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ミルザ=ブラックスター
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「ククク、誰かと思えば、いつぞや酒場で会った半人前の小僧ではないか。なるほど、だからシールドを抜けることができたわけだな」
ミルザはヴァルを見下ろしながら喋る。その表情は、どこか面白い玩具を見つけた子供のようにも見えた。
「あの時は世話になったな。まさか、お前も勇者だったとは思わなかったぜ」
「クク、俺はもう勇者などではない。これを見ろ」
ミルザは右手のグローブを外し、その甲をヴァルに見せた。そこには《戦勇の紋章》が刻まれていたが、ヴァルのものとは明らかに違う。文様うんぬんの話ではなく、彼の紋章には大きな×印の烙印が押されていたのだ。
「この烙印は、一度勇者として旅立った者が、勇者であることを放棄した時に刻まれるものだ。いわば『脱落者』の証。俺はもう用済みの人間なんだよ」
ミルザの言葉を聞いて、一つの疑問が解消した。
なぜ勇者であるミルザが、このシールドの内側にいられるのか。彼もまたヴァルと同じく、不完全な紋章の持ち主だからだ。
だが、用済みという単語には引っかかるものを感じた。勇者であることを辞めたのは、自らの意志だろう。それなのに、まるで「周りの人間が自分を必要にしなくなったせいで勇者を辞めた」と言っているように聞こえる。
「お前、ヴァル=ブルーイットといったな」
「だったら何だ?」
「お前の話はこれまでしばしば耳にすることがあった。紋章を授かったにも関わらず、そこに転がっている能無しのせいで道具屋をやらされているらしいな。憎いとは思わないか?」
「憎い?」
「そうだ。自分の意志ではなく、周りの人間によって自分の進むべき道を決められる。本当に自分が望んでいたものは何も手に入らない。それでも周りの人間たちは口を揃えて言うんだ。『それがお前に相応しい生き方だ。運命なのだ』と。嫌気がささないか? そんな人生に」
ミルザの言っていることは分からないでもなかった。ヴァルだって、最初に道具屋をやれと言われた時は、憎しみとまではいかなくても、王様に強い怒りを覚えた。
「……確かにそう思ったことないと言えば嘘になる」
「そうだろう。クク、俺とお前はやはりよく似ている。互いに、この紋章に振り回される犠牲者なのさ」
「犠牲者?」
「ああ。お前は考えたことがないか? もし自分に紋章が現れなかったら、どうしていただろうか、と。こんなにも悩み苦しむことはなかったのではないか、と」
「それは……」
「俺も同じだ。この紋章さえなければ、俺は周りから期待されることはなかった。その期待に応えようとすることもなかった。なんとか結果を残そうと危険な橋を渡ることもなかった。それが原因で仲間から裏切られることもなかった。信用を失い一人ぼっちになることもなかった。そして、誰からも期待されなくなることも……なかった」
そこでヴァルは王様の話を思い出した。『輝かしい戦績を残す勇者は一人だけ。多くの者は何もなしえずに剣を折る』という言葉。ミルザもその大勢の夢破れた勇者の一人なのだろう。
「あんたの気持ちは……分からないでもないよ。でも、勇者として旅立ったのも、期待に応えようとしたのも、仲間に裏切られたのも、全部あんたが選んだことだろ。それを理由に、城を襲ってたくさんの人を傷つけるなんて間違っている!」
「そうだ。お前の言う通り、全部俺の責任だ。それくらい俺だって分かっている。だから、俺は今までの自分を猛省した。そして、もう一度、最初からやり直そうと決心した。そんな矢先に、この烙印を押したのは、そこにいる王様だ」
「えっ!?」
ヴァルは王様の方を見る。その渋い表情を見る限り、ミルザの言っていることは真実のように思えた。
「分かるか? 用済みってのは、こういうことだ。期待するだけして一度でも失敗すれば、もうお払い箱。やり直す機会すら与えられない。俺だけじゃねえ。下にいるゴロツキ共もみんなそうだ。勝手に期待して、その期待に応えられなければ放逐する。それが、この腐った世界のやり方なんだよ!」
ミルザは王様に向かって吐き捨てる。彼の話が真実なのかどうかは分からない。でも、もし本当ならば、彼の悲しさや悔しさは痛いほど理解できる。ヴァルとは違い、思い描いた道を完全に断たれたのだ。烙印を押された時の彼の絶望は想像するに忍びない。
「王様……今の話は本当なのか?」
ヴァルは静かに問う。
「ミルザの紋章に烙印を押したのは、ワシの判断じゃ」
「おま、それでも王様かよ! あいつはこの街出身の勇者だったんだろうが! あんたが、この街の長が、誰よりも信じてやらなきゃいけなかったんじゃないのか! それなのに……」
「信じておった。そして、誰よりもミルザに期待し、同時に我が子のように案じておった」
「だったらなぜ?」
「あの時のミルザは、身も心もボロボロじゃった。あやつがそうなったのは、ワシらの期待に応えようとしてくれたからだということも分かっておった。もう休ませてやりたかったのじゃ。その宿命から」
王様は哀愁を漂わせながら語る。
「ハッ! 後からなら何とでも言えるわなあ。だが、まだ勇者であり続けたかった俺を切り捨てたことだけは紛れもない事実だ。小僧、これが世界の真実だ。それでも俺がやっていることは間違っていると言えるか?」
ヴァルには分からなかった。いや、ミルザの憎しみも王様の想いも両方理解できたから、答えが出なかったのかもしれない。
思っていたよりもずっとシリアスで複雑な話だ。
同じ紋章を授かった者として、ミルザの無念は痛いほど伝わってくる。
だが、それでも――。
ミルザはヴァルを見下ろしながら喋る。その表情は、どこか面白い玩具を見つけた子供のようにも見えた。
「あの時は世話になったな。まさか、お前も勇者だったとは思わなかったぜ」
「クク、俺はもう勇者などではない。これを見ろ」
ミルザは右手のグローブを外し、その甲をヴァルに見せた。そこには《戦勇の紋章》が刻まれていたが、ヴァルのものとは明らかに違う。文様うんぬんの話ではなく、彼の紋章には大きな×印の烙印が押されていたのだ。
「この烙印は、一度勇者として旅立った者が、勇者であることを放棄した時に刻まれるものだ。いわば『脱落者』の証。俺はもう用済みの人間なんだよ」
ミルザの言葉を聞いて、一つの疑問が解消した。
なぜ勇者であるミルザが、このシールドの内側にいられるのか。彼もまたヴァルと同じく、不完全な紋章の持ち主だからだ。
だが、用済みという単語には引っかかるものを感じた。勇者であることを辞めたのは、自らの意志だろう。それなのに、まるで「周りの人間が自分を必要にしなくなったせいで勇者を辞めた」と言っているように聞こえる。
「お前、ヴァル=ブルーイットといったな」
「だったら何だ?」
「お前の話はこれまでしばしば耳にすることがあった。紋章を授かったにも関わらず、そこに転がっている能無しのせいで道具屋をやらされているらしいな。憎いとは思わないか?」
「憎い?」
「そうだ。自分の意志ではなく、周りの人間によって自分の進むべき道を決められる。本当に自分が望んでいたものは何も手に入らない。それでも周りの人間たちは口を揃えて言うんだ。『それがお前に相応しい生き方だ。運命なのだ』と。嫌気がささないか? そんな人生に」
ミルザの言っていることは分からないでもなかった。ヴァルだって、最初に道具屋をやれと言われた時は、憎しみとまではいかなくても、王様に強い怒りを覚えた。
「……確かにそう思ったことないと言えば嘘になる」
「そうだろう。クク、俺とお前はやはりよく似ている。互いに、この紋章に振り回される犠牲者なのさ」
「犠牲者?」
「ああ。お前は考えたことがないか? もし自分に紋章が現れなかったら、どうしていただろうか、と。こんなにも悩み苦しむことはなかったのではないか、と」
「それは……」
「俺も同じだ。この紋章さえなければ、俺は周りから期待されることはなかった。その期待に応えようとすることもなかった。なんとか結果を残そうと危険な橋を渡ることもなかった。それが原因で仲間から裏切られることもなかった。信用を失い一人ぼっちになることもなかった。そして、誰からも期待されなくなることも……なかった」
そこでヴァルは王様の話を思い出した。『輝かしい戦績を残す勇者は一人だけ。多くの者は何もなしえずに剣を折る』という言葉。ミルザもその大勢の夢破れた勇者の一人なのだろう。
「あんたの気持ちは……分からないでもないよ。でも、勇者として旅立ったのも、期待に応えようとしたのも、仲間に裏切られたのも、全部あんたが選んだことだろ。それを理由に、城を襲ってたくさんの人を傷つけるなんて間違っている!」
「そうだ。お前の言う通り、全部俺の責任だ。それくらい俺だって分かっている。だから、俺は今までの自分を猛省した。そして、もう一度、最初からやり直そうと決心した。そんな矢先に、この烙印を押したのは、そこにいる王様だ」
「えっ!?」
ヴァルは王様の方を見る。その渋い表情を見る限り、ミルザの言っていることは真実のように思えた。
「分かるか? 用済みってのは、こういうことだ。期待するだけして一度でも失敗すれば、もうお払い箱。やり直す機会すら与えられない。俺だけじゃねえ。下にいるゴロツキ共もみんなそうだ。勝手に期待して、その期待に応えられなければ放逐する。それが、この腐った世界のやり方なんだよ!」
ミルザは王様に向かって吐き捨てる。彼の話が真実なのかどうかは分からない。でも、もし本当ならば、彼の悲しさや悔しさは痛いほど理解できる。ヴァルとは違い、思い描いた道を完全に断たれたのだ。烙印を押された時の彼の絶望は想像するに忍びない。
「王様……今の話は本当なのか?」
ヴァルは静かに問う。
「ミルザの紋章に烙印を押したのは、ワシの判断じゃ」
「おま、それでも王様かよ! あいつはこの街出身の勇者だったんだろうが! あんたが、この街の長が、誰よりも信じてやらなきゃいけなかったんじゃないのか! それなのに……」
「信じておった。そして、誰よりもミルザに期待し、同時に我が子のように案じておった」
「だったらなぜ?」
「あの時のミルザは、身も心もボロボロじゃった。あやつがそうなったのは、ワシらの期待に応えようとしてくれたからだということも分かっておった。もう休ませてやりたかったのじゃ。その宿命から」
王様は哀愁を漂わせながら語る。
「ハッ! 後からなら何とでも言えるわなあ。だが、まだ勇者であり続けたかった俺を切り捨てたことだけは紛れもない事実だ。小僧、これが世界の真実だ。それでも俺がやっていることは間違っていると言えるか?」
ヴァルには分からなかった。いや、ミルザの憎しみも王様の想いも両方理解できたから、答えが出なかったのかもしれない。
思っていたよりもずっとシリアスで複雑な話だ。
同じ紋章を授かった者として、ミルザの無念は痛いほど伝わってくる。
だが、それでも――。
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