上 下
14 / 37

1-13 初めての連絡先交換

しおりを挟む
 東御は芍薬をいけたコップを玄関まで持って行った。
 シューズボックスの中に収納してあった黒檀製の小さな敷板を玄関に置き、その上に花を置く。玄関の雰囲気がぐっと華やかになった。

「八雲さんは、やっぱり先生なんですね」
「どういう意味だ?」
「なんだか知らない部分があるのは寂しいなって、ずっと思ってたんです」
「華道家としての俺を見て、少しでも惚れ直してくれるなら幾らでも見せて行こうと思うが、沙穂にとってはよく分からない世界だろうし……」

 東御は花森を連れてキッチンに戻る。
 テーブルの上に広げた新聞紙と、その上に散らばった葉や茎をまとめて片付けた。

「八雲さんが評価されている世界を知らないのは、なんだか無責任だと思うんです。全部を私に見せてくれようとしないのは、どうしてですか?」
「……華道家の東御八雲という自分が好きじゃない」
「素敵じゃないですか……お花に詳しくて、簡単に綺麗なお花を飾れるなんて」
「素敵だと思ったか?」
「思いましたよ」

 にこりと笑う花森を見て、東御はその頭を抱え込む。
 東御という家に生まれて当たり前のように華道を続けてきたが、名声とは裏腹に不自由な自分を思い知って来た。
 花森に認められて、初めて子どもの頃から続けてきた花の道が意味を持つ。

「さっきは、沙穂に花を諦めさせようとしてすまなかった。失敗した沙穂を見て、無理にこんなことをさせるべきではないと思ったんだ」
「自分が向いていないのは、嫌と言うほど分かりました。花嫁修業だったら落第ですけど」

 花森は抱えられた東御の胸に頬を寄せる。規則的に聞こえる鼓動に耳を当ててその音と振動を感じてみる。

 トク、トク、トク……。

「花嫁修業が落第でも、きっと八雲さんは私以外愛せないと思うんです」
「自信があるんだな」
「違いましたか?」
「違わない」

 鼓動のリズムが変わる。

 トッ、トッ、トッ……。

「八雲さん、ドキドキしてます?」
「誰かが、人を挑発するからだ」
「挑発なんてしてません」

 東御はそっと花森の額に口付けた。
 どんなに父親が認めない相手だろうと、花森だけは手放せない。
 どうしようもなく手元が危うくて、ドジで鈍くさい。それなのに強気なところがまた、かわいい。

 自分の感情をなかなか示せないくせに、愛情が自分に向いていないのは許せないらしい。自分勝手にも思えるが、思う存分重い愛をぶつけていいと言われているのは都合がよかった。

「沙穂に素敵だと言われると、これまでの自分が全て救われるような気がする」
「そういうところ、大袈裟ですね。私が素敵だと言ったことに、そんな価値があるとは思えませんが?」
「他人や家族に否定をされても、沙穂が肯定してくれるなら……それだけで意味がある」
「どうして?」
「愛する人が自分の存在を認めてくれるというのは、何物にも代えがたい」

 人が初めてその感覚を得るのは、恐らく親に愛情を注がれた時なのだろう。
 そういうものを知らない東御にとっては、初めて無償の愛を知って行く。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

異世界エステ〜チートスキル『エステ』で美少女たちをマッサージしていたら、いつの間にか裏社会をも支配する異世界の帝王になっていた件〜

福寿草真@植物使いコミカライズ連載中!
ファンタジー
【Sランク冒険者を、お姫様を、オイルマッサージでトロトロにして成り上がり!?】 何の取り柄もないごく普通のアラサー、安間想介はある日唐突に異世界転移をしてしまう。 魔物や魔法が存在するありふれたファンタジー世界で想介が神様からもらったチートスキルは最強の戦闘系スキル……ではなく、『エステ』スキルという前代未聞の力で!? これはごく普通の男がエステ店を開き、オイルマッサージで沢山の異世界女性をトロトロにしながら、瞬く間に成り上がっていく物語。 スキル『エステ』は成長すると、マッサージを行うだけで体力回復、病気の治療、バフが発生するなど様々な効果が出てくるチートスキルです。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

二度目の勇者の美醜逆転世界ハーレムルート

猫丸
恋愛
全人類の悲願である魔王討伐を果たした地球の勇者。 彼を待っていたのは富でも名誉でもなく、ただ使い捨てられたという現実と別の次元への強制転移だった。 地球でもなく、勇者として召喚された世界でもない世界。 そこは美醜の価値観が逆転した歪な世界だった。 そうして少年と少女は出会い―――物語は始まる。 他のサイトでも投稿しているものに手を加えたものになります。

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...