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オワラ様2

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「こんな余所者に酒なんぞ振る舞う必要はないわい」
 

 しゃがれた低い声で呟いたのは、これまでずっと黙っていたキヨだった。
 
 一瞬、部屋の空気が完全に凍りつく。
 
 言葉を聞く限りだと、キヨだけはまだ宗介たちを受け入れていないらしい。


「お二人とも、母の言うことはあまり気に留めず――」
「何を言うか、源一郎! お前がこうして村に余所者を引き入れるから、オワラ様がお怒りになられるのじゃろうが! しっかりせい! このバカモンが!」
 

 キヨは眉を上げて源一郎を叱り飛ばした。源一郎も母親には頭が上がらないようで、困った顔で頭を掻く。
 
 キヨに敵視されることはどうでも良かったが、宗介は彼女がこれほどまでに狂信する『オワラ様』に少し興味を持った。


「おい、婆さん。随分と入れ込んでいるみたいだけど、そのオワラ様っていうのは一体何者なんだ?」

 
 宗介が尋ねると、キヨはニヤっと唇の端を吊り上げた。


「ひょひょひょ。気になるか、小僧? じゃが、余所者があまりオワラ様に関わらん方がええぞ。この間の若者のようになってしまうかもしれんからのう」
「若者?」
 

 その瞬間、佐々村家の人間の表情が固まった、ような気がした。


「まあ、よかろう。簡単に話を聞かせてやるわい」
 

 そこでキヨは乃恵の置いた酒に少しだけ口をつける。


「かつて、この細入村を囲む山には、『ジゴクマダラ』という頭だけが人の形をした巨大な蜘蛛の化け物が住み付いておった。ジゴクマダラはしばしば山を下り、細入村を襲っていたそうじゃ。口からは毒の息を吐いて村人を病に侵し、四本の右足は育てた穀物や家畜をなぎ払い、四本の左足は村の女子供を攫っていった、と伝えられておる。
 そんなジゴクマダラに細入村の村人たちは、ほとほと困り果てておった。じゃが、そこで現れたのが神通力を持ったオワラ様じゃ。オワラ様は村人たちから事情を聞くと、快くジゴクマダラ退治を引き受けてくださった。
 オワラ様は村の女に扮すると、ジゴクマダラの虚を突いて、まずは毒の息を吐き出す口を錫杖で潰しなさった。そして、ジゴクマダラが痛みでのたうち回っている間に、神通力でもって四本の左足を全て吹き飛ばしてしまわれた。その戦いを見ていた村人たちは、誰もがオワラ様の勝利を確信したそうじゃ。
 じゃが、そう簡単に事は運ばんかった。ここでジゴクマダラが怒り狂ってのう。そこからの戦いは凄惨を極めたそうじゃ。ジゴクマダラは残った四本の右足を我武者羅に振り回し、オワラ様の左手をもぎ取り、腸を引き裂いた。それでもオワラ様は退かず、自身の血とジゴクマダラの返り血を浴びて真っ赤になりながら戦い続けた。
 そして、いよいよ最後の足を切り落とすと、オワラ様は動けなくなったジゴクマダラの頭に錫杖を突き立てたのじゃ。こうしてジゴクマダラは生き絶え、村には平和が戻った。しかし、オワラ様もジゴクマダラとの戦いで受けた傷がたたり、その後まもなく亡くなってしまわれた。
 村人たちはオワラ様の死を悼み、後は村の守り神として崇め、感謝と信仰を欠かさなかった。そのおかげで、細入村はオワラ様の加護を受け、今に至るまで長き平穏が続いているというわけじゃ」
 

 宗介を含め、その場にいる全員が黙ってキヨの話に耳を傾けていた。
 
 そこまで話し終えたキヨは、今度はお茶をずずっとすする。
 
 それから、ゆっくりと立ち上がった。


「オワラ様は今でも村を守ってくれておる。じゃから、余所者があまり好き勝手すると、ジゴクマダラと間違えられて天罰が下るぞ。粋がらんことじゃ、小僧。ひょひょひょ」
 

 不気味な笑い声を残して、キヨは座敷を出ていく。
 
 キヨが去った後の座敷には、しばし沈黙が訪れた。


「あはは。祖母みたいな人が語ると、やっぱり雰囲気が出ちゃいますね。でも、単なる言い伝えですから、お二人とも気になさらないでください」
 
 猛が笑顔を作って明るく話す。
 
 そのおかげで、場にあった沈黙も消え去り、和やかな雰囲気が戻る。
 
 しかし、宗介は今のキヨが語った話に何か引っかかるものを感じていた。
 
 そんな中――。


「なんかちょっと怖い話だったよね。真剣に聞き入っちゃって喉が渇いたよ」
 

 隣の光が氷と茶色い液体の入ったコップを手に取る。


「あっ! おい、それは麦茶じゃ……」
 

 宗介が注意するより早く、光は茶色の液体(おそらくウィスキー)を喉の奥へ流し込んだ。


「うっ!」
 

 呻き声とともに、白かった光の顔が一瞬で赤く染まる。
 
 そして、そのまま後ろに倒れてしまった。
 
 しっかりとオチを付けてくれる光を見て、宗介は「実はお嬢様じゃなくて芸人なんじゃないのか、こいつ……」と思った。




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