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瀬戸一弥の抵抗

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 久遠と綾乃は、静まり返った廊下を歩く。
 
 夜の闇に彩られた廊下は、昼間よりもずっと長く感じられた。


「誰もいないね……」
 

 独り言のように綾乃が呟く。
 
 久遠たちが教室を出てしばらく経つが、その間、誰一人としてクラスメイトとは出くわしていなかった。


「まあ、仕方がないんじゃないかな」
 

 久遠は綾乃に応えながら、彼女の隣にいるエヴィルに顔を向ける。
「さっきの『見せしめ』を見た後じゃ、誰も迂闊な行動は取らないと思うし」
 

 クラスメイトの一人を失神にまで追い込んだエヴィル。あれを見てなお歯向かおうとする生徒は、さすがにいないだろう。まず誰もが「どこかに身を隠そう……」と考えるはずだ。
 
 故に、こうしてただ廊下を歩いているだけでは、クラスメイトたちと出くわす可能性は低い……と、久遠は考えていたのだが――。


「――うん?」
 

 綾乃が何かに気付いたような声を出す。

『何か』の正体は、久遠にもすぐ分かった。
 
 廊下の先にある階段――その前に人影があったのだ。
 
 目を凝らすと、その生徒が一弥の手下であることが分かった。


「あいつ……私の胸にタバコの火を押しつけた奴だ」
 

 綾乃の目に復讐の炎が宿る。


「エヴィル、あいつを捕まえて! 絶対逃がしちゃダメよ!」
 

 綾乃が命令すると、エヴィルは滑るようにして廊下の先にいる男子生徒に向かっていく。


「ひぃっ!!」
 

 エヴィルの接近に気付いた彼は、一目散に階段の方へと逃げていった。
 
 久遠と綾乃も、先行するエヴィルを追って走り出す。
 
 だが、その時、久遠は直感的に「何かおかしい」と感じた。


(エヴィルの恐ろしさは十分に分かっているはず。それなのに、あれだけ不用心に廊下を歩くだろうか? あれじゃまるで見つけてくれと言っているみたい――)
 

 前を行くエヴィルが、男子生徒を追って階段の方へと消えていく。
 
 久遠たちもそれに続こうとした、その時だった――。


「今だ!! 閉めろ!!」
 

 怒号のような声が響く。
 
 直後、階段の防火扉がガシャンと大きな音を立てて閉まった。


「えっ!?」
 

 突然閉まった防火扉の前で久遠と綾乃は立ち尽くす。エヴィルは防火扉の奥。久遠たちとエヴィルは完全に分断されてしまった。


(やっぱり罠だったか……)
 

 久遠がそう思った瞬間――。


「ククク、上手くいったみたいだな」
 

 階段横の教室から、瀬戸一弥が姿を現した。彼の顔に浮かぶ嘲笑を見る限り、今起こった一連の出来事は全て彼の作戦だったらしい。
 
 囮役の生徒を使ってエヴィルを階段へ誘き出し、階段を上ったところで、階段脇に潜んでいたもう一人が合図に従って防火扉を閉める。
 
 単純といえば単純だが、この状況で「エヴィルを綾乃から引き離そう」という攻めの発想ができることは、純粋にすごいと思う。そして、その作戦は久遠たちにとってこの上なく有効だった。エヴィルがいなければ、久遠たちは張り子の虎も同然である。
 
 そんな久遠たちの気持ちを読み取ったのだろうか。
 
 一弥は片手をポケットに入れ、ゆっくりと久遠たちへ近づいてきた。


「よお、三崎ぃ。さっきは随分と調子こいてくれたなあ」
 

 一弥は綾乃を見下ろし、威圧的な言葉を吐く。
 
 ちらりと隣の綾乃を見ると、顔は青ざめ、肩が小刻みに震えていた。瞳からも光が消え、いじめられていた時の顔に戻っている。
 
 そんな彼女を見て、一弥はニヤリと笑う。


「邪魔者がいなくなったとはいえ、あまり時間を掛けたくはねえ。あいつらのことも心配だしな。だから、こっちも強硬手段を取らせてもらうぞ」
 

 一弥はそう言って、ポケットからナイフを取り出した。


「ひ、ひいっ!!」
 

 銀色の凶器を目にした綾乃は、表情を強張らせる。


「本当はこんなもん使いたくねえが、悪いのはお前だ。こっちも手段は選ばねえ!」
 

 一弥は恐怖で動けない綾乃の胸倉を掴む。
 
 そして、ナイフの先端を彼女の頬に近づけた。


「今すぐあの化け物を消せ! これは脅しじゃねえ! 言うことを聞かないなら、冗談抜きでお前のことを殺すぞ!」
 

 鬼気迫る顔で、一弥は綾乃に怒鳴る。その迫力と怒鳴り声で、彼女は完全に委縮してしまった様子だった。


「や、やめて……そ、それに私じゃ、エヴィルは消せないから……」
「ああ? 無理ってなんだよ!? あの化け物は、お前の影から出てきたんだろうが!!」
「ち、違う……あ、あれは皆月君が……」
 

 綾乃はすがるように久遠を見つめてきた。


「おい、転校生!」
 

 綾乃と同じく久遠にも怒声が浴びせられる。


「なに?」
「お前なら、あの化け物を止められんのか?」
「う~ん、どうだろうねえ」
 

 久遠は曖昧に返事をする。
 
 当然、その態度は一弥の怒りを増大させた。


「てめえ、ふざけてんのか!」
「ふざけてなんかないよ。むしろ、瀬戸君には尊敬の念を抱いているくらいさ。瀬戸君は不良っぽい見た目なのに、本当に頭がいいよね。エヴィルと三崎さんを分断するのは、とても良い作戦だったよ。でも、だからこそ惜しいなあ。後一歩、詰めの部分で冷酷になりきれれば瀬戸君の勝ちだったのに」
「お前……何を言っている?」
「時間稼ぎはできる。でも、防火扉程度じゃエヴィルを完全に封じ込めるなんてできないってことさ」
 

 久遠が言い終えるやいなや、防火扉の奥から「ガン、ガン」と何かを打ちつける音が聞こえてきた。


「な、なんだ!? こ、この音は!?」
 

 音は次第に大きくなる。同時に、防火扉の中央が次第に膨らんでいった。
 
 そして、ついに――。




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