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南雲神社
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宗介が「話を聞きたいから奈雲神社の場所を教えてくれないか?」と明美さんに頼むと、彼女はわざわざ神社に電話を掛けてくれた。明美さんの話では、午前中は用事があって時間が取れないが、午後からなら神主さんが話を聞かせてくれるらしい。
そこで、宗介たちは桜荘で昼食を摂り、午後から明美さんに書いてもらった地図を頼りに奈雲神社へと向かった。
外は夏の太陽が容赦なく照りつけ、うだるような暑さ。
だが、宗介は暑さ以上の倦怠感を先ほどから感じていた。
身体が重い。喉が乾く。加えて、右肩の痣が小さな痛みを孕み始めていた。指先を切った時のような神経を刺激する痛みを。
到着した奈雲神社は鎮守の森を残した立派な神社だった。木々に囲まれた石畳の階段を昇ると、広い境内が目に飛び込んでくる。これだけの広さがあるのなら、祭りも十分に執り行えるだろう。宗介たちは手水舎で手と口を清め、まずは拝殿で礼拝を済ませてから、神社を管理している社務所へと赴いた。
中に入ると、一人の女性が受付をしており、名前を告げると「お待ちしておりました」と奥の部屋へと通された。
応接室と思しき部屋はかなり狭かったが、壁にはお祭りの写真が大きく引き伸ばされて飾られていた。宗介は何気なく、その写真の前へと移動する。
多くの観客の前で、杖を振って演舞しているのは白い衣装を身に纏った男性。その反対側には複数の男性たちがいて、こちらは黒の衣装を纏っている。見た感じだが、白い服を着た男性がオワラ様、黒い服の男性たちがジゴクマダラを表現しているように思われた。
「それは『八節(やつぶし)』という舞踊の写真でのう。秋に行われる祭りの華なんじゃ」
声のした方を振り向くと、そこには袴姿の老人が一人。白い髭を生やした痩せた風貌はどこか仙人のようにも見える。おそらく彼がこの神社の神主なのだろう。老人はどこか嬉しそうに宗介たちの元へ歩み寄ってきた。
「『八つの足を潰す』という意味と掛け合わされておっての。黒い踊り手が一人、また一人と減っていくのが、この舞踊の特徴じゃ。さて、申し遅れたが、ワシがこの神社の神主をしておる奈雲龍前(なぐもりゅうぜん)じゃ」
「俺は黒宮宗介」
「私は御堂光といいます」
宗介たちが自己紹介をすると、龍前は目を細めて優しく微笑んだ。
「ほっほっ、やはり若いモンと話すと元気を貰えるのう。して、要件はオワラ様について話を聞きたいということじゃったか?」
「ああ。昨日、佐々村の婆さんから大まかな話は聞いたんだけど、もっと詳しく知りたくてさ。次いでに、ここに祀られているっていう錫杖も拝ませてもらいたいって思って」
「ほう、キヨさんに話を聞いたのか。では、同じ話の繰り返しになるやもしれんし、ワシが口で語るのはよした方が良さそうじゃな。ふむ……ついて来なさい」
そう言って龍前に連れていかれたのは拝殿の中だった。
龍前は奥の棚から何かを持ち出してくると、それを机の上に置いた。
「これは絵巻物?」
「うむ。オワラ様の伝説は今では色々と形を変えて伝わっておるが、ここに書かれておることが原点じゃ。まあ、キヨさんに話を聞いたのなら、この絵巻物とそう相違はないと思うがの」
「見てみても?」
宗介が尋ねると、龍前はこくりと頷いた。
開くと、最初に描かれていたのは、蜘蛛の化け物と逃げ惑う村人たちだった。キヨに聞いた通り、蜘蛛の化け物は頭の部分だけが人の形で描かれている。
その次には絵を説明する詞書が記されていたが、ミミズがのたくったような字は宗介には解読不能だった。だが、絵だけを追って見ていく限り、キヨの話と全く一致しているように思えた。ただ一点を除いて――。
「ねえ、宗介君。あそこに描かれている女の人は何だろう?」
光が指差したのは、ジゴクマダラに傷つけられた村人が、一人の女性に手を合わせている絵だ。宗介も同じ絵に疑問を持った。
キヨの話では、オワラ様はジゴクマダラを退治する際に村の女に扮したとのことだったが、その絵が描かれているのはオワラ様が登場する前。描かれている女はオワラ様ではないはずだ。
「ふむ、どうやらキヨさんは天女の存在を端折ったようじゃの。まあ、ここが一番省かれるところじゃから無理もないが」
「天女、ですか?」
光が尋ねると、龍前は「うむ」と顎髭を触りながら頷く。
「オワラ様が細入村に現れたのは偶然ではなくての。村人の一人が傷つき倒れておった天女を助けたからなんじゃ。ジゴクマダラのせいで村にはロクに食べ物もなかったが、心優しい村人は自分の分の糧を天女に与えたのじゃよ。天女は村人に大変感謝してのう。傷が癒え天へと帰る際に、助けてくれた村人に『何でも一つ願いを叶えてやる』と言ったそうじゃ。村人は『村を襲うジゴクマダラを退治して欲しい』と天女に願った。そこで天より遣わされたのが、オワラ様というわけなんじゃよ。まあ、オワラ様がジゴクマダラという化け物を退治した、という話の根幹に関わる部分ではないからの。細入村の人間でも知らない者は多いじゃろうし、知っていても人に話をする時は省く場合が多いのじゃ」
龍前の言う通り、話の本筋には関係のない部分だろう。その他の部分に気になる個所は見当たらなかったので、宗介は開いていた絵巻物を閉じた。
新しい発見と呼べるものは何もなかったが、これは想定の範囲内。
宗介が奈雲神社を訪れた真の目的は別にある。
「じゃあさ、祀られている錫杖は見せてもらえるか?」
本音を言うと、断られるだろうと思っていた。
錫杖が祀られているのは、おそらく神がいるとされる本殿。普通の参拝客が中を覗くのは難しい場所だからだ。だが、もし断られたら、宗介は今夜この神社に忍び込むつもりでいた。
「う~む……祀ってあるのは本殿の方じゃからのう。普通は解放せんのじゃが、せっかく若いモンがこうして訪ねてきてくれたのじゃし見るだけなら見せてやろう」
しかし、龍前は意外にもオーケーを出してくれた。少し拍子抜けしたが、思うように事が運ぶなら何よりだ。
宗介たち三人は拝殿を出て、その後ろにある本殿へと向かった。
そこで、宗介たちは桜荘で昼食を摂り、午後から明美さんに書いてもらった地図を頼りに奈雲神社へと向かった。
外は夏の太陽が容赦なく照りつけ、うだるような暑さ。
だが、宗介は暑さ以上の倦怠感を先ほどから感じていた。
身体が重い。喉が乾く。加えて、右肩の痣が小さな痛みを孕み始めていた。指先を切った時のような神経を刺激する痛みを。
到着した奈雲神社は鎮守の森を残した立派な神社だった。木々に囲まれた石畳の階段を昇ると、広い境内が目に飛び込んでくる。これだけの広さがあるのなら、祭りも十分に執り行えるだろう。宗介たちは手水舎で手と口を清め、まずは拝殿で礼拝を済ませてから、神社を管理している社務所へと赴いた。
中に入ると、一人の女性が受付をしており、名前を告げると「お待ちしておりました」と奥の部屋へと通された。
応接室と思しき部屋はかなり狭かったが、壁にはお祭りの写真が大きく引き伸ばされて飾られていた。宗介は何気なく、その写真の前へと移動する。
多くの観客の前で、杖を振って演舞しているのは白い衣装を身に纏った男性。その反対側には複数の男性たちがいて、こちらは黒の衣装を纏っている。見た感じだが、白い服を着た男性がオワラ様、黒い服の男性たちがジゴクマダラを表現しているように思われた。
「それは『八節(やつぶし)』という舞踊の写真でのう。秋に行われる祭りの華なんじゃ」
声のした方を振り向くと、そこには袴姿の老人が一人。白い髭を生やした痩せた風貌はどこか仙人のようにも見える。おそらく彼がこの神社の神主なのだろう。老人はどこか嬉しそうに宗介たちの元へ歩み寄ってきた。
「『八つの足を潰す』という意味と掛け合わされておっての。黒い踊り手が一人、また一人と減っていくのが、この舞踊の特徴じゃ。さて、申し遅れたが、ワシがこの神社の神主をしておる奈雲龍前(なぐもりゅうぜん)じゃ」
「俺は黒宮宗介」
「私は御堂光といいます」
宗介たちが自己紹介をすると、龍前は目を細めて優しく微笑んだ。
「ほっほっ、やはり若いモンと話すと元気を貰えるのう。して、要件はオワラ様について話を聞きたいということじゃったか?」
「ああ。昨日、佐々村の婆さんから大まかな話は聞いたんだけど、もっと詳しく知りたくてさ。次いでに、ここに祀られているっていう錫杖も拝ませてもらいたいって思って」
「ほう、キヨさんに話を聞いたのか。では、同じ話の繰り返しになるやもしれんし、ワシが口で語るのはよした方が良さそうじゃな。ふむ……ついて来なさい」
そう言って龍前に連れていかれたのは拝殿の中だった。
龍前は奥の棚から何かを持ち出してくると、それを机の上に置いた。
「これは絵巻物?」
「うむ。オワラ様の伝説は今では色々と形を変えて伝わっておるが、ここに書かれておることが原点じゃ。まあ、キヨさんに話を聞いたのなら、この絵巻物とそう相違はないと思うがの」
「見てみても?」
宗介が尋ねると、龍前はこくりと頷いた。
開くと、最初に描かれていたのは、蜘蛛の化け物と逃げ惑う村人たちだった。キヨに聞いた通り、蜘蛛の化け物は頭の部分だけが人の形で描かれている。
その次には絵を説明する詞書が記されていたが、ミミズがのたくったような字は宗介には解読不能だった。だが、絵だけを追って見ていく限り、キヨの話と全く一致しているように思えた。ただ一点を除いて――。
「ねえ、宗介君。あそこに描かれている女の人は何だろう?」
光が指差したのは、ジゴクマダラに傷つけられた村人が、一人の女性に手を合わせている絵だ。宗介も同じ絵に疑問を持った。
キヨの話では、オワラ様はジゴクマダラを退治する際に村の女に扮したとのことだったが、その絵が描かれているのはオワラ様が登場する前。描かれている女はオワラ様ではないはずだ。
「ふむ、どうやらキヨさんは天女の存在を端折ったようじゃの。まあ、ここが一番省かれるところじゃから無理もないが」
「天女、ですか?」
光が尋ねると、龍前は「うむ」と顎髭を触りながら頷く。
「オワラ様が細入村に現れたのは偶然ではなくての。村人の一人が傷つき倒れておった天女を助けたからなんじゃ。ジゴクマダラのせいで村にはロクに食べ物もなかったが、心優しい村人は自分の分の糧を天女に与えたのじゃよ。天女は村人に大変感謝してのう。傷が癒え天へと帰る際に、助けてくれた村人に『何でも一つ願いを叶えてやる』と言ったそうじゃ。村人は『村を襲うジゴクマダラを退治して欲しい』と天女に願った。そこで天より遣わされたのが、オワラ様というわけなんじゃよ。まあ、オワラ様がジゴクマダラという化け物を退治した、という話の根幹に関わる部分ではないからの。細入村の人間でも知らない者は多いじゃろうし、知っていても人に話をする時は省く場合が多いのじゃ」
龍前の言う通り、話の本筋には関係のない部分だろう。その他の部分に気になる個所は見当たらなかったので、宗介は開いていた絵巻物を閉じた。
新しい発見と呼べるものは何もなかったが、これは想定の範囲内。
宗介が奈雲神社を訪れた真の目的は別にある。
「じゃあさ、祀られている錫杖は見せてもらえるか?」
本音を言うと、断られるだろうと思っていた。
錫杖が祀られているのは、おそらく神がいるとされる本殿。普通の参拝客が中を覗くのは難しい場所だからだ。だが、もし断られたら、宗介は今夜この神社に忍び込むつもりでいた。
「う~む……祀ってあるのは本殿の方じゃからのう。普通は解放せんのじゃが、せっかく若いモンがこうして訪ねてきてくれたのじゃし見るだけなら見せてやろう」
しかし、龍前は意外にもオーケーを出してくれた。少し拍子抜けしたが、思うように事が運ぶなら何よりだ。
宗介たち三人は拝殿を出て、その後ろにある本殿へと向かった。
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