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④
しおりを挟む暫く談笑していると、中園さんが鰻を運んで来てくれた。
目が合うと安心させてくれるかのように微笑んでくれる。
真夜中に電話一つで呼ばれて、この笑顔が出来るのマジでプロ過ぎて尊敬しかない。
目の前にお皿が沢山並べられる。
配膳してくれている時点で、この世の物とは思えない程の芳しい香りが鼻腔を通ってくる。
「はぁぁあぁ…良いにおい…」
これは脳が壊れる。
溶けてしまう香り。
し、痺れる…
身体中が痺れちゃう。
涎が食べないように必死に口を閉じる。
「こちら、特うな丼のセットでございます。」
「と、とく…うな…どん」
品のある丼ぶり一面いっぱいに敷き詰められた鰻の迫力たるや。
熱々出来立ての湯気が立ち込める。
「はぅぁあぁぁぁ~…」
思わず口から変な声が漏れる。
「こちらから鰻巻き、鰻ざく、肝吸いでございます。」
「うはあぁぁぁ~…」
何が何やら、他にも沢山説明されたけど、もう分からん。
もう脳内が鰻の香りに冒されて思考が停止してしまった。
目の前の鰻の集団がキラキラしている。
その事しか考えられない。
チラリと目の前でニコニコしている平山さんに目配せすると、どうぞ、と言ってくれた。
これ、本当に食べて良いんだ…
「いただきます。」
手を合わせて、恐る恐る、うな丼の鰻に箸を入れる。
緊張で手が震えた。
この一口で、いったい幾らなんだろう。
ああ、嫌だ、こんな時でさえ金勘定が頭から離れない。
鰻ってこんなに柔らかいのか…
スッと箸が入る
ふわっふわ
「あふッ……ん…んんっ!!んんん~っっ」
一口食べると出来立て熱々の鰻が口の中に広がる。
思わず目を見開いた。
柔らかいだけじゃない、弾力もあって、食べ応えのある食感だ。
この香ばしさ、たまらない。
炭で炙ってあるのか、なんなのか、知識が無さ過ぎて分からないけれど、甘じょっぱい味に香ばしさが重なって、なんとも言えない旨味が広がった。
咀嚼していたら溶けて無くなってしまった。
2口めはタレの掛かったご飯を。
これもホカホカで、タレの甘さが白米の優しい甘さと合わさり、美味しさが際立つ。
温かいご飯が久しぶり過ぎて、口の中が慣れない。
でも、身体中が喜んでる。
うな丼ってこんなに美味しい物だったのか。
何で私はこんな美味しい物を今まで食べてこなかったのか。
いや、お金無さすぎるから仕方ないんだけどさ…
仕方ない…
「どうですか?」
向かいのテーブルで同時に食べ始めた平山さんが声をかけてくれる。
平山さんは、お吸い物から口にしていた。
さすが真っ先に鰻を食べた私と違って、お上は余裕がある。
きっと何度も鰻を食べた事があるんだろうな…
私も鰻の美味しさ、もっと早く知りたかったな。
鰻、誕生日に食べたり、ご褒美に食べたりしたかったなあ。
今後、もう鰻を食べる機会は無いんだろうな。
仕方ないよね、私お金ないからな…
「お、……」
「お?」
「おいしいです~…うっ、ぅ…」
思わず泣けた。
仕方ないって何なんだろう。
私が何したっていうんだ。
生まれた時からお金がなくて、今もずっとお金が無い。
いつもいつも頭の中はお金の事しか考えてない。
生きていくだけで精一杯で、贅沢なんてした事がない。
仕方が無いって諦め続ける人生だった。
「えぇ、ど、どうしたんですか⁉︎何か嫌でした?」
平山さんがハンカチをくれた。
これまた上質なハンカチで、自分のポケットに入ってる使い古したハンカチとの差に、更に泣けてきた。
「ず、ずみばぜん…大丈夫です、あまりの美味しさと、自分のお金の無さが悔しくて…っ」
ハンカチは洗って返そう。
お行儀が悪いがハンカチで思いっきり鼻をかみ、再び鰻と向き合う。
せっかく熱々出来立てなのだから、冷めないうちに食べないと損だ。
泣いている場合では無い。
「美味しいっ…美味しい…」
ずっと呟きながら全部を平らげた。
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