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なんという事でしょう…


お店までの移動手段がタクシーという事にも慄いたのに。
タクシーを降りたら更に震えた。


目の前の建物に絶句する。
タダ飯を食べさせてくれると言うから着いてきたら、とんでもない事になってしまった。
趣のある日本家屋に、和モダンな入り口、手入れされた花々が店構えを彩り、薄暗く照らす提灯が揺れている。
そして、大きく彫られた漢字一文字の重厚な木製看板。


嘘でしょ…あの文字…


「あの…あの…」


少し先を歩くイケおじに震える声をかける。
驚きと恐怖で想像以上に声が小さくなってしまった。


「はい?」


イケおじが不思議そうに振り返る。


「ここって、もしかして…、う、…うぅ」


口が、その単語を発音する事を拒否する。
長年の生活習慣のせいで拒否反応が凄い。
お高い食べ物の事など考えるだけ無駄だったため、避けてきた。


「鰻、嫌いでしたか?」
「食べた事が無いので分かりませんんん!!」


半泣きだ。
鰻なんて豪華なもの、食べた事無いよ!!


「ここ、僕の店なので、さっき電話して夜中に無理言って開けてもらいました。」
「ご、ご、ご迷惑では⁈」
「大丈夫ですよ。」
「こんなスウェットと穴の空いたダウンジャケットという恥ずかしい女連れて大丈夫ですか⁈」
「恥ずかしく無いですし、私だって砂塗れのスーツと砂塗れのコートですからねぇ。お互い様では?」
「ほ、ほんとに、本当に私、お金ありませんよ!後から、やっぱり払ってなんて言われても無理ですからね!」
「分かっていますよ。そんな事、言いませんし。」
「ほんとに?」
「ほんとに。……鰻、やめておきますか?」
「やめておきません!!!!う、ぅぅ、鰻を食べれるなんて、今後絶対ありませんからね!!行きます!!」


力強く足を踏みしめると、にっこり笑われた。



モダンな入り口を抜けると広い日本庭園が出迎えてくれた。
蝋燭が美しく庭園を照らしている。
夜中なのに、わざわざ点灯し直してくれたのだろうなぁ。
それにしても、隅々まで手入れされた美しい庭園だ。
枯山水だろうか。
庭園の通路を進むと、池に掛かった橋や石灯籠など色々と変化があって面白い。


「綺麗な庭園…」
「毎朝、庭師が手入れしてくれているんですよ。夏になると、また少し様子が変わって、もう少し奥の方にある池の方では緑が増えます。」
「それはまた、良いですね。」
「そうなんです、良いんです。」


真冬の真夜中なのに、ゆっくり歩きたくなる庭園だった。
それにしても、まだ奥まで庭園が広がっているのか…
どんだけ広いんだ…維持費や経費や諸々を考えるだけで恐ろしい。
暫く歩くと、再度建物が現れ、入り口に到着した。


「やっと着いた…」
「すいません、歩き疲れさせてしまいましたね。」
「いや、そういった意味合いでは無いので、ご安心下さい。」


不思議そうな顔をされた。
そうだろう、お金持ちには、毎日手入れされた豪華で素敵な恐ろしく広い庭園を歩くだけで気疲れする貧乏人の感覚は分からないだろうなあ。


「いらっしゃいませ。寒い中、ご来店ありがとうございます。」


引き戸の入り口から中に入ると、暖かい空気が顔に触れた。
寒さと緊張で強張っていた身体が解れる。
出迎えてくれたのは30歳ほどの美丈夫だ。
灰色の作務衣を着こなしている。



「こんな時間にすまないね。」
「いいえ、驚きましたが、何かご事情があるのでしょう。お役に立ててなりよりです。」
「ああ、助かったよ。こんな深夜に店は空いてないからね。」
「す、すみません、こんな深夜に!」


緊張して吃ってしまった。
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