22 / 39
逆転
しおりを挟む
「綾乃おおおおお!」
掴みかからん勢いで綾乃に迫っていったのは、相馬玲菜だ。
否、実際に掴みかかっていった。
「あんた、自分が何やってんのか分かってんの!? お前みたいなゴミ女が私たちに復讐なんてできるわけねえだろ!! 二度と舐めたこと考えられないように――」
「相馬さん……ううん、玲菜。私にはできるんだよ。今まで私が受けてきた痛みを今日は玲菜にも味わってもらう。あと、香水臭いからいい加減離れてくれない?」
「なっ!?」
玲菜の顔が怒りで赤く染まる。
「てめえ、調子乗んな!」
激昂した玲菜が綾乃を突き飛ばした。
綾乃が尻もちをついて床に倒れたところで、久遠が間に入る。
「前哨戦はこれくらいにしといてよ。それに、その元気は本番に取っておいた方がいいよ。長丁場になるわけだし」
「はあ!? 本番なんかあるわけないでしょ! ここでこのゴミ女を泣くまでボコってそれで終わり! そもそも、こいつに復讐するだけの力なんてないんだから」
「それがそうでもないんだよ」
久遠は指に巻いていた絆創膏を外し、月明かりでできた綾乃の影に血を一滴落とす。
すると、綾乃の影は苦しみもがくように蠢き始めた。
「えっ!? ちょ、な、なに!?」
慄く玲菜をよそに、影は次第に巨大化していく。
やがて、綾乃の影――エヴィルは、天井に届かんばかりの大きさで実態化した。
シルエットは女性。だが、その姿は『魔女』のように禍々しい。長い髪は床まで伸び、その間から覗く目は燃えるように赤い。
更に特徴的だったのは、その右手。綾乃のエヴィルは右手がランスの形状をしており、肘から先の部分が西洋の騎士が使う槍のようになっていた。
「な、なによ、この化け物は!? あ、綾乃、あんた一体何を……」
突然現れた怪物に、いつもは強気な玲菜もさすがに恐れおののく。自分の倍ほどはあろうかというエヴィルを前にして、彼女の足は自然と後退を始めていた。
「一応紹介しておくよ。これはエヴィルといって、三崎さんに代わって君たちへの復讐を果たすモノ。彼女が手にした『力』だよ」
久遠がエヴィルの紹介をしても、クラスメイトたちから返ってくる言葉はなかった。
だが、その時――。
「は、ははは、ははははは――――」
一人の男子生徒が、不自然な笑い声を上げた。
「ま、またトリックかよ! こんなの現実にあるわけねえ! お前ら、騙されんなよ! どうせ立体映像か何かだ! 俺たちをビビらせて言うこときかせようって魂胆なんだろ! はは、バレバレだっつうの! 何が『力』だ! 笑わせんなよ!」
彼は顔を引き攣らせながら大声で叫ぶ。トリックだと喚いている割には、声が震えていた。大声を出して必死に自分を鼓舞しようとしているように見える。
「三崎さん、いいの? あんなこと言ってるけど」
久遠は綾乃に視線を送る。
彼女は唇の端を上げて、ゆっくりと立ち上がった。
「……そうだね。じゃあ、見せしめはあいつでいいや」
「はあ? 見せしめだ!? そんなハリボテで何が――」
「エヴィル!」
綾乃が叫ぶと、エヴィルの髪が意思を持ったように男子生徒へと伸びた。
「なっ――ぐえっ!!」
エヴィルの髪は蛇の如く彼の首に巻き付くと、いとも容易く彼の身体を持ち上げた。
「ぐ、ぐるじ……やめ……」
顔を真っ赤にして足をバタつかせる男子生徒。
綾乃は苦しみに歪む彼の顔を満足そうに眺めると、「放り投げて!」と命令した。
エヴィルは髪を振り回し、教室後方の壁に向かって男子生徒をぶん投げた。
「がはっ」
ものすごい衝撃音と共に彼の身体は壁に激突。
そのまま床に崩れ落ち、ぐったりと倒れこんだ。
完全に意識を失ってしまったようで、白目を剥いて口からは泡を吹いている。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!」
そんな彼を見た女子生徒たちから甲高い悲鳴が上がる。
教室内は騒然となり、誰もが恐怖に顔を引き攣らせてエヴィルから距離を取った。
「さて、これで分かってもらえたかな?」
久遠は一歩前に出て、クラスメイトたちに話しかける。
「じゃあ、最後にもう一度、今夜のゲームのおさらいをしておこうか。君たちはこの閉鎖された学校の中でエヴィルから逃げ回る。エヴィルは夜が明けると消えるから、明け方までエヴィルから逃げ切れれば、その人は『勝ち』ってわけだね。途中で捕まってしまった場合は見ての通り。今日まで三崎さんに対して酷い仕打ちをしてきた自覚のある人は、特に捕まるわけにはいかないってことだ。それじゃあ、鬼ごっこのルール通り最初に十数えるから、捕まりたくない人は早く逃げてね。い~ち……」
「いや……いやあああああああああああああ!!」
久遠がカウントダウンを開始すると、一人の女子生徒が叫び声をあげて綾乃が入ってきたドアへと駆け出した。
彼女を皮切りに、まるで蜘蛛の子を散らすようにクラスメイトたちは教室の外へ飛び出していく。
先ほど失神した男子生徒も友人たちに担がれて運び出されたため、あっという間に教室内には久遠と綾乃だけになった。
「ふう……十数える間もなく皆いなくなっちゃったな」
ガランとした教室を眺めながら久遠は呟く。
ふと、綾乃を見ると、彼女は自分が生み出したエヴィルを見上げていた。
「……これが私の力――」
「そうだよ。これまで君が溜め込んできた恨みの力だ」
「恨み……そう、そうよ! 私はあいつらが憎い! 私が今日まで受けてきた痛みと苦しみをあいつらにも与えてやる! 二度と私をいじめようなんて思わないよう徹底的に!」
綾乃は目をギラつかせて言葉を紡ぐ。
その表情から『クラスメイトを傷つけた罪悪感』など一切読み取れない。
(まあ、そうでなくちゃね……)
久遠は綾乃に近づき、その小さな肩にポンと手を置く。
「さあ、楽しい夜はこれからだ。そろそろ狩りに行こうか」
久遠が声を掛けると。綾乃は薄い笑みを滲ませてこくりと頷く。
月夜の復讐劇――その幕が上がった。
掴みかからん勢いで綾乃に迫っていったのは、相馬玲菜だ。
否、実際に掴みかかっていった。
「あんた、自分が何やってんのか分かってんの!? お前みたいなゴミ女が私たちに復讐なんてできるわけねえだろ!! 二度と舐めたこと考えられないように――」
「相馬さん……ううん、玲菜。私にはできるんだよ。今まで私が受けてきた痛みを今日は玲菜にも味わってもらう。あと、香水臭いからいい加減離れてくれない?」
「なっ!?」
玲菜の顔が怒りで赤く染まる。
「てめえ、調子乗んな!」
激昂した玲菜が綾乃を突き飛ばした。
綾乃が尻もちをついて床に倒れたところで、久遠が間に入る。
「前哨戦はこれくらいにしといてよ。それに、その元気は本番に取っておいた方がいいよ。長丁場になるわけだし」
「はあ!? 本番なんかあるわけないでしょ! ここでこのゴミ女を泣くまでボコってそれで終わり! そもそも、こいつに復讐するだけの力なんてないんだから」
「それがそうでもないんだよ」
久遠は指に巻いていた絆創膏を外し、月明かりでできた綾乃の影に血を一滴落とす。
すると、綾乃の影は苦しみもがくように蠢き始めた。
「えっ!? ちょ、な、なに!?」
慄く玲菜をよそに、影は次第に巨大化していく。
やがて、綾乃の影――エヴィルは、天井に届かんばかりの大きさで実態化した。
シルエットは女性。だが、その姿は『魔女』のように禍々しい。長い髪は床まで伸び、その間から覗く目は燃えるように赤い。
更に特徴的だったのは、その右手。綾乃のエヴィルは右手がランスの形状をしており、肘から先の部分が西洋の騎士が使う槍のようになっていた。
「な、なによ、この化け物は!? あ、綾乃、あんた一体何を……」
突然現れた怪物に、いつもは強気な玲菜もさすがに恐れおののく。自分の倍ほどはあろうかというエヴィルを前にして、彼女の足は自然と後退を始めていた。
「一応紹介しておくよ。これはエヴィルといって、三崎さんに代わって君たちへの復讐を果たすモノ。彼女が手にした『力』だよ」
久遠がエヴィルの紹介をしても、クラスメイトたちから返ってくる言葉はなかった。
だが、その時――。
「は、ははは、ははははは――――」
一人の男子生徒が、不自然な笑い声を上げた。
「ま、またトリックかよ! こんなの現実にあるわけねえ! お前ら、騙されんなよ! どうせ立体映像か何かだ! 俺たちをビビらせて言うこときかせようって魂胆なんだろ! はは、バレバレだっつうの! 何が『力』だ! 笑わせんなよ!」
彼は顔を引き攣らせながら大声で叫ぶ。トリックだと喚いている割には、声が震えていた。大声を出して必死に自分を鼓舞しようとしているように見える。
「三崎さん、いいの? あんなこと言ってるけど」
久遠は綾乃に視線を送る。
彼女は唇の端を上げて、ゆっくりと立ち上がった。
「……そうだね。じゃあ、見せしめはあいつでいいや」
「はあ? 見せしめだ!? そんなハリボテで何が――」
「エヴィル!」
綾乃が叫ぶと、エヴィルの髪が意思を持ったように男子生徒へと伸びた。
「なっ――ぐえっ!!」
エヴィルの髪は蛇の如く彼の首に巻き付くと、いとも容易く彼の身体を持ち上げた。
「ぐ、ぐるじ……やめ……」
顔を真っ赤にして足をバタつかせる男子生徒。
綾乃は苦しみに歪む彼の顔を満足そうに眺めると、「放り投げて!」と命令した。
エヴィルは髪を振り回し、教室後方の壁に向かって男子生徒をぶん投げた。
「がはっ」
ものすごい衝撃音と共に彼の身体は壁に激突。
そのまま床に崩れ落ち、ぐったりと倒れこんだ。
完全に意識を失ってしまったようで、白目を剥いて口からは泡を吹いている。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!」
そんな彼を見た女子生徒たちから甲高い悲鳴が上がる。
教室内は騒然となり、誰もが恐怖に顔を引き攣らせてエヴィルから距離を取った。
「さて、これで分かってもらえたかな?」
久遠は一歩前に出て、クラスメイトたちに話しかける。
「じゃあ、最後にもう一度、今夜のゲームのおさらいをしておこうか。君たちはこの閉鎖された学校の中でエヴィルから逃げ回る。エヴィルは夜が明けると消えるから、明け方までエヴィルから逃げ切れれば、その人は『勝ち』ってわけだね。途中で捕まってしまった場合は見ての通り。今日まで三崎さんに対して酷い仕打ちをしてきた自覚のある人は、特に捕まるわけにはいかないってことだ。それじゃあ、鬼ごっこのルール通り最初に十数えるから、捕まりたくない人は早く逃げてね。い~ち……」
「いや……いやあああああああああああああ!!」
久遠がカウントダウンを開始すると、一人の女子生徒が叫び声をあげて綾乃が入ってきたドアへと駆け出した。
彼女を皮切りに、まるで蜘蛛の子を散らすようにクラスメイトたちは教室の外へ飛び出していく。
先ほど失神した男子生徒も友人たちに担がれて運び出されたため、あっという間に教室内には久遠と綾乃だけになった。
「ふう……十数える間もなく皆いなくなっちゃったな」
ガランとした教室を眺めながら久遠は呟く。
ふと、綾乃を見ると、彼女は自分が生み出したエヴィルを見上げていた。
「……これが私の力――」
「そうだよ。これまで君が溜め込んできた恨みの力だ」
「恨み……そう、そうよ! 私はあいつらが憎い! 私が今日まで受けてきた痛みと苦しみをあいつらにも与えてやる! 二度と私をいじめようなんて思わないよう徹底的に!」
綾乃は目をギラつかせて言葉を紡ぐ。
その表情から『クラスメイトを傷つけた罪悪感』など一切読み取れない。
(まあ、そうでなくちゃね……)
久遠は綾乃に近づき、その小さな肩にポンと手を置く。
「さあ、楽しい夜はこれからだ。そろそろ狩りに行こうか」
久遠が声を掛けると。綾乃は薄い笑みを滲ませてこくりと頷く。
月夜の復讐劇――その幕が上がった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
かなざくらの古屋敷
中岡いち
ホラー
『 99.9%幽霊なんか信じていない。だからこそ見える真実がある。 』
幼い頃から霊感体質だった萌江は、その力に人生を翻弄されて生きてきた。その結果として辿り着いた考えは、同じ霊感体質でパートナーの咲恵を驚かせる。
総てを心霊現象で片付けるのを嫌う萌江は、山の中の古い家に一人で暮らしながら、咲恵と共に裏の仕事として「心霊相談」を解決していく。
やがて心霊現象や呪いと思われていた現象の裏に潜む歴史の流れが、萌江の持つ水晶〝火の玉〟に導かれるように二人の過去に絡みつき、真実を紐解いていく。それは二人にしか出来ない解決の仕方だった。
しかしその歴史に触れることが正しい事なのか間違っている事なのかも分からないまま、しだいに二人も苦しんでいく。
やがて辿り着くのは、萌江の血筋に関係する歴史だった。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】愛とは呼ばせない
野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。
二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。
しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。
サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。
二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、
まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。
サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。
しかし、そうはならなかった。
5A霊話
ポケっこ
ホラー
藤花小学校に七不思議が存在するという噂を聞いた5年生。その七不思議の探索に5年生が挑戦する。
初めは順調に探索を進めていったが、途中謎の少女と出会い……
少しギャグも含む、オリジナルのホラー小説。
私のシンゾウ
駄犬
ホラー
冒頭より——
いつからだろうか。寝息がピタリと止まって、伸び縮みを繰り返す心臓の動きが徐に鈍化していく姿を想像するようになったのは。神や仏の存在に怯えるような誠実さはとうの昔に手放したものの、この邪な願いを阻んでいるのは、形而上なる存在に違いないと言う、曖昧模糊とした感覚があった。
血を分け合った人間同士というのは特に厄介である。スマートフォンに登録されている情報を消去すれば無かったことにできる他人とは違って、常に周囲に付き纏い、私がこの世に生まれてきた理由でもある為、簡単に袂を分かつことは出来ない。家の至る所で愚痴と嘆息を吐き散らし、湿り気を醸成する私の悩みは、介護の対象となった父の行動だ。
18時更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる