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まどろみと企み
むかしむかし。
しおりを挟むそれから。
話をした。
ひとこと、ひとこと、並べるように。
古びたシンクに落ちる水滴のように。
ぽたり、ぽたりと言葉を垂らし、ことり、ことりと過去を並べた。
誰にも話す事など無いだろうと奥底に仕舞い込んだ、怖くて悲しくて苦しかった昔の話。
母と弟と幽霊の3人暮らし。
父親は居なかった。
母は夜の仕事をしていたと記憶している。
まだ小さかった弟を職場に連れていっていた。
そのため夜は1人のことが多かった。
物心ついた時から自分の食事が食卓に並ぶことは無かった。
食事や水は誰も居ない時にコソ泥のようにキッチンを漁る。
風呂は入れないため、深夜に濡らしたタオルで身体を拭いた。
日中は、部屋の隅に縮こまって座り、息を殺し、存在を消さないと殴られる。
うたた寝したら寝息が五月蝿いと蹴られる。
目を合わせば苦々しい顔をされ、無言で平手打ちをされる。
咳払いなんてしようものなら、問答無用で部屋を引き摺り回され、溜まったままの前日の湯船の水に顔を沈められた。
今でも湯船に浸かってると思い出す。
夜中に冷たいタオルで震えながら身体を拭いていた侘しさ。
タオルを使った形跡があると殴られるため、ギュウギュウに絞って夜中に干して、母親が帰宅する前の早朝に生乾きだけど取り込む。
そして身体を横たえて少し眠った頃に2人が帰ってくるから、玄関の鍵が開く音で飛び起きて、急いで部屋の隅で存在を消していた。
常に寝不足だった。
こんな生活が普通だった。
学校にも行っていなかった。
そのうち、母親が弟を連れて家を出て行った。
食料が尽きて牛乳パックを食べた。
シンクに置いてあった茶色のタワシを齧って口から血が出たりもした。
ついには自分の爪を噛み砕いで食べた。
全部の手の指が深爪になって痛かった。
数日たった頃ついに水が出なくなって、電気も止まった。
それでも2人が帰ってくるかもしれないと思って、部屋の隅っこに座って待っていた。
「でも、帰ってこなかった。」
話し疲れ、掠れた喉を潤すために水をコクリと飲み込む。
食道を落ちる水分が酷く重く感じられる。
水の生温さが、あのアパートの水道水のようで喉奥に染みた。
埃っぽくカビ臭い畳、風で揺れる古い窓ガラス、重苦しいのに空っぽなアパートの空気が甦ってくる。
自分を落ち着かせるように、ゆっくり息を吐く。
こうやって誰かに全部を話すのは初めてのため、要領を得ていないかもしれない。
それでも、朝日さんは、静かに聞いてくれている。
「当時の俺は、家から出たら自分から家族を捨ててしまうような気がして。それって独りになるってことたから、家を出るのが怖かった。バカだよね。一緒に住んでても独りだったのに。」
いよいよ死ぬという時になって、ようやく俺は外に出た。
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