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1-24 入学式と噂の美少女(後編)

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 入学式の前に一度教室へと集まるという事で、桔梗は校舎の中へと入った。

 初めて校舎内に入った為、時折道を間違えそうになるが、何とか案内の通りに進んでいく。するとここで、何やら前方に道を覆う程の人集りがある事に気がつく。

「いや、まさか……」と思いつつ、案内と現在地を照らし合わせると、人集りの奥に自身の教室がある事がわかる。

「……えぇ、嘘でしょ」

 目前の異様な光景に桔梗は思わず呆れ返った様な声を漏らす。

 原因はわかっている。

 いや、入学式の日に、別段事件が起こった訳でもないありふれた学校の中で、とある一教室の前に、とんでもない人集りが出来る要因など、桔梗は1つしか浮かばなかった。

 とは言っても、正直ここまでの人集りができるとは予想だにしていなかったが。

「さすがだな」と思いつつ、ひとまず教室へと入ろうとする。が、人集りのせいで入口が塞がれ中に入れない。

 入口位は開けとけとも思うが、きっとその考えすらも欠落してしまう程、彼らは教室内の大輪に捉われてしまっているのだろう。

 ひとまず人集りの近くへと行き、間を縫って入れやしないかと探るが、残念ながら人が通れる隙間はない。かと言って、桔梗に入口を開けてと声を掛ける度胸があるかと言えばそれも無かった。

 と言う事で、桔梗は仕方がなく群集が散るのを待つ事に。

 とは言え、ただうろうろとして待っているのはあまりにもつまらなく、また人集りの要因を直接見て確認したいという思いもあった為、桔梗はとりあえず群集に混ざる事にした。

 人集りに近づく。そして自身のクラスを外から覗くという前代未聞な状況に違和感を覚えつつも、教室内へと視線を向ける。

 視線の先にあるのは、なんて事ないありふれた教室である。

 しかし一言で表すならば、その中は異様であった。

 早めに到着したのだろう、自身の席に座る新入生。そんな彼らの視線が、まるで花に吸い寄せられるハチの様に一点を向いているのである。

 そしてその視線の先には、圧倒的な存在感を放つ美しい大輪が咲いていた。

 その姿を一目見て、桔梗は理解する。

 間違いない、彼女が水森彩姫だ……と。

 そして同時にこうも思う。

 あぁ、これは高校の倍率が例年の何倍になったり、現状の様な人集りができてしまうのも仕方がないな……と。

 そう心の底から思ってしまう程に、水森彩姫という少女は飛び抜けて美人であった。
 いや、美人という一言で片付けて良いものか、とにかく彼女の纏う空気感すらも他の人々とは一線を画すものがあった。
 と同時にこうも思う、

「うん、これが笑顔だったらもっとやばかっただろうな」

 と。そう、現在彼女は笑顔ではなく、寧ろその逆でかなり不機嫌そうにしている。

 勿論桔梗を含めた群集も原因の一つであろうが、それ以上の原因は、間違いなく彼女の周囲に立つ数人のチャラいイケメンである。

 桔梗からすれば羨ましい事この上ない程のイケメンが、仲良くなりたいのか、しきりに彼女に話しかける。
 しかし、大抵の女子ならばとりあえず話だけはしてしまいそうな、そんなイケメンの言葉であっても、彩姫には一切届いていないようで、彼女は一言も返す事なく、相変わらず不機嫌そうにしている。

 ……なる程、男嫌いってのは本当らしいな。

 桔梗の中学校にも、彼女が男嫌いである事は以前噂で回ってきた。普段から男を全く寄せ付けず、同性とばかり絡んでいる事から百合疑惑まででている事も。

 しかしそんな少女であっても、自分ならば落とせるとでも思っているのか、お構いなしとばかりにイケメンが話しかける。
 が、やはり彩姫は一言も返さない。

 ……と。

 ここで痺れを切らしたのか、男のうちの1人が、馴れ馴れしく彼女の肩に触れようとして──しかしそれよりも早く彩姫がその男をキッと睨みつけた。

 そのあまりの迫力に、男が思わず手を引っ込める。

 睨まれた男以外のイケメンも、その迫力に苦笑いを浮かべると「またくるねー」と言いながら自身の席、あるいは自身の教室へと戻っていった。

 それを目撃した群集が湧く。

「こえー」
「でも俺も睨まれたいわー。ちょっといってこよーかし」
「ばーか、本当に嫌われるぞやめとけ」

 という声が、桔梗の横にいる少年から聞こえてくる。

 その声を聞きながら、よくそんな事を言えるなと桔梗は思う。

 今一度彩姫へと視線を向ける。

 周囲から男が消えた事からか、幾分か和らいだ表情の彼女。やはり何度目にしても、その美しさは言葉では言い表せない程に完璧である。

 しかし桔梗には、そんな彼女の姿が、まるで美しくも脆いガラス細工のように見えた。
 どんなに美しいガラス細工も、ほんの少しの衝撃で壊れてしまう様に、彼女もいずれ何らかの拍子で壊れてしまうのではないかと、そう妙な危惧を覚えてしまったのだ。

 ──と。

 桔梗が彩姫からそんな危うさの様なものを感じていると、ここで遠方から教師の声が聞こえてきた。

 自身の教室に戻れという教師の指示に、群集は嫌々ながらも自身のクラスへと戻る。これにより、ようやく教室の入口が空いた為、桔梗は教室の中へと入り、自身の席──窓際の1番後ろ──へと腰を下す。

 そしてそのまま別段何かをするでもなく、ボーッと窓の外へと目をやったりしながら時間が過ぎるのを待った。

 クラスメイトが続々と集まってくる。と同時に、皆前後左右の新たな仲間達と辿々しくも楽しげに会話を行っているのだろう、あちらこちらから人の輪が広がる音が聞こえてくる。

 その楽しげな声を羨ましく思いながらも、しかし自ら声を掛ける勇気を持ち合わせていない桔梗は、まるで1人で居る事を望んでいるかの様に机に突っ伏した。

 ……その後、少しして。

 桔梗はふと気になり、顔を動かして一度水森彩姫を見た。

 先程までとは違い、彼女は柔和な笑顔で複数の女の子と話している。

 その笑顔の圧倒的な存在感と美を感じながら、きっと今後3年間で彼女とは一度も絡む事は無いんだろうなと半ば確信的に思うのであった。

 ◇

 感覚では3年前、実際には数日前までの記憶を思い起こしながら、桔梗は教室の扉の前でフーッと息を吐く。

 久しぶりの学校に、嫌でも灰色だった1か月間の高校生活の事を想起してしまい、異世界で災害級の魔物と戦った時以上の緊張を覚える。

 しかし、最早ここにあの頃の様な弱い桔梗はいない。

 緊張を覚えながらも、過去の様にビクビクなどせず、堂々とした出で立ちで、

「……よし」

 と言い、うんと頷くと、桔梗は意を決して目前の教室の扉を開けた。

 瞬間、3年ぶりに見たクラスメイト達の視線が、パッと一斉に桔梗の方へと向いた。
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