細胞がはじけた時が噛み頃です。

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その仄暗い目に

声がした

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どうしよう
本当に苦しい
どうしよう





「陽太。」






開いていた目を覆われ、耳元で静かな声がした。
この声知ってる。
優しい声。
俺の事、いつも見てくれる人の声。


「陽太、ゆっくり息吐いて。」


無理だよ。
出来ない。
何も見えなくなったし苦しいんだ。


「大丈夫。何も見なくていいから。俺の事だけ見て。そうしたら出来るから。ゆっくりでいい。ゆっくり息を吐いて。ゆっくり。」


うまくできない。
暗くて怖い。
焦る。
できない。
目を覆っていた手が退き、朝日さんと目があった。
優しい目。


「俺の目を見て。俺の息に合わせて吐いて。…そう。…ゆっくり。もっとゆっくり…そう、上手。いい子だな。そのままゆっくりな。」


背中を摩る朝日さんの手が暖かい。
さっきまでパニックだったのに。
朝日さんの声だけが聞こえた。


「そのまま、ゆっくり息してろ。抱っこしてやるから首に腕回して…。相変わらず軽いな……佐野も、行くぞ。」
「あ…はい。」


抱きつくように指示された。
何処かに連れて行ってくれるようだ。
何処でもいい。
ここから遠ざけてほしい。
何も見たくなくて朝日さんの肩に顔を埋める。
俺を抱えた朝日さんが廊下を歩き始めるが会長が煩い。


「ちょっと、まだ話は終わって無いよ。」
「馬鹿は口を閉じてろ。」
「な?!」



朝日さんの一言に会長は驚いて何も言えなかったようだ。
静かになった会長を置いて、その場を去った。



保健室に来た。
移動中に少しだけ落ち着いてパニックからは脱出出来た。
抱えられた俺を見て鬼束先生が驚いていたが、空いていたベットを使わせてくれる。


「多分過呼吸だ。見てやってくれ。」
「わかった。確かに過呼吸だな…まだ呼吸が荒い。ゆっくり細く息を吐くことを意識しろ。」


これ、過呼吸なのか。
言われた通り、ゆっくり息を吐く。
斗羽ちゃんが肩を摩ってくれる。


沢山の人に迷惑をかけてしまった。


「す、すいませ…。」
「無理に喋るな。一時的に今は血圧が高い。大人しく寝てろ。」


先生からピシャリと注意された為大人しく横になっていると、意識が落ちていく。


「眠い…」


気絶するように寝てしまった。





懐かしいアパートの一室。
部屋の隅の方に座り込んでる小さな俺。
ヨレヨレのTシャツ一枚で下半身は白いパンツ。
8歳くらいの時の俺。
それを部屋の中央で見てる今の俺。



これは夢だな。
何度も見てきたから分かる。
小さな俺を見守る夢。
何度も繰り返し見てきた夢。


「おなかすいた。」


声を出しても返事はない。
当たり前だ。
部屋には俺以外には誰も居ないのだから。
すぐに部屋を出て人に助けを求めれば良かったのに、この頃の俺は馬鹿だったから、母親が帰ってくるかもしれないと希望を持っていた。


「もう帰ってこないよ。」


そう声をかけてみるけど幼い俺には聞こえない。
空腹の幼い俺は水道から出る生ぬるい水を飲む。
冷蔵庫を開けるけど、あるのは空の牛乳パックだけ。
この時の俺は空腹のためか、意味も無いのに何度も冷蔵庫を開けていた。
真夏だったこともあり、冷蔵庫からの冷気を少しでも浴びたかったのかもしれない。
今となっては、何故あんなに何度も冷蔵庫を開けていたのか覚えていない。
だが、いよいよ空腹が限界を越えたとき、冷蔵庫に唯一入っていた牛乳パックを水に浸して柔らかくして食べてみた事は鮮明に覚えている。



牛乳パック以外は何も無い事を確認した幼い俺は、また部屋の隅に座り込む。
そして、頬や腕を何度もつねる。


「いたい…だいじょうぶ、生きてる。」


そう、これが俺の異常さの始まりだ。

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