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久遠の輪廻
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「イイ顔をしてるわね、久遠君」
嘲笑うような凜音さんの声で、久遠は我に返る。
気が付くと、久遠のすぐ隣に彼女が立っていた。
相変わらず人間とは隔絶した雰囲気を纏いながら。
「そんなに妬ましい? 彼女のことが」
凜音さんは、久遠の心を見透かしたように尋ねてくる。
「……何を言っているのか分かりませんね。どうして僕が三崎さんを妬むんですか」
「フフ、私の前で強がらなくてもいいのよ」
「別に強がってなんか……」
「『もしかすると、僕にも彼女みたいに誰かと手を取り合える未来があったのかもしれない』。そんなことを考えていたのでしょう?」
久遠は何も言い返すことができなかった。
それは久遠が考えていたこと、そのものだったから。
凜音さんはそんな久遠を見て、愛おしそうに微笑む。
「ああ、たまらないわ……今の久遠君。ほんと……壊してしまいたいくらい愛おしい」
「……恐い冗談はやめてください」
「冗談ではないわ。私はね、あの月夜から――久遠君が、私の思いもしなかった結末を望んだ時から、ずっとあなたの虜なのよ」
凜音さんの細い指がそっと久遠の頬を撫でる。
凜音さんは、人間の思念が生み出した存在。
「恨み、憎悪、絶望、悲しみ……そんなものから救われたいと願う人々の思いが、円藤凜音という存在を形作った」と、彼女は初めて久遠と会った時に語った。
だから、彼女は人間ではない。
しかし、久遠は違う。
久遠は人間だった。
三崎綾乃と同じく、イジメを受けている一人の中学生だった。
地獄のような毎日。
死にたいという思いだけが、頭を支配していた。
そんな時に、久遠は凜音さんと出会った。
それがどれだけ昔の話だったかは、もう思い出せないけれど。
凜音さんは、久遠に力を与えてくれた。久遠が綾乃に与えたのと同じ力を。
「今でも昨日のように思い出せるわ。久遠君と過ごしたあの月夜を。優しくて繊細だったあなたが狂気に蝕まれていく様は、私をとてもゾクゾクさせてくれたから」
エヴィルを使って、久遠はクラスメイトたちに次々と復讐を果たしていった。
その結果は、綾乃とほぼ同じだ。
暴走したエヴィルが月明りの照らす教室でクラスメイトたちを惨殺した。
「そして、私は血に染まった教室で、久遠君に選択を迫った」
凜音さんは、視線を久遠から外し遠い目で空を見上げる。
「あの時に久遠君が言った言葉――私は今でも鮮明に覚えているわ」
『僕は――君になりたい』
久遠がかつて凜音さんに告げた願い。
「久遠君は続けてこう言ったわね。『僕はもう被害者にも加害者にも第三者にもなりたくない。自分が人間であることに疲れた。僕は君のような俯瞰者になりたい』って。私は面食らったわ。これまで何人もの人間にエヴィルの力を与えてきたけれど、そんな結末に辿り着いたのは久遠君だけだったから」
あの時、久遠は嘘偽りなく凜音さんに憧れた。
人間が持ついかなる欲にも染まっていない彼女。
美しくて、危うくて、ガラスで作られたナイフみたいな彼女に、自分もなりたいと。
それが人間の分を超えた愚かな願いであることは、久遠にも分かっていた。
分かっていてもなお、願わずにはいられないほど、その時に見た凜音さんの笑顔は久遠の価値観を全て崩壊させたのだ。
そして、凜音さんはそんな久遠の願いを叶えてくれた。
以来ずっと、久遠は凜音さんに代わってサモンエヴィルを行使し続けている。
しかし、それは――。
「私はね、人間の思念から生まれたけれど、人間になんてこれっぽっちも興味が無いの。でも、久遠君だけは違った。私になりたいと願い、私が見ている世界を覗こうとした。人間の身でありながらね。私は楽しみで仕方ないのよ。元人間であるあなたが、私の力を使って何を見て何を感じるのか。そして、どんな顔をするのか。フフ、興味が尽きないわ」
凜音さんは妖しく笑う。
今の久遠は綾乃が言った通り、人間とは呼べない。
だけど、人間の心が分からないわけじゃない。
人間を超えた力と弱くて脆い人の心、その両方を持った中途半端な存在なのだ。
だから、揺れてしまう。
考えてしまう。
嫉妬してしまう。
自分とは違う道を選んだ人間の笑顔を見て。
久遠はもう一度綾乃へと視線を送る。
肩を並べて歩き、時折顔を合わせて微笑み合う彼ら。
久遠には、もう絶対に手の届かない場所。
分かっている。
だが、それでも弱い久遠は考えずにはいられない。
あの暖かい未来が、本当は自分にもあったのでないかと。
それがとても傲慢で身勝手な考えだとしても――。
「さあ、それじゃあそろそろ行きましょうか」
自身と綾乃を重ねていた久遠に、凜音さんの声がかかる。
「私たちの道に終わりは無いわ。久遠の輪廻を巡るように、次の私たちを求める人のところへ行きましょう」
「……そうですね」
久遠は彼らに背中を向ける。
綾乃と同じように、久遠も自分自身で選んだのだ。
ならば彼女が言っていた通り、前を向いて進むしかない。
自らが選んだこの終わりの無い道を――。
嘲笑うような凜音さんの声で、久遠は我に返る。
気が付くと、久遠のすぐ隣に彼女が立っていた。
相変わらず人間とは隔絶した雰囲気を纏いながら。
「そんなに妬ましい? 彼女のことが」
凜音さんは、久遠の心を見透かしたように尋ねてくる。
「……何を言っているのか分かりませんね。どうして僕が三崎さんを妬むんですか」
「フフ、私の前で強がらなくてもいいのよ」
「別に強がってなんか……」
「『もしかすると、僕にも彼女みたいに誰かと手を取り合える未来があったのかもしれない』。そんなことを考えていたのでしょう?」
久遠は何も言い返すことができなかった。
それは久遠が考えていたこと、そのものだったから。
凜音さんはそんな久遠を見て、愛おしそうに微笑む。
「ああ、たまらないわ……今の久遠君。ほんと……壊してしまいたいくらい愛おしい」
「……恐い冗談はやめてください」
「冗談ではないわ。私はね、あの月夜から――久遠君が、私の思いもしなかった結末を望んだ時から、ずっとあなたの虜なのよ」
凜音さんの細い指がそっと久遠の頬を撫でる。
凜音さんは、人間の思念が生み出した存在。
「恨み、憎悪、絶望、悲しみ……そんなものから救われたいと願う人々の思いが、円藤凜音という存在を形作った」と、彼女は初めて久遠と会った時に語った。
だから、彼女は人間ではない。
しかし、久遠は違う。
久遠は人間だった。
三崎綾乃と同じく、イジメを受けている一人の中学生だった。
地獄のような毎日。
死にたいという思いだけが、頭を支配していた。
そんな時に、久遠は凜音さんと出会った。
それがどれだけ昔の話だったかは、もう思い出せないけれど。
凜音さんは、久遠に力を与えてくれた。久遠が綾乃に与えたのと同じ力を。
「今でも昨日のように思い出せるわ。久遠君と過ごしたあの月夜を。優しくて繊細だったあなたが狂気に蝕まれていく様は、私をとてもゾクゾクさせてくれたから」
エヴィルを使って、久遠はクラスメイトたちに次々と復讐を果たしていった。
その結果は、綾乃とほぼ同じだ。
暴走したエヴィルが月明りの照らす教室でクラスメイトたちを惨殺した。
「そして、私は血に染まった教室で、久遠君に選択を迫った」
凜音さんは、視線を久遠から外し遠い目で空を見上げる。
「あの時に久遠君が言った言葉――私は今でも鮮明に覚えているわ」
『僕は――君になりたい』
久遠がかつて凜音さんに告げた願い。
「久遠君は続けてこう言ったわね。『僕はもう被害者にも加害者にも第三者にもなりたくない。自分が人間であることに疲れた。僕は君のような俯瞰者になりたい』って。私は面食らったわ。これまで何人もの人間にエヴィルの力を与えてきたけれど、そんな結末に辿り着いたのは久遠君だけだったから」
あの時、久遠は嘘偽りなく凜音さんに憧れた。
人間が持ついかなる欲にも染まっていない彼女。
美しくて、危うくて、ガラスで作られたナイフみたいな彼女に、自分もなりたいと。
それが人間の分を超えた愚かな願いであることは、久遠にも分かっていた。
分かっていてもなお、願わずにはいられないほど、その時に見た凜音さんの笑顔は久遠の価値観を全て崩壊させたのだ。
そして、凜音さんはそんな久遠の願いを叶えてくれた。
以来ずっと、久遠は凜音さんに代わってサモンエヴィルを行使し続けている。
しかし、それは――。
「私はね、人間の思念から生まれたけれど、人間になんてこれっぽっちも興味が無いの。でも、久遠君だけは違った。私になりたいと願い、私が見ている世界を覗こうとした。人間の身でありながらね。私は楽しみで仕方ないのよ。元人間であるあなたが、私の力を使って何を見て何を感じるのか。そして、どんな顔をするのか。フフ、興味が尽きないわ」
凜音さんは妖しく笑う。
今の久遠は綾乃が言った通り、人間とは呼べない。
だけど、人間の心が分からないわけじゃない。
人間を超えた力と弱くて脆い人の心、その両方を持った中途半端な存在なのだ。
だから、揺れてしまう。
考えてしまう。
嫉妬してしまう。
自分とは違う道を選んだ人間の笑顔を見て。
久遠はもう一度綾乃へと視線を送る。
肩を並べて歩き、時折顔を合わせて微笑み合う彼ら。
久遠には、もう絶対に手の届かない場所。
分かっている。
だが、それでも弱い久遠は考えずにはいられない。
あの暖かい未来が、本当は自分にもあったのでないかと。
それがとても傲慢で身勝手な考えだとしても――。
「さあ、それじゃあそろそろ行きましょうか」
自身と綾乃を重ねていた久遠に、凜音さんの声がかかる。
「私たちの道に終わりは無いわ。久遠の輪廻を巡るように、次の私たちを求める人のところへ行きましょう」
「……そうですね」
久遠は彼らに背中を向ける。
綾乃と同じように、久遠も自分自身で選んだのだ。
ならば彼女が言っていた通り、前を向いて進むしかない。
自らが選んだこの終わりの無い道を――。
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