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キヨとの問答

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 翌朝。
 
 目を覚ました光は、真っ先に宗介の容体を確認しに向かった。
 
 目を覚ます気配はおろか身動き一つせず静かに横になっている宗介。
 
 光は一抹の不安を覚え、彼の顔にそっと手をかざす。手に微かな空気の流れを感じ、光はひとまず安堵の息を吐く。
 
 しかし、これで安心しているわけにはいかない。
 
 宗介は美守の命を「もって一週間」と言っていた。今日が細入村を訪れて四日目になるので、いつ不幸が訪れてもおかしくない状況だ。悠長に構えている余裕はない。
 
 光は一つ気合いを入れて、身支度を済ませる。
 
 やるべきことは、細入村のどこかに隠された呪いの根源を探し出すこと。
 
 アテは今のところないが、宗介の話では細入村の中には、その場所を知っている者がいるとのことだった。「自分たちのような余所者には教えてくれない」と宗介は言っていたが、最早なりふりかまっていられない。光は手当たり次第村中の人間に話を聞いて回るつもりでいた。
 
 朝食後、光は細入村の民家を訪ね歩く。
 
 最初はインターホンを押すのにも勇気が必要だった。そして、勇気を振り絞った結果、門前払いを受けることもしばしばあった。
 
 それもそのはずで、今日は三連休の最終日。最後の余暇をのんびり過ごしたい人たちにとって、光の来訪は邪魔でしかない。「オワラ様の話を聞きたくて……」と告げると「くだらねえことで起こすんじゃねえ!」と怒鳴られることもあった。それでもめげずに聞き込みを続けるが、やはり宗介の言った通り、誰も呪いに繋がる手掛かりは話してくれない。
 
 そうこうしているうちに陽は高く昇り、じっとりと汗が滲み始める。歩き続ける足にも痛みが伴い始めたが、光はお昼も食べずに細入村のあちこちを訪ねて回った。
 
 以前訪れた奈雲神社にも行ってみたが、やはり返ってくる答えは前と同じ。何の収穫も得られぬまま時間だけが過ぎ、腕時計を見ると間もなく三時を回ろうとしていた。


(ダメだ……。誰に、どんなふうに尋ねても、呪いの元凶に関係がありそうなことは何も話してくれない……。でも、考えたら当たり前か。私みたいな余所者に、村の秘密を話すメリットなんてないもんね。利害が一致しないのに話してくれるわけ――)
 

 その時、ふとキヨの顔が思い浮かんだ。
 
 初対面から今に至るまで、光たちはキヨに全く受け入れられていない。
 
 だが、あそこまでオワラ様に狂信しているキヨなら、細入村に隠された秘密を知っている可能性は高いように思えた。加えて、美守は大切なひ孫だ。彼女を救うためと知れば、協力してくれるかもしれない。
 
 とにかく迷っている時間はない。
 
 光は佐々村家へと足を向けることにした。

 佐々村家に到着すると、ちょうど外で車の手入れをしていた猛と出くわした。
 
 彼にキヨの居場所を訪ねると、


「祖母でしたら、先ほど庭の池の方で見かけましたよ」
 

 と、教えてくれた。
 
 猛に礼を言い、光は佐々村家の広い庭へ向かう。
 
 庭に入ると、猛の言った通りキヨは池の鯉に餌を撒いているところだった。光が近づくと、キヨは手を止め顔だけを光の方へと向けた。


「なんじゃ、小娘。まだ帰っておらんかったのか?」
「あ、あの、キヨさんにお尋ねしたいことがあるんです」
 

 光が話を切り出すと、キヨは少しだけ目を細めた。


「なんじゃ?」
「キヨさんはオワラ様を熱心に信仰しておられますよね。でしたら、御存じではありませんか? 奈雲神社以外で、オワラ様を祀っている場所を」
 

 光の問いかけに対して、キヨは僅かに眉を動かし、


「そんなもんは知らん」
 

 と素っ気なく答えて再び顔を池の方へ戻した。
 
 予想通りと言えば予想通りの反応。
 
 素直に教えてくれるはずがない、と光も思っていた。
 
 だが、光も「はい、そうですか」と大人しく引き下がることはできない状況にある。


「本当は知っていますよね? お願いします! 隠さないで教えてください!」
「知らんもんをどうやって教えろと言うんじゃ。わしゃ、本当に何も知らん」
「キヨさんだって、美守ちゃんが心配ですよね? それが分かれば、美守ちゃんを救えると思うんです。美守ちゃんのために、知っていることを話してください!」
 

 美守の名前を出すと、一瞬キヨの目が泳いだ。だが……。


「しつこい奴じゃのう。知らんもんは知らんと言うておろうが! お前に話すことなど何もない! 美守を救いたいと言うのじゃったら、お前がとっととこの村を出ていくがええ。お前みたいな余所者がおるから、オワラ様が怒って美守を苦しめるのじゃ! 即刻、立ち去れ!」
 

 それでもキヨは頑なに知らぬ存ぜぬを貫き通す。やはり宗介が言っていたように、余所者である自分たちには、決して真実は語られないのだろう。
 
 だが、諦めるわけにはいかない。
 
 前へ進むと覚悟を決めた。
 
 絶対に助けると美守に誓ったのだ。
 
 気が付くと、光は地面に両手両膝をついてキヨに頭を下げていた。
 
 自分が誰かに土下座をするなんて、これまで一度だって考えたことはない。
 
 また、自分は御堂家の次期当主として、絶対に恥ずかしい真似をしてはいけないという気持ちもあった。
 
 けれど、今は違う。守りたい人たちを失う痛みに比べれば、自分のプライドが傷つく痛みなど、どうでもいいと思える。


「私のような余所者が生意気なことを言っているのは重々承知しています。それでも、美守ちゃんを助けたい気持ちはキヨさんと変わりません。だからどうか、私に力を貸してください!」
 
 光は頭を下げたまま懇願する。
 
 しばしの沈黙があって、「顔を上げい」というキヨの声が聞こえた。
 
 誠意が伝わったと思い、光は喜んで顔を上げる。
 
 だが、その直後、キヨは光の顔に向かって「ぺっ」と唾を吐き捨てた。


「頭を下げれば思うようになると思うたか? 甘くみるな、小娘! 挙句にワシと同じ気持ちじゃと? たった数日前にここへ来たばかりのお前に、ワシの気持ちなど分かるわけがなかろう。適当なことを口にするでないわ、腹立たしい! 二度とワシの前に顔を見せるな!」
 

 怒気を孕んだ声で叫ぶと、キヨは光の横を通り抜けて去っていった。
 
 光は愕然となり、立ち上がることはおろか、身動き一つ取れない。初めて感じる絶望。光はこれまで、誠意と熱意を見せれば誰だって心を開いてくれると思っていた。宗介がそうであったように、最初は嫌な顔をされても心を込めてお願いすれば受け入れてもらえる、と。
 
 けれど、それは自分が思い込んでいた甘い幻想だったようだ。
 
 自然と目の奥が熱くなったが、光はそれをぐっと堪える。辛く悲しいけれど、ここで泣くわけにはいかない。泣いている暇があるなら、次にどうするかを考えなくてはいけない。少なくとも宗介ならば、きっとそうするはずだから。
 
 沈んだ心に活を入れ、立ち上がろうとした時――。




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