上 下
33 / 58

1-32 僕にできること

しおりを挟む
 リセアさんの施術を終えて彼女を見送った後、僕は1人部屋の掃除をしていた。

 掃除といってもそう大層なものではない。毎度マッサージが終わるたびに行っているオイルを拭いたり、布を交換したりとかそのレベルの話だ。

「…………」

 無言で掃除を行う。当然この部屋にはゴシゴシとタオルの擦れる音のみが響く。その中で、僕の脳内には先程リセアさんから掛けられた1つの言葉が反芻していた。

「僕ならできる……か。やっぱりリセアさんは僕を買い被りすぎてるよ」

 色々と情報が開示されて、少しずつアナさんのことを知っていく中で、僕の心にはこれ以上踏み込むことへの恐怖心が存在している。
 知らなければ解決することなど不可能なのに、それを知ることにすら二の足を踏んでしまうのだ。

 もし踏み込んで彼女を傷つけてしまったら。もし踏み込んで彼女と険悪な仲になってしまったらと。

 結局のところ、僕はリセアさんの言う通り面倒臭い人間なのだろう。

 人との適切な距離感を取るのが苦手だったり、アナさんが自身の過去について話してくれるまでゆっくりと待てばいいと考えながらも、いざその核心に迫れば迫るほど知るのが怖いとすら思ってしまったり。

 前世も含めて思い出すのすら恥ずかしくなるほど、僕にはいくつも面倒臭い要素が、一般論的人として劣っている部分がたくさんある。

 ── だから友達がいなかった。だから恋人がいなかった。そういう風に考えてしまう思考も含めて、だから僕は自分のことが嫌いだった。

 ……でも、今は違う。いつからかは明確ではないが、僕はそんな自分が昔ほど嫌いじゃなかったりする。

 だってそうだろう。きっとそんな僕だから、あの日アナさんと出会うことができた。今こうしてマッサージ店を経営したり、リセアさん、ウィリアムくんやコラドさんなどたくさんの知り合いができた。

 心の底から楽しいと、充実していると思える日々を過ごせているのは、間違いなくこの僕だから成し得たことなのだ。なんでもできる完璧な僕でなく、足りないものだらけの僕だからこそ。

「……僕にできることか」

 買い被りすぎだと思いながらも、踏み込む恐怖心を抱きながらも、リセアさんが言うのなら僕にできることがあるのか? と、あまりにも単純だが、いつの間にか僕の思考はそちらへと移っていた。

「リセアさんは言ってたなぁ。僕とアナさんが似てるって」

 それ自体に特に異論はない。アナさん自身がどう思っているかはわからないが、少なくとも僕も同様の感想をこれまでに何度も抱いていた。僕と彼女はどこか似ていると。

「たとえば自分ばかりが貰いすぎている状況を嫌う所とかそっくりだよなぁ」

 双方にメリットがなくては頷かない。この辺りはある意味頑固だといえるし、リセアさんから見ても面倒臭いと感じる部分であろう。そして僕とアナさんの共通点でもある。

「似てる……そんな僕だからできること。リセアさんにはできなくて僕にできることってなんだろ」

 正直未だアナさんの過去を知らない僕には、その具体的な答えなど出るはずがない。

 ただ1つだけは明確にしておきたかった。リセアさんが僕なら解決できるかもと判断した理由は何か。それを踏まえて、僕はこの後どう行動するべきなのかを。

 考えて考えて、ふとある意味では当たり前の事柄に気がついた。

「……相手の立場になって考えられる?」

 きっとそれ自体は、やろうと思えば誰しもができることであろう。
 だがもしも似たような思考を持つ相手の立場になって考えたのならどうなるか……それはきっと今の僕の行動を決定する重要な要素となるはずだ。

「僕が彼女の立場なら何が嫌で、どうすれば納得するかか……」

 その答えはもうすでに僕の中にある。

「それを踏まえて僕の取るべき行動は……」

 結局それは至極単純なことだ。

「アナさんの憂いに触れる勇気を持ち、知ろうとすること……なんだろうなぁ」

 くどくどと考えながらも、結局はそこに行き着く。
 アナさんが話すまで待つのか、自分から聞き出すのかの違いはあれども、そのスタートは変わらない。
 そしてこれ以上考えても、堂々巡りになるだけできっと同じ結論へと辿り着くのだろう。

 あとはそれがわかった上で僕がどうするかだ。

「……こわいな」

 これまで人間関係を深めた経験がほとんどない僕には、この先にどういった結末が待っているかわからない。だから怖くて仕方がない。

 でもその恐怖と同じくらい、いやそれ以上に僕には彼女の憂いを取り払ってあげたいという思いがある。

 どれだけ時が経とうとも、この世界においての全ての始まりは彼女で、今こうして充実した日々があるのも彼女と出会えたからであることは紛れもない事実だから。

 ──ここで掃除が全て終わった。つまりこれからの時間は僕にとっては自由時間となる。

「……よし」

 言葉と共に、僕は掃除に使用したタオル類をまとめる。そしてそれを手にしたまま、いつも通りに203号室の外へと出た。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...