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エピローグ

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ジュネール城、謁見の間。

「ヴァル=ブルーイット、勅令に従い馳せ参じました」
 
 ヴァルは跪き、王様に挨拶する。

「よいよい、そんなにかしこまらずとも。どうせ、心の中ではワシのことをエロハゲオヤジだと思っておるのじゃろうしの」
 
 全くもってその通りだった。
 もう王の威厳などは微塵も感じていない。
 ヴァルは顔を上げる。
 すると、王様の頭に緑色の何かが張り付いていることに気付く。

「あの、王様。頭に何かついてますよ?」
「ああ、これか? おぬしが薬草は頭皮に効くと言っておったから、こうして貼り付けておるのじゃ。早く効果があらわれぬかのお」
「どこまで髪に必死なんだよ……」
 
 相変わらずの王様だった。

「して、今日、そなたをここへ呼んだのは他でもない。そなたの紋章に『王の加護』を授けるためじゃ」
「王の加護を……」
「うむ。そなたの活躍により、この城は救われた。その活躍は『勇者』の名に恥じぬもの。故に、王の加護を与えたいと思う。それがどういう意味なのか、おぬしにはもう分かっておるじゃろ?」
「俺を勇者として認める、と」
「その通りじゃ。右手を差し出すがよい」
 
 ヴァルは言われるがまま右手を前に差し出す。
 王様が祈りを捧げると、ヴァルの紋章が輝きだし、文様が変化した。

「ただいまをもって、そなたは我が街の勇者じゃ。旅の扉は開かれた。これからのそなたの活躍を期待しておる」
 
 王の加護を受け、これでヴァルは勇者として認められた。
 ずっと夢見ていた冒険の旅へと出発することができる。
 すごく嬉しい、というのはヴァルの素直な気持ち。
 だが、ヴァルには一つ気にかかることがあった。

「あの、俺が勇者として旅に出たら、あの道具屋はどうするんですか?」
「そうじゃのう。新しく成り手を募集することになるじゃろう。まあ、おぬしが心配せずとも、すぐに後任が見つかるはずじゃ。心配せず冒険へ旅立つがいい。それがこの街を救ってくれたおぬしに対するワシなりの褒美じゃ。そして、疲れた時はいつでもこの街へ戻ってくるといい」
「他の誰かが、俺の代わりに……」
 
 ヴァルの中で、道具屋としてこの街で生活してきた記憶が蘇る。
 最初はつまらないと思っていた。誰にでも務まる。特別でも何でもない。自分のやるべきことではないとさえ。
 でも、今は違う。すごく近くにあったのに見えていなかった大切なもの。人と人とのつながりをヴァルは確かに感じ取った。
 自分の夢を叶えるために生きることは素晴らしい。
 だが、同時に人のために生きることも同様に素晴らしいことだ。
 だからこそ悩んでしまう。
 アメリアやロイド、他の冒険者たちと共に、この世界の謎を解き明かすべく冒険の旅に出るのか。
 リズやアンナさん、大勢のこの街で暮らす人々と共に、大切な人たちを守るため自分にできることをやっていくのか。

「ヴァル、私は……お前と共に夢を追いたい!」
 
 アメリアの言葉が耳奥でこだまする。

「私はたとえ勇者じゃなくても、ヴァルが傍にいてくれるだけで嬉しい」
 
 リズの悲しそうな顔が頭に浮かぶ。
 ヴァルの中で強烈な葛藤が生じていた。
 選べない……けれど、どちらかを選ばないといけない。
 ヴァルは断腸の思いで、答えを決める。

「王様、俺にもう少しだけ道具屋を続けさせてください」
「なぜじゃ? 勇者として旅立ちたくはないのか?」
「もちろん旅立ちたい。でも、俺はこの街の皆が好きだから。だからせめて、俺の後任が決まるまでは道具屋をやっていたい」
「ずっと後任が現れなかったらどうするつもりじゃ?」
「その時は――道具屋として骨を埋めよう。前はそんな生き方絶対に嫌だったけど、今ならそれもいいなって思えるから」
「そうか。少しは成長したようじゃな。では、これからも道具屋の業務に励むが良い」
「はい。ありがとうございます」
 
 ヴァルは王様に頭を下げ、謁見の間を後にする。
 正直、選んだ答えに迷いがなかったと言えば嘘になる。
 それでも、ヴァルはこれで良かったのだと自分に言い聞かせて、道具屋に戻る。
 店に帰れば、まだリズとアメリアがいるかもしれない。
 まだ道具屋をやると聞けば、リズは安心するだろうか。
 勇者として認められたと知れば、アメリアは喜んでくれるだろうか。
 伝説の勇者への道はいまだ見えない。
 それでも、ヴァルは少しだけ前へ進んだ気がした。

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