上 下
16 / 58

1-15 食堂と青年

しおりを挟む
 宿屋から町の中心に向かって歩くこと数分ほど経過したところで、アナさんは立ち止まると、案内するように手のひらで建物を示した。

「こちらが私のおすすめのお店です」

 その声に従い、僕は建物へと目を向ける。

 かなりこじんまりとしたお店であり、昼食にしては遅い時間というのもあるのかもしれないが、特別人が並んでいるだとかそういった様子はない。

 それだけ見れば本当に美味しいのかと少々疑問を覚えるが、建物の清掃が行き届いており、清潔感を感じさせるその佇まいを見れば、なんだか期待が持てそうな雰囲気を醸し出している。

 ……さすがアナさんのおすすめといったところか。

 そんなことを思いながら、彼女にに連れられて店へと入る。

「こんにちは~」

「おう、いらっしゃいアナちゃん!」

 店に入ると、彼女の挨拶に野太い声が返ってくる。それから少しして、店の奥から身長2メートルはありそうな筋肉質の大男が現れた。

 ……ここのオーナーさんかな?

 厨房の方から現れたためおそらくそうなのだろうが、なんというかその風体は料理人よりも冒険者に思える。

 そんな大柄な彼は、アナさんへとまるで孫を見るようなやさしい笑みを浮かべていたのだが、一度その視線が彼女の後方に立っていた僕へと向いた瞬間、なぜかそれが鋭いものへと変わった。

「……っと、そちらさんは?」

 言いながら、まるで品定めでもするかのように上から下まで眺めてくる。

 ……はっきりいってかなり恐怖を感じる。

 そんな僕の内心も、眼前に立っているアナさんには伝わっていないようで、彼女はいつも通りの柔和な笑みを浮かべながら口を開いた。

「この方はソースケさんです」

「あ、こ、こんにちは」

 ビビりながらも、僕は挨拶を返す。
 そんな僕の前で、大男は片眉を上げた何ともいえない表情を浮かべている。

 ……そりゃそうだ。誰かと聞かれて名前だけ答えられても、この人からすれば意味がわからないだろうし。

 眼前で相変わらずニコニコしているアナさんを見ながら、意外と彼女は天然なのか? と疑問を抱いていると、大男は諦めたように頭を数回軽く掻いた後、相変わらずの鋭い眼光をこちらへと向けながら声を上げた。

「……まぁ、いいか。ソースケとやら、俺はここのオーナーのコラドだ。よろしくな」

「ソースケです。よろしくお願いします」

 改めてしっかりと挨拶をし、頭を下げておく。
 そんな僕の姿を変わらずじっと見つめた後、コラドさんはポツリと呟くように小さく声を上げる。

「……見たところ好青年って感じだな」

 ……なんて?

 その声がこちらまで届かなかったため、なんて言ったのか確認しようと考えていると、コラドさんは再度ポツリと声を漏らす。

「ったく、あの野郎がウカウカしてっから……」

 ……だからなんて──と、またもや聞こえないほど小さく声を上げるコラドさんに僕が疑問を覚えていると、彼は唐突にツカツカと僕の方へと近づいてくると、眼前で先程同様鋭い眼光を向けてきた。

「おい、ソースケとやら」

「は、はい」

 僕が返事をすると、コラドさんは僕の耳元へと口を寄せ──

「アナちゃんを悲しませるんじゃあねぇぞ」

「……? はい、それはもちろん」

「……もしも悲しませることがあった日には、俺が直々に叩きのめしてやるからな」

「……ひ、ひぇ。き、気をつけますぅ」

「おう、そうしてくれ」

 そう言った後、コラドさんは僕から離れた。そして「んじゃおりゃ厨房へ戻るからな。また注文が決まったら呼んでくれ」と言うと、ヒラヒラと軽く手を振りながら裏へと戻っていった。

 コラドさんの姿が見えなくなった瞬間、僕は思わず止めてしまっていた呼吸を再開するようにふひゅーっと息を吐いた。

 ……あまりにも怖すぎた。なんだよあの目力は……。

 思い出すだけでも身震いするような視線に内心で怯えつつ、僕はふと彼が言っていた言葉に疑問を抱いた。

 ……それにしても、アナさんを悲しませるなってどういうことだろう。……まさか、僕からなんかやらかしそうなダメ人間オーラでも出ていたのか? だとしたらすごく悲しいんですけど。

 そんなことを考えながら目の前にいるアナさんへと目を向けると、彼女は何やら苦笑いを浮かべている。

「アナさん?」

「あの、普段はあんな怖い人ではないんですよ? ただ何というか、私からしたらおじいちゃんのような人で──」

「……なるほど、それで変な虫がついてないかと」

「えっと、あはは」

 彼女は肯定とも否定ともとれない曖昧な笑みを浮かべた後、
「とりあえず席につきましょうか」と言葉を続けた。

 彼女の声に従い、僕たちは適当な席へと対面で腰掛ける。
 そしてそのままメニュー表を見たり、彼女のおすすめを聞きながら注文する品を決定した所で、アナさんが「すみませーん」と声を上げた。

 その声に「あいよ、ちょっと待ってな!」とコラドさんの声が聞こえてきた後、厨房からコラドさん……ではなく1人の青年がやってきた。

 年の瀬は20代前半といったところか。160後半ほどの平均的な身長に、パーマがかったクリーム色の髪を有するその青年は、その童顔のせいか、はたまた柔和な笑みを浮かべるその姿からか、どことなく大型犬のような雰囲気を醸し出している。

「あ、アナさん! いらっしゃいませ!」

 そんな彼はそう言って一直線にこちらへとやってくると、アナさんへとそれはもう最高の笑顔を向けた。

 なんだかこちらが恥ずかしくなってしまうほどに、一切の好意を隠そうともしないその笑顔を見て、僕は思わず苦笑いを浮かべた。

「こんにちは、ウィリアムくん」

 アナさんが青年──ウィリアムくんへと微笑みながら挨拶を返す。すると途端にウィリアムくんの顔が真っ赤になった。

 ……なんかかわいいなこの子。

 と、青年に抱くような感想ではないが、そんなことを思いつつウィリアムくんの様子を微笑ましく眺めていると、彼は未だ赤らんだ顔のまま再度口を開いた。

「こ、こんにちは、アナさん。その、ご注文をお受けいたします」

 その声を受け、アナさんが注文をしていく。そして、その視線を僕へと向け「ソースケさんは、こちらでしたよね?」と続けた所で──

「…………へ?」

 ここで初めて気づいたのか、アナさんしか見えていなかったその瞳に、僕の姿を映す。

 ……そんなことある!? とは思いつつも成り行きを見守っていると、ウィリアムくんは呆然と呟くように言葉を漏らす。

「ソ、ソースケさん……………?」

 そして泣きそうな睨んでいるような何とも言えない視線をこちらへと向けた後、その顔をギギギギと音がしそうなスピードでアナさんへと向けた。

「アナさん、あ、あの、こちらのお方は……」

「ふふっ、後ほど紹介しますね」

「…………………はい」

 アナさんのその言葉に、ウィリアムくんは何やら盛大な勘違いしたようで、絶望的な表情で厨房へと戻っていく。

 そんな彼の姿を見ながら、何だか一波乱が起きそうだと、僕は内心そう思うのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...