸せな日々を送れていなかった」

「そんなこと……」

「あなたがあの時助けてくれたから、僕はこの町で居場所を手に入れることができた。あの時助けてくれたから、僕は自分の存在価値に気がつくことができた」

 スキルというチートを与えてくれたのは神様だ。だけどその力を広める一助となってくれたのは間違いなく彼女だし、マッサージでたくさんの人を癒したいという夢が手に入ったのも彼女の笑顔がきっかけ。

「僕のこの町での始まりは、全てアナさん、あなたなんです。そこに隠し事や打算があろうとも、その事実は変わらない」

 一拍置き、僕は内に秘めた感情を露わにするように言葉を続ける。

「それにアナさんは打算だと言ってますけど、きっと僕に間借りさせてくれた理由はそれだけではないと思うんです」

「いえ打算です。全て打算ですよ」

 人付き合いの少ない僕でもわかる。これまでに見せてくれた彼女の笑顔に決して嘘はないと。

 しかし彼女は100パーセント打算だと言って聞かない。そんなはずがないのに、ただ僕をこれ以上自分と関わらせないようにするためのやさしい嘘。

 ……ほんとリセアさんの言う通り、アナさんはすごく頑固だ。

 でもそれなら、これまでの隠し事や打算的思考を理由に僕を遠ざけようとするのなら、こちらにも考えはある。……正直リスキーだから、本当はやりたくなかったけど。

 心の中でそう思いながら、僕はステータスボードを表示した。そして少し表記を弄り、それを彼女の眼前に映す。

「これを見てください」

 困惑しながらも、アナさんは僕のステータスに目を通す。そして驚きの表情を浮かべながら、ポツリと言葉を漏らした。

「なんですかこの魔力の伸びは──」

「えっと、そこではなくて。いや、確かにそこも驚愕ポイントですが、本命はもう少し下です」

「あっ、す、すみません」

 僕のその言葉を受け、彼女は更に読み進めていき、とある場所でその双眸を再び見開いた。

「スキル『言語理解』?」

「はい。僕が持つもう1つのスキルです。ずっと隠してました。これを明かすことで、僕に不利益が生じるかもしれないと恐れて」

「…………」

「アナさん。僕にだって隠し事はあるし、打算だってありますよ。あなたと同じように」

 その声に、アナさんは首を小さく横に振った。

「でも……その種類が違います。ソースケさんのそれとは違って、私の隠し事はあなたに悪影響を及ぼしてしまう」

「悪影響なんて受けてないですよ」

「今は、そうかもしれません。でもいずれは……」

「それはその時に考えればいい」

「取り返しがつかないことになるかもしれません」

「そうなる前になんとかすればいい」

「そんな……上手くいくはずがありません」

「そうですね、多分上手くいかないと思います」

「……へっ?」

 まさかの言葉だったようで、アナさんは素っ頓狂な声を上げる。その調子のまま、僕は言葉を続けた。

「どこまでいっても僕はマッサージ以外に特別能のない人間ですから。正直借金のことも、そもそも経営についてもなにもわかりません。……だからきっと僕1人では上手くいかない。でも、2人でなら案外なんとかなるような気がするんです」

「2人で……?」

「はい、僕とアナさんの2人で」

 ……きっと彼女は過去に囚われている。

 たくさんの笑顔で溢れる過ぎし日のまごころの光景と、多額の借金というどうすることもできない足枷に。

 そんな彼女をいったいどうすれば救えるだろうか。

 正直借金のことも、その原因となった人間のこともよくわからない。そもそも借金に関していえば、今すぐどうこうできる問題でもない。だからこの瞬間、これらはどうでもいい。

 なら今僕にできることは──

「まずは一緒に目指してみませんか?」

「……えっ?」

「まごころの大復活。アナさんの脳内にある過去を超えるほどの大繁盛を」

 その光景を見せられれば、果たして過去に囚われた彼女の視線を今に向けられるのだろうか。
 正直考えなくてはならないことはたくさんある。だが、今は目指してもいいだろう。

 僕の声に、アナさんは再び小さく首を横に振る。

「それにソースケさんが協力する意味がわかりません」

 ……一方的に与えるだけではなく、それこそ今までのようにお互いのメリットを提示する。

 僕はこれまでの会話を思い出しながら、力強く声を上げた。

「ありますよ。僕があなたと出会って生まれた夢は、マッサージでたくさんの人を笑顔にすること。同じ軒の下で経営する僕たちは今、同じ志を持っている。一方の繁盛が、お互いにとってメリットになる」

「でも……」

 それでも煮え切らない彼女に、僕は確かな自信と共に言う。

「信じられないのなら『精神感応』で僕の感情を覗いてもいいですよ。いつでも、いくらでも。あなたにはその権利がある」

 僕のその言葉を受け、アナさんはゆっくりとこちらへ視線を向ける。そして少しして、呟くように声を上げた。

「……決心と情熱。もう迷いはなくなったんですね」

「えぇ、つい先ほど。あなたとの会話の中で」

「本当に、よろしいのですか?」

「もちろん、というよりむしろこちらからお願いしたいくらいですよ。あなたが提示したデメリットよりも、僕にはアナさんと、まごころと関わるメリットの方が大きい」

「私が言うのもなんですが、引き返すなら今ですよ?」

「引き返しませんよ。僕は一度こうと決めたら意地でも曲げない頑固者なので」

「ふふっ、そうでした。私たちは似ているんでしたね」

 言って微笑んだ後、アナさんは僕の方へと向き直る。そしてしっかり僕と視線を合わせた後、綺麗に頭を下げた。

「ソースケさん、改めて力を貸してください」

「アナさんも僕に力を貸してください。そして一緒に、夢を叶えましょう」

「はい、よろしくお願いします」

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