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1-30 広がる噂

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 ──噂は広がっていく。

 POPPYの方は紹介制であるのに新規のお客さんは途切れることなく増す一方である。またリセアさん含めてリピーターになってくれる人も多いため、連日予約で一杯であった。

 まごころに関しても、そこからの流れで泊まる人もいれば、一度泊まり、そこから気に入って何もなくとも泊まってくれる人もちらほらと出てきたため、一時期のあの閑散とした雰囲気は無くなっていた。

 総じてPOPPYもまごころもどちらも順調といえた。

 そんな日々が幾日か続いたある水曜日。本日POPPYはお休みである。
 はてさて休日になにをしようかと考えていると、ちょうどこの日、アナさんもまごころを休みにし、リセアさん含めた何人かとお出かけをするようだ。

 アナさんからはまごころでゆっくりしていてもいいと言ってもらったが、せっかくならと僕も外出することにした。

 とはいえ初めてこの世界に来た時に絡まれたあの件もあるため、出かけるとはいってもそこまで遠出するつもりはない。

 ……そうだな。正直お金はそこそこあるし……少しだけ豪勢な昼食でも食べることにするか。

 ということで僕は念のためアナさんに行き先を伝えた後、のんびりと周囲を眺めながら目的地へと向かうことにした。

 街道を行く。時折POPPYのお客さんとすれ違い、彼女たちの悩みが解決したことやまた予約したいといった話を笑顔でしてくれた。

 その話にこちらも幸福感を抱きながら、気分良く歩いていたのだが……なぜだろうか時折視線を感じる。

 ……なんでこんな視線を向けられるんだ? 

 先程から冒険者の女性たちと会話をしているから周囲の興味を引いたのかとも思ったが、どうやらそういう訳でもないようだ。

 とはいえ、それだけで特にこちらに話しかけるでも害する訳でもないため、そういうものなのかなとひとまず何も気にせず歩くことにした。

 こうして歩くことおよそ1時間──本来であれば数分で着くはずが、幾度かお客さんに呼び止められたことでこれほど時間がかかってしまった──僕はついに目的地へと到着した。

 ……昼食として早い時間だけど、まぁいいか。というかそもそもやってるのか?

 何も調べず行き当たりばったりで来てしまったため、少々不安に思いながら目的の飲食店へと近づき、ゆっくりと扉へと力を加える。

 ……お、鍵がかかってない。ということは。

 そのまま扉を開け、店内へと入った瞬間、こちらに歩き寄る音と共に1人の青年が顔を出した。

「いらっしゃいませ! って、あ! ソースケさん!」

「こんにちはウィリアムくん」

「今日は……」

「あ、アナさんはいないよ?」

「あはは……別に探してなんかいないですよ」

 そういう割には目線がキョロキョロとしていた。何度見ても変わらぬわかりやすさである。

 そう。ウィリアムくんがいることからもわかるように、本日の目的地はここ、コラド食堂である。

 あの時は特に店名を気にしてはいなかったが、実は後から確認したら、こう何ともわかりやすい店名だったのだ。

「とりあえずこちらへどうぞ」

 そう言って案内をしてくれるウィリアムくん。現在昼時にしては少し早い時間ということもあってか、辺りを見回すもお客さんの姿はない。

 ──と、ここで唐突に力強い声音が聞こえてきた。

「お、ソースケじゃねぇか」

「コラドさんこんにちは」

「おう! どうやらお店は順調のようだな」

 ……おお、噂はここまで広がっていたのか。

「おかげさまで」

「順調なのは結構。……だがまぁ、色々と気をつけろよ」

「……というと?」

「あー、ちょうどいい。ウィリアム、今から昼休憩とってソースケと交流を深めときな」

「えっと。ソースケさん、ご迷惑では?」

「僕は全然。……というよりもむしろ大歓迎だよ。この町に知り合いなんてほとんどいないからね」

「では、是非ご一緒させてください!」

 ◇ 

 たまの贅沢と好きなものを注文。少しして届いた料理に舌鼓を打つ。そしてある程度食べ終わったところで、僕は唐突に口を開いた。

「それで? そろそろ告白する気になった?」

「ぶっ! い、いきなりですね……」

「おじさんつい気になっちゃってね」

「おじさんってほど年離れてないでしょうに……そうですね、あの時は早く気持ちを伝えるみたいな流れになってましたけど……最近は少し迷ってます」

 言葉の後、ウィリアムくんは何ともいえない笑みを浮かべる。

「それはどうして……?」

 思わずそう言った僕と、ウィリアムくんは目を合わせる。しかし少しして、その視線を落とした。

「こわいんですよ」

「フられるのが?」

 ウィリアムくんは首を振る。

「えっ、じゃあアナさんが?」

 再び首を振る。

「なら、どうして……」

 そう続きを聞こうとし……しかし唇を噛む彼の姿を見て、僕は小さく頭を下げた。

「ごめん、無理に聞くことじゃなかった」

 ……女性だけじゃなく、男性相手もまた距離感が難しいな。

 そう思う僕の前で、ウィリアムくんが空気を変えようと明るく声を上げた。

「そういえば、オーナーも言ってましたが事業は順調のようですね」

「おかげさまでね」

「かなり噂になってますよ。身体が軽くなるだとか、肌が綺麗になるだとか、うちでも女性がよく会話してます」

「あはは、もう少し緩やかに広がっていくと想定していたんだけどね」

「それは……きっとアナさんの所でお店を開いているからですよ」

「どういう……?」

「宿屋まごころは、この町ではすごく有名ですからね」

「有名……?」

 その言葉に、僕は片眉を上げる。
 というのも、僕の知る宿屋まごころは基本的に閑散としており、お世辞にも有名だと思えるような出来事はなかったからである。

 ……もしかしてアナさんがリセアさんなどと仲が良いこともあって、名が広まっているとかだろうか。

 そう頭を悩ませる僕の前で、ウィリアムくんは何かを迷っているのか、再びグッと唇を噛む。しかしすぐに、意を決したのか、その口を開いた。

「そういえばソースケさんは町にきたばかりでしたね……えぇ、有名ですよ。数年前はそれはもう大人気の宿屋でしたから」

 ……大人気の宿屋? 

「それがどうして……?」

「それは……ごめんなさい。僕もすべては知らなくて。それに、アナさんが言っていないのなら、これ以上は僕の口から言うべきではないかなと」

 ……もしかしてウィリアムくんの言うそれが、彼女が抱えているものと繋がるのだろうか。

「それもそうだね」

「あ、ただ1つだけ。実は一部でソースケさんのお店のよくない噂が広がっているようですよ」

「よくない噂?」

「はい」

 僕はそのよくない噂というものを彼から詳しく聞いた。

 ◇

 帰り際、ウィリアムくんが帰ろうとする僕を唐突に呼び止めた。

「あ、ソースケさん」

「……ん? どうかした?」

「最後に1つだけお聞きしたいのですが……ソースケさんにとっての夢って何ですか?」

「……ゆ、夢?」

 あまりにも唐突すぎたため、僕は思わずそう聞き返してしまう。対してウィリアムくんは真剣な表情のまま言葉を続けた。

「はい。たとえば僕の夢は、いつか自分のお店を持つこと。そしてそのお店でたくさんの人が笑顔になってくれることです」

「あ、同じだ」

「……えっ?」

「僕の夢も似たようなものだよ。僕のマッサージで、1人でも多くの人を笑顔にしたい。幸せにしたい」

 その言葉に、ウィリアムくんはその表情をフッと緩めた。

「そうでしたか。……なんだかあなたとは良い友人になれそうです」

「えっ」

「えっ……?」

「もう友人だと思ってたんだけど。あれ、2度しか会っていないのにそれはおかしいか……?」

 ……まずい、距離感バグってたか!? と内心焦っていると、眼前のウィリアムくんから突然大きな笑い声が聞こえてきた。

「いえ、すみません。そうですよね。もう僕たちは友人ですね」

「……迷惑だったりする?」

「とんでもない。僕、友達が少ないのでとても嬉しいです」

 言葉の後、ウィリアムくんは心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。

 と、ここでウィリアムくんの後方から、コラドさんの声が聞こえてきた。……どうやら彼の休憩時間は終わりのようだ。

「……時間ですね。ソースケさん、またいらしてください。僕もたまに遊びに行きますから」

「アナさんに会いに?」

「いえ、ソースケさんに会いにですよ」

「おお、なんか嬉しいなぁ」

「なんですかそれ」

「じゃあ、また」

「はい、またお会いしましょう!」

 言葉の後、僕は彼に背を向けると、入り口の扉を開いた。そしてお店から一歩出たその瞬間──

「……敵わないなぁ」

 後方でウィリアムくんが何かを呟いた気がしたが、バタンと閉まる扉の音にかき消され、その声が僕に届くことはなかった。
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